宇宙海賊カーチェス・ナイト

伊東 馨

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マダム・マリエールの遺産

第2章 宇宙海賊のクセに探偵の真似事をするはめに 3

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    それではここらへんで、マダム・マリエールが俺に残した謎を箇条書にしてみよう。

 なんだか探偵小説の謎解きみたいなシチュエーションになってきたな。なんで宇宙で謎解きなんだという疑問はこの際脇に置いといて。
 今のところ、これらはバラバラな、ジクソーパズルのピースのようで、それらの関連性はまるでないように見えるが、実際には、それらを結びつける共通点は存在するはずだ(なかったら怒るぞ)。

 まずその一。無理に俺に依頼する必要もない仕事を、なぜ俺に頼んだのか。そうする理由は何だったのか。
 その二。マダムが俺宛に最後に残した手紙で語ろうとすることは何か。助けて欲しい友人というのは誰のことだろう? 少なくとも、俺には心当たりが無い。
 だから、マダムと俺の共通の知人でないことは分かる。
 ……つまり、俺は顔も知らない、マダムだけの友人ということになるのだろう。俺に関係のないような奴を助けてくれって言ってるってことか。
 その三。手紙と同梱されていた金の鍵はいったい何か。
 その四。俺がアマタイト鉱石を運んだあの研究所では、何故あの鉱石が必要なのだろう(一見、必要ないものに見えるんだが)。
 これは関係無いことかもしれないが、今のところ疑問点だから数えあげとくことにする。


 こうやって並べてみると、ぱっと見分かることもある。
 つまり距離にすると、ヴィル・マリエール~連邦領研究所間に、疑問点が集約されるわけだ。
 これらを結びつける共通事項と言うと……、やはり『魅惑の花』──か。
 テレーズはいったい、俺に何を言いたかったのだろう。
 どうせならハッキリ手紙に書いておいて欲しかった。
 こんな謎なぞゲームみたいなのは、俺は苦手なんだ。
 それとも、彼女の立場上、ハッキリ書くとやばいような内容だとでもいうのだろうか。

 そういえば……。
 俺はふいにあることに思いあたった。
 これって充分、『昔の女の為に何とかしようとする、馬鹿なロマンチスト』の姿じゃなかろうか。
 俺はむっとして顔をしかめた。
 タナトスが言った通りだなんて、冗談じゃない。
 確かに彼女とは恋人だったこともあるが、それは百年以上も前のことだ。それ以降はお互い、気のおけない友人というつきあいだった。
 だからあいつの言う通りだなんて、断じて、ない。
「む、むなしい…」
 俺は思わず口に出して呟いた。
 自分で自分に向かって言い訳してどーする!
 だが、タナトスにも言った通り、友人の死に際の言葉を、何とかしてやりたいというのが、俺にとっては正直な気持ちなのだ。
 それが例え、ロマンチストだろうが時代遅れの頑固者だろうが、んなこた知ったこっちゃない。
『何が空しいんです?』
 ややキーの高い特有の機械音声が天井から降ってきた。
 機械音声と言っても、肉音とまるで変わるところがない。
「お前との会話」
 俺は仏調面で呟いた。タナトスの少しすねた声が返ってきた。
『そりゃあ、百年来の付き合いのマジシャン・トーマと違って、私はまだほんの十日にも満たない付き合いですからね……。でも、私だって百年くらい付き合いを深めた頃には、ツーカーの宇宙船と呼ばれるように……』
 呼びたくないわい。そんなもん。
 だいいち、お前は俺と百年くらい付き合うつもりなのか。
「そう言えば。あれ、どうなった」
『はいはい、あれですね』
 タナトスは、早くもツーカーの宇宙船と呼ばれるための努力を開始したらしかった。
『ヴィル・マリエールへ連絡を入れてみたんですが、やはりキャプテン・カーチェスの心配した通りになったみたいです。未回収金の支払いは、王位継承の儀式が済んでかららしいですよ』
「やっぱりかぁ!」
 俺はそう言って頭を抱え込んだ。
 これはやはり、意地でもマダムの残した問題を、片付けないことには気が済まない。
『それでですねぇ。面白い極秘情報を掴んだんですけど』
「なんだ?」
 顔を上げ、上を見る。
『なんでも、王位継承式に絶対必要なあるものが、行方不明になっちゃって、王室はあたふたしてるらしいんです。だからたぶん、内部的な儀式も政治発表も、予定より遅れるだろうという話なんですがね』
「絶対必要なもの?」
『領主の証らしいですよ。決裁の印鑑とか王室金庫のキーとか兼ねてる、一般人で言えばIDカードのようなものでしょう』
 へえ。
 でも支払いが遅くなるのは困るなぁ。
 俺はなんとなく嫌な予感がして、胸ポケットから例の鍵を取り出して見つめた。まさか……ね。
「けどそんなニュースやってなかったよな」
 一応、ヴィル・マリエール関連のニュースは、押さえていたつもりなんだが。
『そりゃ、そうですよ。ニュースに出てたんじゃ、極秘情報なんて言いやしません』
「ちょっと待て。まさかお前、ヴィル・マリエールの王室から、情報を盗んだんじゃないだろうな!」
『もちろん。その通りです』
 タナトスはあっさりと言ってのけた。
『料金請求の件で回線を繋いだときにね。大丈夫です。こうるさいICEプログラムなんて、全部駆逐したから、絶対ばれやしませんって』
 ばれやしませんって、……お前なあ……。
『私は宇宙海賊の持ち船なんですよ? 連邦法を守る義理なんてありませんからね』
 ………。
 だ、脱力して何も言う気がおこらない。
『感心してくれました? ねえ? このあいだキャプテン・カーチェスが言ったこのフレーズ、ずっと使ってみたかったんですよ。あ、いえ。だからって、その機会をわざわざ作ったわけじゃないんですがね……』
 絶句する俺を尻目に、タナトスのやけに明るく無邪気な声だけが、天井から降り注ぎ続けた。



