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七十三話『ちょっとの時間』
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図書室で聞く八戸波先生の思い出話。五分ほどは私だけが聞いていたのだが、夢国さんと七津さんも戻ってきた一緒に話を聞いている。
「志穂ちゃんのお姉さんって生徒会だったの!?」
沙穂さんと雪菜先輩の関係性を聞いた七津さんは驚きの声をあげた。志穂ちゃんには二人とも会っているので、似てないと聞いていてもイメージに引っ張られるところはあると思う。何より、雪菜先輩や命先輩との細かい関係を聞いたのは初めてだ。
「そんなに意外か? いや、友杉の緩さを考えれば意外な気もするが。古町的にはどうだった?」
「初めて聞いた時は驚きました。でも、考えてみるとあまり意外でもない気がします」
志穂ちゃんの家で会った時も、たまに一緒にお出かけした時もいつもゆっくりしている人だった。少し面倒くさがりなところはあったけれどサボりはしないし、面倒見は良い人だ。そう考えると、合っているのかもしれない。
「ま、紙の上じゃ成績も素行も良い生徒ではあったからな」
やれやれとため息が溢れていそうな声で八戸波先生は答えた。実際に、その言葉の後にはしっかりとため息が溢れていた。沙穂さんのスマホに保存されていた写真で見たが、それなりに先生を揶揄って遊んだのは一度や二度ではなさそうだ。
「そういや、文化祭のことは友杉しか知らないか。三条も小都垣もまだ入学してない頃だし、まだ寝ぼけてたか」
思い出したように、八戸波先生は自ら私とだけ話していた時の話題を掘り返した。普段の先生なら、自分から話題に上げることはしないだろうし、誰かが口を開けばそれを塞ぎに言ってそうな話題だ。
「文化祭に、何かありましたの?」
思わせぶりな言われ方をして、好奇心が抑えられるわけもなく夢国さんが尋ねた。その隣で七津さん明らかにワクワクしている。肝心の八戸波先生は、墓穴を掘ったことを感じたようで頬杖をついて表情を固まらせてしまった。
およそ五秒の沈黙。隠すのも誤魔化すのも無理だと悟った八戸波先生は何度目かの大きなため息を吐いて話し始めた。
「まだ友杉が一年だった頃。文化祭で教師側も盛り上げるためになんかしようってな話で、無理矢理バンド組まされて演奏したってだけだ。次の年からは、知っての通り三条がきたから、お役御免ってな」
私たちは一回しか観ていないけれど、雪菜先輩のライブの盛り上がり方は確かにすごかった。それまで聞いていた他のステージと比べて圧倒的だったのは、ライブ初心者の私にもビリビリ感じ取れた。
でも、それで先生たちがお役御免になるなんて。沙穂さんが一年生の時、もしくはそれより前の文化祭は、先生どうこう以前にあまり盛り上がっていなかったのかな?
「三条先輩卒業しちゃうし、次はまた先生の出番ですかね~?」
「考えたくない未来だな。教師が裏方で済む盛り上げを期待しておくよ」
そう言うと八戸波先生は時計をチラリと見て立ち上がり、大きく伸びをした。どうやら、先生の休憩時間はおしまいのようだ。話題から逃げているようにも見えるけれど、たまたまだろう。
「じゃあな。次回のテストも今回みたいに頼んだぞ」
最後に教師らしいセリフを残して、八戸波先生は図書室から出て行った。仕方がないといえば仕方がないのだが、あまりにも短い時間。それに加えて、先生から聞き出せたのは主に先輩たちの話だった。
あんまり自分語りしない人だから、当然といえば当然だけれど。今度先輩たちと沙穂さんからもっと話題を仕入れてこよう。私からエピソードを振れば、答えてくれるかもしれないし。
「私たちも、そろそろ帰りましょうか?」
「うん、そうだね」
偶然先生と会えたことで時間が少し延長していけれど、元々はあくまでレシピ探しと夢国さんの小説探しがメインだ。
「面白い本見つかった……は、聞くまでもないかな?」
「あーちゃん、夢中になって読んでたもんね~」
本の内容にのめり込んでいた事実を突かれると、夢国さんは恥ずかしそうに目を逸らして縮こまった。私も読書は好きなので、ついついうい時間を忘れてしまいそうになるのは、正直わかってしまう。
