伯爵家の四姉妹

桜 詩

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公爵令息の独白③

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倒れこむようにベッドに入ったが、なかなか寝付けないまま朝を迎えたフェリクスは、寝不足の頭のままボクシングジムに向かった。
このところ若い貴族男性の流行になっていて、フェリクスも会員になっていた。
早朝故にほとんど無人だ。無心に打ち込むと、少しは気が晴れた。
額から汗が滝のように流れ、フェリクスはシャツでぐいと拭った。いつもならきちんとタオルを使うのだが
「閣下荒れてますね」
苦笑しつつエイドリアンが言ってきた。
「ああ、そうだ。自分が不甲斐なくてな」
屈強なエイドリアンの精悍な顔が驚きを浮かべた。

およそ貴族らしからぬ服装になってしまったので、そのまま近くのウィリス・ハウスに向かうことにした。
アネリの所にはフェリクスの着替えが置いてあった。

汗まみれのままフロックコートをきて馬でそのまま向かう。
ウィリス・ハウスの使用人が通してくれ
「アネリ様はまだおやすみでございます」
と告げてきた。起こしますか?とメイドが問いかけてくる。

この時間に来ることはまず無かったが、もしかすると毎晩遅くまで起きて待っているのかも知れないと思うと、ずんと重くなる。
「いや、バスルームと着替えを借りたい」

フェリクスの着替えを使用人に手伝わせ、身支度を整えるとフォレストレイクパークに向かい、早々に帰宅することにした。
公園で乗馬をしたと体裁を整えたかったのだ。

「フェリクス様、レディ レオノーラがお見えです。ただいまキース卿がお相手を」
執事のベイジルが告げてきた。
「レオノーラが?」
一気に昨夜の失態が思い出され、フェリクスは覚悟を決めた。

レオノーラは、なかなかの剣の達人だ。

「待たせてすまない。レオノーラ、キースありがとう」
「いや、私は楽しんだよ」
キースの想いを聞いたからには、そうであろうとフェリクスは思った。
キースの晴れやかな顔と違い、フェリクスは一向に冴えなかった。席を立とうとしたキースにフェリクスは居てくれと手で制した。

「例えレオノーラが女性騎士だとはいえ、二人きりになるわけにはいかない、キースも居てくれ」
代わりに使用人たちは下がらせる。
「ひどい顔だね?フェリクス」
乗馬服姿のレオノーラが珍しくも女装なのにフェリクスは今更ながら気がついた。

他家を訪ねるのに男装は確かにあり得ないか……。
「寝不足なだけだ」
フェリクスは無理矢理笑みを浮かべた。 
思ったより、レオノーラは怒っていなさそうだ。
「母がルナに怒ってる」
レオノーラは女性とはいえ、直接的でわかりやすいが今回は省きすぎた。
「フェリクスとの、噂を聞きつけたらしくて、ダンスを3回踊ったの二人きりで馬車に乗ったのと」
フェリクスはうなずいた。
「で、私としては可愛い妹が傷つくのは許せないけど、フェリクスが遊びでルナに接してはいないと信じている」
レオノーラの思わぬ信頼にフェリクスはレオノーラの美しい顔をまじまじと見た。
「決闘でも申し込まれると思ってた?」
くすくすとレオノーラは笑った。
「それも覚悟していた」
「私では決闘してもフェリクスには勝てないよ?これでも女だから」
にっこりと微笑んだ。

「決闘するなら父が出てくるから、覚悟はした方がいい。で、その為にも、ルナの噂は何とかしたい」
「充分気をつけるようにしよう」
フェリクスはうなずいたが
「しかしフェリクス、いきなりここで避けようが何しようが想像をかきたてるだけじゃないか?」
キースがもっともな事を言った。
何せこの社交シーズンというのは、噂が瞬く間に広がり真実も憶測を交えて膨れあがる。
デビューしたてのルナにとっては芳しくないことだ。
「レオノーラは今日は休みということだな?」
フェリクスはレオノーラの女装を見ながら言うと、レオノーラはうなずいた。
「今夜はスプリングフィールド侯爵家の舞踏会だ、ほとんどの貴族が来るだろう。レオノーラ、そこにドレスを着て出席してくれないか?」
「私が?」
これにキースが食いついた。
「それはいい!ルナの噂など瞬く間に消えるだろうね!」
「私は10年ちかくドレスなど着ていないし、女性パートをほとんど忘れてる」
レオノーラは渋い顔をしたが、
「頼む、レオノーラ!ルナの為に」
フェリクスはレオノーラがルナには弱いと思い、畳み掛けた。
「エスコートなら私がしよう!もちろん喜んでする足をふんでも構わない」
にこやかにキースが告げると、
「はぁ、こんな男みたいなのをエスコートしようだなんてキースは物好きだね」
レオノーラは仕方ないというように了承した。
「で、フェリクス。ルナの事はどうなの?本気じゃないならこの辺で手をひいて」
「ちゃんと真剣に考えている。だけどまだ知り合った所だから結論は待ってほしい」
レオノーラはフェリクスの目をじっと見ると
「今はそれで充分」
ときれいに笑みを見せて、立ち上がり辞去を示した。
凛々しい足取りで、自ら扉を開けると颯爽と帰っていった。

