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第7話 フィオナの冷酷な結婚
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フィオナは流れてゆく川をじっと見つめていた。
すると澱んだ水流の中にキラリと光るものが見える。
(見つけた)
目当てのものを見つけたフィオナは、網ですくった。
歪なデザインをした黒い金属の円環。
ラルフの身に付けていた呪いの腕輪だ。
フィオナは呪いの腕輪を拭って消毒すると水銀で満たされた瓶の中に保管した。
「ふふっ。お帰りラルフ」
フィオナはそう呟きながら、瓶のガラス面をコツンと叩いた。
フィオナが暗黒街とゼール区の狭間にある喫茶店でお茶を飲んでいると、アルフレッドがやってくる。
「やあ、お待たせ」
「遅かったですね」
「ごめんごめん。ちょっと寄るところがあったんだ。それにもうここをラルフが通ることもないだろう?」
アルは喫茶店の窓から見える道を目を細めて見つめた。
毎日のようにラルフが通勤に使っていた通路だ。
フィオナとアルはラルフが庁舎に出勤する様子を毎日のようにこの喫茶店のテラスから見て、呪いの腕輪の効果を経過観察していた。
日に日に彼の顔がやつれていく様を2人で見て楽しんでいたのだ。
「しかし、まさかあのラルフがあそこまで落ちぶれるとはなぁ」
「ええ。予想以上の効果でした」
【出世の呪い】の効果は予想以上だった。
実力を超えた出世があそこまでラルフの人生を蝕むとは。
当初は昇進に伴う出費の急激な増加によって、グリフィス家の家計を圧迫し、インフレによって破産させるのが狙いだったが、【出世の呪い】はそればかりではなく、ラルフの仮面を剥がし、酷薄で横暴な本性を曝け出した。
その結果、新婚生活は異例のスピードで破綻し、パワハラと人材使い捨て、職務放棄の常態化したゼール区の行政は無茶苦茶になり、あの街で彼を恨まない者はほとんどいなくなってしまった。
運よく出世することはあっても、その高い地位を保ち職責を全うするには、それに相応しい実力と人格が必要なのだ。
それがなければ自分も周りも不幸にしてしまう。
その不幸の連鎖は地位が高ければ高いほど大きくなって、本人に跳ね返ることになる。
そうして街中から嫌われ者になったところで、【出世の呪い】は効果が切れてラルフの手元から消える。
【出世の呪い】の効果は何も永続的なわけではない。
そして、どこからともなく出世運を装着者にもたらすわけでもない。
【出世の呪い】は本人の一生分の出世運を一年に凝縮して、短期間にその効果を出し切るものだ。
宿主から一生分の出世運を吸い尽くすと、腕輪は宿主に興味を失い、また新たな宿主を求めてラルフから離れていく。
後には出世運を使い果たしてすっからかんになった男が残るだけだ。
実力も人望もなく嫌われて、運も無くしたちっぽけな男が。
「店を出よっか」
2人は会計を済ませてまだ朝の光が残る暗黒街を歩き始めた。
2人は大橋の上を歩いていた。
下を流れる川の向こうには大海原が見える。
陰鬱で怪しげなロケーションばかりの暗黒街において、唯一といっていいほど見晴らしのいい場所だった。
タイミングのいいことに今は2人以外誰も橋を渡っていない。
愛の告白をするにも、人を殺すのにももってこいのシチュエーションだった。
どちらからともなく橋の真ん中に差し掛かったところで足を止める。
「さて、ラルフへの復讐は達成できたわけだけど。満足していただけたかな?」
「ええ。胸の空く想いです」
「俺は君に殺されるのかな?」
アルの首には黒いチョーカーが身に付けられていた。
呪いの首輪である。
この呪いの首輪に働きかければ、フィオナはいつでも彼の魂を狩り取ることができる。
「まさか。そんなもったいないことしませんよ」
【出世の呪い】を渡した時点で、彼がその呪いに取り込まれるならそれまでだと思っていた。
だが、彼はきちんと当初の予定通り、出世の誘惑に打ち克ち、ラルフに腕輪を渡して、暗黒街にいるフィオナの元に戻ってきた。
アルは向こう見ずなところもあるが、一度やると決めたことは必ず成し遂げる男なのだ。
