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主人公を殺します。前
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「ではソバナ様、こちらの刀をお抜きください」
赤い目の大臣が、恭しく私の前に一振りの刀を差し出す。
持ち手には黒い布のようなものがグルグル巻かれている。鍔は金属でできており、楕円の四隅に三角の穴が空いている。鞘は真っ黒で、鍔にほど近いところに紫色のひもが括られている。それは経年劣化のせいか、ボロボロだった。
日本刀みたいだなと思った。
……日本刀って何かしら。時々こうやって、誰も使わない単語が頭に思い浮かぶ。
それを振り払い、大臣から刀を受け取った。大臣は重たそうにしていたけれど、それはとても軽かった。抜刀も、思いのほかスムーズにできた。
日本刀って、抜くの難しいんじゃなかったっけ。簡単に抜けるとポロポロ落ちて危ないからって……誰が言ってたんだっけ?
出てきた刃は真っ白だった。光の反射で白く見える、とかじゃない。どこをどのような角度で見ても白い。
材質も、見た限りでは金属だけでできているようには見えない。
その美しさに思わず見とれてしまった。周りの臣下たちも同じようで、みなホゥと感嘆の息を漏らす。
「これにて儀式は滞りなく終了しました。みなさま、拍手を」
パラパラと厳かな拍手が湧きおこる。私はそっと、その刃に触れた。
その瞬間だった。頭の中に、どっと映像が流れ込んでくる。
見たことのない景色。見たことのない顔。聞いたことのない声。けれどどこかで確かに見たような、聞いたような、そんな記憶。
刹那の間に、膨大な情報がなだれこんできたせいだろう。私の脳はキャパオーバーとなり、そのまま気を失った。
▽
▼
気が付くと私は教室にいた。
キョウシツ? 確か子どもたちが集まって、勉強を受ける所。
あら、なんで分かるのかしら。私の国にそんなものはないのに。
「ねえ、すみれもこれ、やろうよ!」
顔を上げると、目の前に女の子がいた。ゆるくウェーブのかかった黒髪。少し赤みがかった目。抜けるような白い肌。人のよさそうな笑顔。
ああ、椿だ。唯一、友達と呼んでもいいと思った、たったひとりの人間。
いや、おかしい。女王である私に友達なんていない。第一、私の名前はソバナだ。すみれじゃない。
でも、その名前で呼ばれた時、とても懐かしい気持ちになった。
なんだかよくわからないまま、私は椿の持っているゲームソフトに目をやる。
タイトルは『カンナの花が咲き誇る』。パッケージにでかでかと書いてある。
タイトルの下には、きらびやかな背景と共に、5人の見目麗しい男たちが描かれていた。
また恋愛シュミレーションゲームだ。椿はその手のゲームが大好きで、よく私にも勧めてくる。話ができる仲間が欲しいのだろう。
私は彼女に向かって、わざとらしくため息をついた。
「前にも言ったけど、何が楽しくて好きでも何でもない男の好感度を上げないといけないのよ」
「むう、やっぱりダメか」
椿は悲しそうに眉を下げた。その顔に罪悪感を覚える。
「ま、まあ、話を聞くぐらいはするわよ?」
そう言ってやると、椿の顔がパッと明るくなる。
「『カン花』はね……あ、このゲームの略称ね。『カンパニュラ王国』っていう架空の国が舞台なんだ」
椿の口から出てきた国名に、私は驚く。
それは私のいる国だ。私の国がゲームの舞台? どういうこと?
「この国は、目の色で身分を決めていてね。主人公は赤い目だから貴族なの。そんな彼女が、5色の目の色……もとい5つの身分の男の人と仲良くなって、恋に落ちるゲームなんだ。って言っても、私も昨日やっとアサザルートが終わったばっかりでね」
困惑する私をよそに、椿はゲームの説明をつらつらと喋る。
目の色で身分を決めるところも、私の国と同じだ。何がどうなっているのかさっぱりわからない。
そのことを口にしようとしたのに、出てきた言葉は全く別の物だった。
「アサザは何色の目?」
「これ。金色」
椿はパッケージのうちのひとりを指さす。白い髪に金色の目。どことなく表情は憂いている。
首にある黒い枷のようなものが目に引っかかった。首輪だ。
「金色の目は奴隷。主人公は誰にでも分け隔てなく接することができる性格だから、奴隷にも普通の人と同じように接するんだ。それが好感度アップにつながるってわけ」
奴隷に普通に接する貴族? そんなのいるわけないじゃない。
そう憤慨しながらも、私は冷静にそのゲームを分析していた。
主人公の考え方や言動を、プレイヤーに近くするのはよくある手。そうすれば主人公に感情移入しやすくて、好感を持ちやすくなる。
この手のゲームならなおさら、プレイヤーに没入感を与えるための必須要素と言えるだろう。
「でさ、アサザルートのライバルキャラ……もといラスボスが、女王ソバナっていうんだけど」
ソバナ? 私? 私も出てくるの? どういうこと?
「ちなみにこの国で王位につけるのは、紫の目の人だけ。ソバナも目が紫だからっていう理由だけで女王になったんだよ。でもすっごいワガママで残忍で、気に入らない人がいたらすぐに処刑しちゃうし、国民には重い税を強いてるくせに、自分だけ豪勢に暮らしてる、すごくすごーく悪い女王なんだよ!」
「はあ。それで? そのソバナと戦うのかしら?」
「戦うっていうか、主人公はアサザと一緒に、奴隷解放と身分制度の改革を行うの。で、トゥルーエンドだと、今まで散々な悪事を働いていたソバナを処刑して、新たな国造りを始めるってところでおしまい。バッドエンドだと逆にこっちが処刑されちゃう」
「それ本当に恋愛シュミレーションゲーム? 改革シュミレーションゲームじゃなくて?」
「恋愛だもーん。ちゃんとアサザと結ばれるもーん」
膨れて見せる椿はかわいらしい。
しかしどういうことだろう。この私がゲームのキャラクターとして登場するなんて。しかもラスボスだなんて。
私の国で発売されたら、即発禁。のち制作会社の社員を全員処刑だわ。
いやそもそも、私の国にゲームというものはないんだった。
じゃあなんで私は理解できているのかしら。
視線は自然とパッケージに向いていた。金の目の他には青い目——貴族、緑の目——近衛兵、灰の目——商人、黒い目——農民がいる。
というか椿はおかしいと思わなかったのだろうか、私がゲームに出てくることを。
そう尋ねようと再び椿を見上げた。が、そこに椿はいなかった。
代わりに、椿の遺影があった。
線香のにおいがまとわりつく。お経が耳にうるさい。
右にはすすり泣く椿の両親。下を見ると畳。
そろそろと少しだけ視線を上げると、花に囲まれた、真新しい檜の箱がある。それはちょうど、椿の身長とおなじぐらいの大きさだ。
教室じゃない。ここは葬儀の場だ。椿のお葬式だ。
椿は高校3年の夏の初めに死んだ。雨が多くてじめじめとする季節だった。
自殺だった。
赤い目の大臣が、恭しく私の前に一振りの刀を差し出す。
持ち手には黒い布のようなものがグルグル巻かれている。鍔は金属でできており、楕円の四隅に三角の穴が空いている。鞘は真っ黒で、鍔にほど近いところに紫色のひもが括られている。それは経年劣化のせいか、ボロボロだった。
日本刀みたいだなと思った。
……日本刀って何かしら。時々こうやって、誰も使わない単語が頭に思い浮かぶ。
それを振り払い、大臣から刀を受け取った。大臣は重たそうにしていたけれど、それはとても軽かった。抜刀も、思いのほかスムーズにできた。
日本刀って、抜くの難しいんじゃなかったっけ。簡単に抜けるとポロポロ落ちて危ないからって……誰が言ってたんだっけ?
出てきた刃は真っ白だった。光の反射で白く見える、とかじゃない。どこをどのような角度で見ても白い。
材質も、見た限りでは金属だけでできているようには見えない。
その美しさに思わず見とれてしまった。周りの臣下たちも同じようで、みなホゥと感嘆の息を漏らす。
「これにて儀式は滞りなく終了しました。みなさま、拍手を」
パラパラと厳かな拍手が湧きおこる。私はそっと、その刃に触れた。
その瞬間だった。頭の中に、どっと映像が流れ込んでくる。
見たことのない景色。見たことのない顔。聞いたことのない声。けれどどこかで確かに見たような、聞いたような、そんな記憶。
刹那の間に、膨大な情報がなだれこんできたせいだろう。私の脳はキャパオーバーとなり、そのまま気を失った。
▽
▼
気が付くと私は教室にいた。
キョウシツ? 確か子どもたちが集まって、勉強を受ける所。
あら、なんで分かるのかしら。私の国にそんなものはないのに。
「ねえ、すみれもこれ、やろうよ!」
顔を上げると、目の前に女の子がいた。ゆるくウェーブのかかった黒髪。少し赤みがかった目。抜けるような白い肌。人のよさそうな笑顔。
ああ、椿だ。唯一、友達と呼んでもいいと思った、たったひとりの人間。
いや、おかしい。女王である私に友達なんていない。第一、私の名前はソバナだ。すみれじゃない。
でも、その名前で呼ばれた時、とても懐かしい気持ちになった。
なんだかよくわからないまま、私は椿の持っているゲームソフトに目をやる。
タイトルは『カンナの花が咲き誇る』。パッケージにでかでかと書いてある。
タイトルの下には、きらびやかな背景と共に、5人の見目麗しい男たちが描かれていた。
また恋愛シュミレーションゲームだ。椿はその手のゲームが大好きで、よく私にも勧めてくる。話ができる仲間が欲しいのだろう。
私は彼女に向かって、わざとらしくため息をついた。
「前にも言ったけど、何が楽しくて好きでも何でもない男の好感度を上げないといけないのよ」
「むう、やっぱりダメか」
椿は悲しそうに眉を下げた。その顔に罪悪感を覚える。
「ま、まあ、話を聞くぐらいはするわよ?」
そう言ってやると、椿の顔がパッと明るくなる。
「『カン花』はね……あ、このゲームの略称ね。『カンパニュラ王国』っていう架空の国が舞台なんだ」
椿の口から出てきた国名に、私は驚く。
それは私のいる国だ。私の国がゲームの舞台? どういうこと?
「この国は、目の色で身分を決めていてね。主人公は赤い目だから貴族なの。そんな彼女が、5色の目の色……もとい5つの身分の男の人と仲良くなって、恋に落ちるゲームなんだ。って言っても、私も昨日やっとアサザルートが終わったばっかりでね」
困惑する私をよそに、椿はゲームの説明をつらつらと喋る。
目の色で身分を決めるところも、私の国と同じだ。何がどうなっているのかさっぱりわからない。
そのことを口にしようとしたのに、出てきた言葉は全く別の物だった。
「アサザは何色の目?」
「これ。金色」
椿はパッケージのうちのひとりを指さす。白い髪に金色の目。どことなく表情は憂いている。
首にある黒い枷のようなものが目に引っかかった。首輪だ。
「金色の目は奴隷。主人公は誰にでも分け隔てなく接することができる性格だから、奴隷にも普通の人と同じように接するんだ。それが好感度アップにつながるってわけ」
奴隷に普通に接する貴族? そんなのいるわけないじゃない。
そう憤慨しながらも、私は冷静にそのゲームを分析していた。
主人公の考え方や言動を、プレイヤーに近くするのはよくある手。そうすれば主人公に感情移入しやすくて、好感を持ちやすくなる。
この手のゲームならなおさら、プレイヤーに没入感を与えるための必須要素と言えるだろう。
「でさ、アサザルートのライバルキャラ……もといラスボスが、女王ソバナっていうんだけど」
ソバナ? 私? 私も出てくるの? どういうこと?
「ちなみにこの国で王位につけるのは、紫の目の人だけ。ソバナも目が紫だからっていう理由だけで女王になったんだよ。でもすっごいワガママで残忍で、気に入らない人がいたらすぐに処刑しちゃうし、国民には重い税を強いてるくせに、自分だけ豪勢に暮らしてる、すごくすごーく悪い女王なんだよ!」
「はあ。それで? そのソバナと戦うのかしら?」
「戦うっていうか、主人公はアサザと一緒に、奴隷解放と身分制度の改革を行うの。で、トゥルーエンドだと、今まで散々な悪事を働いていたソバナを処刑して、新たな国造りを始めるってところでおしまい。バッドエンドだと逆にこっちが処刑されちゃう」
「それ本当に恋愛シュミレーションゲーム? 改革シュミレーションゲームじゃなくて?」
「恋愛だもーん。ちゃんとアサザと結ばれるもーん」
膨れて見せる椿はかわいらしい。
しかしどういうことだろう。この私がゲームのキャラクターとして登場するなんて。しかもラスボスだなんて。
私の国で発売されたら、即発禁。のち制作会社の社員を全員処刑だわ。
いやそもそも、私の国にゲームというものはないんだった。
じゃあなんで私は理解できているのかしら。
視線は自然とパッケージに向いていた。金の目の他には青い目——貴族、緑の目——近衛兵、灰の目——商人、黒い目——農民がいる。
というか椿はおかしいと思わなかったのだろうか、私がゲームに出てくることを。
そう尋ねようと再び椿を見上げた。が、そこに椿はいなかった。
代わりに、椿の遺影があった。
線香のにおいがまとわりつく。お経が耳にうるさい。
右にはすすり泣く椿の両親。下を見ると畳。
そろそろと少しだけ視線を上げると、花に囲まれた、真新しい檜の箱がある。それはちょうど、椿の身長とおなじぐらいの大きさだ。
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