でも先生が来ても気が付かないほど夢中になって読んでたし、そんなに面白いのかな? 夢国さんが読み終わったら、借りて読んでみよう。
私が読んでいたレシピ本を戻している間に、夢国さんと七津さんはそれぞれ一冊ずつ本を借りた。夢国さんが本を選んでくれたからか、とても上機嫌に本を受け取って鞄にしまった。
「お菓子作りいつにする~?」
図書室から出ると、ルンルンな笑顔で言った。隣を歩く夢国さんは、なんの話かわかっていないようで、「?」を頭に浮かべていた。
先生に気がついてないならもしかしたらと思ったけれど、やっぱり聞こえてなかったんだ。
「七津さんが一人でお菓子作るの不安だから、一緒に作ろうって話。夢国さんも一緒にどう?」
「そういうことでしたの。もちろん参加しますわ」
夢国さんの参加が正式に決まった。私の家でも良かったのだが、調理器具の数やキッチンのスペースを考慮した結果、土曜日に七津さんの家に集まることとなった。
ウルフィたちに会うのは少し久しぶりだなぁ。料理中に間違えて何か食べちゃわないように気をつけないと。七津さんも気を張るだろうから、大丈夫だとは思うけれど。
お菓子作りついでに触れ合えるモコモコたちを思い浮かべながら歩いていると、雪菜先輩と真樹会長が話しているのが見えた。
その近くで命先輩が少し退屈そうに、壁に寄りかかって待っていた。
「あ。後輩ちゃんず~! お昼ぶり~」
こちらが声を掛けるよりも先に、命先輩が気付いて大きく手を振った。七津さんは両手を大きく、夢国さんは左手を小さく振って応えた。私も小さくながら振り返す。
「それでは、私はこのあたりで失礼します。すみません、命先輩。お待たせしてしまって」
「いいよいいよ。頼れるうちに頼っとけ~?」
頼られたのは雪菜先輩のはずだが、誇らしげにしているのは命先輩。その様子を見た雪菜先輩はなにか言いたげだったが、微妙な視線を命先輩に送るだけだった。
真樹会長も去り際、私達に小さく手を振ってくれた。
「生徒会絡みの相談ですか?」
「うん、ちょっとね」
しばらく会えていなかったせいか、雪菜先輩がどこかよそよそしく感じる。私を見ているような、見ていないような、微妙な空気感。
疲れてるのかな? それとも期間が空きすぎた? でも、たまにしか会わないのはもともとだし。……私、気づいてないだけで雪菜先輩を不快にさせちゃってたのかな。
「ごめんね琉歌ちゃん。ゆきなん、ちょっとテストでやらかして不機嫌なんだよね~」
「ちょ、な……」
少しからかうように悪戯な声色で、命先輩はバンバンと雪菜先輩の背中を叩いた。一瞬怪訝な反応をした雪菜先輩だったが、すぐにハッとしたように笑った。
「そうなんだよ。ちょっと点数落としちゃってさ。ちょっと情けないなって、最後なのにさ」
「うちを見習え~? ゆきなん」
「誰のおかげだと思ってるんだー? 命?」
自分のテストの点が上がったことを自慢する命先輩だったが、雪菜先輩に頬をムニムニされて怒られている。教えてくれた相手を煽ったのだから無理もない。
嘘を吐いてるようには見えない。見えないのだけれど、釈然としない。なにか隠してそうというか。それが私に関係していそうで、申し訳ない気持ちと怖い気持ちがグルグルしてる。
「そうだ。三条先輩とみこみこ先輩も、一緒にお菓子作りしませんか~? 土曜日にみんなで作るんです~」
勝手にモヤモヤを抱えていると、場の空気をリセットさせるように七津さんが言った。雪菜先輩が甘い物好きなのは知っているので、リフレッシュになると思ったのかもしれない。
「いいの? 後輩からのお誘いは断れないな~」
「命、そんな勝手に」
「テスト明けの息抜きだよ。それにーー」
笑いながら遊ぶ言い訳のように言う命先輩。、
「ーー張り詰めてすぎると倒れるぞ? ゆきなん」
声色は何も変わってないはずないなのに、妙に圧を感じる語気をまとった言い方で命先輩は言葉を続けた。
雪菜先輩もその圧を感じだったようで、少したじろぎ、ゴクリと喉が動いていた。
「わかったよ、全く。お邪魔しちゃっていいかな?」
「もちろんです~。あ、志穂ちゃんとかも呼んでいいからね? 古町さん」
「う、うん。声はかけておくね」
すごい大所帯になりそうだけど、そんなに人数増えて大丈夫なのかな? いちおう、私が指導役みたいな扱いになると思うのだけれど。カトリさんがお暇なら、手伝ってもらおう。
