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初めてを覚えてる
「ごめんなさい。せっかく作ってくれたのに、おれ、もう、おなかいっぱいになっちゃって……」
先輩の顔は見ずに言った。
「このお皿のも、あとでちゃんと食べます。本当に、ごめんなさい……」
「無理しなくて、いいよ。でも、あとで必ず食べろよ」
「はい」
「なんならアイスクリーム食べる? 冷凍庫に入ってるよ」
「……あとで、食べます」
身体じゅうが、空っぽになってしまったような気がした。
もう何も食べたくないし、ほしくない。
早くひとりになりたかった。
自嘲的なちいさな笑みが口元に浮かぶのがわかった。
「なんだか、いやになる……」
「え?」
「先輩たちがつきあってるって聞いて、なんだか、いやになった……。あんまりお似合いすぎて」
「……」
「すごく、お似合いのふたりです。とっても」
嫌味だけれど、本音でもあった。
先輩の隣に並ぶ小坂先輩を想像したら、胸が痛くてたまらなくなった。
先輩の隣にいていいのは、男のおれじゃない。
室内に満ちる沈黙がつらくて、おれは立ち上がった。
「……ごちそうさまでした」
まだ半分以上残っている皿から目をそらして言う。
「あとで、ちゃんと食べます」
先輩は、うん、と短くうなずいた。
「ラップして、冷蔵庫入れとくよ」
どうしてそんなに普通なんだろう。
どうしてそんなに、やさしいんだろう。
先輩にはもう、恋人がいるのに。
おれは、立ち上がって、リビングに移動して、テレビをちいさくつけた。
ややすると、食事を終えたらしい。
先輩が、食器を洗い始めたのが水音でわかった。
おれは、ソファの上に両足をのせて、膝を両腕で抱きしめた。
頭のなかは空っぽで、ほんやりテレビを目にうつしているだけだった。
「そろそろ帰るよ」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
先輩は、リビングにくると、おれの頭をひとつ、軽くたたいた。
「あとで、ちゃんと食えよ」
「……」
「それ以上、やせるなよ」
じゃあ、と言って、先輩は、玄関に向かう。
その背中を見ていたら、急に怖くなった。
このまま帰ったら、会えなくなる気がした。
もう、こうして二人で話すこともなくなる気がした。
「……先輩」
その瞬間、身体が勝手に動いていた。
後ろから、抱きついていた。
先輩の身体が、わずかに固まった。
自分でも、何をしているのかわからなかった。
ただ、離したくなかった。
先輩は、すぐには何も言わなかった。
振りほどきもしない。
ただ、そのまま立ち止まっている。
「香名人……」
困ったような声だった。
それでも、怒ってはいない。
おれは、目を閉じた。
先輩の背中は、あたたかかった。
「カレー……」
ぽつりと訊かれた。
「……うまかった?」
思わず、笑いそうになった。
こんなときに、そんなことを聞くんだ。
おれは、ゆっくり頷いた。
それから、少しだけ沈黙が落ちた。
先輩から離れなければ。
けれど、離れられない。離れたくない。
先輩が、静かに言う。
「また作りに来るよ」
おれは、目を見開いた。
「……ほんと?」
「ほんと」
先輩が、少しだけ笑った気配がした。
「今度は、ちゃんと全部食えよ」
おれは、腕の力をゆるめた。
それ以上、抱きしめていたら、本当に泣いてしまいそうだったから。
身体を離すと、先輩はゆっくり振り返った。
「……じゃあな」
先輩は、いつもの調子で言った。
それが、かえって胸に刺さる。
おれは、小さくうなずいた。
先輩は、それ以上何も言わず、玄関のドアを開けた。
冷たい夜の空気が、ふっと部屋に流れ込む。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
声は、思ったより普通に出た。
玄関のドアが閉まった。
おれは、その場にしばらく立ち尽くしていた。
リビングからつけっぱなしになっているテレビの音がちいさく聞こえてくる。
さっきより少しだけ、胸の痛みがやわらいでいる気がした。
また作りに来るよ。
先輩は、そう言った。
おれは、小さく息を吐く。
泣きそうだったけれど、泣かなかった。
