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1.無実の罪
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私は双子の妹クリスティンと共に、聖教会で聖女として認定を受けた人間だ。
庶民の生まれだった私たちは外見以外が全くの正反対。
平和を愛する私と、刺激を愛するクリスティン。
共に同じ金髪で、髪を下げているのが私、上げているのがクリスティンだ。
そんな私は十八歳の誕生日に、ショーン第一王子との婚約を発表することになっていた。
――そのショーン殿下が今、私の目の前で胸にナイフを突き立てられて絶命していた。
震える私はゆっくりと殿下に近づき、その首筋に手を触れる。
脈はない。もう、事切れている。
背後から衛兵の声が聞こえる。
「誰か来てくれ! 聖女クラリスがショーン殿下を暗殺した!」
そんな声も、頭が真っ白の私には届かなかった。
私はただ、思いを通じ合わせたショーン殿下が帰らぬ人となったことを悲しみ、涙をこぼした。
****
私はすぐに牢獄に入れられた。
着のみ着のまま、婚約発表会のドレスで地下牢につながれている。
入浴も許されず薄汚れた牢獄のベッドで何日も過ごしていくうちに、純白のドレスも灰色にすすけてしまっていた。
審問官が地下牢にやってきて私に告げる。
「クラリス・バレット、聖教会が正式に貴様を破門とした。
ヴァリアント王家からも貴様の極刑を求める声が強い。
言い残したいことがあれば聞いてやろう」
「――待ってください! 私はやっていません!」
審問官が手元の書類をめくりながら告げる。
「だが事件当日、ショーン殿下の護衛の兵士を貴様が追い払ったという話がある。
室内に待機していた侍女たちにも人払いを命じた、とな」
「知りません! 私はただ、殿下がやってくるのが遅いから様子を見に――」
「そのような言葉には何の力もない。
状況を覆したくば、証人か証拠を持ってこい」
そんな……なんで会っても居ない人たちが、『私と会っていた』と証言するのだろう。
私の無実を証明してくれる証人なんて、あの日には居なかった。
不自然なほど私の周囲には人が居なくて、誰かに殿下の様子を見て来てもらうことすらできなかったのだから。
審問官は鼻を鳴らしてから告げる。
「申し開きはもうないようだな。
貴様は世を乱す『偽りの聖女』として処刑される。
せいぜいその日を楽しみにしておくことだ」
審問官が去っていく足音を聞きながら、私はベッドの上で膝を抱えた。
せめて、愛するショーン殿下と同じ場所に行くことができるなら、もうそれでいいような気がした。
****
裁判当日、私は被告人席で国王陛下の言葉を聞いていた。
彼の視線は憎しみが燃え滾っているかのようだった。
「偽りの聖女クラリス、なぜショーンを殺害したのか述べよ」
「私は……やっておりません……」
国王陛下が証人席を見て告げる。
「ではジェームズよ、お前の証言を再び聞かせてもらおう」
証人席のジェームズ殿下が頷いた。
「以前からクラリスは、『私こそが王位につくべきだ』と執拗に言い募ってきていました。
私は彼女の想いを拒絶していたのですが、しつこく言い寄ってきたのです。
おそらく兄上を亡き者にすれば、願いが叶うとでも浅はかな考えに取りつかれたのでしょう」
私は思わず声を上げる。
「待ってください! そんなこと、私は言った覚えはないわ!」
国王陛下が木槌を叩いた。
「静かにしろ、偽りの聖女。
多数の目撃証言に加え、動機もはっきりとした。
貴様は王位をジェームズに譲らせるため、ショーンを殺害。
そして逃走する前に衛兵に見つかり、こうして捕縛された。
――以上、間違いないな?」
「間違いだらけよ! 私は個人的にジェームズ殿下と会ったこともありません!」
国王陛下の冷たい眼差しが私を射抜いた。
「貴様がジェームズと密会をしていた姿は、これまでなんども噂になっていた。
大方、聖教会の務めから抜け出して頻繁に会いに行っていたのだろう?」
「そんなこと、しておりません!」
証人席に居るクリスティンが、悲し気に目元をハンカチで抑えていた。
「クラリスお姉様がこんな大それたことをするなんて、私には信じられません」
「クリスティン……」
やっぱり、信じてくれるのはあなただけなのね。
私が目元を潤ませていると、クリスティンが更に告げる。
「ですが私も確かに聞いたのです。
『ショーン殿下さえいなければ、全てが巧く行くのに』という言葉を」
「――クリスティン? 何を言っているの?」
クリスティンが私を非難するような眼差しで告げる。
「聖教会と王家の契約、それは今後の政治体制にも関わる大切なもの。
それを全て台無しにしてしまったお姉様には、きちんと罪を償って頂ければと思います」
国王陛下が鷹揚に頷いた。
「こうなればクリスティンよ、お前がジェームズと婚姻し、王位を継ぐのだ。
姉の罪を、妹のお前が償って生きるが良い」
クリスティンは黙って頭を下げた。
ジェームズ殿下は薄ら笑いを浮かべている。
――まさかこの状況、全て仕組まれていたというの?!
