ダンスとキスとマリオネット

桜 詩

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伯父が届け出を出したあと、国王の許可がおりてシャーロットとエドワードの婚約が成立すると共に告知された。

エドワードは注目の独身貴公子であったので、相手がデビュー2年目のシャーロットと言うのは、お姉さま令嬢たちのやっかみを買いそうだった。
事実、そうだった。
新年の王宮舞踏会。

「いとこだか、なんだか知りませんけど、結婚だなんてずいぶんと安易な相手をお選びになったものね!」
「本当よ!大して美しくもないし、胸の小さなねんねちゃんのどこが良いのかしら?」
はいはい。そうですわ、なんとでも言っていれば?
「どうせ身内のコネで、もぎ取ったに違いないわ!」
「案外、エドワード様の寝所に忍び込んだとか?」
「あら!」
一人の令嬢が興奮して反応をしめした。
「だからこんなに急に結婚をいそいでるのかしら?」
さも事実のように話が盛り上がりかけて、シャーロットは悠々と彼女たちの横の鏡に立って髪を直しはじめた。
「寝所に忍び込むなんて、誰かじゃありませんし思いつきませんでしたわ」
とにっこりとシャーロットは微笑んだ。
少しだけ白粉をつける。
鏡でチェックする。ランプの灯りでシャーロットの指輪がキラキラと光った。
令嬢たちのこんもりとした胸を見た。
「確かにわたくしは胸が大きくありませんわね、ご指摘をどうもありがとうございました」
シャーロットは微笑んでパウダールームを後にした。
少し蒼ざめた彼女たちなら、気にすることもない。

問題は…
「あら、貴女はレディ シャーロットではありませんの?ほらエドワード卿と婚約を発表された」
アビゲイル・モレリー侯爵未亡人、まだ若く魅力的な完璧な容姿の彼女からしてみれば、シャーロットなどほんの小娘だ。
シャーロットからしても、この手の手練手管に長けた麗しい女性はとても手強い相手だ。シャーロットの背に緊張が走る。
そしてそれを気取られているだろう事がすでに悔しい。
「ええ、そうですわ」
「わたくしはレディ アビゲイル・モレリー前侯爵の妻よ。エドワード卿とは、したしくさせていただいておりますのよ」
シャーロットは笑みをたたえまま
「あらそうなんですの?エドワードからは聞いたことがございませんでしたわ」
したしくに力を入れたわね!この女! 
「もうご存知かしら?エドワード卿の腰にあるホクロのこと」
シャーロットは目をゆっくりとアビゲイルに向けて
「あら存じませんわ。わたくしたちはまだ結婚をしているわけではありませんので」
「あら?そうなの…純真なのねぇあなたには…やはり正式な婚約となると違うのかしらね」
シャーロットは必死に脳を働かせた。エドワードがこの女と関係があるとは思えない。だけど、エドワードだって男だ。1度や2度若気の至りでと言うこともある。
「ずいぶんと情熱的なようですわね。貴女のお話のエドワードは…」
一礼して、シャーロットは退散する事にした。これ以上話していては、ひっぱたいてしまいそうだ。

