私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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六十一話『好きなあの子と』

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 秋が去り行き、冬が訪れようとしているのを感じる十一月中頃の土曜日。自室の鏡の前で服を合わせてはベッドに広げ、合わせては広げるを繰り返すこと二時間。お昼からの予定だというのに、早朝から服選びに手間取っている。
 ここは着慣れているパンツスタイルでクールな方が頼り甲斐ありそうかな。でも、せっかくなら古町さんが選んでくれたニットとスカートを着ていきたい気もする。パーカーは着ていかないとして。どっちを着て行くか……。
(とっても可愛いですよ、雪菜先輩)
 古町さんがと買い物に出かけた時のことを思い出す。嬉しいと思うのと同時に、自分の頼りなさも同時に思い出して少し情けなくなる。
 イメージに振り回されなくても受け入れてくれるのが古町さんだってわかっているのに、なんでかカッコつけたくなっちゃうな。まあそもそも、イメージ通りじゃなきゃいけないってのも、私の被害妄想だったのかもしれないけど。カッコつけたい……けど、古町さんへの感謝も込めて、私は自分を出すべきかな。
 私はニットの袖に腕を通してスカートを履く。防寒も兼ねてタイツと少し厚手の靴下。ベージュのニットのアウターを羽織って鏡の前に立った。地味と言われれば地味かもしれないが、演じていた私よりも好きだと思う。
 前の服装も、嫌いじゃないんだけどね。動きやすくて楽ではあるし。
 最後に髪をまとめようと腕につけたヘアゴムに触れ、手を止めた。ヘアゴムを少しだけ伸ばし、外すことなく戻した。
 今日はつけなくても、いっかな。
 服を選び終わり、自室から出て少し早めのお昼ご飯を食べる。行き先でも食べるかもしれないので、あくまで軽めに。普段はしない格好ということもあって、お母さんが私のことを見ている気がする。
「変かな? この格好」
「いいえ。とっても素敵よ、雪菜」
 そう答えるお母さんは、どこか嬉しそうだった。中学生の頃からイメージを優先してきたことを伝えた記憶はないが、もしかしたら、それに気がついていたのかもしれない。私の選択だと、口にしなかっただけで。
 小学生の時はお母さんと一緒に選んでいたんんだし、気づかれていてもおかしくないか。感性の変化と解釈すればそれまでのことだけど。
 ちょうど良い頃合いを見て家を出た。定期で集合駅まで行き、古町さんがきたらすぐわかる出口の近くに設置されているベンチに腰掛けた。気持ちが逸りすぎて時間はまだ三十分前。いくら古町さんが真面目でも、まだ到着していない。
 本当は家まで迎えに行きたかったんだけど、一回見かけただけの家にたどり着くとかストーカーみたいで怖いし、普通に古町さんが遠慮しちゃうだろうなぁ。
 実現しなかった過程を想像していると、私の隣に女性が座った。人がいる状態でベンチに座りにくるのは少し珍しいなと思いながらチラリと見てみると、強い既視感という確信があった。
 つば付きの赤い帽子に、ピンクのカラーレンズのサングラス。ダークブラウンのフレアパンツに黒のダウンジャケット。中にはモコモコのブラウンニットが見える。
「なんでここにいるの、命」
「あら? 早々にバレちゃった。流石に接近しすぎたね~」
 わざとらしく言うと、命はサングラスを外してイタズラな笑顔を浮かべた。元から隠れるつもりは微塵もなさそうだ。
「不審者認定されて通報も嫌だし、なら最初からってね」
「そもそもなんで付いてくるんだよ」
 不満げに問いかけると、命は呆れた表情で大きくため息を吐いてにじり寄ってきた。そして私の胸の中心をノックするように、人差し指でコツコツと叩いてきた。
「自分の胸に訊きなよ、チキンハート。心配になる気持ちもわかるでしょ?」
 臆病だと言われてしまうと反論できない。それとこれと別だろ思いはするが、命は善意で動いてくれている。何より、邪魔をするような真似だけは絶対にしない確信があった。
「ま、うちも勝手に遊園地楽しんでるから、困ったことあったらSOS出せるようにって、それだけ。じゃ、お先~」
 そう言って命はサングラスを帽子にかけて、駅の改札を抜けていった。どうやらサングラスキャップだったようだ。お節介な親友にため息を吐いてベンチに深々と腰掛けると、スマホの通知が鳴った。期待を込めて確認すると、命からだった。
「礼も来てるから、人員には事欠かないよ~」
 妹まで巻き込んでしまった。と言うより巻き込ませてしまったが正解かな。私ってそんな情けないかなぁ。
「ちゃんと楽しんできなよ」
 礼ちゃんを最優先に動けという意味を込めて返信すると、命は親指の主張が強いグッドスタンプを返してきた。意図が伝わっているか分からず、ハッキリ返すべきだったかもしれないと少し後悔した。
 命なら気づいてくれるか。結構シスコン気あるし。というかそれ以前に、私の行動時間先読みしてきてたのか、命のやつ。
 親友が去ってからおよそ十五分。約束の時間十分前に、不思議と私の目を引く小柄の女の子がキョロキョロしながらこちらに歩いてきた。私が座って周囲の人混みに隠れているせいで、見つけられないらしい。
 ビッグサイズのブラウンのダメージニットに白いゆったりしたロングTシャツ。焦茶色のプリーツパンツ。ゆるっとしているが、だらしない印象は受けない。
「古町さん、こっちだよ」
 少し遠巻きに声をかけて軽く手を振ると、笑ってこちらに駆け寄ってきてくれた。こんな些細なことですら気になってしまう、勘違いを起こしてしまいそうになる。
 落ち着け、バカな私。礼ちゃんとか命も同じ反応するんだから。……だめだ、これはこれで自信がなくなる。
「雪菜先輩。こんにちは」
「予定より早いね。……寒くない?」
「はい。インナーも防寒仕様ですし。タイツも仕込んでいますから」
 そう言うと古町さんはプリーツパンツをほんの少したくし上げ、中の黒いタイツを見せてはにかんだ。本人は自覚していないと思うが、古町さんは時折大胆な行動を見せる。
「雪菜先輩こそ、寒くないですか?」
「私は平気。これでも無遅刻無欠席無早退の元生徒会長だからね」
「それはあまり関係ないような」
 志穂さんを参考にフランクなジョークを言ってみると、古町さんは少し困り気味に笑った。志穂さんにツッコミを入れる時に何度か見た表情だ。コミュニケーションとしては成功と受け取っておくことにした。
「じゃあ、行こうか。案内は任せて」
「頼りにしています」
 手を伸ばす勇気を出せず、ポケットにしまおうと空ぶった手を横にダランと垂らして改札を抜けた。かっこ悪いところ見せたかなと思い僅かに後ろを確認すると、古町さんは何も気していない様子で笑顔で首を傾げた。その小さな仕草一つ一つが気になってしまう。
 本当はクリスマスとかイベントごとに絡めたい思いはあったけど、流石にそこまで待っていたら私にも余裕がなくなる。
 これが最後の大きなチャンスであると感じながら、ちょうど到着した電車に乗り込んだ。幸いあまり混雑はしておらず、二人とも余裕を持って座れた。
 せめて、この想いをしっかり伝えないと。
 
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