国王陛下が大きく木槌を打ち鳴らした。
「判決を下す! 偽りの聖女クラリスは死刑とする!
以上を持って閉廷だ!」
私は衛兵たちに背後から抱え上げられ、再び牢獄へと連れていかれた。
****
私は再びじめついた薄暗い牢獄のベッドで膝を抱えていた。
ショーン殿下との思い出に浸りながら、最後の時を待つ。
そもそも出会いは三年前、十五歳の時だった。
その頃、邪神の復活を目論むクロスランド公爵とその娘ミレーヌを、ショーン殿下が討伐した。
だけどミレーヌはショーン殿下の婚約者で、自ら彼女を手にかけた殿下は酷く心を痛めていた。
『なぜ邪神の巫女なんてものになってしまったのか』と、いつも悔やんでおいでだった。
共同墓地に埋葬された公爵とミレーヌの墓を、ショーン殿下は毎日のように通っていたくらいだ。
たまたま共同墓地に立ち寄った私はショーン殿下と出会い、彼と話をするようになった。
私は邪神の封印を強化するために聖教会に籠り、討伐にはクリスティンが同行していた。
だからショーン殿下から聞かされる当時の状況は、私にも疑問だらけだった。
冷酷無情な政治家だけれど国内随一の魔法剣士でもあったクロスランド公爵。
そして邪神の巫女として目覚めたという、国内指折りの美姫ミレーヌ。
親譲りの才能で、彼女はとても強力な巫女だったという。
王国軍の精鋭二千人が半壊するほどの被害を出しながら、ついに公爵とミレーヌは討伐された。
クリスティンは自慢げにそのことを話していたっけ。
傷心のショーン殿下を慰めるうちに情が移り、私たちはいつしか心を通わせるようになった。
聖教会の務めの隙間を縫っては時間を作り、二人で将来を語り合う仲になった。
――そんな私がショーン殿下を手にかけるなんて、あるわけがない。
だけど、それを信じてくれる人は誰もいなかった。
****
ついに処刑当日、私は首切り役人の前に連れていかれた。
「偽りの聖女クラリス、最後に言い残すことはあるか」
私は膝を折り、うなだれながら首を横に振った。
もう今さら、何を言っても何も変わらない。
――ショーン殿下、今そちらに参ります。
首切り役人の剣が私の首を切り落とし、私の人生は幕を閉じた。
真っ暗な世界に私の意識は居た。
どこからか声が聞こえる。
『情けないわね、あの程度の陰謀で命を落とすなんて』
「……うるさいわね。どうだっていいじゃない、そんなこと」
もう終わってしまったことに、今さら何の意味があると言うのか。
『ねぇクラリス、もう一度チャンスを上げると言ったら、あなたはどうする?
愛するショーン王子が命を落とさない未来。
そんなものを手に入れてみたくない?』
「……できるの? そんなことが」
『ええ、今ならできるわ。
でも本当に願いが叶うかは、あなたの努力次第』
――そんなことが可能なのだとしたら。
「誰だか知らないけど、お願い。
私はどうなっても良いから、殿下を助けたいの」
暗闇の向こうで楽し気な気配がした。
『確かに聞いたわ。
ではあなたの時間を巻き戻してあげる。
今度は巧く立ち回りなさい?』
「――待って! あなたは誰なの?! まさか聖神様?!」
『私はゴルディーナ。あなたたちが邪神と呼ぶ存在よ』
え?! 邪神!?
私が言葉を発しようとすると激しい眩暈に襲われ、私の意識は闇に飲まれて行った。
****
「ミレーヌお嬢様、朝でございます」
女性の声でハッと目が覚めた。
目に飛び込むのは貴族の部屋の天井。
慌てて起き上がると、自分の体がやたらと小さいのに気が付いた。
その手はまるで、幼児のもののようだ。
……時間が巻き戻ったの? でも、ここはどこ?
