傭兵ヴァルターと月影の君~俺が領主とか本気かよ?!~

みつまめ つぼみ

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第3章

46.ファルケンブリック伯爵のお茶会(1)

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 その日、夕方近くに来客が訪れた。

「――ファルケンブリック伯爵?! なんであいつが?!
 とにかく、応接間に通してくれ」

 従者がリビングを辞去するのと同時にソファから立ち上がり、アヤメに声を変える。

「応接間に行くぞアヤメ。
 ――フランチェスカ、ムクサを用意してくれ」

 俺の意を汲んだフランチェスカが、さっそく荷物の中のムクサを取りに行った。

 俺はアヤメの背中を押して、応接間に移動した。


 応接間に現れたファルケンブリック伯爵が、穏やかに微笑みながら俺に告げる。

「お久しぶりです、シャッテンヴァイデ侯爵」

「一年振りぐらいか。ずいぶん久しぶりだ。
 それでどうした? 何の用だ?」

 ファルケンブリック伯爵がニコリと微笑んだ。

「王都の社交界に出たいと伺いました。
 ファルケンラート公爵と戦うのですね。
 勝算はありますか?」

「それなら――ああ、丁度いいフランチェスカ。
 『ムクサ』を使って見せてくれ」

 部屋に入ってきたフランチェスカが頷いて、テーブルの上に炉のようなものを置いた。

 木箱の中から団子状の物を取り出し、それに魔導術式で火をつける――部屋の中に、静かで鮮烈な香りが広まっていった。

 炉に置かれたそれを、ファルケンブリック伯爵は興味深そうに見つめていた。

「香料ですか、なるほど。
 不思議な香りです。これは貴族受けしますよ。
 ――ですが、社交場でどうアピールするつもりですか?
 シャッテンヴァイデ侯爵が社交場を開いても、やってくる貴族は下位にすらいませんよ?」

 フランチェスカが静かな表情で告げる。

「本来、このタキモノは普段から焚いて、身体や着衣に香りを移すものです。
 香り自体も、オリジナルブレンドを自分で行うことで、季節ごとに独自の香りを作り出す――そういう文化ですから。
 これは殿下のために作られた香り、殿下をイメージした香料です」

 アヤメが鼻をスンスンと鳴らして香りを嗅いでいた。

「……これはバイカだね! 春の香りだよ!」

 言われてみれば、瑞々しい花のような香りが活き活きとした印象を与える。

 元気なアヤメにはぴったりだろう。

 これがセイラン国での、春をイメージする香りか。

 俺はパンと両手を打ち鳴らして告げる。

「――とまぁ、これを武器に切り込んでいこうと思う。
 そこで七月からのワサビ再受注を受け付けつつ、噂でしか知らん俺やアヤメの姿を貴族どもに教えていく。
 餌は充分だと思うが、あんたはどう思うね?」

 ファルケンブリック伯爵が穏やかに微笑んで応える。

「これならば、下位貴族から崩していけば目はあるでしょう。
 港町オリネアから遠い王都では、コネがない貴族はワサビにありつけませんでした。
 彼らに入手機会をちらつかせれば、必ず食いつきます。
 あとはシャッテンヴァイデ侯爵、あなたの人間力次第ですね」

「人間力ね……ま、そこはどうにか切り抜けてみるさ!」

 ファルケンブリック伯爵が頷いて応える。

「ではまず、私がお力をお貸ししましょう。
 早速ですが明日の昼、私が開く予定のお茶会があります。
 下位貴族ばかりの集まりですが、実力は本物。
 そこにご招待しますので、あなたの力を見せてください」

 俺はニヤリと笑って応える。

「いいだろう、望むところだ」

 俺はファルケンブリック伯爵とがっちり握手をして、微笑みあっていた。




****

 翌日の午前、俺は招待状にある時間にファルケンブリック伯爵邸にやってきていた。

 招待状を見せ、アヤメとフランチェスカ、ゲッカを伴い中に入っていく。

 ファルケンブリック伯爵が俺を出迎え、テーブルに案内してくれた。

 既に一人だけ着席している壮年の貴族が、薄っぺらい微笑みを浮かべて俺に告げる。

「これはこれは、まさか噂のシャッテンヴァイデ侯爵ですか?」

 俺はニヤリと笑って応える。

「よくわかったな。あんた、初めて会う顔だろ?」

 壮年の貴族がクスリと笑みをこぼした。

「社交界入りする前の子供を、こんな場に連れてくるのは他に居ませんからね」

「おっと、子供とあなどってもらっても困る。
 俺はセイラン国形式で、アヤメと結婚式を挙げている。
 セイラン国では正式な夫婦だ。
 今はまだ、この国では婚約者という扱いだが、じきに陛下たちが特例法で妻と認めてくれるさ」

「その特例法、ファルケンラート公爵が断固として反対していると評判ですよ?
 彼が反対して居る限り、特例法の成立は難しいでしょう」

「かもな――ところで、あんたの名前を聞いてないんだが。
 王都の社交界じゃ、侯爵に名前すら名乗らないのが礼儀なのかい?」

 壮年の貴族が立ち上がり、ゆっくりと頭を下げた。

「これは失礼を――ヒンネルク・ハース子爵と申します。
 宮廷魔導士として、陛下にお仕えしております」

「こいつぁご丁寧にどーも。ヴァルター・ヴァルトヴァンデラー・シャッテンヴァイデ侯爵だ。
 こっちが俺の妻、アヤメ・ツキノベ・ヴァルトヴァンデラー。
 シャッテンヴァイデ侯爵夫人予定だ。
 ――ほれアヤメ、きっちり挨拶してやれ」

