私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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六十四話『あなたは優しいから』

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 日が傾く少し前。私と古町さんは遅めのおやつタイムを取ることにした。
 遊園地の一角に設置されたフードコートには、四軒のお店が並んでいる。カレー、粉物、ハンバーガー、クレープ。サイドメニューも含めると、どれか一つは食べたいものを見つけられそうだ。
 クレープにするか、ソフトクリームにするか。今寒いし、ここはクレープが安定かな。でも、寒い日のアイスも美味しいんだよなぁ。
「食べたいもの、ありましたか?」
「うーん、すごい悩んでる。古町さんは?」
「そうですね……。たこ焼きでしょうか」
 古町さんは並んだお店をなぞるようにジッと見ると、粉物のメニュー看板をジッと見つめた。お好み焼きとたこ焼きが三種類ずつ描かれている。古町さんも甘いものを選ぶと思っていたので、少し意外だった。
 私も粉物食べようかな。でも、そんなに食べられる気しないし、やっぱり甘いものが食べたいなぁ。
「私、先に買ってきますね。少し時間かかると思うので」
 引き止める間もなく、古町さんは粉物のお店に向かって歩いて行った。先輩として奢ってあげたかったので少し残念。
 でも古町さん遠慮がちだし、理由がないと素直に奢らせてくれないんだよな。一緒に来てくれたお礼ってことにすれば、すんなり受け取ってくれるかな?
「今日はアイスやめておこう。やっぱ寒いし」
 私はクレープ屋まで歩き、チョコバナナクリームを一つ注文した。ブルーベリーやストロベリーも捨てがたいのだが、流石に複数注文はできなかった。
 想定よりも長い時間考え込んでしまっていたようで、古町さんもちょうどたこ焼きを受け取るところだった。今回は迷ったことでタイミングが良かったと思うことにした。ソース、鰹節、青のりと、夏祭りを思わせる匂いが香ってきた。
 二人で設置されたベンチに座り「いただきます」をして食べ始める。
「……うん、甘くて美味しい」
「ふー、ふー、ハフッ、ハフッ……」
 クレープにかぶりつく私の隣で、古町さんも美味しそうにたこ焼きを頬張った。熱いたこ焼きを、手をパタパタさせて体を縮こめて食べている姿が可愛らしい。
「大丈夫? お茶のむ?」
「……ふはぁ。大丈夫です。あはは、夏祭りの時に七津さんが美味しそうに食べてるの思い出しちゃって。ちょっと無茶しちゃいました」
「火傷しないでね」
 古町さんは恥ずかしそうに笑うと、先ほどより念入りにたこ焼きを冷ましてから食べ始めた。中身は熱いままで多少苦しそうだが、体が動いてしまうほどではないようだ。
 さっきの食べ方、七津さんを参考にしてる聞くと妙に納得できちゃった。それに、見てると私も食べたくなってきた。クレープ食べ終わったら買ってこようかな? いや、時間かかるし普通にお腹膨れてつらくなりそうだからやめておこう。
「あ、雪菜先輩。クリームついてますよ」
「え? 嘘、どこ?」
 よそ見しながら食べてたから、ついちゃったか。古町さんのこと見過ぎでしょ、私。せめて視線がバレていないといいんだけど。服についてないよね。古町さんに選んでもらったものだから、汚したくないのに。
「動かないでください」
 そう言うと古町さんの手が私の頬に触れた。正確には、古町さんが手に取ったティッシュが触れたのだが、それ以上に顔をマジマジと見られてドキドキしてしまう。このまま顔を近づければ、唇に触れることもできてしまいそうだ。
 って、馬鹿か私は! ただほっぺたについたクリーム拭ってくれただけなんだから。それ以上でもそれ以下でもないし、なにより、これ以上距離が近かったことだって何回もあるんだから。平常心平常心。
 デート。告白。その言葉があるだけで意識してしまい、すぐに沸騰してしまいそうになる。
「はい、もう大丈夫です。そんなに美味しかったんですか?」
 古町さんは、私が美味しさのあまりにがっついて口元を汚してしまったと思ったようだ。
「あ、ああ、うん。クレープ食べたの久しぶりだったから」
 それはそれで子供みたいで恥ずかしいけど、見ていたのはバレてなかったのかな。
「私もクレープ食べたくなってきちゃいました」
