私の好きの壁とドア

木魔 遥拓

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六十六話『それは昔から』

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「それでー、志穂はヤトちゃんの何は聞きたい?」
 沙穂さんはのんびりパンケーキを切り分けて食べながら、志穂ちゃんに尋ねた。らしい理由で先生の情報を聞き出そうとしてくれた(個人的興味かもしれない)志穂ちゃんだったが、具体的な内容までは考えていなかったようで、沙穂さん同様にパンケーキを食べながら考えている。沙穂さんと違い、大きめに切り分けて口いっぱいに詰め込んでいる。しばし、三人でただパンケーキをモグモグする時間が流れた。
「じゃあ、順当に人柄から。琉歌とかみこ先輩から概ね聞いてっけど」
 最初は、当たり障りなく確認のような内容になった。
「そうだねー。気怠そうだけど、誠実で優しい先生だと思うよ。生徒の目線で立ってくれたりもするし」
 沙穂さんの意見を、心の中でヘッドバンキングのごとく頷いて肯定する。あくまで外面は軽く二回頷く程度にとどめた。私の表情を確認するように志穂ちゃんがチラリと私を見た。「ふーん」と、見透かしたように小さく言った。
 外には出していないつもりだけれど、もしかして結構あからさまな反応しちゃってる!? いやまあ、仮にしていたとしても問題はないのだけれど。それはそれとして、バレバレなのは恥ずかしい。
「生徒会の担当じゃなかったけど、雪菜ちゃんのことは特に気にかけてたかなー。ヤトちゃんと私の接点って、生徒会が主だから、余計にそう感じていただけかもしれないけどねー」
 一区切りついたのか、沙穂さんはまたパンケーキを食べ始めた。幸せそうにモグモグしている沙穂さんを見ながら、複雑な感情が心のでぐるぐる渦巻いている。
 雪菜先輩が今までたくさん苦労してきたことを、人から聞いた程度でしかないとはいえ私は知っている。無理しがちだった雪菜先輩のことを、八戸波先生が気にかけていたのもわかる。優しい先生だから。
 でも、やっぱり少し嫉妬しちゃうな。羨ましいって思っちゃう。何度かお邪魔したあの生徒会室で、雪菜先輩と先生は一体どんな話をしていたんだろう。
「さらに言えば、少し子供っぽくてイタズラ好きかー?」
「それはユキ先輩も言ってた。ちゃちぃ仕返ししてくる時あるって」
 志穂ちゃんの表現はともかくとして、確かに今まで雪菜先輩を揶揄って遊んでるっぽかった時はあったな。雪菜先輩が怒れる数少ない人って感じで。命先輩に怒る時とはまた別の怒り方、甘え方だと思う。
「まあ、一番は頼りになる先生ってことだけ覚えておけば、いいんじゃない?」
 話を締めくくるように言うと、沙穂さんは残りのパンケーキを食べ終えた。私たち三人の中で一番食べるのが遅く、正直、冷めてしまっていたと思う。
「次は、先生のルックス!」
 志穂ちゃんの提示した続きの話題に、思わず飲んでいて紅茶を吹き出しそうになった。今後、志穂ちゃんが何か話そうとしている時は、口に何か入れるのはやめておいたほうがいいかもしれない。
「ヤトちゃんのルックスねー。身長が百七十ちょいとかで、黒髪のショートヘア。目つきは少し悪いかなー、吊り目気味で」
 目を閉じて紅茶を飲みながら、思い出すようにして沙穂さんは語った。現在の私が持っている八戸波先生の外見と一致している。ここ二、三年で大きな変化があったりはしなかったようだ。
「写真とかねぇの?」
 パンケーキを食べ終えて、おかわりのお煎餅をバリバリと食べながら志穂ちゃんが言った。沙穂さんは考えるように少し天井を見上げると、スマホを取り出して写真を探し始めた。
 今まで先生と写真は、集合写真ぐらいでしか撮ったことないけれど、写真撮られること自体は別に嫌っていないのかな? 今度タイミングがあったら一緒に写真撮りたいけれど、写ってくれるかなぁ。
「お、あったあった。あはは、恥ずかしい写真だなー」
 かなりの勢いで画面をスワイプしていた沙穂さんは、写真を見つけたようだ。口ぶりからして、卒業式に撮った写真とかではなさそうだ。沙穂さんが炬燵にスマホを置くと、私は食い入るようにその画面を見た。
 画面に映っていたのは、八戸波先生、雪菜先輩、沙穂さん。スマホは沙穂さんのものであるが、撮影したのはおそらく命先輩だろう。写りたがるイメージがあるので、カメラマンをやっているのは少し意外だ。
 何回かパパラッチみたいな写真は撮っていたけれど。夏祭りとか、雪菜先輩の私服とか。
 怪訝な顔で沙穂さんの顔を掴むようにして頬をグニグニしている八戸波先生。そしてそれを宥めている雪菜先輩。