シャーロットは挨拶を交わしつつ、エドワードのいるあたりを目指した。
エドワードはフェリクス、キース、アルバート、イアン、レン、たちと談笑していた。ジョージアナとユリアナ、ダイアナもいる。
この友人たちの他に、あまりこちらを見ていないことを確認すると、
「エドワード・アボット卿、ちょっと来てくださる?」
腕を掴んだ。
「なに?どうした?」
いつもの穏やかなエドワード
ちらりと回りをみて
「少しだけ失礼しますね皆様」
エドワードは困惑しつつもはしっこについてきた
エドワードを壁側に立たせると、エドワードののどに畳んだ扇をつきつける。
「端的に正直にこたえるのよ?エドワード」
固まっているエドワード
「アビゲイル・モレリーとの関係は?」
「え?アビゲイル・モレリーだって?」
「こたえるの」
「いや、話したことがあるだけだ」
「エドワードの腰にホクロは?」
「さぁ、見たことがないからわからない…」
「ふぅん」
シャーロットは、エドワードののどから扇を下ろすと、
「わたくしはね、エドワード。これまでに何かあったとしてもそれは仕方ないと思うけれどもね?今後もし、そんな事がわたくしに知れたら、その頭を坊主にすることも厭わなくてよ?」
エドワードは
「誓ってそんな事はない」
と両手をあげる。
「あと、夫に愛人がいても当たり前なんて古臭くてカビの生えた思想は暖炉に燃やしてしまおうという主義なの」
にっこりと笑って
エドワードの腕をとると、元の位置に歩き出す。男性たちが凍りついてるのがわかった。どうやら、普通の大きさで話していた声は届いていたらしい。
「これくらい皆の前で釘を指しておけば、余計な横やりも減ってくれるかしらね?エドワード」
と微笑んでみせた。
「ごめんなさい、お邪魔をしてしまいましたわね」
と一礼した。
シャーロットはジョージアナの横に座った。
「シャーロット、怖かったわ。あなた…」
ジョージアナが言った。  
「ちょっと腹がたったので八つ当たりよ」
とくすくすと笑った。
ダイアナに至っては呆然としている。
「もう少し、他に見えるように締め上げるべきだったかしら?」
とシャーロットは軽食をつまみながら小首をかしげた。
「いいえ十分、だと思うわよ」
とユリアナもすこし蒼ざめていった。
「…悔しいけど、手練手管に長けたマダムたちは本当に手強いのよ」
ふぅとシャーロットは息を吐いた。
「でも、シャーロット。エドワードはもうシャーロットと婚約したのだし安心していいのじゃないかしら?」
「ダイアナは本当に純真なんだから、相手がいるからこそ狙いをつける禿鷹がいるんじゃないの。そういった手合いは手段をえらばないのよ?」
ダイアナはこの一年社交界で過ごしていたのだろうか…
大丈夫かと、思わずダイアナをみる。
「アビゲイル・モレリーがこのまま引き下がるとも思えない」
同姓からみても、魅惑的なアビゲイル。
「悔しいけれど、色っぽいのよねぇ」
シャーロットは自分の胸を見下ろした。
あの大きな手でも片手では掴めそうにない胸はものすごく立派で、シャーロットの胸など子供に等しいだろう。
シャーロットの気にしていることがわかりジョージアナは笑った
「シャーリー、本当に貴女って面白いわ!大丈夫、シャーリーは綺麗で賢くて素敵なレディよ」
「ありがとうアナ」
シャーロットはにっこりと微笑んだ。

「そろそろデビュタント入場ね行きましょう」
ジョージアナが立ち上がった

エドワードはするっとシャーロットの横にたち、
「ご機嫌はなおったかな?シャーロット」
「ええ、すっかり。八つ当たりをしてしまってごめんなさいエドワード。赦してくれる?」
と可愛らしく傾げて微笑んでみせた。
「もちろんだ」
エドワードも笑みを返してくれた。
これで万が一先ほどの事を見ていても、不仲説は払拭されると願いたい。エドワードの肘に手をかけた。

大扉が開き、白いドレスに白の花冠のデビュタントたちが入ってきた。
去年はあそこにいたんだなと、この一年色々とあったと、感慨深くもある。デビュタントたちをみていると、向かい側の人垣の中にアーヴィンとミリセントをみつけた。アーヴィンはミリセントの腰に手を回して、親密ぶりをこれみよごしに主張していた。
デビュタントたちが入り、人垣の中にはいると、王族の入場だった。
国王の挨拶が終わり、王族の方たちのダンスがはじまる。
そのあとは、舞踏会のはじまりだった。
シャーロットはエドワードと、2曲続けて踊った。2曲続けて踊ることは、親密な関係ですよという意味だった。
3曲以上同じ相手と踊ることは無粋とされていた。
次はキースと踊る。
「シャーロット、婚約おめでとう」
「ありがとうキース」
にっこりと笑った
「しかし、さっきは驚いた!エドワードを圧倒する女の子なんて」
とくすくすと笑った。
「あら」
「しかしエドワードは冷静にあれはシャーロットの八つ当たりみたいなものだから心配いらないと」
「ふふっ、そうね。本気で怒ってたらあんな風にはしないわ」
「ふぅん?君は怖い女性でもあったのだねシャーロット」
「エドワードが坊主にならないように、しっかりとお目付け役をお願いしたいわ」
キースは苦笑した。
「わかったよ、もっともエドワードに限っていえばそんな事はないと断言できるね」
「普通の状態ならね。マダムたちの手練手管を甘く見ない方がいいわ」
シャーロットが先ほど、アビゲイルに引いて見せる様子をみせていたなら、与し易しとエドワードは手練手管を持ってアビゲイルの手中に落とされる事になったかもしれない。
とにかく、少しは攻撃をかわして、かすり傷くらいは負わせたとおもいたい… 

もしかしたら、アビゲイルの背後は誰かいる?
はっとした。

ふと見ると、エドワードはあのパウダールームの令嬢たちと談笑していた。
懲りない令嬢たちだ。…しかし、あの令嬢たちは噂好きなくらいでまっとうなレディたち。心配はいらないはずだった。

躍り終えて、ふと見ると足を踏みまくったのか、デビュタントのレディがエスコート役の貴公子にひたすら謝っていた。
彼は早く去りたそうだった。ものなれない少女の相手もなかなか大変なものだろう。

