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四十四話『頼れない本音』
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慣れない買い物で消耗してしまった英気を養うため、ショッピングモール内の小さなカフェでティータイムとなった。シックな雰囲気の内装に、コーヒーの芳醇な香りがお店の中を漂っている。少々混んだ店内で、都合よく空いていた奥側の席に案内された。二人でコーヒーとスイーツをそれぞれ注文し、届くまでの間、お喋りをして時間を潰す。
「今日はありがとう、古町さん。欲しいって思える服が買えたよ」
「それは良かったです。休憩が終わったら、別のお店に行ってみますか?」
「うーん、それは後で考えようかな」
雪菜先輩は頬を掻いて逃げるように私から目を逸らした。私が思っている以上に、疲れてしまっているようだ。少し気まずい時間が流れると、雪菜先輩は、先ほど買った服が入っている袋をしきりに確認していた。そこまで気に入ってもらえてると思うと、とても嬉しい。
タン、タン。と、店員さんがこちらに近づいてくるのを察すると、雪菜先輩は姿勢を正して何もなかった風を装った。子供らしい見栄の張り方にクスリと笑ってしまった。
「お待たせいたしました」
ガトーショコラ、ホットコーヒー、ショートケーキ、カフェモカが到着した。丁寧な手つきで、音を立てることなくテーブルに並べられる。甘い匂いに昂る心を、コーヒーの香りが落ち着かせてくれる。
「ごゆっくりお寛ぎください」
丁寧な接客を終えて、店員さんはお店の裏に戻って行った。注文された商品の素早い配置、聞き取りやすく大きすぎない声量、さりげない会釈。文化祭の夢国さんを彷彿とさせる素晴らしい接客だったのだが、商品の配置位置だけが逆になってしまっていた。
私の方が子供っぽく見えたのかな。ショートケーキとカフェモカは雪菜先輩が頼んだのだけれど。まあいっか、私たちが場所を移動させればいいだけの話だし。
「私、ショートケーキって柄じゃないのかな?」
「たまたま間違えただけですよ、きっと。苺、お好きなんですか?」
「うん。小さい頃から好きなんだ」
少し傷ついてしまった雪菜先輩の話を少し逸らしながら、ケーキとコーヒーを入れ替える。入れ替える際、視界に入ったショートケーキがとても魅力的に見えた。
なんで他の人が注文したものって、より美味しそうに見えちゃうんだろう。食いしん坊みたいで恥ずかしいな。
雪菜先輩のショートケーキを少し羨みながら、ガトーショコラにフォークをゆっくりと当てる。長く味わうために小さめに切り離し、口に運ぶ。滑らかな口当たりに、しっとりとした食感。濃厚なチョコの味が口いっぱいに広がる。鼻に抜ける匂いすら甘く、チョコレートに包まれた気分だ。
舌鼓を打っていると、雪菜先輩が私の食べているガトーショコラを食べたそうにみていることに気がついた。私と同じで、人が食べているものは気になってしまうらしい。可愛らしい先輩だ。
「良かったら、一口食べますか?」
自分が食べるより少し大きめに切り分け、フォークで突き刺し雪菜先輩に差し出した。見ていたことを気づかれてしまったのが恥ずかしのか、雪菜先輩は驚きながら顔を赤くした。もしもケーキを咀嚼中に提案していたら、ケーキを喉に詰まらせてしまっていたかもしれない。
「い、いいの?」
「はい。生徒会長退任祝い。とでも思っていただければ」
それにしてはささやかすぎるから、またお菓子を作って渡そう。マカロンでも作ろうかな。雪菜先輩も好きって言っていました。
雪菜先輩はガトーショコラを一口食べると、口元を隠して静かに味わっている。「あーん」が恥ずかしいのか、少し顔が赤い。
「美味しい、このガトーショコラ。今度来たとき頼もうかな」
雪菜先輩も気に入ってくれたようで。自分が美味しいと思ったものを美味しいと思ってもらえると、やはり嬉しい。
「私だけじゃ悪いから、お返し」
そう言って、雪菜先輩はショートケーキを一口私に差し出した。少し恥ずかしいけれど、気になっていたのも事実なので素直にいただくことにした。