ただ、胸の奥がじんわりと熱かった。
先輩の顔は見ずに言った。
「このお皿のも、あとでちゃんと食べます。本当に、ごめんなさい……」
「無理しなくて、いいよ。でも、あとで必ず食べろよ」
「はい」
「なんならアイスクリーム食べる? 冷凍庫に入ってるよ」
「……あとで、食べます」
身体じゅうが、空っぽになってしまったような気がした。
もう何も食べたくないし、ほしくない。
早くひとりになりたかった。
自嘲的なちいさな笑みが口元に浮かぶのがわかった。
「なんだか、いやになる……」
「え?」
「先輩たちがつきあってるって聞いて、なんだか、いやになった……。あんまりお似合いすぎて」
「……」
「すごく、お似合いのふたりです。とっても」
嫌味だけれど、本音でもあった。
先輩の隣に並ぶ小坂先輩を想像したら、胸が痛くてたまらなくなった。
先輩の隣にいていいのは、男のおれじゃない。
室内に満ちる沈黙がつらくて、おれは立ち上がった。
「……ごちそうさまでした」
まだ半分以上残っている皿から目をそらして言う。
「あとで、ちゃんと食べます」
先輩は、うん、と短くうなずいた。
「ラップして、冷蔵庫入れとくよ」
どうしてそんなに普通なんだろう。
どうしてそんなに、やさしいんだろう。
先輩にはもう、恋人がいるのに。
おれは、立ち上がって、リビングに移動して、テレビをちいさくつけた。
ややすると、食事を終えたらしい。
先輩が、食器を洗い始めたのが水音でわかった。
おれは、ソファの上に両足をのせて、膝を両腕で抱きしめた。
頭のなかは空っぽで、ほんやりテレビを目にうつしているだけだった。
「そろそろ帰るよ」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
先輩は、リビングにくると、おれの頭をひとつ、軽くたたいた。
「あとで、ちゃんと食えよ」
「……」
「それ以上、やせるなよ」
じゃあ、と言って、先輩は、玄関に向かう。
その背中を見ていたら、急に怖くなった。
このまま帰ったら、会えなくなる気がした。
もう、こうして二人で話すこともなくなる気がした。
「……先輩」
その瞬間、身体が勝手に動いていた。
後ろから、抱きついていた。
先輩の身体が、わずかに固まった。
自分でも、何をしているのかわからなかった。
ただ、離したくなかった。
先輩は、すぐには何も言わなかった。
振りほどきもしない。
ただ、そのまま立ち止まっている。
「香名人……」
困ったような声だった。
それでも、怒ってはいない。
おれは、目を閉じた。
先輩の背中は、あたたかかった。
「カレー……」
ぽつりと訊かれた。
「……うまかった?」
思わず、笑いそうになった。
こんなときに、そんなことを聞くんだ。
おれは、ゆっくり頷いた。
それから、少しだけ沈黙が落ちた。
先輩から離れなければ。
けれど、離れられない。離れたくない。
先輩が、静かに言う。
「また作りに来るよ」
おれは、目を見開いた。
「……ほんと?」
「ほんと」
先輩が、少しだけ笑った気配がした。
「今度は、ちゃんと全部食えよ」
おれは、腕の力をゆるめた。
それ以上、抱きしめていたら、本当に泣いてしまいそうだったから。
身体を離すと、先輩はゆっくり振り返った。
「……じゃあな」
先輩は、いつもの調子で言った。
それが、かえって胸に刺さる。
おれは、小さくうなずいた。
先輩は、それ以上何も言わず、玄関のドアを開けた。
冷たい夜の空気が、ふっと部屋に流れ込む。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
声は、思ったより普通に出た。
玄関のドアが閉まった。
おれは、その場にしばらく立ち尽くしていた。
リビングからつけっぱなしになっているテレビの音がちいさく聞こえてくる。
さっきより少しだけ、胸の痛みがやわらいでいる気がした。
また作りに来るよ。
先輩は、そう言った。
おれは、小さく息を吐く。
泣きそうだったけれど、泣かなかった。
ただ、胸の奥がじんわりと熱かった。
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