それに彼はすでにフィオナに多額の利益をもたらしてくれていた。
彼は営業マンとしても優れており、彼のおかげでフィオナの黒魔術稼業は大繁盛していた。
それに2人はすでに恋人同士だった。
喫茶店からの帰り、街角や路地裏で2人は度々チューしていた。
「私はあなたに教わりました。未来はただ待ち受けるものではなく、切り開くものなのだということを」
フィオナは杖を取り出すと、彼の首に付けられたチョーカーに押しつけた。
すると、呪いの首輪は外れて地面に落ちる。
「これであなたは自由です。もう何者にも縛られることはありませんよ」
「そうか。自由になったら君に伝えようと思っていたことがあるんだ」
「なんです?」
「俺と結婚してくれ。必ず君を幸せにするよ」
アルはフィオナの手を取って言った。
「はい。不束者ですが、よろしくお願いします」
「フィオナ、これを受け取ってくれ」
アルはポケットから煌めく銀色の指輪を取り出して、フィオナの指にはめた。
フィオナの髪色によく映える指輪だった。
アルはこれを取りに行ったために、喫茶店に遅れたのだ。
「ありがとうございます。では、お返しに。私からはこれを差し上げますよ」
フィオナは黒い腕輪を取り出して、アルに渡した。
「それは?」
「ラルフに装着させていた呪いの腕輪です」
「げっ。まだ残っていたのか。てっきり消滅したものかと思っていたよ」
「実はこの腕輪には面白い機能があるんですよ」
「……と言うと?」
「一生分の出世運を抽出するだけでなく、半分保存する効果もあるんです。今、この腕輪にはラルフの半生分の出世運がこもっています」
「へ、へえ。ラルフの半生分の運が」
一夜にしてラルフを急激に出世させ、そして没落させた出世運。
知らなかった頃ならともかく、その劇薬ぶりを知ってしまった今となっては、とてもじゃないが渡されて喜べるようなものではなかった。
「これをあなたに差し上げますよ」
「いやっ、せっかくだけど、もう出世はこりごりかな」
「大丈夫です。毒も薄めれば薬になるように、呪いも薄めれば幸運のアイテムになります。ラルフの出世運、これも薄めて売り出しちゃいましょう。きっと、いいお金になりますよ」
そう言って、フィオナは悪戯っぽく笑うのであった。
すると澱んだ水流の中にキラリと光るものが見える。
(見つけた)
目当てのものを見つけたフィオナは、網ですくった。
歪なデザインをした黒い金属の円環。
ラルフの身に付けていた呪いの腕輪だ。
フィオナは呪いの腕輪を拭って消毒すると水銀で満たされた瓶の中に保管した。
「ふふっ。お帰りラルフ」
フィオナはそう呟きながら、瓶のガラス面をコツンと叩いた。
フィオナが暗黒街とゼール区の狭間にある喫茶店でお茶を飲んでいると、アルフレッドがやってくる。
「やあ、お待たせ」
「遅かったですね」
「ごめんごめん。ちょっと寄るところがあったんだ。それにもうここをラルフが通ることもないだろう?」
アルは喫茶店の窓から見える道を目を細めて見つめた。
毎日のようにラルフが通勤に使っていた通路だ。
フィオナとアルはラルフが庁舎に出勤する様子を毎日のようにこの喫茶店のテラスから見て、呪いの腕輪の効果を経過観察していた。
日に日に彼の顔がやつれていく様を2人で見て楽しんでいたのだ。
「しかし、まさかあのラルフがあそこまで落ちぶれるとはなぁ」
「ええ。予想以上の効果でした」
【出世の呪い】の効果は予想以上だった。
実力を超えた出世があそこまでラルフの人生を蝕むとは。
当初は昇進に伴う出費の急激な増加によって、グリフィス家の家計を圧迫し、インフレによって破産させるのが狙いだったが、【出世の呪い】はそればかりではなく、ラルフの仮面を剥がし、酷薄で横暴な本性を曝け出した。
その結果、新婚生活は異例のスピードで破綻し、パワハラと人材使い捨て、職務放棄の常態化したゼール区の行政は無茶苦茶になり、あの街で彼を恨まない者はほとんどいなくなってしまった。
運よく出世することはあっても、その高い地位を保ち職責を全うするには、それに相応しい実力と人格が必要なのだ。
それがなければ自分も周りも不幸にしてしまう。
その不幸の連鎖は地位が高ければ高いほど大きくなって、本人に跳ね返ることになる。
