ダンスとキスとマリオネット

桜 詩

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シャーロット・レイノルズは防寒着をしっかりと着て、アイススケートを楽しみに、領地にある凍った湖に来ていた。
近くの木に馬を繋ぐと、荷物からスケート靴を取りだし、ベンチに座って履きかえる。

シャーロットは身体を動かすのが好きだ。
鼻唄を歌いながら、氷上にたって、滑り出すと、頬に風が触れシャーロットはますます楽しくなりスピードをあげる。
幼い頃から冬はスケートを楽しんでいるからかなりの腕だと自負していた。
覚えたワルツを思いつきで踊ってみることにした。
歌を口ずさみ、踊ると思った以上に地上と違い難しいけれど、慣れてくると優雅に滑れているとシャーロットは興奮してきた。

一曲滑り終えて、誰もいないけど最後の礼をすると、パンパンパンと拍手が聞こえた。
シャーロットが振り向くと、シャーロットの馬の近くに銀髪と青い瞳の凛々しい青年が立っていた。
「エドワードお兄様!」
シャーロットは滑って湖からでると、エドワードに抱きついた。
しっかりと抱き止めたエドワードは
「やぁ、シャーロット。今のはワルツだったね」
「ふふっ。そうなのわかってくれたのね?」
「うん、素敵だったよ」
エドワードに誉められてシャーロットは微笑んだ。
「お兄様も一緒に滑らない?」
エドワードは用意していたらしいスケート靴を出すと
「実は持ってきていた 」
しれっと言うエドワードは魅力的な笑みを浮かべた。
シャーロットはエドワードにスケートを教えてもらったので、いわば師匠だ。
「王都のスケートリンクで、ダンスを踊っていた恋人がいたそうだよ?シャーロット、さっきみたいにね」
ふふっとエドワードがはきかえながら言った。
「あら、そうなの?じゃぁお兄様、わたくしと踊ってくださる?」
「さて、上手く出来るかな?」
「お兄様が出来ないわけないわ」
エドワードはシャーロットをエスコートして、氷上に入る。
まずは、お辞儀。シャーロットが、ワルツを口ずさむのに合わせてエドワードとシャーロットは踊りだした。
「すごいわ、お兄様。一人よりずっと楽しいわ!」
「シャーロットは上手になったね」
「ありがとう。それなりに、は自信があるわ。でも、ワルツなんてみんな踊れるわ」
シャーロットはニコッと微笑んだ。
「春にはデビューだね。立派なレディだ」
「…お母様が張り切ってしまって。今日もこうして息抜きをしていたのよ」
「そうだろうね」
一曲終わり、お辞儀をする。
「もう一曲お願いできて?」
「もちろん、従妹の姫」
こんどは別の曲にしてみる。ワルツよりは少し難しいが、ターンが楽しくシャーロットは、ご機嫌になった。
「ありがとう、お兄様。お陰で楽しくなれたわ」
「私も楽しめたよ」
にっこりとエドワードが微笑んだ。

二人とも靴を履きかえ、馬に乗る。
鞍に乗るのは大変だが、エドワードが居てくれて楽に乗れた。
「ありがとうお兄様」
伯父一家が来ることは知らされていた。今日だとは知らなかったが…
「先ほど、こちらにいらしたの?」
「そう、父と一緒に」
シャーロットはエドワードを見た。
「…来ると聞いていたけれど、…もしかしてアデリンと婚約が整ったのかと思ったわ」
アデリンはシャーロットの妹で11才。
「…私はまだ受けないつもりだよ。なによりアデリンはまだ幼すぎる」
シャーロットは複雑な気持ちでいっぱいだった。
エドワードと、シャーロットは生まれてすぐに親同士が婚約すると口約束をされていたし、そのように育ってきた。
だけど、レイノルズ伯爵家に世嗣ぎは現在の所生まれておらず、話たち消えて代わりにアデリンをと言う話も上がっている。
シャーロットはうつむいた。幼馴染みで気の合うエドワードが婚約者なら、これ以上ないくらいに幸せだったのに。
ふうっとため息をだした。
横のりで馬を走らせて、レイノルズ伯爵家のカントリーハウスに向かった。