 陸もそんなに嫌いじゃない。
 生まれて初めて陸に降りた時には、このまま一生を星の上で過ごしてもいいと思ったくらいだ。
 けど、地面の上から空を見上げる生活が何日か続くと、宇宙がたまらなく懐かしくなった。
 俺の種族は、宇宙で生まれ宇宙で死ぬ。
 人生の殆ど全てを、暗黒の空間で過ごす。だからたぶん、何もないあの空間がとても好きなのだ。生物など居ない、音さえも伝わらない極寒の、生き物にとっては地獄のような、あの虚無の闇が。
 地上では生き物達が美しく輝かしい命の詩を歌っている。
 緑の木々は陽光に輝いているし、海は風に身をまかせて、海面が宝石のように輝きながらきらめいている。
 様々な種類の動物や、目を見張るほどの沢山の人間達が町や道を造り、その上を行交っている。
 それはそれで素晴らしく、繁雑なその光景が俺は好きだった。
 地上にはなんでもある。
 だけど宇宙にはほんの僅かの、ちっぽけなものしか存在しない。
 いくつかの塵と、素粒子と……それだけだ。
 俺は何もかもが揃っている地上よりも、何もない暗黒の空間の方が好きなのだ。
 宇宙には、物質的なものは何もないかもしれないが、目には見えないものなら、沢山存在している。
「陸に降りるとどうも感傷的になっていけないな」
 俺はそう言葉を漏らした。ソーニャが俺の顔をふり仰いだ。
 買い出しにも一緒に連れてきている。
 こいつは宇宙船の補助脳用に作られた人形だから、それに必要な知識しか入力されていない。
 普通ならそれで充分だろうが、宇宙海賊の乗る船の補助脳をつとめようと思ったら、色々な知識を身につけて置いてもらわないとな。
 人間、応用力っていうのが大事なんだ。
 それに実を言うと、もっと切実な理由もあって、彼女を連れてきているのだった。(別に荷物持ちとかいうんじゃないぞっ)
「お前、服はそれしか持ってないんだろう。どこか洋品店へ行って、買い込んでおく必要があるな。一度宇宙へ出ると滅多に地上には降りたりしないから」
「はい……」
 ソーニャは面食らったような、か細い声を出した。
 あ。ちなみに。切実な用事ってのが、こいつの服を買うことっていうのもナシ。それも違うぜ。
「いかんなぁ。そんなに小さな声しか出せないようじゃ。食いもんとかちゃんと食べてるのか?」
「……はい……」
「でも、ま。こういう辺境の星に降りてきたのは、買い出し以外の理由も、ちゃんとあったりして……」
「誰か、人に会いにですか?」
「そーそー。なかなかいい勘してるじゃねぇか」
 俺達は開放バザールの雑踏の中をかき分けながら(本当に人間をかき分けないと歩けない!)、亀よりも遅いと思う歩みを進めた。
「パンツェッタ・ラグーンが今この星にいるって、トーマが調べてきてくれたんだ」
「どういう方なんですか?」
「変人だ」
 俺はズバリ答えた。
 普通こういった場合、相手は硬直するのが普通の反応なのだが……それをソーニャに求めるのは酷だったと言えよう。
 銀色に澄んだ大きな瞳を、瞬きもせずに、不思議そうな表情で俺を見上げている。
 ──いずれこういう冗談にも反応できるよう、教育せねばなるまい。
「職業は何でも屋さ」
 連邦には専門職の人間より、何でも屋の方が多いくらいだ。
「この前の魅惑の花を売りに出すんだよ」
 結構量が多かったから、必要な分だけを取っておいて、残りは小分けにして売ってしまおうというわけだ。
 アジトの倉庫にいつまでも置いておくわけにはいかない。
 他にぶんどってきたものが置けないからな。
 宇宙海賊には二種類の奴しかいない。