卵焼きのときとこんな感じだったなぁ。
「しっかりと甘いクリームなのに全然くどくなくて、美味しいです」
「だよね。美味しかったから、古町さんにも食べてほしくてさ」
談笑しながら、ケーキを食べ終え、コーヒーで一息。雪菜先輩も、先程の買い物疲れを少しは解消できたようだ。
「このあと、どうしますか? もう何軒か見て回りましょうか?」
「うーん。いや、今回はこれで終わりかな。自分が思ってた以上に我儘なのもわかったし」
雪菜先輩はそう言って、隣に置いた袋をそっと撫でた。私に気を遣ってという感じではなく、本当に今日の収穫として満足しているようだ。
まぁ、私も雪菜先輩に似合いそうな可愛い服を見つけられなかったし、また先輩が疲れちゃうか。
「わかりました。次回は夢国さんたちも呼びましょうか。七津さんなら身長も近いので、的確なアドバイスをもらえるかもしれません」
「う、うん。そうだね」
私の提案を呑み込みきれていないのか、雪菜先輩の返事は少し歯切れが悪かった。
私には素直に今回のこと素直に相談してくれたのに、夢国さんたちに頼るのはまだ難しいのかな。志穂ちゃんも連れてきちゃおうと思ったけれど、まだ早いか。
「そしたら、どうしましょうか。雑貨でも見に行きますか? それか、映画とか」
「映画、か。どんなのやってるか、覗きに行ってもいいかな?」
「はい、もちろん」
次の行き先が映画館に決まった。お会計は別々で済ませようと思っていたのだが、雪菜先輩が口を挟む余裕すらくれずに全て払ってしまった。
「お礼みたいなものだと思ってよ」
規模が違うとはいえ、先程自分が使ったばかりの理由を持ってこられると拒否しづらい。一言「ごちそうさまです」と、お礼は忘れないようにした。
映画館に着くと、そろそろ入場開始なのか、結構な人数がロビーに待機していた。上映予定を確認すると、心霊系のホラー映画待ちのようだ。
私は苦手だけれど、不動の人気ジャンルの一つだよね、ホラーって。もしも先生がホラー好きだったらどうしよう。……怖いから上映中は手を握っててもらおう。
まだ実現できていない未来を妄想しながら、他のラインナップを確認する。ヒーローもの、劇場版アニメ、恋愛、ミステリー、ホラー。上映時間はともかく、飛び込みでも困らなそうだ。
「何か、観たいものありました?」
「うーん、ちょっと気分じゃないかも」
雪菜先輩は何か観たいものがありそうだったが、気を遣っているのか言ってくれなかった。
(本当は恋愛映画観たいんだけど。古町さんが一緒だと意識しちゃって観てられなさそうだし)
もしかしてホラーが観たいとか……。いや、七津さんの家でホラー映画観たとき、けっこうしっかり目に怖がってたからそれはないか。
「ごめんね。私が来たいって言ったのに」
「いえ、ここからはノープランですから。気にしてませんよ」
正直、私もそこまで惹かれるタイトルを見つけられなかった。恋愛映画は嫌いじゃないが、今の私には少し重苦しく感じてしまう。
失恋シーンとか、雪菜先輩にとっても辛いかもしれないし。
長くとどまることなく、ブラブラと歩いて次の目的地を探していると、雪菜先輩がゲームセンターの前でスピードが落ちた。
「雪菜先輩?」
「あ、ごめん。ちょっと懐かしくてさ」
謝って足早に通り過ぎようとする雪菜先輩の手を、反射的に掴んだ。何のプランも目的地もないなら、こういう寄り道もありだと思った。
「いいじゃないですか。たまには」
そう笑いかけると、雪菜先輩は安心したように笑うと進路をゲームセンターの中に変更した。どうやら、明確にやりたいゲームがあるらしい。
「一年生の頃にね、友杉先輩に無理矢理連れてこられたんだ。そこから少しハマっちゃって」
そう言ってたどり着いたのはダンスゲームの筐体。確認するようにこちらを振り向く、子供のような先輩に頷くと、嬉しそうに百円を入れた。運動が苦手な私は、後ろで座って待つことにした。
そういえば、志穂ちゃんもこのゲームで遊んでたっけ。姉妹で仲良さそうだったな。いっつもハイスコアで競って悪態ついていたけれど。
ゲームが始まると、雪菜先輩は軽快なステップでみるみるスコアを上げていく。譜面を見る限り、相当難易度が高いように見える。ゲームプレイとして見ても、ダンスとして見ても、かなり上手い。
