BloodyHeart

真代 衣織

文字の大きさ
上 下
72 / 133

ドラキュラ帝国、カイ・クライツ帝王

しおりを挟む
      
「——そうか。こっちの得になると言っていたのは、化け物作りの事だったか」
「はい。帝王陛下の仰る通り、人間は愚かな生き物です」
「自らにも害を及ぼす毒を、平然とばら撒こうとしていました」
 太々しく玉座に座るカイ・クライツ帝王に、軍人の二人は忠誠を表し、片膝を突く。
 ドラキュラ帝国に帰った軍人二人は、帝王に一連の報告をしていた。
 カイ・クライツ帝王は、一際豪華な玉座の間で派手な軍服を着ている。
 豪華な造りは玉座の間だけではない。城の全てが豪華で広大だ。
 どれだけ魔界を探しても、ここまで豪華な城は他にない。
 この帝王は、即位すると直ぐに城の改装と増築を命じた。
 ドラキュラ帝国の力を象徴する為、と言うのが表向きな口実だった。だが、内部への注文の多さを考えれば、真相は自己満足だと分かる。
「それを餌に、卑しく漁夫の利狙いか——。新政権に代わっても、考え方は変わらない。全く以って進化のない国だな……」
 溜息交じりに軽蔑を言うのは、白い軍服を着たルゥーガ・リヒトー近衛隊長。長い髪を一つに束ねた、貴公子という評価がよく似合う美形だ。
 近衛隊長は、帝王の隣に姿勢良く立っている。座っている帝王は百七十五センチ。魔人にしては低身長な分、百八十八センチある近衛隊長の長身が一際目立つ。
「帝王陛下が仰っていた通り、人間は第三次世界大戦を起こし、滅びる運命《さだめ》です」
 右側の軍人が強く主張する。
「そうだ。大国が核を持てば、それが正義——。どこかの国が核兵器を使えば、どの国も使っていい——。核兵器を使っていいなら、生物兵器も化学兵器も何でも有りだ」
 持論を展開する帝王は、側近の女に目をやる。
 側近の女は葉巻を差し出す。
 葉巻も、入れ物のケースも見るからに高級品だ。ケースの内側には繊細なレースが施され、カットされた葉巻が綺麗に並べられている。
「そして文明は破壊され、未知の病気が蔓延し、我がドラキュラの毒になると——」
 左側の軍人が帝王を窺う。
「そうだ。そうなれば、当然ドラキュラ帝国は弱小国に成り下がる」
 断言し、帝王は左手の手袋を外した。
 五本に見えた指に、人差し指と薬指がない。
「この身体は、妊娠中の母が毒された人間の血を飲んだ影響だ。姉は難病を患って産まれ、俺が殺すまで苦しみ踠いていた」
 嘘吐き。その身体は父親のDVによるストレスが原因——。
 葉巻に火を点けた側近の女が、胸中で真実を発する。口に出しても無駄だと分かっているからだ。
 カイ・クライツ帝王は、毛髪は白髪で肌も真っ白、瞳が赤いアルビノだ。
 先天性の欠損は左手の指だけじゃない。左目も生まれつき失明している。
 仮面で覆われた顔には、左頬から額にかけて先天性の痣がある。
 帝王は、この身体を使い大々的なプロパガンダを行った。
 その内容が今の軍人と帝王の会話だ。
 真実を知る側近の女は、頭から被るレースのベールで表情は分からないが、浮かない顔をしていると分かる。
 帝王の左後ろに立つ側近の女は、軍服とは程遠い白いワンピースを着ている。その純白に覆われた姿に、一切の幸を纏っていない。
 側近の女はセミロングの金髪に、唇はベビーピンク。生い立ちから不運と想像が付く、ドラキュラとサキュバスのハーフだ。
 名前はレオナ・バートリー。
 サキュバスは、人間ではなく同じ魔人の異種族と子供を作った場合、人間や他の魔人と同じく、双方の特徴を持つ子供を産む。
「我がドラキュラが、人間界を掌握すれば全て解決する。そして、ドラキュラ帝国は魔界一の大国になる」
 鋭く帝王は言い放つ。
 人間界に侵攻するまでのドラキュラは、魔界にいる家畜の血が一般的な需要だった。
 人間界から血を仕入れる事もあったが、生きている人間を殺して血を取るのは違法だった。
 だが、裏社会では反社会勢力により、殺人を犯して流通している場合もあった。
 生きている健康な人間の血が、ドラキュラにとって最も万能なエネルギーになるからだ。
 それでも先天性の障害は治癒出来ない。先天性の難病ならば、寛解するか治癒されるケースもある。
「人間界の歴史を考えれば、このまま野放しにすれば危険。……ですのに、どうしてサキュバスの女王は邪魔を続けるんでしょうか?」
 当然浮かぶ疑問を、左側の軍人は口にした。
「奴は誑かしが得意な女狐だ。富を得る為だ。人間を化かし、国益を搾取したいからだ。我がドラキュラの配下だった弱小国と同じだ」
 敵意を剥き出しに帝王は言う。
「我がドラキュラへの恩を無視した愚行」
「サキュバスに化かされているとも知らず、愚かな人間と貿易を通じ利用されている。人間に好意を持つ馬鹿な奴らまで出てきています」
 軍人二人がそれぞれ発する。
 ドラキュラ帝国の配下だった国からすれば恩などない。安全保障を餌に搾取されていたのだから。
 ドラキュラ帝国が、サキュバス王国と戦争をしないのは、この貿易に起因している。
 ドラキュラ帝国の支配を脱した小国が、人間界との貿易により国力を強化した。
 それらの小国が、サキュバス王国と戦禍を交えれば、サキュバス王国に味方をするのは明らかだからだ。
 それこそが、サファイア・テレジア女王の狙い。
 サキュバス王国は、魔界からドラキュラ帝国を孤立させる事に成功していた。
「だからこそ情報統制が必要なんだ。間違った情報は混乱を生み、大衆を惑わす」
 正論のように帝王は堂々と主張する。
「分かっています」
「今回の暴挙は正しく発信させます」
 軍人二人は軍隊の広報官だった。
「ああ、そうしろ。新政権が横槍を入れるようなら、即殺せ」
「承知しました」
 帝王の命令に、軍人二人は敬礼し、玉座の間を後にした。
しおりを挟む

処理中です...