そうして街中から嫌われ者になったところで、【出世の呪い】は効果が切れてラルフの手元から消える。
【出世の呪い】の効果は何も永続的なわけではない。
そして、どこからともなく出世運を装着者にもたらすわけでもない。
【出世の呪い】は本人の一生分の出世運を一年に凝縮して、短期間にその効果を出し切るものだ。
宿主から一生分の出世運を吸い尽くすと、腕輪は宿主に興味を失い、また新たな宿主を求めてラルフから離れていく。
後には出世運を使い果たしてすっからかんになった男が残るだけだ。
実力も人望もなく嫌われて、運も無くしたちっぽけな男が。
「店を出よっか」
2人は会計を済ませてまだ朝の光が残る暗黒街を歩き始めた。
2人は大橋の上を歩いていた。
下を流れる川の向こうには大海原が見える。
陰鬱で怪しげなロケーションばかりの暗黒街において、唯一といっていいほど見晴らしのいい場所だった。
タイミングのいいことに今は2人以外誰も橋を渡っていない。
愛の告白をするにも、人を殺すのにももってこいのシチュエーションだった。
どちらからともなく橋の真ん中に差し掛かったところで足を止める。
「さて、ラルフへの復讐は達成できたわけだけど。満足していただけたかな?」
「ええ。胸の空く想いです」
「俺は君に殺されるのかな?」
アルの首には黒いチョーカーが身に付けられていた。
呪いの首輪である。
この呪いの首輪に働きかければ、フィオナはいつでも彼の魂を狩り取ることができる。
「まさか。そんなもったいないことしませんよ」
【出世の呪い】を渡した時点で、彼がその呪いに取り込まれるならそれまでだと思っていた。
だが、彼はきちんと当初の予定通り、出世の誘惑に打ち克ち、ラルフに腕輪を渡して、暗黒街にいるフィオナの元に戻ってきた。
アルは向こう見ずなところもあるが、一度やると決めたことは必ず成し遂げる男なのだ。
それに彼はすでにフィオナに多額の利益をもたらしてくれていた。
彼は営業マンとしても優れており、彼のおかげでフィオナの黒魔術稼業は大繁盛していた。
それに2人はすでに恋人同士だった。
喫茶店からの帰り、街角や路地裏で2人は度々チューしていた。
「私はあなたに教わりました。未来はただ待ち受けるものではなく、切り開くものなのだということを」
フィオナは杖を取り出すと、彼の首に付けられたチョーカーに押しつけた。
すると、呪いの首輪は外れて地面に落ちる。
「これであなたは自由です。もう何者にも縛られることはありませんよ」
「そうか。自由になったら君に伝えようと思っていたことがあるんだ」
「なんです?」
「俺と結婚してくれ。必ず君を幸せにするよ」
アルはフィオナの手を取って言った。
「はい。不束者ですが、よろしくお願いします」
「フィオナ、これを受け取ってくれ」
アルはポケットから煌めく銀色の指輪を取り出して、フィオナの指にはめた。
フィオナの髪色によく映える指輪だった。
アルはこれを取りに行ったために、喫茶店に遅れたのだ。
「ありがとうございます。では、お返しに。私からはこれを差し上げますよ」
フィオナは黒い腕輪を取り出して、アルに渡した。
「それは?」
「ラルフに装着させていた呪いの腕輪です」
「げっ。まだ残っていたのか。てっきり消滅したものかと思っていたよ」
「実はこの腕輪には面白い機能があるんですよ」
「……と言うと?」
「一生分の出世運を抽出するだけでなく、半分保存する効果もあるんです。今、この腕輪にはラルフの半生分の出世運がこもっています」
「へ、へえ。ラルフの半生分の運が」
一夜にしてラルフを急激に出世させ、そして没落させた出世運。
知らなかった頃ならともかく、その劇薬ぶりを知ってしまった今となっては、とてもじゃないが渡されて喜べるようなものではなかった。
「これをあなたに差し上げますよ」
「いやっ、せっかくだけど、もう出世はこりごりかな」
「大丈夫です。毒も薄めれば薬になるように、呪いも薄めれば幸運のアイテムになります。ラルフの出世運、これも薄めて売り出しちゃいましょう。きっと、いいお金になりますよ」
そう言って、フィオナは悪戯っぽく笑うのであった。
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