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黎明の章
王宮舞踏会
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王宮では、毎年恒例となっている春の大舞踏会が開催され、グレイシアははじめて、グランヴィル伯爵夫人として公式の行事へと参加することになっていた。
この時は正礼装であり、いつもなら女性たちはそれぞれ工夫をこらしたドレスを身に付けるし、男性たちはテールコートであるけれど、女性のドレスは、後ろを長く引いた裾を左手首に紐で繋げ、左胸には紋章の刺繍がつく。
そして、男性たちは紺色の礼装用の軍服となる。
それを身に付けたジョルダンは、金色の飾り緒と、それから階級を示す金の紋章がきらびやかで凛々しく、思わず見惚れてしまうほどだった。
グレイシアの方はといえば、着なれないその裾の扱いにすこしばかり苦戦して、舞踏会までに裾さばきを練習しなければならなかった。
「王都の社交界というのは、とにかく物入りね……」
グレイシアは一人呟いた。
ラングトンでは、同じ伯爵とはいえ昼夜とは着替えはしても、朝昼夜とまではいかず、尚且つこちらでは、流行の移り変わりが早くて、毎年ドレスは新調するもののようで、この正礼装だけは流行りはあまり関係はないものの、年に数回も着る機会がないというのも、驚きであるし、若く活動的な令嬢の中には舞踏会をはしごして、その会場ごとに衣装を変えるのだとか。
はじめて国王 ジェラルドと目通りの叶うグレイシアは、緊張が隠せないが、さすがというべきか、ジョルダンはとても自然でいつもの様に穏やかだった。
一家族ずつ行う王族への挨拶は、公爵家から始まり次が侯爵、伯爵へと続き、新しいとも言えるグランヴィル伯爵家であるグレイシアたちは最後のほうとなり、緊張のあまりまばゆいばかりの国王夫妻を直視することは難しかった。
「ずいぶん緊張してたね」
囁くように言ってきたジョルダンは、そこには愉しげな笑みが隠されていて、グレイシアは少しだけ言い訳をする。
「当然だわ、これまで縁のない生活だったのだから」
「大丈夫、同じ人で背中に翼が生えてたり尻尾が生えてたりするわけではないよ」
「そこまで、子供じみてないわ」
グレイシアも、笑いを滲ませて言い返した。
しかし、ざわめきが起こってふと見れば、それはジェフが登場したのだが、顔に明らかなアザがあったからだ。
そうして、いま社交界の噂の主が、また話題をもたらしてひそひそと噂が聞こえてきたのだ。
―――――暴漢に襲われたのですって
―――――暴漢に?まぁ怖いわ。でも、怪我をしてても変わらずの美男ぶりだわ。
――――――でも………本当にただの暴漢なのかしら?
――――――しぃっ、それは口にしない方が……
(ジョルダンの怪我の様に………ゲインズ子爵も)
そんな風に考えながら、ちらりとジョルダンを見上げてみる。
思考を読んだかのように軽く頷いて見せて、『そうだ』と答えているように思えた。
(恐ろしい、人なんだ………)
グレイシアは、少し心臓が細かな震えを伝えてくるような気がした。華やかなこの世界はやはり恐ろしい一面もあるのだと………。
そんな怯えに似た感情は、肘にかけた指先を上から撫でて慰めるような仕草で、それは安心して、と告げていて宥められた。
気を取り直して、華やかな管弦楽ではじまった舞踏会へと意識を向ける。
国の象徴である高貴な家族は麗しくて、目を奪い、さっき見ることの出来なかったこの国の頂点にある人たちのダンスをグレイシアはうっとりと見つめた。
堂々とした国王 ジェラルドとそしてミランダ王妃の豪奢な正装姿のダンスは想像以上にきらびやかで圧巻であった。
そして、次の曲から心得たようにみながダンスの輪に入っていき、夢のような世界を描き出す。
ひらひらと舞い広がるドレスの裾と、紺色の軍服の裾と揺れる金の飾り緒が、鮮やかに目に焼きつく。
この世界は華やかで、美しい。気後れするほどの綺羅綺羅しい世界は楽しくて、でも田舎育ちのグレイシアには落ち着いた家の方がしっくりとする。
けれど、一度足を踏み入れたここで新たに出会った友人たちは優しく受け入れてくれた。
みな、温かくてそして頼りがいがあって、遠くまで探しに来てくれた人がいて、気を配ってくれる人がいる。
(ひさしぶりに、家に手紙を書こうかしら………)
もしかすると、結婚したことを喜んでくれるかもしれない。
書き出しは……そう
《お父様 お母様へ
お元気ですか?私は今、王都にいます……―――――――》
返事は来ないかも知れないけれど………。
それでも、今は幸せに暮らしていますと。
ここには、不吉な影なんて吹き飛ばしてしまうほど華やかなのだと。
「どうした?」
「手紙を書こうかと思ったの…、故郷に向けて」
「それはいいね、気になってた。挨拶もしていないから」
「でも、何度目かと呆れて返事は来ないかも」
「それでも………そんな風に考えてくれた事がうれしいよ」
ほぼチェルノの死から絶縁状態の生家。
そんな前向きな勇気が沸いてきたことを喜んでくれる人が側にいる。
それは、なんて力を与えてくれるのだろう……。
