新約・精霊眼の少女

みつまめ つぼみ

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第4章:温かい家庭

100.最後の一手

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 私が振り下ろす金色の剣は、見事にシュネーヴァイス山脈を貫いていた。

 幅二百メートルに及ぶかという道が、山脈の南北を貫通している。

 長さは地図で見る限り、百キロに及ぶはずだ。

 んー、自分で言っておいてなんだけど。

 本当にできるとは思わなかった。

 ……やはり古代魔法、反則では?


 レブナント軍から、進軍の合図であるラッパが吹き鳴らされた。

 南北の守護軍から構成される二万人の兵士たちが、次々と行軍していく。

 今は十一月。もう間もなく、この一帯は雪に閉ざされる。

 それまでに急いで、山脈を通過しなければならない。

 この軍の総司令官は、北方守護のブラウンシュヴァイク辺境伯だ。

 彼も私のそばまで馬を寄せた。

「エドラウス侯爵の魔法が、ここまですさまじいものだとはな。
 話には聞いていたが、この目で見ても信じられん」

 私は微笑で応える。

「私も、ここまで巧く行くとは思いませんでした。
 ――では帝国国略の最後の一手、よろしくお願いしますね」

 ブラウンシュヴァイク辺境伯がしっかりとうなずいた。

「ああ、来年の雪解けでまた会おう!」

 そういうと彼は馬を操り、軍の戦闘へ戻っていった。

 『雪解けでまた会おう』か。

 レブナントに何かあっても、王国軍が救援に駆けつける道はない。

 それまでは、私がこの国を守り切ってみせる!

 私も早く王宮に戻って、各地に睨みを聞かせなければいけない。

 ジュリアスと一緒に馬車に乗りこみ、レブナント王都へ急がせた。




****

 王太子執務室で、私はジュリアスと執務に明け暮れていた。

 王宮にはもう、連絡に使える魔法銀ミスリルの鏡が残っていない。

 最後のひとつはカストナー侯爵と共に、北進するレブナント軍の元にある。

 情報を知りたくても、知る方法はない。

 私たちは帝国に攻め入った彼らを信じ、日々の執務をこなしていくだけだ。


 フランツ殿下の声が聞こえる。

「ヒルデガルト、ちょっといいか」

 目を上げると、殿下が深刻な顔で書類を手に近寄ってきた。

「なにかありましたか?」

「西方国家の一部が、南方国家に攻め込んだらしい」

 私は頭を抱えながら応える。

「小賢しい国もあったものね。
 そんな力があるなら、西方連合軍に尽くしなさいよ……」

 フランツ殿下がフッと笑った。

「まったくだ。
 ――レブナントは南方に助勢する同盟を結んでいる。
 俺とノルベルトは、二千の兵を連れてちょっと鎮圧に行ってくる」

 私はフランツ殿下の顔を見て尋ねる。

「二千で足りるんですか?」

「ああ、あちらも大差ない。
 しかも半数以上が、民間人を徴用した即席の軍隊らしい。
 南方国家でも防戦は出来てるみたいだが、追い返す力が足りないそうだ。
 俺たちが行けば、すぐに片が付くだろう。それまで王都を頼む」

 私はうなずいて応える。

「わかりました。お任せください」

 フランツ殿下は、ひらひらと手を振りながら、のんきに部屋を出て行った。

 ……嫌な予感の通り、動きを見せる西方国家が居たか。

 動くのが一国だけとは限らない。

 次に動く国家が出た場合、私が鎮圧に向かわないと。

 ジュリアスがぽつりと告げる。

「ここから南方国家に行って敵軍を鎮圧するまで、一か月といったところですか。
 民兵が相手なら、もう少し早く帰ってこれるかもしれませんが。
 それまで王都の守りは一千の一般兵士です。守り切れますか?」

 私は書類に目を落としながら応える。

「問題ないわ。
 私が出て行けば、すぐに終わる話だもの。
 ジュリアスこそ、無理はしないでね」

 ジュリアスが肩をすくめて応える。

「どの口が言うんですか?
 いつも無茶をするのは、あなたの方でしょうに」

「子供たちを孤児にしちゃだめ。
 それだけは約束して。
 私に何かあっても、あなたはマリーとサイモンを守って」

 ジュリアスがしばらく沈黙した。

「……俺たちが居なくても、義父上が居ます。
 孤児ということにはなりませんよ」

 私は顔を上げてジュリアスを見た。

「もう! 酷い父親ね!
 子供たちの気持ちも考えてよ」

 ジュリアスは珍しく、ニコリと微笑んだ。

「では、夫婦無事に家に戻りましょう。
 あなたは俺が必ず守る。
 この命に代えてもね」

 本当に、言うことが滅茶苦茶なんだから!