見ていて飽きない。というより、見ていたくなる感じだなぁ。
ダンスが終わると、私は無意識のうちに拍手を送っていた。雪菜先輩は照れくさそうに、Vサインをした。
「ふーっ。あとはクレーンゲームでもする?」
「そうですね。猫ちゃんグッズがあるかもしれません」
気分が高揚している雪菜先輩の後ろをついていく。ここまでテンションが高くて楽しそうな雪菜先輩を見るのは、初めてかもしれない。
「あ、三毛猫クッション」
お目当ての猫グッズを見つけた雪菜先輩は意気揚々と五百円を入れたが、なかなか動かない。気づけば総額二千円に到達した。
さっきまで元気だったのに、どんどん落ち込んでる。
「ちょっと、やってみてもいいですか?」
「う、うん」
しょげている雪菜先輩に変わって五百円を投入する。全六回のチャンス。焦らず、一手一手確実に景品取り出し口に近づけていく。最後の一手で、なんとかクッションを獲得した。
「す、すごいよ、古町さん!」
「ありがとうございます。雪菜先輩が頑張って動かしたからですよ」
「いや、私だったら取れずに終わってたよ」
景品が取れたことにはしゃいでる雪菜先輩がとても可愛い。何に縛られることもなく、何を気にすることもなく。楽しいと思えてもらいているなら、とても嬉しい。
「これは、差し上げます。ケーキのお礼です」
「ありがとう。今日はお礼合戦だね」
照れくさそうに笑う雪菜先輩に、私も釣られてクスリと笑った。大きめの荷物も増え、時間も良い時間と言うことで帰ることになった。
「今日は本当にありがとう。服も、クッションも。それに、すごい楽しかった」
「私も楽しかったです」
おしゃれには疎いほうだけれど、誰かの服を探すのはやっぱり楽しい。久しぶりに志穂ちゃんとも買い物に行こうかな。夢国さんたちは……。あんまり恋人同士の時間を邪魔しちゃ悪いかな? 誘うだけ誘ってみよう。
「あの、古町さん」
雪菜先輩は私を呼ぶと、何か言おうとして止めてしまった。吐き出そうしているような、飲み込もうとしているような。呼吸も辛そうだ。
「……また、お出かけしよう?」
「もちろん。雪菜先輩がお忙しくなければ」
言葉に嘘はなさそうだったが、何かを隠しているように感じた。
そう思っちゃうのは、私が先生に言い訳ばかりで正面から好きって言えないからなのかな。
「またね」
「はい。さようなら」
「今日はありがとう、古町さん。欲しいって思える服が買えたよ」
「それは良かったです。休憩が終わったら、別のお店に行ってみますか?」
「うーん、それは後で考えようかな」
雪菜先輩は頬を掻いて逃げるように私から目を逸らした。私が思っている以上に、疲れてしまっているようだ。少し気まずい時間が流れると、雪菜先輩は、先ほど買った服が入っている袋をしきりに確認していた。そこまで気に入ってもらえてると思うと、とても嬉しい。
タン、タン。と、店員さんがこちらに近づいてくるのを察すると、雪菜先輩は姿勢を正して何もなかった風を装った。子供らしい見栄の張り方にクスリと笑ってしまった。
「お待たせいたしました」
ガトーショコラ、ホットコーヒー、ショートケーキ、カフェモカが到着した。丁寧な手つきで、音を立てることなくテーブルに並べられる。甘い匂いに昂る心を、コーヒーの香りが落ち着かせてくれる。
「ごゆっくりお寛ぎください」
丁寧な接客を終えて、店員さんはお店の裏に戻って行った。注文された商品の素早い配置、聞き取りやすく大きすぎない声量、さりげない会釈。文化祭の夢国さんを彷彿とさせる素晴らしい接客だったのだが、商品の配置位置だけが逆になってしまっていた。
私の方が子供っぽく見えたのかな。ショートケーキとカフェモカは雪菜先輩が頼んだのだけれど。まあいっか、私たちが場所を移動させればいいだけの話だし。
「私、ショートケーキって柄じゃないのかな?」
「たまたま間違えただけですよ、きっと。苺、お好きなんですか?」
「うん。小さい頃から好きなんだ」
少し傷ついてしまった雪菜先輩の話を少し逸らしながら、ケーキとコーヒーを入れ替える。入れ替える際、視界に入ったショートケーキがとても魅力的に見えた。