「よし! 休日の予定も決まったところで、帰ろ帰ろ~」
「志穂ちゃんのお姉さんって生徒会だったの!?」
沙穂さんと雪菜先輩の関係性を聞いた七津さんは驚きの声をあげた。志穂ちゃんには二人とも会っているので、似てないと聞いていてもイメージに引っ張られるところはあると思う。何より、雪菜先輩や命先輩との細かい関係を聞いたのは初めてだ。
「そんなに意外か? いや、友杉の緩さを考えれば意外な気もするが。古町的にはどうだった?」
「初めて聞いた時は驚きました。でも、考えてみるとあまり意外でもない気がします」
志穂ちゃんの家で会った時も、たまに一緒にお出かけした時もいつもゆっくりしている人だった。少し面倒くさがりなところはあったけれどサボりはしないし、面倒見は良い人だ。そう考えると、合っているのかもしれない。
「ま、紙の上じゃ成績も素行も良い生徒ではあったからな」
やれやれとため息が溢れていそうな声で八戸波先生は答えた。実際に、その言葉の後にはしっかりとため息が溢れていた。沙穂さんのスマホに保存されていた写真で見たが、それなりに先生を揶揄って遊んだのは一度や二度ではなさそうだ。
「そういや、文化祭のことは友杉しか知らないか。三条も小都垣もまだ入学してない頃だし、まだ寝ぼけてたか」
思い出したように、八戸波先生は自ら私とだけ話していた時の話題を掘り返した。普段の先生なら、自分から話題に上げることはしないだろうし、誰かが口を開けばそれを塞ぎに言ってそうな話題だ。
「文化祭に、何かありましたの?」
思わせぶりな言われ方をして、好奇心が抑えられるわけもなく夢国さんが尋ねた。その隣で七津さん明らかにワクワクしている。肝心の八戸波先生は、墓穴を掘ったことを感じたようで頬杖をついて表情を固まらせてしまった。
およそ五秒の沈黙。隠すのも誤魔化すのも無理だと悟った八戸波先生は何度目かの大きなため息を吐いて話し始めた。
「まだ友杉が一年だった頃。文化祭で教師側も盛り上げるためになんかしようってな話で、無理矢理バンド組まされて演奏したってだけだ。次の年からは、知っての通り三条がきたから、お役御免ってな」
私たちは一回しか観ていないけれど、雪菜先輩のライブの盛り上がり方は確かにすごかった。それまで聞いていた他のステージと比べて圧倒的だったのは、ライブ初心者の私にもビリビリ感じ取れた。
でも、それで先生たちがお役御免になるなんて。沙穂さんが一年生の時、もしくはそれより前の文化祭は、先生どうこう以前にあまり盛り上がっていなかったのかな?
「三条先輩卒業しちゃうし、次はまた先生の出番ですかね~?」
「考えたくない未来だな。教師が裏方で済む盛り上げを期待しておくよ」
そう言うと八戸波先生は時計をチラリと見て立ち上がり、大きく伸びをした。どうやら、先生の休憩時間はおしまいのようだ。話題から逃げているようにも見えるけれど、たまたまだろう。
「じゃあな。次回のテストも今回みたいに頼んだぞ」
最後に教師らしいセリフを残して、八戸波先生は図書室から出て行った。仕方がないといえば仕方がないのだが、あまりにも短い時間。それに加えて、先生から聞き出せたのは主に先輩たちの話だった。
あんまり自分語りしない人だから、当然といえば当然だけれど。今度先輩たちと沙穂さんからもっと話題を仕入れてこよう。私からエピソードを振れば、答えてくれるかもしれないし。
「私たちも、そろそろ帰りましょうか?」
「うん、そうだね」
偶然先生と会えたことで時間が少し延長していけれど、元々はあくまでレシピ探しと夢国さんの小説探しがメインだ。
「面白い本見つかった……は、聞くまでもないかな?」
「あーちゃん、夢中になって読んでたもんね~」
本の内容にのめり込んでいた事実を突かれると、夢国さんは恥ずかしそうに目を逸らして縮こまった。私も読書は好きなので、ついついうい時間を忘れてしまいそうになるのは、正直わかってしまう。
でも先生が来ても気が付かないほど夢中になって読んでたし、そんなに面白いのかな? 夢国さんが読み終わったら、借りて読んでみよう。
私が読んでいたレシピ本を戻している間に、夢国さんと七津さんはそれぞれ一冊ずつ本を借りた。夢国さんが本を選んでくれたからか、とても上機嫌に本を受け取って鞄にしまった。
