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その後、社交界には私の醜態が噂としてすっかり広まったらしい。
私は婚約者も居なくなり、社交場に行く必要もなくなったからと、週の大半を騎士見習いエルとして過ごしていた。
伯爵邸に帰宅した時にお父様から様子を伺い、打ち合わせをする日々だ。
『ヴィルヘルムの狙いは王族だろう』という私の推測を、お父様も頷いて肯定した。
お父様の伝手を使い、ヴィルヘルムやヴィオラ、そしてローレンス殿下の周囲にも、様子を見張る人間を配置していった。
二週間ほどして、週末に伯爵邸へ帰宅した私をヴィルヘルムが訪ねてきた。
……最後に下した命令に私が応じなかったので、様子を見に来た、といったところかしら。
お父様が心配そうに私を見つめて告げる。
「エリーゼ、どうするつもりだい」
私は毅然とした態度で応える。
「どうもこうもありませんわ。彼の命令を跳ね除けたのは事実。
そのことを弁明するつもりはありません。
正直に『抗った』と宣言し、彼の出方を窺います」
お父様が私の手を握り、不安そうに告げる。
「いや、今日は会うのを止めておきなさい。
彼は私が追い返しておこう。
会えばきっと、また良からぬことをお前に仕掛けてくるに違いない」
私はやんわりとお父様の手を押し返し、微笑んで応える。
「それではヴィルヘルムの悪事の尻尾を捉えることなんてできませんわ。
多少の危険は覚悟して、彼から情報を引き出しませんと。
――でも万が一、私が失敗して家門に再び泥を塗ってしまったら、どうか私を勘当してください。
これ以上ヴェーバー伯爵家の娘として恥の上塗りをするなんて、私自身が耐えられませんから」
お父様は難しい顔で私を見つめてきた。
「……そこまでの覚悟か。
だが決して危険な真似をするんじゃないよ。
そしてお前は何があろうと私の娘だ。
家門にどんな泥を塗ろうと、それだけは絶対に変わらない。
どうか忘れないでおくれ」
私は笑顔で頷くと、お父様の書斎を辞去し、ヴィルヘルムを待たせている応接間へと向かった。
****
応接間では、ヴィルヘルムがヴィオラと共にソファに座り、私を待っていた。
入室した私を見てニヤリと微笑んだヴィルヘルムが「人払いをしてくれ」と告げると、私の身体が勝手に頷き「人払いを」と従者に告げた。
従者たちが辞去していき、扉を閉める。
私は密室になった応接間で、ヴィルヘルムとヴィオラに対峙していた。
ヴィルヘルムは興味深そうに私を眺めながら告げる。
「どうやら、≪隷属≫が解けた訳でもないらしい。
だがどうして父上の愛人になって居ないのだ?
お前にはそのように命じたはず。
あのままなら、お前はあの晩父上に身体を預け、父上の妾の一人となって居ただろうに」
私はヴィルヘルムを睨み付けて応える。
「そんなの、絶対に嫌だからに決まってるでしょう。
お父様と同年代の男性の愛人だなんて、死んでも嫌よ。
そう思ったら、なんとか足が止まってくれたわ」
「ふむ……少し反抗的だな。
今一度、自分の立場を思い知ってもらおうか――私の前に来て跪け」
私の足が勝手に歩きだし、ヴィルヘルムの前で膝を折り、彼に跪いた。
その様子を見たヴィオラが楽しそうに私に告げる。
「あら、やっぱり言う事を聞いちゃうのね。
この程度は死ぬほど嫌って訳じゃないのかしら」
「なに、こいつは私に屈するのに慣れている。
今さら抵抗したくてもできないさ。
父上の愛人は、それだけ嫌だったのだろう――今度は私の靴に口づけしろ」
――こいつ、調子に乗りやがって?!
だけどここで無害な命令に逆らうより、大人しく従っておいた方がいいだろう。
密室で誰も見ていないなら、屈辱的な扱いを受けても私が耐えれば済む話だ。
私の身体が動き、ヴィルヘルムが組んだ足、そのつま先に静かに唇を落とした。
――だけど、やっぱり屈辱だわ、これは!
怒りで頭が燃えるように熱い。
だけど私の身体は彼の靴に口づけしたまま、動かすことが出来なかった。
ヴィルヘルムの楽し気な声が降ってくる。
「そうかそうか、それほど私の靴は美味いか。
悔しそうに顔を歪めるお前の姿は、いつ見ても美しいな。
次はその服を脱いでもらおうか。全裸で外にでも走り出すがいい」
――またそれなの?! どんだけ女に恥をかかせれば気が済むんだ、この人間の屑は!