なんで他の人が注文したものって、より美味しそうに見えちゃうんだろう。食いしん坊みたいで恥ずかしいな。
雪菜先輩のショートケーキを少し羨みながら、ガトーショコラにフォークをゆっくりと当てる。長く味わうために小さめに切り離し、口に運ぶ。滑らかな口当たりに、しっとりとした食感。濃厚なチョコの味が口いっぱいに広がる。鼻に抜ける匂いすら甘く、チョコレートに包まれた気分だ。
舌鼓を打っていると、雪菜先輩が私の食べているガトーショコラを食べたそうにみていることに気がついた。私と同じで、人が食べているものは気になってしまうらしい。可愛らしい先輩だ。
「良かったら、一口食べますか?」
自分が食べるより少し大きめに切り分け、フォークで突き刺し雪菜先輩に差し出した。見ていたことを気づかれてしまったのが恥ずかしのか、雪菜先輩は驚きながら顔を赤くした。もしもケーキを咀嚼中に提案していたら、ケーキを喉に詰まらせてしまっていたかもしれない。
「い、いいの?」
「はい。生徒会長退任祝い。とでも思っていただければ」
それにしてはささやかすぎるから、またお菓子を作って渡そう。マカロンでも作ろうかな。雪菜先輩も好きって言っていました。
雪菜先輩はガトーショコラを一口食べると、口元を隠して静かに味わっている。「あーん」が恥ずかしいのか、少し顔が赤い。
「美味しい、このガトーショコラ。今度来たとき頼もうかな」
雪菜先輩も気に入ってくれたようで。自分が美味しいと思ったものを美味しいと思ってもらえると、やはり嬉しい。
「私だけじゃ悪いから、お返し」
そう言って、雪菜先輩はショートケーキを一口私に差し出した。少し恥ずかしいけれど、気になっていたのも事実なので素直にいただくことにした。
卵焼きのときとこんな感じだったなぁ。
「しっかりと甘いクリームなのに全然くどくなくて、美味しいです」
「だよね。美味しかったから、古町さんにも食べてほしくてさ」
談笑しながら、ケーキを食べ終え、コーヒーで一息。雪菜先輩も、先程の買い物疲れを少しは解消できたようだ。
「このあと、どうしますか? もう何軒か見て回りましょうか?」
「うーん。いや、今回はこれで終わりかな。自分が思ってた以上に我儘なのもわかったし」
雪菜先輩はそう言って、隣に置いた袋をそっと撫でた。私に気を遣ってという感じではなく、本当に今日の収穫として満足しているようだ。
まぁ、私も雪菜先輩に似合いそうな可愛い服を見つけられなかったし、また先輩が疲れちゃうか。
「わかりました。次回は夢国さんたちも呼びましょうか。七津さんなら身長も近いので、的確なアドバイスをもらえるかもしれません」
「う、うん。そうだね」
私の提案を呑み込みきれていないのか、雪菜先輩の返事は少し歯切れが悪かった。
私には素直に今回のこと素直に相談してくれたのに、夢国さんたちに頼るのはまだ難しいのかな。志穂ちゃんも連れてきちゃおうと思ったけれど、まだ早いか。
「そしたら、どうしましょうか。雑貨でも見に行きますか? それか、映画とか」
「映画、か。どんなのやってるか、覗きに行ってもいいかな?」
「はい、もちろん」
次の行き先が映画館に決まった。お会計は別々で済ませようと思っていたのだが、雪菜先輩が口を挟む余裕すらくれずに全て払ってしまった。
「お礼みたいなものだと思ってよ」
規模が違うとはいえ、先程自分が使ったばかりの理由を持ってこられると拒否しづらい。一言「ごちそうさまです」と、お礼は忘れないようにした。
映画館に着くと、そろそろ入場開始なのか、結構な人数がロビーに待機していた。上映予定を確認すると、心霊系のホラー映画待ちのようだ。
私は苦手だけれど、不動の人気ジャンルの一つだよね、ホラーって。もしも先生がホラー好きだったらどうしよう。……怖いから上映中は手を握っててもらおう。
まだ実現できていない未来を妄想しながら、他のラインナップを確認する。ヒーローもの、劇場版アニメ、恋愛、ミステリー、ホラー。上映時間はともかく、飛び込みでも困らなそうだ。
「何か、観たいものありました?」
「うーん、ちょっと気分じゃないかも」
