異世界でぼちぼちやってます。

補陀落壱號

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巻き込まれて剣と魔法の世界に転移したけど剣も魔法もつかえません!

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 巻き込まれて剣と魔法の世界に転移したけど剣も魔法もつかえません!
 
 
 俺の石
 
 掌に丁度収まる石、これが俺のメインウエポンだ。
 
 勇者召喚に巻き込まれた定年間際のメタボサラリーマン。
 
 大地母神様が同情して恵んでくれたアーティファクト。
 
 召喚、必中、必殺のスキルが付いている。
 
 この世界の最初の狩人が引退する際に大地母神様に奉納したものだ。
 呼べば手のひらに現れる、ただ毎回、形が違うし、黒曜石だったり玄武岩だったりする。その辺の適当な石を送ってるんじゃ?
 必中はターゲットの回避系スキルと相殺され、相手スキルのレベルによっては外れる。
 必殺は同じくクリティカル防御系スキルと…。
 
 ちなみにその狩人は、鳥、小動物専門だった。
 ほぼ類人猿だったころの話だし、まあなんだ、投げてヨシ、殴ってヨシだ。
 
 *****
 
 この世界のある小国が行った勇者召喚に巻き込まれて、引っ張り込まれた時、
 邪魔者扱いで消されそうになった。
 
 まるで見計らったようなタイミングで大地母神神殿の介入があって命拾いした。
 当然、善意で助けてくれた訳では無い。
 本来、勇者召喚は神殿の奥の院で行われる秘中の秘である儀式魔法だ。
 神様の加護、神官の祝福、勇者召喚、この三つが神殿の飯のタネで有り、力の源泉だ。
 そして、勇者召喚は最もヒト、カネ、モノが動く。
 各神殿およびその周辺勢力が慎重に話し合い、なおかつ激しく交渉して執り行うのだ。
 それを辺境の小国が勝手に行ったのだ。
 神殿勢力の逆鱗に触れた。
 最大派閥である大地母神神殿が激烈な介入を行った。
 おれの救済はその為のお題目であった。
 かつて、女神の慈悲たる神賜の遺物をもって乞食が悪逆の王を討ち取った故事があった。
 それになぞらって、俺の石は女神の意志になった。
 
 かくて神意はしめされた、志有る者よ立て!
 悪逆の王を討ち滅ぼすのだ!
 
 周辺地域の神殿から聖騎士、神官戦士、僧兵が動員された。
 小国は一戦もせず降伏した。
 王は病?死、王家は離散した。
 召喚された勇者三名は大地母神神殿、太陽神神殿、水神神殿にそれぞれ保護された。
俺には報償(口止め料)として金子と宝物庫にあったアイテムが与えられた。
 その後、俺は大地母神の大祭司の紹介で迷宮都市へ向かった。
 因果を含められたのだ。
 
 神々の権威と、神殿の威が凡俗どもに示された、ついでに勇者も確保できた。
 あとはわかるな?
 
と言う訳で、俺は迷宮都市の片隅にあるダンジョン『ゴブリンの巣穴』に潜り、
 ゴブリンに石を投げて狩り、ほそぼそと暮らしている。
 
 *****
 
 俺は贅沢しなければ死ぬまで喰うに困らない金を貰っている。
 まとまった金も手に入れたし、どっかの町の市民権でも買ってのんびり暮らそうと思っていた。
 そんなに甘い世界では無かった。
 大祭司様の話では俺はこの世界において徹底的に社会の外に居るのだ。
 
 この世界の人間は必ずなにがしかの神様の信者である。
 同じ神様の加護を持つ者同士は何となくわかるのだ。
 そして、神の加護を得ていないものははっきりわかるらしい。
 神無きモノは人間では無いのだ。
 人権ガーとか、人としてとか、そんな甘いことではなく、ホントに獣、モンスターとして認識されるのだ。
 もちろん、神様の加護を得ることは出来る。
 この世界の神々はとても慈悲深い。
 ダンジョンだ、モンスターだのがある危険極まりない環境で人々は神様の慈悲に縋って生き延びている。
 12歳の成人の儀で各々が信じる神に入信し加護を授かる。
 ひとたび授けられた加護は消えることはない。
 背教しようが、背信しようが決して消されることはないのだ。
 ただし、この世界の神々はとてもとても独占欲が強い。
 自らの信者がこの世界から出て行くことなど決して赦さない。
 そう、加護を得ることはこの世界に骨を埋めることになるのだ。
 
 召喚魔法は召喚と送還がワンセットになっている。
 召喚されたモノは必ず送還されるのだ。
 これは勇者召喚でも例外では無い。
 召喚時になにがしかの条件が設定されていて、条件が満たされれば送還される。
 俺の場合、その条件が分からない。
 不正規召喚の上、巻き込まれだ、イレギュラーのイレギュラーだ。
 瞬きして、目があいた瞬間に送還されていてもおかしくないし、
 死してこの世界でさまよう魂魄になってもおかしくない。
 神の加護の無い魂はアノ世に行けないのは確定らしい。
 この世界で生きると腹をくくって加護をもらっても問題があるらしい。
 送還のキャンセル設定が分からないのだ。
 運が良ければ送還魔法のかかった俺と加護を得た俺の二つにちぎれて死ぬそうだ。
 運が悪ければ送還魔法にかかった俺と、加護を得た俺の二つに引っ張られたまま、
 生きることも死ぬことも出来ずに存在し続けることになり、物理的?次元的?統合失調症のようになるらしい。
 俺は悩んで迷ってヒトモドキになった。
 万が一、億が一、兆が一に戻れることに賭けて、生きている。
 