それと同時に軽い眩暈を覚え、同時に私の中に他人の記憶が紛れ込んでくる。
この記憶……これは、『私』は『ミレーヌ・クロスランド』?
――私、邪神の巫女になっちゃってる?!
邪神が時間を巻き戻したから、邪神の巫女として人生をやり直せってこと?!
庶民の生まれだった私たちは外見以外が全くの正反対。
平和を愛する私と、刺激を愛するクリスティン。
共に同じ金髪で、髪を下げているのが私、上げているのがクリスティンだ。
そんな私は十八歳の誕生日に、ショーン第一王子との婚約を発表することになっていた。
――そのショーン殿下が今、私の目の前で胸にナイフを突き立てられて絶命していた。
震える私はゆっくりと殿下に近づき、その首筋に手を触れる。
脈はない。もう、事切れている。
背後から衛兵の声が聞こえる。
「誰か来てくれ! 聖女クラリスがショーン殿下を暗殺した!」
そんな声も、頭が真っ白の私には届かなかった。
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着のみ着のまま、婚約発表会のドレスで地下牢につながれている。
入浴も許されず薄汚れた牢獄のベッドで何日も過ごしていくうちに、純白のドレスも灰色にすすけてしまっていた。
審問官が地下牢にやってきて私に告げる。
「クラリス・バレット、聖教会が正式に貴様を破門とした。
ヴァリアント王家からも貴様の極刑を求める声が強い。
言い残したいことがあれば聞いてやろう」
「――待ってください! 私はやっていません!」
審問官が手元の書類をめくりながら告げる。
「だが事件当日、ショーン殿下の護衛の兵士を貴様が追い払ったという話がある。
室内に待機していた侍女たちにも人払いを命じた、とな」
「知りません! 私はただ、殿下がやってくるのが遅いから様子を見に――」
「そのような言葉には何の力もない。
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私の無実を証明してくれる証人なんて、あの日には居なかった。
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審問官は鼻を鳴らしてから告げる。
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せめて、愛するショーン殿下と同じ場所に行くことができるなら、もうそれでいいような気がした。
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裁判当日、私は被告人席で国王陛下の言葉を聞いていた。
彼の視線は憎しみが燃え滾っているかのようだった。
「偽りの聖女クラリス、なぜショーンを殺害したのか述べよ」
「私は……やっておりません……」
国王陛下が証人席を見て告げる。
「ではジェームズよ、お前の証言を再び聞かせてもらおう」
証人席のジェームズ殿下が頷いた。
「以前からクラリスは、『私こそが王位につくべきだ』と執拗に言い募ってきていました。
私は彼女の想いを拒絶していたのですが、しつこく言い寄ってきたのです。
おそらく兄上を亡き者にすれば、願いが叶うとでも浅はかな考えに取りつかれたのでしょう」
私は思わず声を上げる。
「待ってください! そんなこと、私は言った覚えはないわ!」
国王陛下が木槌を叩いた。
「静かにしろ、偽りの聖女。
多数の目撃証言に加え、動機もはっきりとした。
貴様は王位をジェームズに譲らせるため、ショーンを殺害。
そして逃走する前に衛兵に見つかり、こうして捕縛された。
――以上、間違いないな?」
「間違いだらけよ! 私は個人的にジェームズ殿下と会ったこともありません!」
国王陛下の冷たい眼差しが私を射抜いた。
「貴様がジェームズと密会をしていた姿は、これまでなんども噂になっていた。
大方、聖教会の務めから抜け出して頻繁に会いに行っていたのだろう?」
「そんなこと、しておりません!」
証人席に居るクリスティンが、悲し気に目元をハンカチで抑えていた。
「クラリスお姉様がこんな大それたことをするなんて、私には信じられません」
「クリスティン……」
やっぱり、信じてくれるのはあなただけなのね。
私が目元を潤ませていると、クリスティンが更に告げる。
「ですが私も確かに聞いたのです。
『ショーン殿下さえいなければ、全てが巧く行くのに』という言葉を」
「――クリスティン? 何を言っているの?」
クリスティンが私を非難するような眼差しで告げる。
「聖教会と王家の契約、それは今後の政治体制にも関わる大切なもの。
それを全て台無しにしてしまったお姉様には、きちんと罪を償って頂ければと思います」
国王陛下が鷹揚に頷いた。
「こうなればクリスティンよ、お前がジェームズと婚姻し、王位を継ぐのだ。
姉の罪を、妹のお前が償って生きるが良い」
クリスティンは黙って頭を下げた。
ジェームズ殿下は薄ら笑いを浮かべている。
――まさかこの状況、全て仕組まれていたというの?!
