ダンスとキスとマリオネット

桜 詩

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「たかが、伯爵令嬢ごときが、私を侮辱するつもりかっ!!」


それは春を迎え、社交界シーズンもピークを迎えた、グレイ侯爵家の夜会でのこと。
シャーロットは、その日淡い水色に白のレースの、初々しいドレスを着て、首飾りも繊細な金細工の物を身に付けていた。
グレイ侯爵夫妻に挨拶をし、身仕度を整えていつものようにシャーロットは顔見知りになった人々と挨拶を交わしつつ、談笑していた。
すでに注目を浴びるジョージアナと、シャーロットは自然と若き貴公子たちにも囲まれる目立つ存在ではあった。

大広間に入ってきたその二人を皆がちらちらと気にしていたし、シャーロットどジョージアナも気づいていた。

身仕度をするのにアーヴィンが離れていたためか、ホリーと思わしき女性は一人でふらふらと歩きシャーロットたちにに近づいた。
「あのう、えっと」
若いシャーロットなら、話しかけやすいと思ったのだろうか? 
シャーロットも周りも空気が張りつめた。
シャーロットはもちろん無視である。身分が低いものは高いものに話しかけてはいけない。レディは、紹介を介さずに知り合いになってはいけない。などのルールがある。
そのルールをすっ飛ばしてきたのだ。
「そこの水色のドレスのあなた」
回りの諸侯、貴婦人、令嬢たちもシャーロットとホリーに注目をしたのがわかった。
シャーロットは無視をして、ジョージアナに話しかけ、会話を続けた。
アーヴィンがホリーに駆け寄る。
「ホリー!どうした!なにかされたのか?」
「いいえ、ただ話しかけたのだけれど、答えてもらえなくて」
すこし訛りのある、舌ったらずな話し方。
「どいつだ。懲らしめてやるから、安心しろ」
「…あの、水色の少女が」
とシャーロットを指さした。
少女?指差し?どこまで無礼なのだ!
最低限の礼儀もわきまえてないのに連れてくるなんて!
「シャーロット・レイノルズか」
アーヴィンがつかつかとシャーロットに歩み寄る。
みな、一様に息をのんだ。
そこであの台詞だ 
「たかが伯爵令嬢ごときが、私の連れのホリーを無視するなど、私を侮辱する気か!男に囲まれてチヤホヤされていい気になりやがって、私のホリーに挨拶をするんだ!」
シャーロットは、アーヴィンを扇で顔を半分隠して見つめた。
フェリクスが間に入ろうと動くが、シャーロットは目線でいらないと軽く首をふってとめた。
大事には出来ない。グレイ侯爵家の夜会だ。
「ごきげんようアーヴィン様、ホリー様」
レディをつけるのはごめんだ!
お辞儀をすると、
「はじめからそうしてれば良いものを!着飾っていい気になりすぎた!」
あまりの暴言にシャーロットは崩れ落ちそうになり、エドワードにすがり付いた。
アーヴィンが、立ち去り、
ほっと空気が緩んで、心配そうに皆がシャーロットを見ていた。
「たかが、伯爵令嬢、ごときですって?わたくしは、たかが、ごときなの?」
いや、とエドワードが首をふる。そっと背を撫でられる。
「わたくしはこのドレスがどれくらい高価でなぜ普通の少女が着れないものを着れるのか。わかっています」
シャーロットは拳を唇にあてた。少し震えていた
「令嬢には令嬢の役割と責任があると…」
震えはおさまりそうにない。
周りもシャーロットに注目していて、騒ぎを起こしてしまった。実感がわいてくる。
「気分が優れませんから、帰りますわ。」
エドワードに告げる 
「失礼いたします。」
踵を返して、ケープを受け取りに向かう
エドワードが追いかけてきた。
「私はエスコート役だ。帰るよ」
「でも…」
「あいつらと同じ空間にいたくない。そうだろう?シャーロット」
シャーロットも同じ気持ちだ 
グレイ侯爵夫人が騒ぎを聞いてシャーロットに駆け寄った
「ああ、レディ シャーロット!申し訳ないわ!まさか、あの子を連れてくるなんて!」
怒りにうち震える夫人にいいえと首を降り
「申し訳ございません、騒ぎを起こしてしまいまして、早々に帰るご無礼をお許しください。急に気分が優れなくなりまして…」
「気にしなくて大丈夫よ」
夫人は優しくシャーロットの肩を抱き寄せた。

夫人が後ろを見ると、ジョージアナも貴公子たちも帰る用意をしていた。ダイアナ、ユリアナもいた。
いまをときめく若者たちが、だ。
「申し訳ございませんわ、わたくしたちも気分が優れませんの」
ジョージアナが言った。 
シャーロットはあまりの人数に驚いた。
「わたくしだって我慢ならないわ。大丈夫後は任せて頂いて大丈夫よ」
とにっこりと笑った。

こうして舞踏会の始まる前に、注目を集める若者たちが一斉に帰るという事件は起こったのだ。

エドワードはシャーロットを自宅の中まで送ってくれて、シャーロットの代わりに両親に説明してくれた。
シャーロットは、両親に謝った。
「お父様、お母様、グレイ侯爵様にお詫びをしてくださる?」
「ああ、シャーロット。貴女は悪くないのに…!マナーも知らない娘を連れてくるなんて!」
母は、シャーロットを抱き締めた。
「お母様」
シャーロットは抱き返した。ぬくもりで少しだけ安心する。

その何日かあと、ゴシップ新聞にはシャーロットを悪のように書き立てて、揶揄する内容が載った。
シャーロットは悪役にされ、攻撃をされていた。堪らない!

