2 / 16
2.
しおりを挟む
「ここが応接間ですわ」
静かな部屋に私とヴィルヘルム、そして侍女のジェインの三人で入っていく。
ジェインは入り口付近で足を止め、私たちを見守っているようだ。
部屋の中央に歩み出て振り返ると、ヴィルヘルムは私のすぐ背後に立っていた。
「ちょっと……少し距離が近いのではなくて? 失礼よ」
私は思わず彼から数歩下がり、その顔を睨み付けた。
どうも彼は距離感がおかしい。子供とはいえ貴族子女がこんなに近寄るなんて、親しい間柄でもなければ有り得ない。
私が不審に思ってヴィルヘルムを睨み付けていると、彼の手が持ち上がり、パチンと指を鳴らした。
それと共にジェインが応接間の扉を閉め、外に出て行ってしまった。
「……ジェイン、何をしてるのよ」
私の唖然とした言葉に、ヴィルヘルムがニヤリと口角を上げて不敵に微笑んだ。
「彼女は邪魔なので退出してもらった。
あなたと二人きりで話をしたかったんだ」
私は両腕を抱え込み、さらに数歩、後ずさって応える。
「……ヴィルヘルム。私たちが子供とはいえ、貴族子女が二人きりになるのが禁忌だという認識はあるんでしょうね?」
婚前の男女が二人きりになる――とんでもない醜聞だ。
ヴィルヘルムは大仰に両腕を広げ、にこやかに告げる。
「もちろんだとも! だからジェインに命じて二人きりの時間を作ったんだ!」
私はヴィルヘルムが怖くなり、急いで彼を迂回するように駆け出した。
――このまま、この部屋の中に居ちゃいけない!
その私の足が、あと数歩で応接間の扉に辿り着くというところで止まった。
驚いて足を見ると、黒い影が私の足を縛り付けるように絡みついている。
なんとか振り払おうと藻掻くけれど、影はねっとりと絡みついて、私の足から自由を奪っていた。
「――なんなの! これは!」
「ククク……≪影縛り≫、魔法だよ。愚かなエリーゼ」
その冷たい声に、背筋がゾクリとして振り返った――そこには、すぐ目の前に冷たい笑みを浮かべたヴィルヘルムの姿。
足元の影は大きく伸びあがり全身を縛り上げ、私は自分で身動きが取れない状態にされていた。
「――ちょっと! なにをする気!」
藻掻く私の胸の上に、ヴィルヘルムが右手のひらを置いて私に告げる。
「いいかエリーゼ、これから告げる言葉をよく聞け!」
ヴィルヘルムの手のひらが、黒い光に包まれた。
その黒い光が、私の胸の中に沁み込むように入ってくる感覚を覚えた。
「――一つ! この魔法のことは絶対に他人に口外するな!」
ずくん、と私の心臓が強く痛んだ。思わず顔をしかめ、歯を食いしばって痛みに耐える。
「――二つ! 私の言葉は絶対だ! 私の命令には必ず服従しろ!」
ずくん、と再び私の心臓が強く痛んだ。
「――三つ! ……そうだな、今すぐその服を脱いで、全裸になれ」
ずくん、と三度私の心臓が強く痛み、ヴィルヘルムの手のひらから黒い光が消え去り、全て私の胸に吸い込まれて行った。
私は心臓の痛みに苦しみながら、何が起こっているのかを必死に理解しようとした。
気が付くと、私の手が自分の服にかかっていた。
――まさか、服を脱ごうとしているの?!
「やだ! なによこれ! なんで勝手に手が動いてるの?!」
全身全霊で、私は勝手に動く手を必死に止めようと努力した。
だけどゆっくりとだけど、私の手は服のボタンを一つずつ外していく。
ヴィルヘルムが嗜虐心溢れる笑みで私を見つめていた。
「ククク……伯爵令嬢が白昼堂々、男に裸を見せるか。実に楽しい見せ物だ」
――そんなの、許せるわけがないでしょう?!
だけど、私の意志に反して手が服を脱がそうとしてくる。
混乱しながらも、私は足が自由に動くことに気が付いた。
このままじゃ、ヴィルヘルムの言いなりになって服を脱いでしまいそうだった。
両手が言う事を聞かないんじゃ、閉まっているドアを開けることもできない――だけど!
私は思い切って、傍にあった調度品の大きな壺に向かって体当たりをして床に叩き落とした。
ガシャンと大きな音が響き渡り、その音は廊下の外まで聞こえて居そうだった。
――これじゃまだ足りない!