 俺の言葉に、アヤメがニヤリと微笑んだ。

『きちりとな? ならば応えてくれようぞ。
 わらわ綾女あやめ月部つきのべ・ヴァルトヴァンデラー。
 月夜見つくよみ様が巫女にして、青嵐国の姫じゃ。
 下郎げろうが高いぞ? もそっと控えて頭を下げい』

 アヤメの威圧するような気迫と言葉に、ハース子爵は笑みを消して戸惑っていた。

 俺はニヤリとした笑みのまま、フランチェスカに告げる。

「おいフランチェスカ、一言一句そのまま通訳しろ」

「ええっ?! これをそのままですか?! いけません!」

「構わん。アヤメを知ってもらうには、それが一番だろう?」

 渋々、フランチェスカは口を開く。

「……殿下は『月夜見つくよみ様の巫女にしてセイラン国の王女である自分に、もっと控えた態度で接しろとおおせです。頭を下げろと」

 ハース子爵は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、盛大に笑いだしていた。

「ハハハ! これは面白い!
 遠方にある小国の王女が、我が国の子爵である私を見下しましたか!
 どうやらご自分のお立場を理解しておられないようだ。
 政治的影響力を持たない国の王女が、いかほどのものか」

 アヤメは不敵な笑みを崩さずに応える。

『ほう、この下郎げろうはようさえずるのう。
 わらわが小国の姫であろうと、ヴァルターはおんしの国の侯爵じゃろうが。
 おんしはおのが国で上位にある者を、そうもないがしろにするのかえ?
 それで貴族とは、よう言うたものよ。
 どうやら、恥というものを知らぬおのこと見ゆる』

 蒼褪めながら通訳するフランチェスカを介した言葉に、ハース子爵の顔色が変わった。

「私を恥知らず呼ばわりしましたか」

 俺はニヤリとした笑みのまま告げる。

「アヤメの言うことはもっともだろう?
 俺は侯爵で、アヤメはその婚約者――これはこの国でも、公的な立場だ。
 そんな女を笑い飛ばす――貴族の自覚があるとは、とても思えねぇな。
 それにあんた、アイゼンハイン王国軍が攻めて来た時にどこに居た?
 ブリッツベルク王国軍、ヒンメルトーア王国軍、ガイストハーフェン王国軍、フロストギッフェル王国軍でも、ジルバーハイン王国軍でも構わん。
 あんたはいずれかの戦場で、前線に居たのか?
 ――俺は全ての戦場で前線に居た。全ての戦いをアヤメたちと共に駆け抜け、勝利を収めてきた。
 この国で必要な人材は、果たしてどっちだ? 恥知らずは、あんたか? 俺か?」

 ハース子爵は青ざめた顔で、口を引き結んでいた。

 俺はさらに言葉を続ける。

「俺は領地と侯爵位を陛下から受け取った。
 だから責任をもって領地は繁栄させてやろう。
 だがこの国が俺に敵対するなら話は別だ。
 セイラン国と結んだ独占契約の貿易、その交易品を国外に優先的に流す。
 他では手に入らん貴重な品々を、港町オリネアを使って近隣諸国に流しまくる。
 俺の領地を武力で制圧しようとしても無駄だ――これは今まで、他国の侵攻を俺たちだけで退けた事実で理解できるだろう。
 そして俺たちという武力の後ろ盾を失ったこの国は、他国に蹂躙されて終わる。
 不本意だが、そんな事態になれば俺はセイラン国に渡るだけだ。
 俺はセイラン国で他国と取引を続けながら、この国が滅んでいくのを眺めていてやるよ。
 ――もう一度聞いてやろう。この国に俺たちが必要な人材かどうか、よく考えてみな」

 ハース子爵は青い顔でうつむいていた。

 お茶会の時間は過ぎて、既に俺たちの周囲には参加者の下位貴族たちが大勢、遠巻きにやりとりを眺めていた。

 ファルケンブリック伯爵を横目で見る――穏やかな笑顔で微笑んでやがる。あいつもとんだ食わせ物だ。

 ハース子爵が深々とアヤメに頭を下げた。

「……アヤメ殿下、ご無礼を許しください」

 アヤメが満足げに頷いた。

『よかろう。わらわも鬼ではない。寛大な心で許してやろうぞ。
 これにりたら、二度とわきまえぬ態度を取らぬ事じゃな』

 俺はハース子爵に近寄り、その姿勢を正してやった。

「わかりゃーいいんだよ。
 変にびを売る必要はねーぞ?
 馬鹿にする態度さえ取らなきゃ、俺もアヤメも目くじらは立てねぇ。
 敵対しない限り、俺たちがこの国を守ってやる。
 ――それに、この場に来ている連中に朗報だ!
 七月に入荷予定のワサビ、その先行受注を今この場で受け付けてやろう!
 一人一箱までだが、革袋単位でも受け付ける!
 予算が許す範囲で欲しい量を言ってみろ!」

 にわかに周囲が活気づいていた。

 われさきにと近寄ってくる貴族たちを手で制し、俺は告げる。

「ちょっと待ってくれ。先にハース子爵に聞いておきたい。
 ――あんた、ワサビの注文はするかい?」

 ハース子爵が呆然と俺を見ていた。

「……アヤメ殿下を侮辱した私を、優先するというのですか」

 俺はニヤリと笑って応える。

「きちんと謝罪してみせたろ? あれで帳消しだよ。
 それにあんたが歯向かってきたことで、この場に来た連中に俺たちの価値を知らしめる良いパフォーマンスになったからな。
 俺からの、ちょっとした礼だ」

 ハース子爵はバツが悪そうに、俺に革袋ひとつ分のワサビを発注した。

「よし、あんたのとこには一番に届けよう。
 ――さぁ、他にワサビが欲しい奴は居るか!」

 その日のお茶会は、三十分遅れで開始されるほど、ワサビの発注が殺到していた。
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