「早速、レオノーラとの機会が出来た。フェリクスに感謝するよ」
キースはニヤリと笑った。
フェリクスはどっと疲れが押し寄せて、今度こそ仮眠を取りに部屋に向かった。


何も考えず、黒のテールコートを着てスプリングフィールド侯爵家に向かったフェリクスは、キアランの隣にルナがいることに気づいた。
キアランがひっきりなしにルナに話しかけ、ルナは微笑みを返していた。
「こんばんはフェリクス卿」
「こんばんは レディ アンジェリカ。いい舞踏会になりそうですね」
スプリングフィールド侯爵の娘のアンジェリカは、黒髪で、豊満な肢体の美しい令嬢だ。しかし、今のフェリクスには何の気持ちも湧かない。
こうこられては、ダンスを誘わなければならない。
「ダンスのお相手をお願い出来ますか?レディ アンジェリカ」
「喜んでフェリクス卿」
アンジェリカは自信満々の笑みを浮かべた。 
前までは淡々とこなせた令嬢たちとのやり取りも、フェリクスとってはいちいち、ルナと比較してしまう自分に嫌気がさした。
特にアンジェリカの女性らしさを濃厚に見せつけてくるそぶりには、うんざりとしてしまった。

ちらりと見ると、ルナはキアランと踊っていた。やはり、とフェリクスは思った。衆目の視線は、ある一組。
レオノーラとキースに見事に注がれていて、フェリクスの策は成功したと言っていい。
周りからも、レオノーラの名前があちこちから聞こえてきた。
「フェリクス卿もレオノーラ様が気になりますのね」
アンジェリカが媚びたように言ってくる。
「レオノーラのドレス姿はとても珍しい。あのように美しくてはつい目がいきますね」
アンジェリカの前で誉めてみた。
案の定不機嫌そうな顔になる。自分から話をふっておいて、機嫌を損ねるとは、試すような女は嫌いだ。
一曲目を終えると、フェリクスはひたすら男性客と交流を測る事にして、ルナに一言もかけなかった。
すでにルナのカードはいっぱいだろう。はじめに躊躇ったがばかりに。
スプリングフィールド侯爵に、ワルツをアンジェリカとと促され相手を決めてなかったことに叱咤した。
踊っている最中も、アンジェリカは話しかけてきていたし、フェリクスは適当な笑みを張り付けて、時々は相づちを返した。

ルナはキアランとワルツを踊り、晩餐の席に着いた。
遠くに見えるルナはやはり柔らかな笑みを浮かべて清廉な雰囲気を漂わせていた。その魅力に気づいた男がキアランの他にもいそうだった。
あの吐息のように柔らかな声音で呼び掛けてほしいとフェリクスは思った。
隣で、アンジェリカはドレスがどうしたの、ペットの犬がどうしたのと語りかけ、フェリクスは視線を合わせずに適当な相づちをうった。

別室の男たちの社交場でシガーを燻らせていると、
「どうした、フェリクス」
キースが寄ってきた。
「キース、俺はどうやら重症だ」
「なにがだ?フェリクス」
「本気でルナに惚れた…」
憮然としてフェリクスは言い
「やはりな、そうじゃないかと思ってみていた」
「キース。俺は今は彼女にとって危険人物だ、いつ押し倒してもおかしくない」
「取りあえずは落ち着けフェリクス。」
キースはウィスキーを手渡し、
「今夜はひとまず……そうだな……例の愛人のとこにでも行ってみればどうだ?それから向き合ってみろ」
「…ああ…しかしそれはそれでどうかと思うが…」
しかし今朝、顔も合わせずに立ち去った事を思えば、そうしなければならない気もしてきた。
「わかった、キースの言うとおり行ってくるか」
侯爵夫妻に挨拶をして、フェリクスはまだまだ賑やかな舞踏会をあとにした。
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