 そう言うと、古町さんは美味しそうにたこ焼きを食べ始めた。先ほどそれにつられてクリームを頬につけてしまったというのに、性懲りも無くまたその姿を見てしまっている。
「一つ、食べますか?」
 結果、先ほどは見逃されたことを自分であっさり掘り返すことになった。古町さんのなかで、私の存在が食いしん坊になってしまっていいそうで少し怖い。
 もともと頼れる先輩像を持ってもらえているか怪しいところだけど
「悪いよ、古町さんが食べたくて買ったんだから」
「遠慮しないでください。美味しいものの共有ですよ。ほら」
 古町さんはたこ焼きを一つ楊枝に刺すと、私に差し出した。私が後ろに下がると、たこ焼きは同じだけ私に近づいてくる。
 ここまで押されて食べないのは失礼か。第一、苦手なものじゃなくて食べたいって思ってるわけだし。
「いただきます」
 意を決して古町さんのたこ焼きを食べさせてもらった。時間が経っていたので、熱々ではなかったがちょうど良いくらいの、美味しく食べられる熱さだった。
 食べた時に古町さんが笑った。その笑顔が可愛くて、同時に恥ずかしくて目を閉じて咀嚼する。瞼を閉じても、思い浮かぶ優しい笑顔。見なくても隣で笑っていると思うと恥ずかしい。
「美味しい。はい、古町さんにもお返し」
 飲み込むのと同時に目を開けて、クレープを古町さんに差し出した。恥ずかしさを誤魔化すためにした恥ずかしい行為。差し出してから一秒、ここまで食べかけの酷いものを人にあげようとするとか、大分冷静さを欠いていることを改めて自覚する。
 間接キスとかは今までもあったから少し恥ずかしいくらいだし、命とも普通にする時あるから今更だけど、流石にこの食べかけはよくない。本当によくない。
「じゃあ、遠慮なく。はむ」
 遊園地の高揚からか。それとも私にたこ焼きを一つくれたからか。古町さんは珍しく、ほぼノータイムで私のクレープにかぶりついた。もしかしたら、私がトリップしかけていただけで、本当は迷っていたのかもしれない。
「甘くて美味しいですね」
「結構迷ったんだ。苺かバナナかって」
 照れる様子を見せない古町さんの反応を残念に思いながら、幸せそうな笑顔が見れたので結果オーライと思うことにした。
 それから互いに遊園地での思い出を少し語り合った。すぐにアトラクションに乗っても良かったのだが、食後なので逆流してしまうかもしれないので自重した形だ。
「そろそろ次行こうか」
「はい。ラストスパートですね」
 残りのアトラクションをパンフレットでチェックする。なぞるように見て最後に辿り着くアトラクション、観覧車。乗っている時、もしくは降車して帰る時に、気持ちを伝えようと思う。
 ここは二人きりで乗ってる間が最大のチャンスで定番。でも、失敗した時にすごい気まずい空気が……。いや、はなから失敗の未来だけ考えない。何のために古町さんを誘ったんだ、私。
 静かに覚悟を決め、次のアトラクションを目指す。観覧車まではまだ少し時間があるので、その間に覚悟を決める。
「古町さん、今のところ何が一番楽しかった?」
「やっぱりジェットコースターでしょうか。スカイショットは楽しみきれ……」
 古町さんは言葉を止めると同時に、グンっと私が引っ張られるぐらい強くその場で足を止めた。
 私も驚きながら足を止めて振り向く。古町さんは左側の遠くを見ている。私ではなく、私よりも後ろの何かを。
「古町さん?」
「すみません。ちょっと行ってきます」
 古町は私の手を離して、視線の先へと駆け足で向かった。離れた瞬間、その手を掴み直そうとした私の手は虚しくも空を切った。
 まさか命たち見つかったんじゃ。いやでも、それなら私の手を離してまで追いかけることじゃないような。私に命かどうか確認すると思うし。
 理由がわからないまま古町さんを追いかける。人を避けながら進む古町さんの前に、小さい女の子が見えた。
 泣いてはいないが、不安そうに周囲をキョロキョロしている。
 あれ、昔の私と一緒だ。古町さんはあの子に気がついたから、急に走ったんだ。
 古町さんは子供の前まで行くと周囲の人の邪魔にならないことを確認して、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「こんにちは、私は琉歌。お嬢さん、お名前は?」
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