貴族たちはシャーロットの行動がわかるだろうが、平民はホリーの味方だろう。
シャーロットはすっかり気分が落ち込み、外出を控えた。
人がどのように噂をしていることか。
何より、まだアーヴィンとホリーに会うのが何より嫌であったのだ。
社交界のピークなのに、お誘いはすべてしばらくお断りするはめになったのだ。

そんな中、王妃のサロンに招待があった。
これはさすがにお断り出来ず、昼用のドレスを身につけ、王宮に出掛けた。
「まあ、レディ シャーロット!」
「こんにちはグレイ侯爵夫人。先日は無作法をお許し下さりありがとうございました」
「いいえ、あれ以来貴女は社交界から遠退いたと聞いて心配していました。貴女はまったく悪くなかったわ」
夫人は、シャーロットの手を握った。
シャーロットは礼をいい、お辞儀をする。
にっこりと夫人は笑いかけてくれた。
たくさんの夫人や令嬢がシャーロットに同情の声をかけてくれた。緊張していたシャーロットは少し息を吐いた。思った以上に緊張していたようで、地からが入っていた。
「シャーリー」
「アナ」
ジョージアナが抱擁してくる。
「貴女が社交界から遠ざかって寂しかったわ」
目を見つめていってきた。
「どこにいってもいないんですもの」
「ごめんなさい、なかなか勇気がでなくて」
「無理もないわ。あんな…!」
ジョージアナは言葉を切った
「シャーロット」
振り向くと、クリスタが立っていた。
「クリスタお姉さま、いえ、妃殿下。お久しぶりでございます」
とお辞儀をした。
「聞いたわ。大変だったわね」
「わたくしがもっと上手く対応すればよかったのですわ」
アーヴィンの行動を見れば予測はついたはずた。
「アーヴィンの事は皆が戸惑っているわ。王宮から、出来るだけの事はするつもり。シャーロット、毅然として、のりきりなさい」
シャーロットはうなずいた。クリスタの王太子妃としての、凛とした雰囲気にシャーロットも力を分けてもらえた。

王妃のサロンには、クリスタ、エセルと、夫人たち令嬢たち。いづれもこの国の中心的な家の集まりだった。
「レディ シャーロット」
王妃に呼び掛けられシャーロットは驚いた。まさか、お声がかかるなんて 
「あの、一件以来社交界から遠ざかっているとか?社交界の花が居なくて、みな、一様に心配もし寂しく思っていますよ?これを機会に、是非社交界に戻ってきてほしいわ」
王妃はたおやかな笑みを浮かべ優しく言った。
「ありがたいお言葉でございます。王妃様」
お辞儀をすると、王妃はポンポンと励ますようそっと抱き締め背ををたたいた。
「間違った事はしていない。自信をもって」
はい、と答えた。
社交界の先輩たちに混じり、シャーロットもジョージアナも皆の会話を楽しんでいた。
「さぁ、若いご令嬢たちには、若き貴公子たちがお誘いに来ましたよ」
王妃が告げると通路から男性たちがやって来た。
訳知りの令嬢たちが立ち上がり向かう
「レディ ジョージアナ、レディ シャーロット、貴女たちもお行きなさいな」
促され、ジョージアナとシャーロットは立ち上がった。
その集団にはいる。
「やぁ、シャーロット。ひさしぶりだ」
キースがまず、声をかけてくれた。
「シャーロットがいないと、みな楽しめなかったよ」
レンが砕けた口調で言った
「少し痩せたんじゃないかな?大丈夫かい?」
アルバートは、心配を覗かせる。
「ありがとうございます、わたくしはまだまだ未熟者ですわ。今回の事で思い知りました。」
「いや、あれはどうしようもない。あの馬鹿がすべてのせきにんだ」
フェリクスが吐き捨てた。
「フェリクス様の助けを拒否したのは、わたくしです」
「いや、私が間に入ってはさらに騒ぎが大きくなっただろう。君が屈辱に耐えてくれたお陰で、あれくらいで済んだ。アーヴィンに招待状を送る家もぐっと減っている。安心してでかけるといいよ」
と珍しく笑みを向けてくる。
「さ、堅苦しい話しはやめて、シャーリー」
ジョージアナがシャーロットの腕に手を絡ませた。
「あっちまで競争よ、1、2の3っ!」
ジョージアナがドレスをもっちあげてはしる。
「ええっ!アナ!」
シャーロットはいきなりで驚いたが、追いかけて走る。
男性たちも楽しげに二人を追いかける。
落ち込んでいたシャーロットを励ます為だとわかっていたから、みんなして子供のように笑いあった。

空は澄み、夏の薫り。
シャーロットは、ひさしぶりに爽快な気分になった。
令嬢たちも、貴公子たちも庭園の小川について、その横にある屋根の下に令嬢たちは座り貴公子たちも座った。

年上の令嬢たちとも交流して、シャーロットはひさしぶりに笑ったりしゃべったりして、楽しいひとときを過ごせた。
「良かった、やっと笑えたね?」
エドワードが隣に立ち、そっと言ってきた。
「エドワード」
心配して度々様子を見に来ていたエドワードもさぞかし気をもんだだろう。あの時、何も出来なかった自分をエドワードが責めている事をシャーロットはわかっていた。
「心配かけてごめんなさい」
「いや、元気になったならそれでいい」
エドワードの綺麗な笑みにシャーロットは少し見とれた。
皆がいなければ、抱きつきたい所だ。
でも、もうデビューした今はそれも無理だ。


その日からシャーロットは再び、乗馬の誘いや、夜会にも、お茶会にも積極的に参加したのだった。
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