国王陛下が大きく木槌を打ち鳴らした。
「判決を下す! 偽りの聖女クラリスは死刑とする!
以上を持って閉廷だ!」
私は衛兵たちに背後から抱え上げられ、再び牢獄へと連れていかれた。
****
私は再びじめついた薄暗い牢獄のベッドで膝を抱えていた。
ショーン殿下との思い出に浸りながら、最後の時を待つ。
そもそも出会いは三年前、十五歳の時だった。
その頃、邪神の復活を目論むクロスランド公爵とその娘ミレーヌを、ショーン殿下が討伐した。
だけどミレーヌはショーン殿下の婚約者で、自ら彼女を手にかけた殿下は酷く心を痛めていた。
『なぜ邪神の巫女なんてものになってしまったのか』と、いつも悔やんでおいでだった。
共同墓地に埋葬された公爵とミレーヌの墓を、ショーン殿下は毎日のように通っていたくらいだ。
たまたま共同墓地に立ち寄った私はショーン殿下と出会い、彼と話をするようになった。
私は邪神の封印を強化するために聖教会に籠り、討伐にはクリスティンが同行していた。
だからショーン殿下から聞かされる当時の状況は、私にも疑問だらけだった。
冷酷無情な政治家だけれど国内随一の魔法剣士でもあったクロスランド公爵。
そして邪神の巫女として目覚めたという、国内指折りの美姫ミレーヌ。
親譲りの才能で、彼女はとても強力な巫女だったという。
王国軍の精鋭二千人が半壊するほどの被害を出しながら、ついに公爵とミレーヌは討伐された。
クリスティンは自慢げにそのことを話していたっけ。
傷心のショーン殿下を慰めるうちに情が移り、私たちはいつしか心を通わせるようになった。
聖教会の務めの隙間を縫っては時間を作り、二人で将来を語り合う仲になった。
――そんな私がショーン殿下を手にかけるなんて、あるわけがない。
だけど、それを信じてくれる人は誰もいなかった。
****
ついに処刑当日、私は首切り役人の前に連れていかれた。
「偽りの聖女クラリス、最後に言い残すことはあるか」
私は膝を折り、うなだれながら首を横に振った。
もう今さら、何を言っても何も変わらない。
――ショーン殿下、今そちらに参ります。
首切り役人の剣が私の首を切り落とし、私の人生は幕を閉じた。
真っ暗な世界に私の意識は居た。
どこからか声が聞こえる。
『情けないわね、あの程度の陰謀で命を落とすなんて』
「……うるさいわね。どうだっていいじゃない、そんなこと」
もう終わってしまったことに、今さら何の意味があると言うのか。
『ねぇクラリス、もう一度チャンスを上げると言ったら、あなたはどうする?
愛するショーン王子が命を落とさない未来。
そんなものを手に入れてみたくない?』
「……できるの? そんなことが」
『ええ、今ならできるわ。
でも本当に願いが叶うかは、あなたの努力次第』
――そんなことが可能なのだとしたら。
「誰だか知らないけど、お願い。
私はどうなっても良いから、殿下を助けたいの」
暗闇の向こうで楽し気な気配がした。
『確かに聞いたわ。
ではあなたの時間を巻き戻してあげる。
今度は巧く立ち回りなさい?』
「――待って! あなたは誰なの?! まさか聖神様?!」
『私はゴルディーナ。あなたたちが邪神と呼ぶ存在よ』
え?! 邪神!?
私が言葉を発しようとすると激しい眩暈に襲われ、私の意識は闇に飲まれて行った。
****
「ミレーヌお嬢様、朝でございます」
女性の声でハッと目が覚めた。
目に飛び込むのは貴族の部屋の天井。
慌てて起き上がると、自分の体がやたらと小さいのに気が付いた。
その手はまるで、幼児のもののようだ。
……時間が巻き戻ったの? でも、ここはどこ?
それと同時に軽い眩暈を覚え、同時に私の中に他人の記憶が紛れ込んでくる。
この記憶……これは、『私』は『ミレーヌ・クロスランド』?
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