ヴィオラがその言葉を遮るように声を上げる。
「やだ、私こんな汚い人間の裸なんて見苦しいもの、見たくありませんわ。
それより、今度の計画の手駒に加えましょう。
殿下を呼び出すのに、この女を使うのよ。
何かあっても、こいつが『自分がやりました』と自供すれば、罪は全て被ってくれますわ」
ふむ、と一瞬考えこんだ様子のヴィルヘルムが、私に告げる。
「よし、服を脱ぐのは止めだエリーゼ。
お前は来週、町を散策するローレンス殿下を呼びつけろ。
詳しい場所を指示するから、紙とペンを持って来い」
私は必死に服を脱ごうとする自分に抗っていたのだけれど、ヴィルヘルムの新たな命令で立ち上がり、紙とペンを彼に手渡した。
それが済むとすぐさま、外してしまっていたボタンを留め直した。
私は婚約者も居なくなり、社交場に行く必要もなくなったからと、週の大半を騎士見習いエルとして過ごしていた。
伯爵邸に帰宅した時にお父様から様子を伺い、打ち合わせをする日々だ。
『ヴィルヘルムの狙いは王族だろう』という私の推測を、お父様も頷いて肯定した。
お父様の伝手を使い、ヴィルヘルムやヴィオラ、そしてローレンス殿下の周囲にも、様子を見張る人間を配置していった。
二週間ほどして、週末に伯爵邸へ帰宅した私をヴィルヘルムが訪ねてきた。
……最後に下した命令に私が応じなかったので、様子を見に来た、といったところかしら。
お父様が心配そうに私を見つめて告げる。
「エリーゼ、どうするつもりだい」
私は毅然とした態度で応える。
「どうもこうもありませんわ。彼の命令を跳ね除けたのは事実。
そのことを弁明するつもりはありません。
正直に『抗った』と宣言し、彼の出方を窺います」
お父様が私の手を握り、不安そうに告げる。
「いや、今日は会うのを止めておきなさい。
彼は私が追い返しておこう。
会えばきっと、また良からぬことをお前に仕掛けてくるに違いない」
私はやんわりとお父様の手を押し返し、微笑んで応える。
「それではヴィルヘルムの悪事の尻尾を捉えることなんてできませんわ。
多少の危険は覚悟して、彼から情報を引き出しませんと。
――でも万が一、私が失敗して家門に再び泥を塗ってしまったら、どうか私を勘当してください。
これ以上ヴェーバー伯爵家の娘として恥の上塗りをするなんて、私自身が耐えられませんから」
お父様は難しい顔で私を見つめてきた。
「……そこまでの覚悟か。
だが決して危険な真似をするんじゃないよ。
そしてお前は何があろうと私の娘だ。
家門にどんな泥を塗ろうと、それだけは絶対に変わらない。
どうか忘れないでおくれ」
私は笑顔で頷くと、お父様の書斎を辞去し、ヴィルヘルムを待たせている応接間へと向かった。
****
応接間では、ヴィルヘルムがヴィオラと共にソファに座り、私を待っていた。
入室した私を見てニヤリと微笑んだヴィルヘルムが「人払いをしてくれ」と告げると、私の身体が勝手に頷き「人払いを」と従者に告げた。
従者たちが辞去していき、扉を閉める。
私は密室になった応接間で、ヴィルヘルムとヴィオラに対峙していた。
ヴィルヘルムは興味深そうに私を眺めながら告げる。
「どうやら、≪隷属≫が解けた訳でもないらしい。
だがどうして父上の愛人になって居ないのだ?
お前にはそのように命じたはず。
あのままなら、お前はあの晩父上に身体を預け、父上の妾の一人となって居ただろうに」
私はヴィルヘルムを睨み付けて応える。
「そんなの、絶対に嫌だからに決まってるでしょう。
お父様と同年代の男性の愛人だなんて、死んでも嫌よ。
そう思ったら、なんとか足が止まってくれたわ」
「ふむ……少し反抗的だな。
今一度、自分の立場を思い知ってもらおうか――私の前に来て跪け」
私の足が勝手に歩きだし、ヴィルヘルムの前で膝を折り、彼に跪いた。
その様子を見たヴィオラが楽しそうに私に告げる。
「あら、やっぱり言う事を聞いちゃうのね。
この程度は死ぬほど嫌って訳じゃないのかしら」
「なに、こいつは私に屈するのに慣れている。
今さら抵抗したくてもできないさ。
父上の愛人は、それだけ嫌だったのだろう――今度は私の靴に口づけしろ」
――こいつ、調子に乗りやがって?!
だけどここで無害な命令に逆らうより、大人しく従っておいた方がいいだろう。
密室で誰も見ていないなら、屈辱的な扱いを受けても私が耐えれば済む話だ。
私の身体が動き、ヴィルヘルムが組んだ足、そのつま先に静かに唇を落とした。
――だけど、やっぱり屈辱だわ、これは!
怒りで頭が燃えるように熱い。
だけど私の身体は彼の靴に口づけしたまま、動かすことが出来なかった。
ヴィルヘルムの楽し気な声が降ってくる。
「そうかそうか、それほど私の靴は美味いか。
悔しそうに顔を歪めるお前の姿は、いつ見ても美しいな。
次はその服を脱いでもらおうか。全裸で外にでも走り出すがいい」
――またそれなの?! どんだけ女に恥をかかせれば気が済むんだ、この人間の屑は!
ヴィオラがその言葉を遮るように声を上げる。
「やだ、私こんな汚い人間の裸なんて見苦しいもの、見たくありませんわ。
それより、今度の計画の手駒に加えましょう。
殿下を呼び出すのに、この女を使うのよ。
何かあっても、こいつが『自分がやりました』と自供すれば、罪は全て被ってくれますわ」
ふむ、と一瞬考えこんだ様子のヴィルヘルムが、私に告げる。
「よし、服を脱ぐのは止めだエリーゼ。
お前は来週、町を散策するローレンス殿下を呼びつけろ。
詳しい場所を指示するから、紙とペンを持って来い」
私は必死に服を脱ごうとする自分に抗っていたのだけれど、ヴィルヘルムの新たな命令で立ち上がり、紙とペンを彼に手渡した。
それが済むとすぐさま、外してしまっていたボタンを留め直した。
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