「ヤトちゃんのチョコつまみぐいして怒られたんだよねー。しかも苦かったし」
 沙穂さんはあくまでコーヒーや紅茶は無糖で甘いものに合わせるのが好きなだけで、「甘いもの」として認識しているものは甘いくないと嫌なタイプだ。
 こんな怒り方する先生は見たことないな。今まで拗ねたような表情したり、雪菜先輩を揶揄って遊んでいたりはしていたけれど。私も先生にイタズラしたら、こんな風に大胆に触れてもらえるのかな。
「そこから二枚は先生が写ってるはずだよー」
 沙穂さんは空気をなぞり、画面をスワイプするような動作をした。志穂ちゃんがそれに反応して画面を一回スワイプさせると、振り向いてこちらを見る八戸波先生が写っていた。表情からして、偶然ではなく指示されて撮られた写真に見える。面倒くさそうな表情を除けば完全な振り向き美人。いや、先生だと考えるとこれで完璧だと思う。
「なんかの罰ゲーム。だったかなー」
 沙穂さんは顎に人差し指を当てて考えている。ぼーっとした表情で考えると、最後に首を傾げ、体勢を直して紅茶を飲んだ。詳細は思い出せなかったようだ。
 先生、かっこよくて綺麗だなぁ。写真越しで見ているからまだ耐えられるけれど、実際に見たら少し意識が飛んでしまいそう。
「話に聞いていたとおり、イケメンな先生ですな~。ユキ先輩よりもぽいわ」
「口調も荒っぽいからねぇ」
 そう言えば、助けてくれたのがまだ先生だって知らなかった頃、雪菜先輩が候補に上がったけれど全然タイプが違うんだよね。でもまあ、あの時は情報が少なすぎたからそうもなるか。
「楽しかったなぁ、あの頃。今の大学生活も楽しいけどねー」
 懐かしむように沙穂さんは大きくため息を吐いた。やはり、大学生活も楽しいだけではなく苦労は多いようだ。
 それからも八戸波先生の話。兼、沙穂さんの思い出話は続いた。話によると、沙穂さんが一年生の時に、文化祭で先生たちのバンド演奏があったらしい。いわゆるサプライズ的なものだったらしく、それ一回きりだったそうだ。
「あの時のヤトちゃんはすごかったー。ギターボーカルで会場沸かせてさ。~~♪ こんな感じかな?」
 雪菜先輩にだけ弾き語りを聴かせていたんだと思っていたけれど、舞台で演奏してんだ。しかもギターボーカルって、すごい聴きたい。すごい見たい。一番前で、誰よりも近くで。
 曲名を知らないであろう沙穂さんの軽い歌い出し、何度も頭の中でリピートさせる。表情に出さない寡黙なボーカルだったのか。それとも、たくさんはしゃいでいたのか。いくつものイメージが思い浮かんでいく。
 お願いしたら、来年の文化祭で演奏してくれないかな。
 沙穂さんの話を聞いていると、外が暗くなってきた。夕刻五時。そろそろ夕飯の支度をしなければならない時間だ。
「おや、そろそろ帰らないと。今日の夕飯は手伝う約束だからね。志穂もだぞー」
「わかってますよ。……それ言いにきたわけ?」
 二人さえ良ければ夕飯も一緒にと思ったが、家族で語らう時間があるのならそれを奪うわけにはいかない。大人しく炬燵から出て、二人をお見送りする。廊下の扉を開けると、冷たい空気がヒュッと流れ込む。今日は煮込みうどんにでもしようか。
「じゃあね、琉歌。また遊びにくるぜ」
「これからも妹を頼むよ。……あ、これ渡しに来たんだ」
 別れの挨拶をしていると、沙穂さんは鞄から一冊の本を取り出した。カバーが書けれられており、タイトルはわからないが少し分厚めの本。沙穂さんのことなので、小説だと思われる。
「あんま怖くないホラー小説。よかったら読んでみて。パンケーキと聞いてすっかり忘れていたよ」
 お礼とでも思ってくれ。と、沙穂さんから本を受け取った。少々怖い気持ちもあるが、以前オススメされた本をなんだかんだで読破しているので、今回も期待が高まっている。
「今度また、お菓子作った時はお届けしますね」
「志穂に全部食べられないように、気をつけるよ」
 沙穂さんはあくまで冗談のように言ったが、志穂ちゃんは思い切り目を逸らしていた。どうやらしっかりと前科があるらしい。今まで何度も届けているので、どの時の話かは想像もつかない。
「独り占めはダメだよ、志穂ちゃん?」
「だって美味しいんだもん」
 小さな子供の言い訳をする志穂ちゃんにため息を吐きながらも、褒められているので私としては満更でもなかった。
 二人が帰ってリビングに戻ると、少し寂しくなる。暖かいはずの空間が僅かばかり温もりを失ったような感覚。楽しい時間を過ごすと、一人でいる時間が物足りなくなってしまう。

「早く明日にならないかな」
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