新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ

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第3章:金色の輝き

76.明日に向かって!(2)

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 ウルリケは泣きながら、左手を解放してくれない。

 そして新たに、ジュリアスも私を抱きしめ、放そうとしなかった。

 身動きが取れない状況、アゲインである。

 私は小さく息をついて、イングヴェイの気配を手繰り寄せる。


(ねぇイングヴェイ。これはどういうこと? 私、致命傷だったよね?)

『ハハハ! 君は”神の試練”に打ち勝った、ということさ!』

 今まで聞いたことがないほど嬉しそうな、イングヴェイの声が響き渡った。

 どうやら、とんでもなく喜んでいるらしい。

(それ、どういう意味? なぜ私の命が助かったの?)

『私は豊穣の神だ。
 豊穣は生命力に根差す。つまり、生命力は私の権能のひとつなんだ。
 私は治癒こそできないが、生命力を分け与えることができるのさ』

(あなたの力は理解したけど、それと今の私に、何の関係があるの?)

 私は別に、『生命力を分け与えて欲しい』とは願ってない。

 古代魔法で生命力を分け与えられるとしても、意識のない私が使えるはずもない。

『君は”私の権能を貸してくれ”と願った。
 だから君に生命力も分け与えたのさ。
 無理を通したから、わずかな力だったけどね。
 ――ちょっとした”脱法行為”だ』

 まるでいたずらが成功した子供のような、イングヴェイの口調だった。

 これだけでたらめな力を持つ神様が、『無理を通した』って、何をしたんだろう?

 それに『脱法行為』?

 もしかして、『神は人間に直接干渉してはならない』ってルールの、穴をついたのかな?

 術者の意識が無い状態で、古代魔法を維持させる。

 それはもう、かなり無茶な話じゃないだろうか。

 私は小さく息をついた。

(イングヴェイ、どれだけの無理を通したの?)

『君が願ってくれた言葉にすがっただけだよ。
 あの言葉でなら、君の命を救うことができる、とね。
 多少のリスクは問題じゃないさ』

 どうやら私は、本当にこの神様に愛されてるらしい。

 だからって自分を顧みないのは、どうかと思うけど。

 部屋の隅に、私の制服がハンガーに吊るされるのが見えた。

 客観的に見て、どれだけの深手だったかを理解させる、痛々しい損傷。

 白い制服は、血で赤く染まっていた。

 この傷で助かったんだから、感謝をしておかないとな。

(命が助かった理由はわかったよ。
 でも、『神の試練』に打ち勝ったって、どういう意味?)

『君の魂の格が上がった。
 そういうことさ』

 魂の格が充分に上がると、人は神に生まれ変わるという。

(じゃあもしかして、私は神様になれるの?)

『さぁ、どうかな。
 それを決めるのは創世の神で、私じゃない。
 だがいつか、君はこちら側に来れるかもしれないね』

 今の人生を終えたあと、次の人生でイングヴェイと共に歩む――。

 それは案外、悪くない話かもしれない。

 だけど、今回みたいなことを何度もやらないといけないとしたら、さすがに嫌かな。

(それは、生まれ変わった私に頑張ってもらうことにするよ。
 今回の私は、もうお腹いっぱい頑張ったもん。
 あとは普通の人生を歩んでいくよ)

『そうかい? それは残念だ。
 だけどいつか君がこちらに来る日を、私は楽しみにしているよ。
 君はまだ、回復しきってはいない。今はゆっくり、休息するといい』

(はーい、そうするね)