厩舎に馬を預けると、シャーロットとエドワードは連れだって、邸宅に入った。
「お帰りなさいませ。シャーロット様、奥さまがお探しです」
「わかったわ、ありがとう」
エドワードの腕に手をかけて、
「一緒に来てくださる?お母様の小言を減らしてほしいわ」
こそっと言うと、エドワードは笑いながらうなずいた。
ノックして応接間に入ると、父母と伯父夫婦がいた。
「お久しぶりですわ、伯父さま、伯母さま」
シャーロットはお辞儀をした。
「探したのよシャーロット。どこに行っていたの?」
母のオーガスタが目を吊り上げている。
「少し馬術の練習をしてましたの。デビューすれば機会も増えますでしょう?」
空いているソファにエドワードと共に座る。 
メイドが淹れてくれたお茶を飲む。
スケートをしていたなんて言ったら、大変な事を言われそうだ。
「シャーロット!馬なんてこんなに寒い時期に乗ることはありません。本当におてんばなのだから…!」
「あら、いけません?馬も繋がれたままではかわいそうかと。でしたら、ちょうどエドワードお兄様がいらしてくださったから、ダンスでも楽しみますわ」
伯父夫婦はシャーロットを面白そうに見ている。
「伯父様、エリアルド殿下は健やかにお過ごしですか?もう一才におなりでしょう?」
「ああ、健やかに大きくなってこられた」
伯父カルロスは嬉しそうに目を細めた。
エドワードの、姉のクリスタは王太子シュヴァルドの妃で、世嗣ぎとなる男子にも恵まれ順風満帆といった感じだ。
「それにしてもシャーロットは、美しくなったわ。デビューすれば、話題をさらうでしょうね」
伯母のマーガレットが優雅に笑った。クリスタとエドワードに似た美しい女性だ。
「これくらいの容姿で、話題にはなりませんわ。なるとしたらクリスタ妃殿下の従姉妹と言う立場と、わたくしと結婚すれば伯爵になれる。ということだけですわ叔母様」
「まぁ。」
「シャーロット!口が過ぎますよ」
母が嗜める。 
「…つまり、十人並みと言いたいのですわ」
実際、シャーロットは令嬢らしく、まっすぐでさらさらの金髪に珍しい金色の瞳。顔は整っているし、スタイルだって数ヵ月前から着けた本格的なコルセットで細いウエストとふっくらとした谷間を作り出している。
でも、こんなのメイドがいる貴族の令嬢ならほとんどそうだろう。日に焼けないように、食べ過ぎて太らないように、優雅に動けるように。こんなもの、みんな持っている。
「そんなことないと思うよ?きっと求婚者が列をなすよ」
エドワードが優しく言った。
「…ありがとうお兄様…」
「やれやれ、うちのお姫様は気難しいね」
父は愉快そうに笑ったが、母は怖い顔で見ている。
「心配なさらないで、役目はわかっております」
婿を探すっていうこと。
でも、見つかるまでは自由にさせてほしいわ。
「気にしなくていいんだよ?シャーロット。君が好きになった相手がいればその相手と結ばれるのが一番だと私は思っている」
父がそう言った。
ちょっと目を見開いた。母は違うようだけど…
少しささくれだった気持ちが安らぐのを感じた。
「ありがとうございます。お父様」
シャーロットは、頃合いかと思い立ち上がり、
「外出着のままでしたわ。着替えてまいります。エドワードお兄様、あとでダンスのお相手をお願いしても?」
「もちろん喜んで」
シャーロットはお辞儀をして部屋に戻った。
ベルをならすとメイドのネリーが入ってきた。
「着替えるわ、ドレスをだして」
「はいシャーロット様」
ネリーが昼用のドレス、紺色の上品なドレスを出して手伝ってくれる。帽子を被っていたから、下ろしたままだった髪も編み込んで、残りは下ろした少女らしい髪型にしてくれる。
靴をヒールに、履き替える。
階下の小広間に行くと、エドワードが窓際で外を眺めていた。
「お兄様お待たせ」
「シャーロット、雪だよ。降りだした、降る前に着いて良かったよ」
笑うと、目尻が下がりそこがシャーロットは好きだった。

執事見習いのバートラムがピアノを弾いてくれる。
「なににする?」
エドワードが、パラパラと楽譜をさせながら聞いた。 
「まずはカドリール、ワルツ、ポルカがいいかしら?定番でしょう?」
「そうだね」