だから、きっとどこかで心配していると思う両親に………知らせるだけでも知らせよう。
そう、明日には手紙を出そう
そう決意をしながら、グレイシアはダンスを踊っていた。
この時は正礼装であり、いつもなら女性たちはそれぞれ工夫をこらしたドレスを身に付けるし、男性たちはテールコートであるけれど、女性のドレスは、後ろを長く引いた裾を左手首に紐で繋げ、左胸には紋章の刺繍がつく。
そして、男性たちは紺色の礼装用の軍服となる。
それを身に付けたジョルダンは、金色の飾り緒と、それから階級を示す金の紋章がきらびやかで凛々しく、思わず見惚れてしまうほどだった。
グレイシアの方はといえば、着なれないその裾の扱いにすこしばかり苦戦して、舞踏会までに裾さばきを練習しなければならなかった。
「王都の社交界というのは、とにかく物入りね……」
グレイシアは一人呟いた。
ラングトンでは、同じ伯爵とはいえ昼夜とは着替えはしても、朝昼夜とまではいかず、尚且つこちらでは、流行の移り変わりが早くて、毎年ドレスは新調するもののようで、この正礼装だけは流行りはあまり関係はないものの、年に数回も着る機会がないというのも、驚きであるし、若く活動的な令嬢の中には舞踏会をはしごして、その会場ごとに衣装を変えるのだとか。
はじめて国王 ジェラルドと目通りの叶うグレイシアは、緊張が隠せないが、さすがというべきか、ジョルダンはとても自然でいつもの様に穏やかだった。
一家族ずつ行う王族への挨拶は、公爵家から始まり次が侯爵、伯爵へと続き、新しいとも言えるグランヴィル伯爵家であるグレイシアたちは最後のほうとなり、緊張のあまりまばゆいばかりの国王夫妻を直視することは難しかった。
「ずいぶん緊張してたね」
囁くように言ってきたジョルダンは、そこには愉しげな笑みが隠されていて、グレイシアは少しだけ言い訳をする。
「当然だわ、これまで縁のない生活だったのだから」
「大丈夫、同じ人で背中に翼が生えてたり尻尾が生えてたりするわけではないよ」
「そこまで、子供じみてないわ」
グレイシアも、笑いを滲ませて言い返した。
しかし、ざわめきが起こってふと見れば、それはジェフが登場したのだが、顔に明らかなアザがあったからだ。
そうして、いま社交界の噂の主が、また話題をもたらしてひそひそと噂が聞こえてきたのだ。
―――――暴漢に襲われたのですって
―――――暴漢に?まぁ怖いわ。でも、怪我をしてても変わらずの美男ぶりだわ。
――――――でも………本当にただの暴漢なのかしら?
――――――しぃっ、それは口にしない方が……
(ジョルダンの怪我の様に………ゲインズ子爵も)
そんな風に考えながら、ちらりとジョルダンを見上げてみる。
思考を読んだかのように軽く頷いて見せて、『そうだ』と答えているように思えた。
(恐ろしい、人なんだ………)
グレイシアは、少し心臓が細かな震えを伝えてくるような気がした。華やかなこの世界はやはり恐ろしい一面もあるのだと………。
そんな怯えに似た感情は、肘にかけた指先を上から撫でて慰めるような仕草で、それは安心して、と告げていて宥められた。
気を取り直して、華やかな管弦楽ではじまった舞踏会へと意識を向ける。
国の象徴である高貴な家族は麗しくて、目を奪い、さっき見ることの出来なかったこの国の頂点にある人たちのダンスをグレイシアはうっとりと見つめた。
堂々とした国王 ジェラルドとそしてミランダ王妃の豪奢な正装姿のダンスは想像以上にきらびやかで圧巻であった。
そして、次の曲から心得たようにみながダンスの輪に入っていき、夢のような世界を描き出す。
ひらひらと舞い広がるドレスの裾と、紺色の軍服の裾と揺れる金の飾り緒が、鮮やかに目に焼きつく。
この世界は華やかで、美しい。気後れするほどの綺羅綺羅しい世界は楽しくて、でも田舎育ちのグレイシアには落ち着いた家の方がしっくりとする。
けれど、一度足を踏み入れたここで新たに出会った友人たちは優しく受け入れてくれた。
みな、温かくてそして頼りがいがあって、遠くまで探しに来てくれた人がいて、気を配ってくれる人がいる。
(ひさしぶりに、家に手紙を書こうかしら………)
もしかすると、結婚したことを喜んでくれるかもしれない。
書き出しは……そう
《お父様 お母様へ
お元気ですか?私は今、王都にいます……―――――――》
返事は来ないかも知れないけれど………。
それでも、今は幸せに暮らしていますと。
ここには、不吉な影なんて吹き飛ばしてしまうほど華やかなのだと。
「どうした?」
「手紙を書こうかと思ったの…、故郷に向けて」
「それはいいね、気になってた。挨拶もしていないから」
「でも、何度目かと呆れて返事は来ないかも」
「それでも………そんな風に考えてくれた事がうれしいよ」
ほぼチェルノの死から絶縁状態の生家。
そんな前向きな勇気が沸いてきたことを喜んでくれる人が側にいる。
それは、なんて力を与えてくれるのだろう……。
だから、きっとどこかで心配していると思う両親に………知らせるだけでも知らせよう。
そう、明日には手紙を出そう
そう決意をしながら、グレイシアはダンスを踊っていた。
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