 ジュリアスの後から部屋に戻ってきたお父様は、ベッドサイドに座っていた。

 私はお父様に告げる。

「お父様、帝国とはどうなりましたか?
 あの後、揉めませんでしたか?」

 お父様が涙ぐみながら応える。

「今回の件は『なかったこと』になったよ」

 私は小首をかしげた。

「なかったこと?」

 お父様が、詳しく説明してくれた。

 帝国は古代遺跡を不法占拠していた。

 守備兵を配置し、古代魔法で兵器を開発しようとしていた。

 今回、それを私たち学生が阻止した。これが真相だ。

 だけど帝国にも体面というものがある。

 まさか『学生に軍隊が蹴散らされた』とは知られたくない。

 王国も『緩衝地帯で軍隊を蹴散らした』という真相は伏せたかった。

 加えて、貴重な文化遺産である古代遺跡の消滅。

 その責任を、どちらも取りたくなかった。

 両者の利害が一致し、密かに協議を進めた結果が『何もなかった』。

 つまり、あそこに帝国兵はいなかった。

 軍事的衝突もなかった。

 古代遺跡は『突然、爆発した』ということになった。

 私たちシュテルンは、古代遺跡の目前でそれを目撃した、ということになったらしい。

 王国と帝国が『古代遺跡は危険だ』という情報工作を行い、噂を広めたそうだ。

 実際、光の柱は遠方の国からでも見えたらしく、案外すんなりと噂は受け入れらた。

 私が目覚めるまでの一週間で、落とすべきところにすべて落としてしまっていた。

「お父様、随分と仕事が早いですわね。
 さては事前に手はずを整えてらっしゃったのね?」

 お父様がニヤリと笑った――どうやら、いつもの調子が戻ってきたらしい。

「古代遺跡消失はイレギュラーだったが、それ以外は既定路線だね。
 想定通りに事が進んだよ。
 シュテルンの評価も上がったしね」

 私はきょとんとしてお父様を見つめた。

「なぜ、シュテルンの評価が上がるんですか?」

「『古代遺跡が危険なものだ』という新しい認識を、世間に広めたからね。
 その『発見』が、お前たちの功績として広まっているんだよ」

 ……ただ居合わせただけで?

 なんだか大人たちに、巧いこと乗せられてる気がするけど。

 評価が下がるよりはいいか!




****

 ジュリアスも落ち着き、ウルリケの隣で椅子に座っていた。

 お父様が椅子から立ち上がって告げる。

「お前が目覚めたことを、みんなに知らせてくるよ。
 クラウディア嬢は、きっと待ちわびていることだろう」

「それって、みんながお見舞いに来ませんか?」

 お父様がニヤリと微笑んだ。

「競争になるだろうね。
 誰が最初で、誰が最後かな?」

 楽しそうなお父様の背中に、私は告げる。

「きちんとフィル様とハーディ様にもお知らせくださいね。
 それに、ライナー様にも」

 お父様は顔をしかめながら私に振り向いた。

「……彼らにもかい?」

「ええ、そうですわ!
 私の命があるのは、間違いなく彼らの力があったからです。
 きちんとお礼を伝えたいと思います」

 お父様は眉をひそめ、少しの間悩んでいた。

 だけど、ふっと微笑んで応える。

「ああ、お前の頼みだ。
 そのくらい、お安いご用さ」

 そう言って、私の部屋を後にした。




****

 ウルリケは私の左手を額に押し当て、未だに『創竜神』への感謝の祈りを捧げていた。

 私の命が助かったのが、それだけ嬉しかったのだろうけど。

 私は時計を確認する――まだ八時前。

 みんなが到着するまで、早くても一時間はかかるはず。

 それなら、ちょっとは時間があるな。

「ウルリケ、少し話を聞いてもらいたいのですが」

「はい、なんでしょうか。お嬢様」

 ウルリケは涙声で応えた。

「あのね? これは国家機密だから、本当は教えちゃいけないんだけど。
 私の命を助けてくれたのは、『創竜神』じゃないの。
 『豊穣の神』っていう神様なのよ」

「は? はぁ……」

 困惑するウルリケに、丁寧に豊穣の神の事を教えていった。

 彼が精霊眼を与えてくれたこと。

 彼がどんな神様なのか。

 今回、彼が何をしてくれたのか。

 ウルリケも最初は戸惑っていたみたい。

 けれど、話が進むほど真剣に話を聞くようになった。

 話せることをすべて話し終えると、ウルリケが私に尋ねる。

「その豊穣の神の神殿はないのですか?」

「力のある神殿は、もう残ってないらしいの。
 でも心の中で祈ってあげると、ちゃんと伝わるらしいですわよ?
 だから感謝をするなら、『創竜神』じゃなく『豊穣の神』へ祈りを捧げてあげて?」

 ウルリケはしっかりとうなずいた。

「では以後、そのようにいたします」

 ……今、『以後』って言った?

 敬虔な白竜教会の信徒だったウルリケが、宗旨替えしたの?

 うーん、創竜神って神様に、悪いことしたかなぁ?

 ……ま、白竜教会の信者数は大陸一だし、ウルリケ一人くらいはいいよね!
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