 私はため息をついて告げる。

「レブナントに攻めてくる、無謀な国が居るかしら」

 いくら今はガラ空きと言っても、春になれば王国軍が帰ってくる。

 その時に報復されるだけだと思うんだけど。

 レブナント全軍で四万、これに勝てる国は、西方国家に存在しない。

 しかも『対帝国共同戦線』の中で背反行為を起こすことになる。

 西方連合軍を率いるドレアニアン王の面目を潰す行為だ。

 孤立した西方国家は、レブナント王国軍と西方連合軍に押しつぶされるだけ。

 ジュリアスが小さく息をついて応える。

「居ないと思いますけどね。
 最悪でも、我が国は王族を保護すればいい。
 王家を維持できれば、春に全てが終わります」

 そのはず、だよね。




****

 フランツ殿下が王宮を出発してから、一週間後。

 私たちが居る王太子執務室に、文官が慌てて駆けこんできた。

「敵襲です! 西方から一万の兵が、まっすぐ王都を目指しています!」

 私の手から、持っていたペンがこぼれ落ちた。

 すぐに冷静になり、文官に告げる。

「わかりました。
 残った兵士は陛下の周辺を守らせてください。
 私が敵に対応します」

 文官は短く返答し、下がっていった。


 一万もの兵を隠してる国が居たか。

 いや、おそらく半数以上は民間人を徴用した軍だろうけど。

 それにしても数が多い。

 そもそも、狙いがわからない。

 一時的に占領しても、帰ってきた王国軍に殲滅されるだけ。

「ジュリアスはこの局面、どう見る?」

 横を見ると、ジュリアスは難しい顔をしていた。

「……何があろうと、あなたの身は俺が守ります」

 それだけ言うと、彼は書類仕事を再開していた。

 ジュリアスにも、何が起こっているのかわからない、か。

 考えてもわからないことは、考えを保留するに限る。

 今はただ、敵軍の到着を待つことにするか。




****

 五日後、王都の前には一万の西方国家群が展開していた。

 様子を見る限り、民兵じゃない。

 正規兵による一個師団か、小賢しい!

 外に対応に出ようとする私に、陛下が告げる。

「せめて少しは兵を付けなさい」

「ですが、この数の差では焼け石に水ですよ?」

「弓から君を守る盾にはなるだろう。
 いいから、言うことを聞いてくれ」

 陛下の顔は、真剣そのものだった。

「……わかりました。
 では百名、お借りします」

 私はジュリアスと兵士百名を連れ、展開している敵軍の前に向かった。


 王都の前に展開する敵軍にはまだ、こちらに攻め入る気配はない。

 一万の軍隊か。

 フランツ殿下が率いる二千の兵も、これじゃあ帰ってこれないな。

 逆に『殿下が死地から逃れている』と考えれば、王家の存続は安泰だ。

 あとはノルベルトに護衛を任せ、私がこの場を何とかすればいい。


 敵軍から伝令がやってきて、書状を読み上げ始める。

「レブナントに告ぐ!
 帰国に在籍する筆頭宮廷魔導士、ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタインの投稿を要求する!
 この要求が飲まれなかった場合、我が軍は王都の蹂躙を開始する!」

 そう言い終わると、伝令は自軍に帰っていった。


 狙いは私、か。

 私が人間相手に権能を使えないことを知ってるのかな。

 妙に強気な態度だ。

 少なくとも『空を駆け、大地をえぐる』と噂される魔導士を相手にしている緊張感はない。

 しかも王都の住民を人質に取るあたり、私のことをよく調査してるみたいだ。


 私の周囲に居る兵士たちが動揺していた。

 ここに居るのは一般兵士であって、騎士じゃない。

 害獣退治くらいは経験してるだろうけど、戦争なんて未経験の兵ばかり。

 一万人の敵軍を前に、『威圧されるな』という方が無理だろう。

 この場に居るのは百名、陛下のところに九百名。

 一万を相手にするには、不足が過ぎる。

 ――ここに居られても、足手まといだな。


 私は小さく息をついて告げる。

「あなたたち、ここはいいから陛下のところへ戻りなさい。
 あの馬鹿どもは、私が何とかします」

 兵士たちは驚いていたけど、この場から逃げられることに安心したようだ。

 駆け出すように王宮の中に戻っていった。

 ジュリアスは黙って敵軍の様子を窺っている。

 その手には――フルート? なんでこんな場所に?

 何か有効な魔術を考えてたのかな。

 だけどいくらジュリアスでも、一万人を相手に魔術を使うことはできない。

 彼の厳しい表情が、それを物語っていた。

 振り返ると、王都から活気を感じない。

 民衆は息をひそめて居るみたいだ。

 私は敵軍を睨み付け、ため息をついた。

 これはあんまりやりたくなかったんだけど……しょうがないか。

 私はイングヴェイに祈りを捧げ、手元に集まる魔力を確認していた。
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