BloodyHeart

真代 衣織

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チャイルドソード

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 ——リリア王女は防戦一方だった。
 自販機とベンチが設置されている憩いスペースで、剣撃を交わす音が鳴り響いている。
 ドラキュラ軍人の剣撃を刀で払い、シールドと小さな身体を活かし、何とか雷撃を躱す。
 だが、次に躱した瞬間、脇腹を蹴られ、背中を向けて地面に落下した。透かさず、ドラキュラ軍人は血刃を放つ。リリア王女は尻尾から出るシールドで防ぐ。
 覚醒前で、色の付いてない飛膜からはシールドが出せない。代わりに、尻尾からシールドが出る。
 刀を地面に刺し、膝を突いたままリリア王女は向き直る。
 もう、身体中が傷だらけだ。
「諦めろ」
 冷たい視線を向け、ドラキュラ軍人は言い放つ。
「……負けないもんっ」
 息が上がり、疲労困憊の様子だがリリア王女の目は力強い。
 ——もう、後がない。
 人質にして逃げるしか、生き抜く手段がない。
 現状、背水の陣はドラキュラ軍人の方だ。
 任地である中東から増員要請し、惨敗した。中東には戻れない上に、ドラキュラ帝国にも帰れない。当の本人は、よく分かっている。
「我が帝国は実績主義だ。戦場は待遇を変える絶好のチャンスだった。任地にいる人間の四分の一を家畜にする。若しくは、その人数分の血を集める。……出来ないなら、家族にも影響を及ぼす」
 停戦するしかなかった。
 十年前、主要施設から離れた施設が崩落し、ガス管が爆発して水道管が破裂した。無関係だと思っていたら、送電線の引火を招いていた。変電所が爆破し、主要施設が次々に壊滅した。戦況不利に、家畜が減るリスクを考えて、上が停戦を決断してしまった。
 結果、今でも任地の家畜を増やせていない。
 ライフラインへの攻撃は、魔界も人間界と同じく戦時国際法違反になる。
「だから、亡命と引き換えに帰して下さいと、何度も言ったじゃないですかっ⁉︎」
「ふざけるなっ! あんな女狐(サファイア・テレジア)、信用出来るかっ⁉︎ 不慮の事故にして殺す気だ。何度も言っただろっ‼︎」
 魔界では、サキュバスの近衛兵が包囲網を張っている。これを連れて行けば、直ぐに見付かり殺される。
 麻薬カルテルの勢力が強いメキシコに行き、これは殺そう。ドラキュラ軍人は策を転じた。
 刀を支えに立とうとするリリア王女に、整えた笑みを見せる。
「もう、飛ぶ力も残ってないだろ? ここから逃げるのに、王族ゲートを使わせてくれたら解放しよう」
「っやだぁいっ‼︎」
「はあぁ?」
 リリア王女の意味不明な言語に、思わず不快な声が出る。
「そしたら、また犠牲者が出るっ‼︎ そんなのはイヤっ! 犠牲になった人達の為に、何も出来ないのはヤダっ! っやだぁいっ‼︎」
 思いを固めてリリア王女は立ち上がり、刀を構えた。
「ナメんなよっ! この程度で軍人に勝てるかよっ!」
 ドラキュラ軍人は剣を振り下ろす。
 もう体力がなく、リリア王女は転ぶ。だが、運良く剣を避けた。……そう見えた瞬間だった。
「……っ⁉︎」
 リリア王女が、ドラキュラ軍人の左腕を下から刺した。
「このガキっ‼︎」
 怒り、鬼の形相でドラキュラ軍人は蹴り飛ばす。その拍子に左腕が落ちた。
「……これで、雷撃は撃てない」
 一回転し、尻尾を支えに立つ。
 お姉ちゃんとは違う。この人は、左手からしか雷撃を撃てない。
 リリア王女は、その事に気付き機会を窺っていた。
 剣を横に振り、ドラキュラ軍人は血刃を放つ。リリア王女は両腕をクロスし、シールドを強化させて防ぐ。
 未だ、リリア王女の劣勢だが、片腕になり威力の落ちた攻撃は、全てシールドで防げている。
「全部お前の親、あの女狐の所為だっ! 人間を人として見ず、家畜と種馬として飼えば、争わずに済んだっ‼︎」
 ——それこそ戦争だな。
 多くが、好きなだけヤラしてくれて愛玩してくれる、美人種族のサキュバスを選ぶだろうよ。……そういや、サキュバスとヤったって話、聞かねぇな。
 声には出さずに羽月は反論した。
 角を曲がる手前、壁の反対側にもう来ていた。暗がりの通路から、影絵で戦闘の様子を見ている。
 意外だな、まだやれるか……。さて、どうするか……。
 スマートフォンを手に取り、壁に入った亀裂にカメラを向ける。
 傷だらけで弱々しい小さな体に不安を抱くが、自分で討とうとする強い瞳に期待する。
 スマートフォンを仕舞う。羽月は迷いに艶やかな黒髪を掻き上げた。
 真上にあった空調換気扇を見て煙草を吸い出した。自ずと視線は影絵にいく——。
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