BloodyHeart

真代 衣織

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希望なんてなかった

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「あなたの言う通り——」
 抱擁を解き、田内美穂は再び席に戻る。
「私は犯罪者なの」
 明かり一つない表情で田内美穂は自白した。
 リリアの体は硬直する。
 同時に、膝に置いた手首のウェアラベル端末画面が光る。画面にメッセージが表示された。
『聞く事に徹しろ』
 羽月からだ。
「美穂さんが、積極的に犯罪に関与したとは思えません。何があったんですか?」
 硬く緊張しながらも、リリアは問い質す。
「娘の心臓移植の募金をネットで集った。でもお金は集まらなかった。集まるのは酷い悪口ばかり……。見なければいいものを、希望を捨てられなくて……。だから、毎日縋る思いで掲示板を見ていた。そしたらある日——」
 書き込みがあった。
『海外に拠点を置く医療コーディネーター会社です。独自のルートで心臓移植が出来ます。下記フォームからご連絡下さい』
 田内美穂は希望を見た。
 早速フォームをクリックする。
 サイトが移動する。表示されたURLを押す。
 辿り着いた先はアプリ画面だった。自身のスマートフォンにダウンロードされていた。
『田内未来ちゃんの親ですか?』
 早速メッセージがきた。
『はい。母親です。詳細をお聞かせ願いますか?』
 田内美穂はメッセージを打つ。
『会ってお話ししましょう。今週か来週、いつがご都合いいですか?』
『必要な持ち物は御座いますか?』
『診断書と娘さんとお母さんのパスポート、実印をお持ち下さい。日本の事務所はここになります』
 疑いもせず、田内美穂は促されるまま約束を取り付けてしまう。
 その後、書き込みはイタズラと判断され、即座に削除される。
 指定された港区のマンションに行くと、三人の男がいた。
 全員若い。一番年上そうな男さえ三十歳くらいだ。
 さすがに田内美穂は怪訝に思う。
『どうぞ、お座り下さい』
 それでも口調は丁寧だ。服装もちゃんとしている。
 室内はオフィスらしいレイアウトだ。
 田内美穂は正面と左横、真後ろと三人の男に囲まれる。六人掛けのテーブル席に着く。
『先に診断書とパスポートをコピーさせて頂けますか?』
 真後ろにいた男がアイスティーを持って来た。とても恰幅の良い大男だ。
『すみませんが、実績が解るものを見せて頂けますか?』
 言われた通りにパスポートと診断書をバッグから出さない。恐る恐る田内美穂は口を開く。
 了承した正面の男がノートパソコンを開く。
 今までの移植実績があった。
 患者の顔写真と症例、予後が記録されている。外国人が多いが日本人もいる。
 思い違いだったかな……。
 取り敢えず安心した田内美穂は、パスポートと診断書を渡してしまう。
『先ずは、海外への搬送費、移植から退院までの費用を合わせて、二千万円を御用意して下さい』
 アイスティーを口にした田内美穂に、正面の男が言う。
 それなりの金額は掛かると思っていたが、想像よりも高額だ。
 とても払えない。何より夫が許可する訳がない。
 今現在、人工心臓の手術費を巡り、夫との仲は険悪になっている。
 無理だと告げる。諦めようとした。
『……でしたら、分かりました。こちらの仕事をお手伝い頂ければ、ローンの頭金として移植手術を承ります』
 正面の男が条件を提示する。
『仕事って、私でも出来る事でしょうか?』
 食い入る様に、田内美穂は尋ねた。
 左横の男が不気味に口元を緩めた。
『子供に声を掛けるだけの簡単なお仕事です』
 田内美穂は困惑する。
『後は何も聞かなきゃいい』
 左横の男が言う。
『……それって誘拐?』
 意味する事が解り、田内美穂は後ろの男を振り返る。
 後ろの男はキッチンに行く。
『誘拐なの⁉︎ 臓器って、これは殺人じゃないっ』
 驚き、田内美穂は交互に男達を見た。
 キッチンに行った男が、ティファールを手に戻ってくる。
 中の熱湯を田内美穂の頭にぶち撒けた。
 熱さに田内美穂は悲鳴を上げる。椅子から転がり落ち、床上をのたうつ。
『甘ったれんなよっ! オバはん‼︎』
 怒鳴り、大男は田内美穂の腹を容赦なく蹴飛ばす。
『外国じゃ、当たり前ですよ』
『移植の臓器はぜーんぶ誘拐ビジネス——。アンタがやろうとしている事とおんなじだ』
 悶え苦しむ田内美穂に、男達は交互に言葉を浴びせた。
 この人達は既に何人も殺している。幾つも罪を重ねている。
 知ったからには私を生かしておく筈がない。それどころか、未来ちゃんにも危害が……⁉︎
『俺等じゃ怪しまれるから、丁度良かった』
 パスポートを手に、正面にいた男が悪意に微笑む。
『娘は助けて下さいますか?』
『当然助けますよ。連れて来て下さい。直ぐに移植を手配します』
 娘が助かるなら——。
 母性は罪に沈んだ。
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