 ある特定の物を、趣味で集めまくるタイプと、何でもいいから奪って金に替えるタイプと。
 普通海賊は後者しかいない。
 前者は泥棒──主に怪盗と呼ばれる奴だ──に多い。
 そういう意味からいくと、宇宙海賊は両者の性格を合わせ持つ、おいしい職業といえよう。……って、そんなことないか?
 俺の場合は、もちろん後者である。
 宝石ばっかり集めて喜ぶ趣味はない。単に宇宙船の整備費用を捻出したいためだ。
 動機が不純だって? ほっといてくれ。
「売買できる品数では、連邦一と本人は言ってる。もっとも、職業あたりにつき、『連邦一』を自負してる奴は、連邦に加盟している国の数よりも多いけどな」
 ソーニャが笑った。不慣れな笑顔だったが、いままでよりもずっとよくなった。
 雑多なバザールの中にある、細い路地を進んでいくと、どんずまりになった。
 両脇の壁に山積みになっているゴミをかき分け、目的の扉を探し出す。
 あった。
 殆どドアの役目を果たしていないと思われる、崩れかけの木の扉だ。
 押し開けて中に入ると、中は真っ暗だった。
 明るい所から暗い場所に突然入ると、視界がまるできかなくなる。
 かけているサングラスのセンサーが、光度を自動的に察知して、即座に視界がきく状態にした。
 視力が回復するのをまたずに、サングラスのレンズの方がそれに合わせてくれるのだ。これだと暗闇でも視界がきく。
「よお。キャプテン・カーチェス。まだ、生きてたのかい。とっくに連邦ポリスに捕まっちまったかと思ってたが」
 ゴミ溜めのようにちらかった部屋の奥から──おっと、失礼。こんな言い方をしたら、ゴミ溜めに悪いな──太い声がした。
 いかに便利なサングラスと言えど、残念ながら、物体の向こうを見透かすという透視機能はついていない。
「──もっとも、お前さんの場合、その場で射殺されて、捕まえてさえもらえないだろうがな」
 うるせ。大きなお世話だ。
「どっから情報仕入れてきたか知らないが、ここにいるってことは、まだ生きてるってことでもあるか……」
 どんな用途に使われるのかさえ分からないような、品物の山の間から、水を含んで肥大した水死体──おお。こんな言い方したら、ますますもってドザエモンに悪いな──のような、ぶよぶよの固まりが顔を覗かせた。
「ほお。おまけに今日は綺麗なオマケつきときた」
 でてきた姿は、服の中にぶよぶよの固まりを押し込んだ、と表現したほうがふさわしかった。
 白いワイシャツと灰色のズボン。シャツの上には茶色いベストを着て、腕は黒の腕ぬきをしている。
 典型的な事務職のオヤジ、という格好だったが、ボタンはどれも、はちきれそうだったのが、どうにもいただけない。
 おまけに、顔らしきものも存在していなかった。
 連邦一の何でも屋、パンツェッタ・ラグーンである。
 ワイシャツの襟元あたりの肉の山がぶるりと震えた。
 肉の中から、目が現れる。
「こういう人間は初めてみたかい? お嬢さん。一応これでも、あたしもヒューマノイドタイプなんだけどね。目と鼻と口と耳と、おまけに手足が揃ってるだろ?」
 何でも屋はそう言うと、体をゆらして、ぶひぇひぇ、と笑った。
 奴は目が十一個に鼻が三つ耳が六個、手足は必要に応じて何個でも作れる。
 奴も言っていたが、これでも一応、俺と同じヒューマノイドタイプだ。自称、三国一のハンサムらしい。
「今日は何しに来たんだい? 旦那。売りか、買いか」
「両方」
 俺はそう答えた。
 ポケットから取り出した小さなカプセルを、床に向かって放り投げる。
 カプセルは地面に着地と同時に、俺の胸の高さほどの大きさの、コンテナになった。
「中身はアマタイト鉱石だ。ヴィル・マリエール産だぜ」
 何でも屋は襟元に出現させた目を動かした。
 たとえば俺の場合なら、片眉を吊り上げた、というような動作にでも当たるだろうか。……自信はないが。
「いつ見ても不思議だが、いったいどうやって、これだけの大きさと重さのあるものを、カプセル一個にして持ち運べるんだ?」
「トーマの魔法さ。自動解凍機能付き物質圧縮魔法……とでも言うのかな?。詳しいことは聞くなよ。俺も知らん」
「へっ!」
 吐き捨てるようにそう言って、何でも屋はコンテナに近づいて、蓋を開けると、品定めを始めた。
「それからさ。分子分解砲が欲しいな。宇宙船に付けるやつ」
「無理無理。定期検査や出入国ポートでバレて、取り上げられちまうぜ」
「だから着脱可能なやつがいい。俺の船ってポートⅢの小型高速艇だから、それに付けられるのを」
 何でも屋は振り返った。そして、飽きれ顔で言う。
「いったい何台目だ? それで、何年もたせるつもりだ」
「今度のはしぶとそうだぜ。百年は付き合うつもりだと、本人が言ってたからな」
「……七五〇〇だな」
 何でも屋は肩を竦めながら──肩があるとすればの話だが──、そう言った。
 そして山積みの商売道具の中をかき分け始めた。
「七五〇〇万クレジットか……」
 一般人なら、一生を考えつく限りの贅沢をして暮らしても、まだ余る程の大金である。だが、俺みたいに宇宙船に金を注ぎ込むような奴の場合、タナトス一台分にも足りない金額だ。
 何でも屋は再び戻ってくると、拳くらいの大きさのキューブを俺に手渡した。
「たぶんぴったりだろう。もし駄目だったら、交換してやるよ。あんたはお得意だから、特別扱いさ」
 いま注文した分子分解砲が、この中に入っているのである。
 言ってすぐに商品が手に入るあたりが、連邦一の何でも屋たるゆえんなのだった。
 ちなみに、これはトーマが以前言っていた、亜空間に品物を放り込んでおく科学技術を利用している。
「代金は?」
「一億だ」
 今度は俺が肩を竦める番だった。いい商売してるぜ。ほんと。
 足が出た二五〇〇万クレジットを支払うために、俺はカードを手渡した。
 前にも言ったが、こういう闇商売は即金が原則だ。
 原則、というのは、物々交換でもOKなことを意味しているだけであって、ローンはない。
 何でも屋は大きな体を揺らしながら笑って、
「ところで外の奴は、あんたに用があるんじゃないか?」
「外? 何かいるのか」
「うちの屋根を二回、いったり来たり」
「いや。今はとくに危ない仕事はしてないぜ?」
 心当たりもまったくない。
「そういや、最近は派手な噂をきかないやな」
 ほっといてくれ。
「ここを出た途端、ズドン、だぜ」
 何でも屋は、言っている内容のわりには、声は全然真剣そうでなかった。
「まあ、うちの店屋の商品を傷つけんでくれるなら、それ以外のことは気にしないさ」
 そう言うと、もう俺には興味を失ったらしく、再び店の奥へと消えていった。
 俺の名前を小さく呟いて、ソーニャが見上げた。
「タナトスへ通信致しましょうか。現在位置の確認は数秒で可能ですし、電送ならこの店から一歩も出ずに船へ戻れます」
「いや……。買い物もまだ残ってるしな」
 ソーニャを連れて歩いていたのは、その為である。
 彼女はタナトスの端末だ。だから電送のためのポイント割り出しがたやすく行えるのである。
「それに、ひょっとすると妨害電波で邪魔をされてるかも知れない」
 ソーニャは少しの間黙っていたが、すぐに首を振った。
「やっぱりか……。お前を連れ歩いていた意味、あまりなかったかな」
「申し訳ありません」
「いや。いいさ。代わりに分かったこともある」
 妨害電波を出すなんて、そんな手のこんだことをするってことは、俺を狙ってる(らしい)のは、個人ではなく何かの機関ということになる。
 襲ってきたのはヴィル・マリエールか連邦か、そんなところだろう。
「私が先に出ましょうか」
 俺は首を振った。
「お前は戦闘用の人形じゃないだろ? だったら俺が先に行く」
 それにだいいち、危険と分かっている場所へ女を先に行かせるなんて、男のクズだ。
 とはいえ、俺は宇宙海賊だから、陸での喧嘩は苦手だった。
 俺の力が最大限に生かせる戦場は、やはり宇宙なのだ。
 俺は汚れた薄暗い店を後にするために、外れかけたドアを開けた。再び狭い路地へと出る。
 急に日差しが陰った。
 敵は上だ。
 何でも屋は屋根の上に何かいると言っていた。
 俺は既に握りしめていた紙の包みを、放り投げた。
 閃光が走り、爆風が俺の体に吹きつけた。
 だが音はない。無音の爆弾なのだ。
 うち捨てられた人工衛星にできた町の、あの店で買った物だった。
 上をふり仰いだ俺の上に、人影が降ってきた。
 黒い戦闘用衣装に身を包んだその男は、どこも怪我をしていなかった。
 服にも肌にも、なんの損傷もない。だが、髪の毛だけは焼け焦げていた。
「戦闘用アンドロイドか! そりゃないぜ!!」
 俺は叫んだ。
 パワーソードを構えたアンドロイドは、地面に着地し、同時に俺に向かってジャンプした。
 戦闘用アンドロイド相手では分が悪いどころの騒ぎではない。
 動体視力、反射速度、パワー、おまけに装甲も、俺じゃ全然かなわない。
 この文明の進んだ時代に、敵の武器は──たとえ光学兵器であるにしろ──時代錯誤のようにも思えた。
 だが、マジシャンや戦闘用アンドロイドといった、超スピードの白兵戦戦士の場合、剣やナイフという武器が、最も有用かつ効果的な武器であるのだ。
 彼らの反射速度は桁外れに早い。
 銃器類の武器では、弾の発射速度が、彼らの反射神経に追いつかないのである。
 おまけにパワーソードは光学兵器だからなんでも切れる。
 銃よりも強力な武器だった。
 アンドロイドが剣を振り降ろした。
 避けられるもんなら避けたかったが、俺の反射神経じゃ、全然間に合わない。
 オレンジライトに光輝く刀身が、俺の頭頂へ、まっすぐに振り降ろされた。
 剣が頭を割った。そのまま、体は縦半分に切り裂かれた。
 俺の全身に凄まじい痛みが走り──と、言いたいところだが。
 そうはならなかった。
 そうそう物語の幕が降ろされたのでは、つまらないだろ。
 俺はにっと不敵な笑みを浮かべ、アンドロイドを睨みつけた。
 機械仕掛けの人形の目が、驚きに大きく見開かれた。
 パワーソードは確かに俺をまっぷたつに切り裂いた。それは間違いない。
 だが実際には、剣は俺の体を素通りして、地面につき刺さっただけだった。
「残念でした」
 パワーソードの切先が俺に触れる直前、俺は自分の体を有機形態から、元々の姿である無機形態へと、変化させたのだ。
「お前は一体?」
 アンドロイドの驚愕の声、というのは滅多に聞けたものではない。
 エネルギー塊と化した俺の姿は、彼のレンズアイには、そこだけ密度の増した空間、というふうにしか見えていないはずだ。
 俺はアンドロイドの体を包み込み、機械仕掛けの神経繊維の中の、一本一本に入り込んで、ショートさせた。
 アンドロイドの悲鳴は長くは続かなかった。
 驚くほど短かったと言っていい。
 なにしろ俺が、こいつが声など出さないように、電脳を制御していたのだから。
 俺は宇宙の無限海に生きそこで一生を過ごす民。ガルド人だ。
 本来、物質的な体を持った人種ではなくて、エネルギー体なのである。
 有機的な体はエネルギーの消耗が激しく、無限に続くと思われる無限海を旅するのには適さない。物質的な体を持たない分、寿命は無限にある。
 そして俺達は自分の体を物質化することもできる。
 両者の切り替えを、瞬時に行うことができるのだ。
 エネルギー体になってしまえば、いかにパワーソードといえども、俺を傷つけることは出来ない……とまあ、こういう寸法だった。
「しまった! 回路を完全にショートさせちまったから、こいつがどこから派遣されてきたのか、分からなくなってしまった」
 地面に倒れ込んだアンドロイドを覗き込みながら、俺はそう言った。
 どうも、計画的に物事を考えることが出来ないのが、俺の欠点だな。
 でもまあ、おおよその正体は分かってはいるが。
「ガルド人に、そういう能力があるとは初めて知りました。
 連邦には特殊能力のない、ただのヒューマノイドだと登録されているはずでしたが」
 声はあらぬ方向から聞こえてきた。
「取り柄なんて何もないさ。元々、エネルギー体なんだ」
 それしか芸がないのだ。
 だがこんなふうに有機体になって生活してると、エネルギーの消耗が激しくて、寿命が著しく縮んでしまう。無限の寿命も、五百年に減る。
 路地の向こうからトーマが現れた。
 マント姿ではない。
 おそらく、そこでずっと、俺達の様子を見ていたのだろう。
 俺が危なくなったら助けに来たのだろうが、どうせなら、最初から現れてくれれば良かったのに。
「自分自身を造り替えてしまうことができる……つまりガルド人は、三次元生物ではないのですね」
「それはトーマだって同じだろ?」
 マジシャンが使う魔法は、つまりが物質を基から造り替えてしまう技術らしいから。
 俺はこの間トーマが話した魔法についての講義を思い出した。
 トーマは無言で近づいて来た。
 心なしか──いや、間違いなく──好奇心にかられているらしい。
 こりゃ、気をつけないと、そのうち寝込みを襲われて、実験材料にされてしまうかもしれない。
「相手は連邦だな」
 足元に転がるアンドロイドをちらりと見て、俺はそう言った。あいも変わらず、トーマの表情はまるで変化しない。
「ヴィル・マリエールが、使い走りを後で始末するつもりだったんなら、俺じゃなくて、別の個人運送業者に頼んだほうが、簡単に始末できて便利だったはずだ。
 一方、このアンドロイドが連邦から投入されたものだとすれば。
 ……そしてあらかじめ、マダム・マリエールが、連邦は輸送業者を後で始末するつもりだと知っていれば、俺に仕事を依頼したことは納得できる」
 俺を始末するのは結構根性いる。
「連邦も、ナイト商会がマジシャンを所有していることを知っています」
「だから俺とお前が離れているときを狙ったんじゃないか?」
 あれ?
 しかし──、今の場面を考えてみても分かることだが、トーマは俺が危険な時には──どうやってそれを知るのかは分からないが──決まって、即座に現れるのである。
 連邦は以前、トーマを所有していた事もあったわけだから、こいつに隠し事ができないっていうのは、骨身にしみて知っているのではないだろうか。
「……とすると、それも違うのかな? あれ?」
 頭が混乱してきたぞ。
「ええい! 後でゆっくり考えよう! ひとまず買い出しだ。買い出し」

 


 続く
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