フェリクスやアルバート、イアン、レン、それから他の男性たちと踊りようやくシャーロットはエドワードの元へ戻った。
「のどがからからよエドワード」
「わかった」
エドワードは優しく笑んでうなずくと、給仕をみつけ合図をする。ピンクのシャンパンをとるとシャーロットに渡してくれた。
エドワードはウィスキーをとった。
「疲れた?」
「さすがにすこし息があがってしまったの」
と目を伏せて、微笑した。
そう、とエドワードはシャーロットの腰に手を回して 
「じゃあ少しあちらで休もう」
親密な仕草に令嬢たちは少し引いたらしい
「申し訳ない、すこし休んできます」
エドワードとシャーロットはテラスに向かった。
「エドワード、初テラスよ!」
他ならぬエドワードに禁止されていたテラスだ。
テラスに二人がけのソファが置いてある。
満天の星と舞踏会の優雅な音楽。
エドワードの肩にもたれるようにシャーロットは座った。 
「そうだね」
くすっとエドワードが笑った。

ソファに置いてあるブランケットをシャーロットに掛け、エドワードはシャーロットの唇にそっと指でふれた。
「あんまり口紅はつけないの」
ふっとエドワードは笑うと、シャーロットに口づけた。
「甘い…」
「はちみつで、艶をだすの」
ふぅん、とエドワードは再び顔を寄せて、舌を使ってシャーロットの唇と舌を味わった。
シャーロットはぞくりとしながらも、淫らさを感じる行為に応え続けた。
「…ねぇ、エドワードは胸は大きい方が好き?」
「…私はシャーロットがいいから、胸で好きにはならないよ」
「でも、あんなのに迫られたら?」
エドワードはくすくすと笑うと
「シャーロットはあんなに強そうに私を攻め立てたのに、本当はこんなに可愛らしい事をいうんだね?」
というと、シャーロットの谷間にちゅっとキスをすると
「私は牛みたいなのより、シャーロットの胸が好きだよ」
と妖艶な顔をしてみせた。
シャーロットは思わず胸元を押さえ真っ赤になった。
「さあ行こうか、あんまり長くここで休んでると、誰か覗きに来るかもしれない」
シャーロットはうなずいた。

会場は徐々に大人のムードになっていた。シャーロットはエドワードと軽食を取りに行った。
少しだけ皿にとり、ソファに座りつまむ。
そこに…でた。アーヴィンとミリセント。
「やあエドワード」
「こんばんはアーヴィン、レディ ミリセント」
アーヴィンはシャーロットにも目を向けた
「こんばんは…」
と会釈をする。
「ああ、アーヴィンお腹がすいた!」
とお皿にたくさん盛った
アーヴィンは皿を持ってやり、シャーロットたちと少し離れた所に座った。
「そうだね、ミリセント。しっかり食べるといいよ」
なんだって、いちいち不作法なんだろう。ミリセントは。アーヴィンも教えてくるなり、一言いえばいいのに。
ちらりとエドワードを見ると、そっとシャーロットの手を引いた。関わるなということだろう。
軽食を取りに来ていた他の貴婦人と卿も呆れた顔を隠さずに見ていた。
シャーロットは皿をおくと、立ち上がりエドワードと会場に戻った。

少し壁側にエドワードといると
「エドワード、シャーロット」
と声がかかり見るとシュヴァルドとクリスタだった。
エドワードと似通った美貌のクリスタは優しい微笑みをむけた。
「婚約おめでとう。ついにというべきかしら?」
「ありがとうございます妃殿下」
「ねぇ、お母様が貴方たちの結婚式は領地でと聞いたけれど、こちらで出来ないのかしら?」
「はい?」
エドワードが怪訝な顔でいう。
「わたくしが出れないでしょう?こちらならなんとかお忍びでという手もあるのにあちらでは難しいわ」
クリスタが眉根をよせた。
「私もそう思う。当代きっての貴公子と、社交界の花といわれるレディ シャーロットの結婚式だ。是非王都でやってほしい」
「ええっ?」

困ったことになってしまったとシャーロットとエドワードは顔を見合わせた。
「2回やればいいのよ!ねっ?」
とクリスタは手をうって妙案だとばかりにいった。
「考慮します」
エドワードは困惑しながらも、一礼した。

会場内はアルコールの匂いが充満してきて、笑い声や話し声も大きくなってきていた。
ダンスの曲も若い男女向きの曲から、大人のムードのものや、面白おかしいダンスに変わってきていて、シャーロットは未知の世界に突入したのだと気づいた。
「帰ろうか?」
赤い顔をした諸侯や貴婦人たちをみて、シャーロットはうなずいた。
あのテラスや、休憩の部屋には、なん組かの男女が消えていっている。つまり、大人の時間なのだ。

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