私はそのまま、手近な調度品に次々と体当たりをしていき、立て続けに大きな音を立てていく。
「――チッ! 小賢しいことをっ!」
ヴィルヘルムが舌打ちをして、慌てて部屋の外に駆け出していった。
彼が扉を開けて部屋から駆け出していくのと入れ違いに、近くに居たらしい侍女たちが部屋の中に駆け込んでくる。
「エリーゼお嬢様! 何をなさっておいでですか!」
私は彼女たちの顔を見た瞬間、安心して気が緩んだのか、そのまま意識が遠のいて行った。
静かな部屋に私とヴィルヘルム、そして侍女のジェインの三人で入っていく。
ジェインは入り口付近で足を止め、私たちを見守っているようだ。
部屋の中央に歩み出て振り返ると、ヴィルヘルムは私のすぐ背後に立っていた。
「ちょっと……少し距離が近いのではなくて? 失礼よ」
私は思わず彼から数歩下がり、その顔を睨み付けた。
どうも彼は距離感がおかしい。子供とはいえ貴族子女がこんなに近寄るなんて、親しい間柄でもなければ有り得ない。
私が不審に思ってヴィルヘルムを睨み付けていると、彼の手が持ち上がり、パチンと指を鳴らした。
それと共にジェインが応接間の扉を閉め、外に出て行ってしまった。
「……ジェイン、何をしてるのよ」
私の唖然とした言葉に、ヴィルヘルムがニヤリと口角を上げて不敵に微笑んだ。
「彼女は邪魔なので退出してもらった。
あなたと二人きりで話をしたかったんだ」
私は両腕を抱え込み、さらに数歩、後ずさって応える。
「……ヴィルヘルム。私たちが子供とはいえ、貴族子女が二人きりになるのが禁忌だという認識はあるんでしょうね?」
婚前の男女が二人きりになる――とんでもない醜聞だ。
ヴィルヘルムは大仰に両腕を広げ、にこやかに告げる。
「もちろんだとも! だからジェインに命じて二人きりの時間を作ったんだ!」
私はヴィルヘルムが怖くなり、急いで彼を迂回するように駆け出した。
――このまま、この部屋の中に居ちゃいけない!
その私の足が、あと数歩で応接間の扉に辿り着くというところで止まった。
驚いて足を見ると、黒い影が私の足を縛り付けるように絡みついている。
なんとか振り払おうと藻掻くけれど、影はねっとりと絡みついて、私の足から自由を奪っていた。
「――なんなの! これは!」
「ククク……≪影縛り≫、魔法だよ。愚かなエリーゼ」
その冷たい声に、背筋がゾクリとして振り返った――そこには、すぐ目の前に冷たい笑みを浮かべたヴィルヘルムの姿。
足元の影は大きく伸びあがり全身を縛り上げ、私は自分で身動きが取れない状態にされていた。
「――ちょっと! なにをする気!」
藻掻く私の胸の上に、ヴィルヘルムが右手のひらを置いて私に告げる。
「いいかエリーゼ、これから告げる言葉をよく聞け!」
ヴィルヘルムの手のひらが、黒い光に包まれた。
その黒い光が、私の胸の中に沁み込むように入ってくる感覚を覚えた。
「――一つ! この魔法のことは絶対に他人に口外するな!」
ずくん、と私の心臓が強く痛んだ。思わず顔をしかめ、歯を食いしばって痛みに耐える。
「――二つ! 私の言葉は絶対だ! 私の命令には必ず服従しろ!」
ずくん、と再び私の心臓が強く痛んだ。
「――三つ! ……そうだな、今すぐその服を脱いで、全裸になれ」
ずくん、と三度私の心臓が強く痛み、ヴィルヘルムの手のひらから黒い光が消え去り、全て私の胸に吸い込まれて行った。
私は心臓の痛みに苦しみながら、何が起こっているのかを必死に理解しようとした。
気が付くと、私の手が自分の服にかかっていた。
――まさか、服を脱ごうとしているの?!
「やだ! なによこれ! なんで勝手に手が動いてるの?!」
全身全霊で、私は勝手に動く手を必死に止めようと努力した。
だけどゆっくりとだけど、私の手は服のボタンを一つずつ外していく。
ヴィルヘルムが嗜虐心溢れる笑みで私を見つめていた。
「ククク……伯爵令嬢が白昼堂々、男に裸を見せるか。実に楽しい見せ物だ」
――そんなの、許せるわけがないでしょう?!
だけど、私の意志に反して手が服を脱がそうとしてくる。
混乱しながらも、私は足が自由に動くことに気が付いた。
このままじゃ、ヴィルヘルムの言いなりになって服を脱いでしまいそうだった。
両手が言う事を聞かないんじゃ、閉まっているドアを開けることもできない――だけど!
私は思い切って、傍にあった調度品の大きな壺に向かって体当たりをして床に叩き落とした。
ガシャンと大きな音が響き渡り、その音は廊下の外まで聞こえて居そうだった。
――これじゃまだ足りない!
私はそのまま、手近な調度品に次々と体当たりをしていき、立て続けに大きな音を立てていく。
「――チッ! 小賢しいことをっ!」
ヴィルヘルムが舌打ちをして、慌てて部屋の外に駆け出していった。
彼が扉を開けて部屋から駆け出していくのと入れ違いに、近くに居たらしい侍女たちが部屋の中に駆け込んでくる。
「エリーゼお嬢様! 何をなさっておいでですか!」
私は彼女たちの顔を見た瞬間、安心して気が緩んだのか、そのまま意識が遠のいて行った。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
悪役令嬢と氷の騎士兄弟
飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。
彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。
クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。
悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
【完結】泉に落ちた婚約者が雑草役令嬢になりたいと言い出した件
雨宮羽那
恋愛
王太子ルーカスの婚約者・エリシェラは、容姿端麗・才色兼備で非の打ち所のない、女神のような公爵令嬢。……のはずだった。デート中に、エリシェラが泉に落ちてしまうまでは。
「殿下ってあのルーカス様……っ!? 推し……人生の推しが目の前にいる!」と奇妙な叫びを上げて気絶したかと思えば、後日には「婚約を破棄してくださいませ」と告げてくる始末。
突然別人のようになったエリシェラに振り回されるルーカスだが、エリシェラの変化はルーカスの気持ちも変えはじめて――。
転生に気づいちゃった暴走令嬢に振り回される王太子のラブコメディ!
※全6話
※一応完結にはしてますが、もしかしたらエリシェラ視点バージョンを書くかも。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる