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マダム・マリエールの遺産

第0章 プロローグ ~事の始まりについて

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「高い! もうちょっと、まけてくれ」
「いいや。これ以上はビタ一文まけられねぇ」
 俺の抗議の声も空しく、店のおやじは首を横に振った。
「だいいち、あんたにはこれくらいの金は払えるはずだ」
 おやじはそう言って、じっと俺を睨んだ。
 ここまでか……。
 俺は右手をあげて、了解のジェスチャーをした。
 ただ安ければ良いというわけではない。こういう店であまり値切ると、よくないこともある。つまり、値引きしてもらったぶんだけ、商品の部品が欠けていたりするのだ。
 もちろん店のおやじがネジやチューブを自分ではずすに決まってる。
「じゃあ、即金で二八億六千万クレジットだ」
「オーケィ」
 俺は頷いて、自分のキャッシュカードを手渡した。
 即金とは言っても、別に現金で払うとかそういうのではない。この時代では金というのは銀行のオンラインの中にしか存在しない。ようするにローンはダメ、ということである。
 こういったバザールでは商品の一括支払いが普通だ。
 とはいっても、二八億六千万クレジットという金は、ハッキリ言って大金。
 一般人がポイと払える金ではない。……まあ、いま俺が買おうとしている商品は最低の品でも数億はするという品物だが。
 全身けむくじゃらのおやじは、俺の口座から約三十億の金を引き下ろすと、満足そうに頷いた。
「よし。これであの船はあんたのもんだ。中古とはいえ、最新型の小型宇宙艇に『人形』までついて、これだけの金で済むとは。滅多にない買い得だぜ」
 ちょっとまて。
「人形? こら、そんな話は聞いてないぞ!」
 大声で怒鳴る俺に向かって、おやじは納得顔で頷きながら言った。
「いやいや。これからは宇宙船に『人形』はつきものの時代が来る。だいいち、あんたみたいに早さが売り物の個人運送屋をしてるような連中には特にな」
「馬鹿いえ! 人形はメンテナンス料がバカ高だって話だろ! それこそ個人じゃ賄いきれる額じゃない!」
「うんうん。あんたの言うことももっともだ」
 おやじは両腕を組んでしきりと頷いた。
「だが俺にはわかる。カーチェスの旦那には、それが出来るってな……!」
「何が『な……!』だ! 人形付きでこの値段じゃ、捨て値じゃないか。何か問題のある船じゃないのか?」
 さて、そろそろ説明せねばなるまい。
 何を、ってそりゃ、今の状況に至るまでの説明に決まってる。
 俺の名前はカーチェス・ナイト。
 金髪碧眼で、連邦では比較的ポピュラーな種族であるヒューマノイドタイプ。地球人と見た目はそっくりだ。
 仕事は個人の運送業者をしている。運送業といってもトラックで陸地を走るんじゃなくて、宇宙船を使う星間運送業の方。
 で、いまフリーのバザールで、新しい小型の宇宙艇を買おうとしていたところなわけである。もちろん違法行為。
 ちなみに、この俺は星の数ほどある個人運送業者の中でも、特にスピードの早さにおいて連邦一と自負している。
 いま話題になってる『人形』というのは……。これを説明しようとすると、他のことまで説明しなければならないが……。
 手っ取り早く説明しよう。
 連邦には現在、人工生命体というものに、いくつかの種類がある。
 最初に『アンドロイド』。
 機械製の体と知的人工頭脳を持つもので、主に労働用、戦闘用で大量に生産されている。別名、機械人形。普通、疑似人格はプログラムされないが、軍用は別。
 次に『クローン』。
 こいつは連邦の技術を持っても、今もって実用段階に入っていない。研究中の技術だ。
 それから、自然生命体の遺伝子だけを組み替えたものを、『ミュー』と呼ぶ。
 これは連邦法が確立されていなかった頃に、植民星とされた星の人類によく施された実験で、今は唯一の例外を除き禁止されている。
 ──その例外についてはそのうち説明することになる。
 最後に。
 最近技術が確立された、人工遺伝子の『バイオ・ユニット』。人間が作り出した人間。
 世間一般的には、人形と言えばこちらのことである。医療部門で一般的な、細胞の人口培養の研究からの発展形である。
 用途は色々あるのだが、今のところ大量生産ができなくてコストがバカ高なので、主に長距離宇宙船の補助脳として使われている。
 どういうことかというと──。
 宇宙船の主電脳とて所詮電気で動いている。つまり故障したときには、使い物にならない。
 一方、有機脳の人形は電気で動くわけじゃないから、信頼性の高い有機コンピュータとして使えるわけだ。
 ところが、最近開発されたばかりなので、技術確立がされておらず、頻繁にメンテナンスを行わなければならないというデメリットも抱えている。
 当然のことながら、量産されているわけではないので、メンテナンスには専門の機関を利用しなければならず費用が高い。……まあ、量産体制に入ればこの問題はなくなるのだろう。
 だから普通は人形を使うのは軍の旗鑑か、大手の運送業者くらいだろうか。
 人形はアンドロイドと違って、秘書にも使えるから、普通は疑似人格がプログラムされている。
 俺がぶつぶつ言っている間に、おやじはゴミ溜めのように散らかった店の奥から、女を一人連れてきた。
 まさに掃きだめに鶴。
 ヒューマノイドタイプの小柄な美人であった。
 ちなみに、連邦には星の数ほどの人種がいるので、人種ごとに『美人』の範囲が違う。種族が違うと、顔の見分けさえつかなくなるのは、ごくあたりまえ。
「こいつはソーニャ。あんたが買った宇宙艇に付属の『人形』だ」
 紹介されて、女はペコリと頭を下げた。
 プラチナの髪に同色の瞳。象牙色の肌で、華奢な体つきのはかなげな美人。
 もちろん、『人形』に植えつける人格は、判を押したように、主人に忠実で従順。
「どっちにしろ、あの船はもうあんたのモンだ。当然、セットになってるこの人形もな」
 おやじはカードを返すと、奥のドックにつないである宇宙艇を指さした。
 ポートⅢタイプ。最新の小型高速宇宙艇。
 薄いクリーム色の外装に、型番のペイントがなされている。中古といっても、ほとんど使っていないらしかった。
「しょーがないなぁ」
 俺は頭を掻きながら、そちらへ足を向けた。
「型番と製品番号のペイントは消してくれよ──。行くぜ。トーマ」
 最初の言葉は店の主に向け、続く言葉は俺の相棒に。
 トーマはさっきから俺の後ろで、ずっと突っ立っていた。眉一つ動かさず、俺の後に続く。
 店のおやじはトーマのほうへ視線をやり、興味と恐怖の混じりあった複雑な目で彼を見た。
 そりゃ、そうだろう。
 最近では俺も慣れてきて、あまり気にしなくなったが、トーマは人目を引く存在だ。
 さっきから狭い道を行き来する連中も、ある者は茫然と、ある者は引き釣った顔で、彼を見ていた。
 俺はごく普通のブルゾンにズボン、ブーツという出で立ちだが、トーマの方はハッキリ言ってすごく目立っていた。
 青いマントの下には、戦闘用衣装(バトルスーツ)。布地は滑らかで金属的な輝きを放っている。
 ──戦闘用アンドロイドが着るのと同じやつで、レーザー銃を吸収し、ナイフで切り裂くこともできない強度を誇る特別製だ。
 トーマは連邦最強の兵器とうたわれるマジシャンだ。
 絶対数が少ないから滅多に実物にお目にかかることはないが、有名な存在なので、彼がマジシャンだということは皆が気付く。…というか、こんな目立つ格好をしているのは、そのためなのだ。
 つまり、一目でマジシャンと分かる格好をすることで、『私は連邦一危険な兵器ですから気をつけて下さい』と皆に注意しているのである。
 連邦法に定められている規定服とはいえ、こいつを連れて歩くのは結構恥ずかしい。
 こんなハズカシイ服を、はずかしげもなく着ていられるなんて、トーマは鋼の意志を持っていると思う。
 マジに。
 マジシャンはいくつかの階級に別れていて、トーマはマジシャンの中でも最高位にランク付けされるブルーマジシャンだ。
 彼の青いマントは目立つことこの上なかった。
 『人形』のソーニャも連邦法などといった基礎知識は持っているらしく、不思議そうな目でトーマを見上げている。
 俺たちが新しく仕入れた宇宙艇の中に足を踏み入れると、どこからともなく声が響いてきた。
『あなたが私の新しい持ち主ですね。始めまして。私はこの船の主電脳タナトスです』
 機械音声によるセオリー通りの挨拶。
 宇宙船のすべての機械を統括制御する主電脳には、乗組員の要望に臨機応変に答えられるよう、疑似人格がプログラムされている。
 新しく購入された主電脳はまず礼儀正しい挨拶をしてくる。
 これでキャプテン以下乗組員の名前や声紋、遺伝子パターンなどが主電脳にセットされて、以降船を操ることができるというわけだった。
「俺はカーチェス・ナイトだ。こっちがトーマ。ソーニャは当然知ってるな」
『カーチェス・ナイトですか。ジョン・スミスに並んで偽名の代名詞ですね。……本名なんですか?』
 タナトスの言葉に、俺の動きがぴたりと止まった。
『それにあなたはマジシャンですね? 生まれて初めて見ましたよ。……といっても、まだ作られてから二年くらいしかってませんが。
 ──と言うことは、キャプテン・カーチェスはあなたの持ち主ですか?
 びっくりですねぇ。マジシャンが個人の所有物になるなんて、まずないと聞いていましたから』
 俺が硬直しているのを無視して、タナトスはぺらぺらとしゃべり続けた。
 トーマは相変わらず眉一つ動かさないし、ソーニャは驚いたように目を瞬いている。
『──それに、ですねぇ。そこの人形とは初対面ですよ』
「……は?」
 一瞬の間をおいて、俺は問い返した。
 電脳はしれっとした調子で、説明した。
『普通、こんな個人でも操縦できる宇宙艇に人形なんてつけるわけないでしょ。わかりきってますよね。
 ……おおかたその人形は、中古屋の主人が手に入れたんでしょうね。
 ペアになってる宇宙船の方は、修理不能なまでにスクラップにでもなってたから、嘘も方便てやつで、私とセットにして売ったんじゃないですか?
 人形だけ単体で売っても意味ありませんからねぇ』
 人形は宇宙船の補助脳に使われてると前に説明した。
 つまり、特定の宇宙船専用に作られていて、別の宇宙船に充当して使うようなことは出来ないようになっているのだ。
 ハッキリ言って、ソーニャは何の役にも立たないと言うことである。
「つまり俺は中古屋のおやじに一杯食わされたってわけか! ……いや、俺が言いたいのはそーじゃなくって。
 ──分かってきたぞ。なんでこの船が最新型なのに安かったのか!」
『ええ? 私は安く買い叩かれたんですか?』
 主電脳が不服そうな声をあげた。
 俺は頭を抱えながら、
「ひょっとしてお前、前の持ち主に売り払われたんじゃないだろうな」
 と、震える声でいう。
『はい。その通りです』
 ケロリとした声が返ってきた。
 やっぱり──俺はがっくりと肩を落とした。
 つまりこうだ。普通宇宙船の主電脳と言うものは、主人に忠実、従順なものだ。
 ところが、この主電脳に疑似人格をプログラムした技術者は、何を思ってかタナトスをこんな性格にしてしまった。
 お世辞にも忠実、従順なんかじゃない! ハッキリ言って、性格歪んでるぞ、コイツ。俺は心の中でおもいっきり叫び声をあげた。
 それで前の持ち主に愛想を尽かされ、売り払われたのだろう。
 俺は深いため息をついた。
「どうりで、人形を無理矢理、押しつけたわけだ」
 めずらしい存在ではあるが、ただ持ってるだけでも維持費がかさむ。かといって、無用だからと捨てるわけにもいかないだろうし。
 『人形』などとは言っても、見た目は人間と全く同じなのだ。
 『捨てる』イコール『殺す』と同義語だと思うと、そうやすやすとは捨てたりできない。
 あ、ちなみに。
 今ので思い出したが、トーマも人間だ。
 さっきは兵器と言ったが、アンドロイドではない。俺と同じヒューマノイドだ。単に、連邦法によって人権が奪われ、兵器と規定されているに過ぎない、ホンモノの人間だ。
 ……ただし、遺伝子を改造された確定種で、現在連邦で唯一の『ミュー』として、今もって頻繁に遺伝子改造が行われいる種族なのだが。
「たぶん、大丈夫でしょう」
 唐突にトーマが口を開いた。
「私は生物物理学の資格を持っています。連邦に所属していた頃、人形も何体が作ったことがあります。設備さえ整えていただければ、メンテナンスは私が行いますし、この船とソーニャの同期を取ることも可能でしょう」
 マジシャンは頭がいい奴が多く、たいてい何個か博士号とかを持っているのだ。
「ん……まあ。トーマがそう言うんならいいか」
 俺はあっさりと納得した。あまり難しく考えるのは好きじゃないのだ。
 めんどくさいから。
「よし、そうと決まれば、こんなバザールからさっさとおさらばだ!」
 そう言ってブリッジへ行き、自分の椅子に座った。この船は一人でも動かせる小型高速艇である。
 操縦室の中は操縦士と、副操縦士と、機関士の三つ分の席があるだけ。
 俺は当然操縦士の席に着いた。
 普通はオートパイロットで主電脳に操縦を任せておけばいいのだが、俺の場合マニュアルで操縦することも結構多かった。
 何しろ、オートで走れるような平坦な航路はあまり使わないからだ。
 でなきゃ、『最速の運送屋』なんてキャッチコピーはいらないのである。
 トーマは機関士席にソーニャは副操縦士席に座った。
「よーし。こら、おやじ! ドックの扉を開けろ! 出発するぞー!」
 中古屋の主人に連絡を入れると、ハッチが開いた。
 船体がドックを離れて浮き上がり、船を繋留していたチューブがはずされる。
 タナトスが音もなく動き始めた。ドックを出れば、すぐに宇宙だ。
 このバザールは宇宙空間に浮かぶ小惑星帯のうちの一つをくり抜いて、内部に作られている。
 いわゆるモグリのバザールだから、連邦ポリスに見つからないよう、隠れていなくちゃいけない。
 だからわざわざ大型宇宙船の航行ができない小惑星帯なんかに作ったのだ。
 治安もなにもあったもんじゃないこのバザールでは、違法な物を手がけるものも多い。このタナトスだって、おそらくいわくのある物だろう。
 主電脳にアクセスしてデータを調べていたトーマが口を開いた。
「この船には特に前歴というものはありませんね」
 そんなことを調べていたのか、おまえは。
『当然です。私は連邦のお尋ね者になるようなものではありません』
 前歴ってーのはつまり、連邦に一度でも型番が登録されたことがないっていうことだ。新品なら当然なのだが、中古になると結構ある。
 一度でも正規の場所で修理とかしたら、それだけでリストに名前が載ってしまう。
 俺の仕事上、登録されてる船は使いたくない。
 タナトスは勝手に言葉を続けた。
 つくづくいい根性をした主電脳だ。
『なにしろキズをつけられたらお嫁に行けませんからね。前の主人は気に入らなかったので早々に追い出しましたし』
 何がお嫁に行けないだ……って、今なんて言った?
『前の主人は性格が悪くてね。私のことをお喋りだの、性格が悪いだのと言うんですよ。あんな主人はこっちから願い下げです。我慢ならなかったから、コンテナのハッチから捨てちゃいました』
 おい。
 俺は激しい目まいに襲われた。性格歪んでるのはお前のほうだと思うぞ。
 宇宙に捨てられたら、人間は死ぬぞ、フツー。
『でも、なんで型番のペイントを消せとかお命じになったんです? 普通そういうことをするのは──』
 まだまだ続きそうなタナトスの機械音声。
 とその時、俺はレーダーの視界に船影が映ったのに気付いた。
「タナトス。船のタイプと所属を調べろ」
『──は?』
 主電脳は間の抜けた声を出し、続いて、
『エクセリオⅡ。連邦正暦2ー6798年製の中型輸送船タイプ。標識確認──外部装甲に標識がありません。六ユーゴの速度で小惑星帯を通過中』
 と、すらすらと答える。
 よし。性格は悪いが結構使えそうだ。
「標識なしってことは、標識を見られると都合の悪い船ってことだ」
『つまり、この船のような……ですか?』
「うるさい。トーマ。内部の積み荷が何か分かるか?」
「反応があります。アマタイト鉱石です。──かなりの量でしょう」
 トーマの答えに、俺はにっと笑った。
「よし──全員戦闘配置につけ! あの船を襲うぞ!」
『……ええっ?』
 驚きの声は二ヵ所からあがった。タナトスとソーニャ。
『そんな宇宙海賊のような真似を!』
 タナトスの言葉に、俺は一括する。
「ような、じゃなくて、俺は正真正銘の海賊だ! だからこそ、船の標識を消しただろーが!」
 表の顔は運び屋だが、裏では宇宙海賊をやっている。だからオートで走れるような航路はあまり使わないワケ。
『ひょっとして、キャプテン・カーチェスって、……あの、カーチェス・ナイト?』
 俺の名前は宇宙海賊として結構有名だ。
「たぶん、そうだろな」
 俺は頷いた。
『──すばらしい!』
 タナトスの歓喜の声に、俺は椅子からずり落ちそうになった。声が興奮してるぞ。ホントーに疑似人格なのかな、こいつ。
『宇宙船の主電脳として生をうけて二年。気に入らない持ち主は闇から闇へと葬ってきましたが、あなたは気に入りました。
 わたしの持ち主としてふさわしい! よろしいでしょう!
 キャプテン・カーチェス。あなたに、私を買ったことを決して後悔させたりしませんよ!
 全速前進。目標エクセリオⅡ! 目的はアマタイト鉱石の奪取──でよろしいですね!』
 嬉々としたタナトスの声が船内に響き渡った。俺の新しい船は、目標に向かって進んでいく。
 俺は──椅子から半分ずり落ちたまま、目まいを覚えていた。
 どえらい船を買ってしまったと思いながら。



 続く  
 
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