雪菜先輩は何か観たいものがありそうだったが、気を遣っているのか言ってくれなかった。
(本当は恋愛映画観たいんだけど。古町さんが一緒だと意識しちゃって観てられなさそうだし)
もしかしてホラーが観たいとか……。いや、七津さんの家でホラー映画観たとき、けっこうしっかり目に怖がってたからそれはないか。
「ごめんね。私が来たいって言ったのに」
「いえ、ここからはノープランですから。気にしてませんよ」
正直、私もそこまで惹かれるタイトルを見つけられなかった。恋愛映画は嫌いじゃないが、今の私には少し重苦しく感じてしまう。
失恋シーンとか、雪菜先輩にとっても辛いかもしれないし。
長くとどまることなく、ブラブラと歩いて次の目的地を探していると、雪菜先輩がゲームセンターの前でスピードが落ちた。
「雪菜先輩?」
「あ、ごめん。ちょっと懐かしくてさ」
謝って足早に通り過ぎようとする雪菜先輩の手を、反射的に掴んだ。何のプランも目的地もないなら、こういう寄り道もありだと思った。
「いいじゃないですか。たまには」
そう笑いかけると、雪菜先輩は安心したように笑うと進路をゲームセンターの中に変更した。どうやら、明確にやりたいゲームがあるらしい。
「一年生の頃にね、友杉先輩に無理矢理連れてこられたんだ。そこから少しハマっちゃって」
そう言ってたどり着いたのはダンスゲームの筐体。確認するようにこちらを振り向く、子供のような先輩に頷くと、嬉しそうに百円を入れた。運動が苦手な私は、後ろで座って待つことにした。
そういえば、志穂ちゃんもこのゲームで遊んでたっけ。姉妹で仲良さそうだったな。いっつもハイスコアで競って悪態ついていたけれど。
ゲームが始まると、雪菜先輩は軽快なステップでみるみるスコアを上げていく。譜面を見る限り、相当難易度が高いように見える。ゲームプレイとして見ても、ダンスとして見ても、かなり上手い。
見ていて飽きない。というより、見ていたくなる感じだなぁ。
ダンスが終わると、私は無意識のうちに拍手を送っていた。雪菜先輩は照れくさそうに、Vサインをした。
「ふーっ。あとはクレーンゲームでもする?」
「そうですね。猫ちゃんグッズがあるかもしれません」
気分が高揚している雪菜先輩の後ろをついていく。ここまでテンションが高くて楽しそうな雪菜先輩を見るのは、初めてかもしれない。
「あ、三毛猫クッション」
お目当ての猫グッズを見つけた雪菜先輩は意気揚々と五百円を入れたが、なかなか動かない。気づけば総額二千円に到達した。
さっきまで元気だったのに、どんどん落ち込んでる。
「ちょっと、やってみてもいいですか?」
「う、うん」
しょげている雪菜先輩に変わって五百円を投入する。全六回のチャンス。焦らず、一手一手確実に景品取り出し口に近づけていく。最後の一手で、なんとかクッションを獲得した。
「す、すごいよ、古町さん!」
「ありがとうございます。雪菜先輩が頑張って動かしたからですよ」
「いや、私だったら取れずに終わってたよ」
景品が取れたことにはしゃいでる雪菜先輩がとても可愛い。何に縛られることもなく、何を気にすることもなく。楽しいと思えてもらいているなら、とても嬉しい。
「これは、差し上げます。ケーキのお礼です」
「ありがとう。今日はお礼合戦だね」
照れくさそうに笑う雪菜先輩に、私も釣られてクスリと笑った。大きめの荷物も増え、時間も良い時間と言うことで帰ることになった。
「今日は本当にありがとう。服も、クッションも。それに、すごい楽しかった」
「私も楽しかったです」
おしゃれには疎いほうだけれど、誰かの服を探すのはやっぱり楽しい。久しぶりに志穂ちゃんとも買い物に行こうかな。夢国さんたちは……。あんまり恋人同士の時間を邪魔しちゃ悪いかな? 誘うだけ誘ってみよう。
「あの、古町さん」
雪菜先輩は私を呼ぶと、何か言おうとして止めてしまった。吐き出そうしているような、飲み込もうとしているような。呼吸も辛そうだ。
「……また、お出かけしよう?」
「もちろん。雪菜先輩がお忙しくなければ」
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