異世界でぼちぼちやってます。

補陀落壱號

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刻印魔術

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右手で軽く魔石を握りしめ、人差し指と中指を立てる。魔石がこぼれ落ちないよう親指で押さえ、的を指差す。

「ばんっ!」

指先から無属性の魔弾が的に向かって飛んでいく。
一瞬の間を置いて、的が弾き飛ばされた。

これは、この世界に飛ばされて俺が身につけた魔術だ。文字通り、右の掌に刻印魔術で術式を刻んである。威力は、小鬼の急所に当たれば一発、それ以外でも二、三発で仕留められる程度だ。左の掌には魔盾を仕込んであるのだが、こちらは失敗だった。魔力消費が多い割に、なんとか相手の魔術を弾くのが精一杯で、爆発系だと爆風でひどい目に遭う。だから普段は安物のバックラーに魔防の術札を貼り付けて使っている。こっちの方が使い勝手がいい。矢や投石も問題なく防げるしな。

俺のようにどこからか飛ばされてくる人間は、稀によくいるらしい。
一時的に神殿で保護され、何か特技があればその方面に紹介され、俺のように何もない人間は迷宮組合に預けられる。
弓のような技能職は無理だし、剣や棍棒で魔物と殴り合う度胸もなかった。だから組合に金を借りて刻印魔術を刻んだ。正直、こんな刺青みたいなものを入れるのは嫌だったが、他に手はなかった。幸運なことに、紹介された刻印術師の爺さんは職人というより研究者で、爺さんの開発した術式の被験者になる代わりに、実費で刻印してくれた。普通なら単発の発弾術が連発できるのだから得をしたと思う。身体中にびっしり刻印されたので、もう追加の術式は刻めないけれど……

大迷宮のせいか、この城市の周りにはネズミ、虫、小鬼など、泡沫の小迷宮が発生する。
ネズミは貧民街の者たちの貴重なタンパク源になる。虫は薬の原料として売れるので、駆け出しの冒険者が獲りに行く。しかし、小鬼となると誰も行きたがらない。魔石は袋に詰めていくら、という程度の値段でしか買い取ってくれないし、拾える迷宮物も錆びてボロボロの短剣や曲がった棍棒など、まともに使えるものではない。おまけに、短剣は溶かすと妙な不純物が炉に悪影響を及ぼし、棍棒は焚き付けに使うと臭い煙を出す。本当にどうしようもない。その上、回収せずに放っておくと、中途半端に知恵が働く小鬼が、それらを使って罠を仕掛け始める。小鬼自体はどうにでもなるが、思いもよらない場所に罠を仕掛けられると大怪我をする。本当に厄介だ。
だから俺は、組合から手当をもらって、専属で小鬼の小迷宮を間引いている。できたてなら迷宮核の討伐もする。まあ、討伐は年に一度あるかどうかだけど。

久しぶりに迷宮核を討伐した。競馬で大穴を当てたくらいの稼ぎだ。
少し懐に余裕ができたので、気分転換に隣の港町への街道巡視の仕事を受けることにした。
組合の受付で「小鬼の間引きはやめるのか?」と騒がれたが、「たまの気晴らしぐらいさせろ」と振り切った。港で新鮮な魚を食べるくらいいいだろ。
だらだら歩いても昼頃には港に到着する。向こうの支所で巡視の証明をもらい、まただらだらと帰ってくる。稼ぎは晩酌で消える程度だ。
巡視中に狩った獲物は自分のものになる。ただ狩りに行くより、巡視の手当の分お得だ。せこいと言えばせこいが、塵も積もれば山となる。
まあ、今回は魚料理が目当てだけどね。
毎日毎日迷宮に潜っていると、たまに何もかもが嫌になる時がある。そういう時は、こうやって普段とは関係ない仕事を受けるんだ。いい気分転換になる。

街道筋に出てくる魔物はほとんどいない。迷宮の外の魔物は人を避ける。ただの野生動物の方が危険なぐらいだ。縄張りからはじき出された若いイノシシや、餌を追えなくなった老いた大熊など、そういう動物に怖い人間がいることを教えるのが、街道巡視の目的でもある。俺みたいなポンコツでも、それなりに修羅場はくぐっている。さすがに大熊はきついが、イノシシならなんとかなる。街道から外れなければそうそう襲われることはないが、どこにでもおかしなヤツはいる。藪から飛び出してくるイノシシなんか、原付に衝突されるようなもんだ。油断していると大怪我をする。
ああ、魔物の中でも小鬼は違う。あいつらは相手を選ばず突っ込んでくる。そして、突っ込んでから相手が強いと慌てて逃げ出そうとする。
変な悪知恵は働くのに、とことん馬鹿なのだ。

ほら、きた!

「ばんばんっ!」

街道脇の茂みから走り出してきた小鬼が三匹。
先頭の腹に二発、魔弾を撃ち込む。
小鬼は最初に動き出したヤツについていく習性があるのだろうか?
先頭の小鬼を潰すと、残りの二匹の動きが途端におかしくなる。

「ばんばんっ!ばんばんっ!」

二発ずつ魔弾を撃ち込む。
FBI方式だ。胴体を狙って二発撃てば、どちらかが当たって無力化できる。
何かで読んだ小説に書いてあった。
思い出してやってみたら、確かにその通りだった。
今では無意識に二発撃つようになった。
小暴鬼や豚鬼にはあまり効果がないが、小鬼や犬鬼なら十分通用する。
たぶん俺の魔弾は、.22口径LRくらいの威力じゃないかと勝手に思っている。
情報元がスマイル動画だからあまり当てにはならないけど。
威力が固定なのは、刻印魔術の問題点だと思う。
錬金術で作られる魔術増幅触媒を使えば一応強化できるのだが、とても金がかかる。いざというときのお守りとして使い捨ての触媒は持っている。だが、だからこそ、おそらく使わない。使えない。金貨が消えるのだ、当然だろう。
俺だってそれなりに稼いでいるから、触媒を使うことはできるが、そこまでして豚鬼なんかと相手をしたくない。たぶん、このあたりが迷宮狩人として上にいく奴と、立ち止まる奴の境目なのだろう。まあ、独り者がだらだらと生きるなら、小鬼をいじめているくらいがちょうどいいと思うんだ。

ーーー
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