「お菓子作りいつにする~?」
図書室から出ると、ルンルンな笑顔で言った。隣を歩く夢国さんは、なんの話かわかっていないようで、「?」を頭に浮かべていた。
先生に気がついてないならもしかしたらと思ったけれど、やっぱり聞こえてなかったんだ。
「七津さんが一人でお菓子作るの不安だから、一緒に作ろうって話。夢国さんも一緒にどう?」
「そういうことでしたの。もちろん参加しますわ」
夢国さんの参加が正式に決まった。私の家でも良かったのだが、調理器具の数やキッチンのスペースを考慮した結果、土曜日に七津さんの家に集まることとなった。
ウルフィたちに会うのは少し久しぶりだなぁ。料理中に間違えて何か食べちゃわないように気をつけないと。七津さんも気を張るだろうから、大丈夫だとは思うけれど。
お菓子作りついでに触れ合えるモコモコたちを思い浮かべながら歩いていると、雪菜先輩と真樹会長が話しているのが見えた。
その近くで命先輩が少し退屈そうに、壁に寄りかかって待っていた。
「あ。後輩ちゃんず~! お昼ぶり~」
こちらが声を掛けるよりも先に、命先輩が気付いて大きく手を振った。七津さんは両手を大きく、夢国さんは左手を小さく振って応えた。私も小さくながら振り返す。
「それでは、私はこのあたりで失礼します。すみません、命先輩。お待たせしてしまって」
「いいよいいよ。頼れるうちに頼っとけ~?」
頼られたのは雪菜先輩のはずだが、誇らしげにしているのは命先輩。その様子を見た雪菜先輩はなにか言いたげだったが、微妙な視線を命先輩に送るだけだった。
真樹会長も去り際、私達に小さく手を振ってくれた。
「生徒会絡みの相談ですか?」
「うん、ちょっとね」
しばらく会えていなかったせいか、雪菜先輩がどこかよそよそしく感じる。私を見ているような、見ていないような、微妙な空気感。
疲れてるのかな? それとも期間が空きすぎた? でも、たまにしか会わないのはもともとだし。……私、気づいてないだけで雪菜先輩を不快にさせちゃってたのかな。
「ごめんね琉歌ちゃん。ゆきなん、ちょっとテストでやらかして不機嫌なんだよね~」
「ちょ、な……」
少しからかうように悪戯な声色で、命先輩はバンバンと雪菜先輩の背中を叩いた。一瞬怪訝な反応をした雪菜先輩だったが、すぐにハッとしたように笑った。
「そうなんだよ。ちょっと点数落としちゃってさ。ちょっと情けないなって、最後なのにさ」
「うちを見習え~? ゆきなん」
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自分のテストの点が上がったことを自慢する命先輩だったが、雪菜先輩に頬をムニムニされて怒られている。教えてくれた相手を煽ったのだから無理もない。
嘘を吐いてるようには見えない。見えないのだけれど、釈然としない。なにか隠してそうというか。それが私に関係していそうで、申し訳ない気持ちと怖い気持ちがグルグルしてる。
「そうだ。三条先輩とみこみこ先輩も、一緒にお菓子作りしませんか~? 土曜日にみんなで作るんです~」
勝手にモヤモヤを抱えていると、場の空気をリセットさせるように七津さんが言った。雪菜先輩が甘い物好きなのは知っているので、リフレッシュになると思ったのかもしれない。
「いいの? 後輩からのお誘いは断れないな~」
「命、そんな勝手に」
「テスト明けの息抜きだよ。それにーー」
笑いながら遊ぶ言い訳のように言う命先輩。、
「ーー張り詰めてすぎると倒れるぞ? ゆきなん」
声色は何も変わってないはずないなのに、妙に圧を感じる語気をまとった言い方で命先輩は言葉を続けた。
雪菜先輩もその圧を感じだったようで、少したじろぎ、ゴクリと喉が動いていた。
「わかったよ、全く。お邪魔しちゃっていいかな?」
「もちろんです~。あ、志穂ちゃんとかも呼んでいいからね? 古町さん」
「う、うん。声はかけておくね」
すごい大所帯になりそうだけど、そんなに人数増えて大丈夫なのかな? いちおう、私が指導役みたいな扱いになると思うのだけれど。カトリさんがお暇なら、手伝ってもらおう。
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