 大祭司は悪党だが悪人では無い。
 自分と神殿に不利益が無いとわかれば勇者召喚に巻き込まれた哀れな男に親身になってくれた。
 ましてや大地母神様が慈悲を示したのだから、その信者として精一杯の援助をしてくれた。
 まあ、召喚に莫大なコストのかかる勇者を人件費だけで手に入れ、他の神殿に恩を高く売りつけられたのだ。
 ウッキウキのゴキゲンだ。
 紹介状ぐらい何枚でも書いてくれた。
 迷宮都市まで行程にある主要な神殿。
 迷宮都市の神殿勢力をまとめる大神殿。
 迷宮都市の冒険者を管理する中央ギルド。
 迷宮都市の行政を受け持つ会合衆。
 おかげで何とか迷宮都市に辿り着けた。
 
 この世界の神様は自らの信者が他の神に改宗すること絶対に認めない。
 だから、他の神の加護を授かった瞬間、元の神の加護は呪いに裏返る。
 けっして解くことの出来ない呪いである。
 それでも改宗する者はいる。
 加護と職業は強く結び付いている。
 職業選択の自由なんてものは無いのだ。
 何らかの理由で職を失えば再就職はあり得ないと思っていい。
 食い詰め者がつけるまっとうな仕事は冒険者だけだ。
 冒険者はギリギリ人間として認められる。
 盗賊だの流民だのになればモンスターとして狩られる。
 冒険者として生き残るために改宗して新しい加護を手に入れる。
 同時に呪いによって元の職業に戻れなくなる。
 
 人類の生存域は限定的だ。
 リソースは常に不足している。
 人類社会で養える人間の数はきまっているのだ。
 冒険者と言うあぶれ者はモンスターを狩って喰うしか無いのだ。
 そしてモンスターを効率的に狩れるダンジョンに集まっていく。
 迷宮都市とは人類社会からあぶれた食い詰め者が最後にたどり着く吹き溜まりだ。
 だから俺は迷宮都市で生きている。
 
 *****
 
 駆け出しの冒険者が討伐出来るモンスターは3種。
 冒険者ギルドで常時依頼の出ている、大ネズミ、スライム、ゴブリンだ。
 他にも弱いモンスターはいるが金にならない。
 
 大ネズミは、肉、皮、核石が売れるので一番人気だ。
 スライムは、コア部分が錬金素材、接着剤、防水剤として買い取られる。
 ゴブリンは、核石しか売れない上、群れで襲ってくるので人気が無い。
 
 大ネズミには回避スキルを持つ個体がある、そいつとぶつかると、俺の石では分が悪い。
 スライムのコア抜きはコツがいる、俺の石だと潰してしまう。
 消去法でゴブリンになった、3匹までなら俺の石、5匹なら杖代わりの長棒を振り回したらなんとかなった。
毎日、ダンジョン『ゴブリンの巣穴』に潜ってゴブリンを狩っている。
 
 迷宮都市は吹き溜まりだ、だから俺のようなヒトモドキでも受け入れられた。
 とはいえ、じゃあ一件落着と言う訳ではない。
 大陸中から社会不適合者や脱落者が集まってくるのだ。
 当然のようにギャング、マフィア、民兵、自警団などができ上がり、しのぎを削っている。
 そこに大金と石を握りしめた、ちびデブ爺が入り込んだら一瞬で終わる。
 大祭司に貰った紹介状をフルにつかった。
 大地母神神殿の後ろ盾を持っているとか、落ちこぼれ勇者とか、勇者のなりそこないだとか、
 迷宮都市で武者修行だとかのうわさ、デマ、はったりが流れるようにした。
 まあ、上手くいったのだと思う。
 今のところややこしい絡みは無い。
 迷宮都市に来てからゴブリン狩りしかしてないので、何の価値も無いと思われているのかもしれない。
 念のため、ゴブリン狩りで稼いだ金でほそぼそ暮らしている。
 月に一度、ちょっとずつ溜めた金を握りしめて最下級の娼館に通うのが唯一の楽しみだ。
 わざわざ、最下級とはいえ結構な金のかかる娼館に通うのは、
 嬢の教育とプロ意識がしっかりしてるからだ。
 ちびデブ爺を嫌な顔ひとつせずに相手してくれるので、この世界で唯一の安らぎだ。
 
 元の世界に帰りたいとは思う。
 戻って何が有るかと言えば、何も無い。
 今更戻ってもと思う。
 かと言ってこっちに何か有るわけでも無い。
 
 ふざけるな
 
 ただそれだけで生きている。
 
 
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