エドワードはお辞儀をして、バートラムがピアノを演奏し始める。今は素手でエドワードの手がふれる。
21になり、青年らしくなったエドワードは、ヒールをはいたシャーロットより頭一つ高い。
バートラムがいるので、エドワードに抱きついたりは決して出来ない。
カドリールは、相手を次々に変えるが、今はエドワードとずっと踊る。
「デビューのエスコートは私がお役目を承ったよ」
「あら、うれしいわ。しっかり教えて下さる?いろいろと」
くすくすとシャーロットは笑った。
「ちょっと、妬けるね。他の誰かがシャーロットに求婚するなんてね」
あらとシャーロットはエドワードをみた。
「お兄様はいつから、そんな台詞が言えるようになったの?やはりまもなく成人だと違いますわね」
「そうだね、親の許可なく結婚できる、成人だ」
シャーロットは目を瞬かせた。
「そういう、方がいらっしゃるの?」
シャーロットは少しドキリとした。いきなりエドワードが遠くの人になってしまった気がした。王太子妃の、弟であり、次期伯爵としてエドワードはすでに社交界で有名になっている。その妻の座を狙う女性たちは多いだろう。婚約者もいない、正式には。
「いや、いない」
ふっと笑うと
「そういう、年になったと言うことだよ。シャーロットがデビューを迎えるように」
「本当は、デビューを楽しみにしたいのに。とても憂鬱よエドワード」
わざと名前を呼んだ。
エドワードの、婚約者候補としてはずされてから、ずっとお兄様とつけてきた。
「楽しめばいい。シャーロットはまだ若く綺麗だ、これからたくさんの男が、君の前に膝をつくよ」
カドリールが終わり、ワルツになる。
密着度の高いワルツは、エドワードの、匂いが濃厚だ。爽やかなエドワードらしい香り。
「…たくさんはいらないの。たった一人でいいの、わたくしは」
ニコッと微笑んで見せる。
「シャーロットは賢くもある。きっとたった一人の相手が現れる」
そっとシャーロットは目をふせた。
「まだ見もしない、そんな相手の事はもういいわ」
シャーロットは再び目を向けると、
「楽しいダンスが楽しくなくなるわ!」
笑って見せる。
最初に決めたダンスを踊りきり、難しいダンスにも挑戦した。
「これほど踊れる令嬢は少ないだろうね、自慢していいかい?」
エドワードが微笑んで言った
「どなたに自慢するのかしら?」
「私の友人たちに」
ふふっと笑うと、
「わたくしの事を自慢するの?」
「ああ、私の自慢の従妹だって」
くすくすとシャーロットは、笑った。
「バートラム、もうダンスは終わるわ。下がっていいわ」
シャーロットはバートラムに告げるとバートラムは一礼して出ていった。
少しだけ、二人きりになった。
シャーロットはエドワードの腕に手をおいて背伸びをして、エドワードの唇にそっと唇を合わせた。どうして、そうしてしまったのかシャーロットにもわからなかった。けれど、エドワードは一瞬こわばったけれど、そっとシャーロットの背に手を回して、離れかけた唇を追いかけて、口づけを返してくれたのだ。
甘美なそれにシャーロットは少し酔いしれた。外にはしんしんと雪が降り二人の秘密も覆い隠してくれそうだった。
コツコツと靴音がして、ビクリと身体を揺らした二人は甘美な空気は流れ去りそっと身体を離した。エドワードが扉を開けてくれて、シャーロットは外に出た。 

なんてことをしてしまったんだろう!

シャーロットは自分の行動がわからなかった。無かったことにしたいようで、忘れたくない。ゆらゆらと揺れるグラスのなかのワインのように思考が纏まらなかった。
「部屋に戻るわ。また晩餐の席で、エドワード」
シャーロットは階段の下でエドワードの腕からそっと手を離した。できるだけ急がず、優雅に見えるよう階段を上がった。

自室の扉を閉めて、シャーロットはずるずると座り込んだ。
ドキドキが、止まらない…。
震える拳をそっと唇に押し当てた。エドワードの唇は柔らかくて、滑らかで心地よかった。
忘れてほしい、いいえ、忘れないで…。
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