過ちの恋

桜 詩

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26,暗躍 (Gilseld)

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 ギルセルドは黒騎士と共に行動していた。

フェリシアの寝室に、賊が入ったからだ。この事はしかし、彼女の名誉を守るために秘密にされていて、エリアルドはアイリーンからの情報が正しかったからと、カートライト侯爵を調べようとしていた。

しかし、襲われた事をうけてエリアルドは、フェリシアをはじめとして3人の妃候補としてエリーとアイリーンを王宮へ招いて滞在させていた。

だから、エリアルドに代わり現場の指揮を取るために、秘密裏に動いていたのだ。

「意外と地味な作業だ、とそんな風に思ってるでしょ?」
笑いながら言ったのは、エリアルド直属の黒騎士のジャックだった。
「すぐに忍び込んでなんちゃらとか?」
「まぁな」

今、彼らがしているのは息のかかった使用人をカートライト侯爵家に少しずつ潜り込ませ、情報を引き出しそれから弱味を掴む事と、それから捕らえた賊の口を割る事だった。
エリアルドが自ら捕らえた賊は、やはりなかなか口を割らない。訓練を受けた玄人だった。

ジャックたちはその賊を、牢獄のある塔の窓ひとつない一室に捉えていた。天井から吊るしたロープで腕を捕らえ、足は膝を浮かした状態で床についている。
目隠しを視覚を奪い、水が一滴ずつ滴り落ちる音とそしてネズミが徘徊し餌をかじるを聞かせ続けると時間の感覚を失い人らしさを奪う。そして、牢番は一切口を聞けない男を側に置いてある。
そうした上でで、尋問に訪れた黒騎士は優しく語りかけ気が狂うのが先かそれとも自ら喋りだすが待っている。

ジャックが言うには、拷問するのは簡単だが痛みに慣れているものにはさほど効果が無いという。
そちらは専門である彼等に任せて、ギルセルドはカートライト侯爵と繋がりのある貴族たちを撹乱させる細工に精を出していた。

それもまた、古典的なやり方だった。
貴族たちのその使用人噂を吹き込むのだ、
「ご主人には言ってはいけないぞ。どうやらカートライト侯爵はご主人を信頼していない。それを証拠に次に行う計画を知らせていない」
言ってはいけない、とそれを言えば一人はまた一人にと、やがて主の元へとたどり着く。
次に行う計画があるかないか真実か否かはどうでもよくて、疑心暗鬼にかられるようにするのが作戦だ。
ナサニエルが狡猾な男であることは習知の事実であり、あり得ることだと思うだろう。

そういう噂を少しずつ吹き込ませていった。

 ナサニエルがブロンテ邸を襲わせた証拠は賊の部屋からナサニエルの直筆の手紙が見つかった。それは賊が裏切られた時のための証拠に残していたのだろう。そこには、名前も何も無かったし指示をした物でもなかった。

「まぁ、でも。後は殿下のお手並み拝見だな。これまでにも握り続けていたあの家の黒い埃があるから今がそれの使い時だろう」
ジャックの言葉に、ギルセルドは息を吐いた。

「あんたも気をつけろよ」
「なにが?」
「舞踏会で二人きりになる所であんたに襲われたとドレスを破いて泣き崩れる。そんな指導を令嬢にしていた家があるらしい」
エリアルドが無理ならギルセルドを。とそうなることはギルセルドにもわかっている。
呆れる手口ではあるが、成功したなら例え相手が誰であろうとギルセルドは責任を取らざるを得ない。それが策略だと分かっていても。

「二人きりになるへまはしない」
成功させないためには、隙を見せないことだ。

「だったら良いけどな油断するな。あんたは王位継承権がある。それは……連中にとっては大きな事だ、エリアルド殿下よりも取り巻きが少ない分、与しやすい、と思われてる」
「気を付けよう」
「お疲れさん。なかなかの働きだったよ、黒騎士の真似事」
ジャックがしげしげと見たのは、すでに馴染みとなっていた黒髪とそれからお忍びの服装だ。
「お世辞をどうも」

***

変装を解いて、王宮へと戻れば
「殿下」
ちらりと斜め後ろに視線をやればそこには、強面の男が立っている。
「ザックか、何があった?」
「妻から連絡が。roseの店主が戻ったらしい、それでミス Cは動揺している様子だと」
言葉少なだが、ザックの言うことはすぐに理解できた。
「動揺して?何故だ」
「そこまでは」

セシルと店主である兄に何かあったのか?
気になり、深夜ギルセルドは出掛ける準備をはじめた。

「出掛けられるので?」
フリップがその様子に目を向けてきてそうだと、答える
「セシル嬢のところへ?」
「それ以外に、あると思うか?」
「いえ……近頃は、少しも王子らしくない事ばかりだと……いささか気になりまして」
「らしくない、か」

セシルの知る、ギル・ウィンチェスターの姿になると夏の棟を脱出する。これは抜け道さえ使えば簡単でその後は、王宮の勤め人の様に振る舞えばいい。

この日降っていた雨は止んだようで、より静かに感じられる夜の闇に紛れてギルセルドは街へと降りた。
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