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異世界
第6話 別の目覚め
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『天は自ら行動しないものに救いの手を差し伸べない』──シェイクスピア
耳障りな電子音で俺は目が覚めた。部屋の外にあるスピーカーからの、朝を告げる合図の音だ。ご丁寧に一分近くは鳴り続けて、必ず毎朝叩き起こしてくれる。非常に鬱陶しい。
起きたには起きたが、眠気がまだ周囲をうろついていた。急ぐ理由もないのでしばらくは寝台にしがみついて、眠気がどこかへ行くのを待つ。大体、五分ぐらいしたところで動く気になった。
妙に硬い寝台から降りて、寝癖も確認せずに部屋の外に出る。一歩出ればそこは通路だ。なんの飾り気もない鉄製の壁に床。大人が四人、横に並んでも通れるぐらいの幅があった。
やたらとガタイのいい男に女が通路を歩いていっている。俺もその後ろについて同じ方向へ歩きだす。
しばらく歩いて到着したのは広大な部屋だった。長テーブルに椅子が配置されていて、すでに五十人近くが座って食事をしていた。そう、ここは食堂だ。
いるのは男がほとんどで、女は数えられる程度にしかいない。基本的には誰もかれもが鍛えられた肉体を持っていて、見ていて暑苦しいぐらいだった。
指定席というわけではなかったが、たいてい誰がどこに座るかはなんとなく決まっていた。俺の席は端のほうで、隣には仲が良いらしいグループが陣取っている。
厨房とはカウンターのようなもので繋がっていて、そこから直接、食事を受け取る仕組みになっている。俺は食事の乗せられたトレイをカウンターで受け取ってから席に座り、朝食を食べ始めた。味はそこそこだ。だが、以前のような食事がときおり恋しくなる。
そう、俺がここに来たのは、つい一ヶ月ほど前のことになる。
信じがたいことだが俺はある日、目を覚ますと森の中にいた。確かに家の自室で寝ていたのだが知らない間に知らない場所に来ていたのだ。
そうして森の中で迷子になっているところを、この集団の人間に拾われた。彼らは『ヴェリタス』という名の、いわば傭兵集団だった。
彼らに対して事情を話していくうちに、俺はとんでもない事実に直面した。俺が来た場所はどうやら異世界らしかった。証拠として、この世界にある国はどれもこれも知らない名前で、地形もまったく違う。俺の知っていることがほとんど通用もしなかった。
そんなこんなで俺はこの組織に居候することになった。傭兵集団だというのに困っている俺は助けてくれるらしい。入るときにこの組織の何か崇高な理念だかなんだかを聞かされたが忘れてしまった。
なにはともあれ、俺はちょっとした憧れが叶ったわけだ。初めは困惑したが、今じゃすっかり慣れてしまった。そして思っていたとおり“俺の世界”というものに、大きな変化はなかった。
そう、世界が変わろうとも、そこにいるのが人間だということは変わらないし、俺が俺だというのも変わってはくれない。元の世界でさえ集団に馴染めなかった俺が、場所が変わった程度で馴染めるわけがなかった。実際、今も俺はひとりで食事をとっていた。一ヶ月もして、こちらでの生活に慣れたにも関わらず、だ。
初めこそ異世界にきたということに対して、漠然とした興奮と期待があった。それらが消えるのに大した時間は必要なかったが。無口で愛想が悪ければ、人が寄りつかないのはどこも同じ。当然のことだ。
ただ、大きな変化はなかったが小さな変化ならばあった。食事を終えて席を立ち、自室に戻ろうと通路に出たところで俺に声をかける男がいた。
「よう、雄二。おはよう」
声のしたほうを向けば、そこにいたのは俺と同じような黒髪の短髪に茶色の瞳、と日本人の見た目の男だ。背は俺より少し低く、身体つきも細身、と近かった。はっきりと違うのは顔か。陰気な顔つきの俺とは違い、なんとなくだが快活な感じのする顔つきをしている。ちょうど今も、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべていた。
こいつの名前は怜司という。俺と同じように異世界の日本から来たらしい。歳も十七で、たまたま一緒だ。そのあたりのせいか、俺にやたらと話しかけてくる。
「挨拶したんだから無視すんなよなー」
しばらく俺が黙っていると怜司が不満げな声をあげてくる。
「…………あぁ、おはよう」
このまま自室に入ろうかとも思ったが、わざわざ無視することもない。そう思って、挨拶だけは返した。そうすると怜司は満足げに笑うのだ。
よく話しかけてはくるのだが、正直言って俺はこいつが苦手だった。嫌いというわけではないが、理解ができなかった。俺のような人間なんて放置しておいてもなにも困りはしないというのに、わざわざこうやって見かけるたびに声をかけてくる。なんの得があるのかさっぱり分からない。
こちらから話すこともないので、そのまま自室に入ろうとしたところで、怜司の後ろから別の男が出てきた。
「あ、雄二だ。おはよ~」
ひらひらと手を振りながら、そいつは少し間延びしている妙に高い声で挨拶をしてきた。
俺や怜司と同じ短い黒髪の日本人で、学校によくある学生服を着ている。背丈は怜司より更に低くて男にしては小さい部類に入るだろう。服装が大きめなせいか、体型はよく分からない。顔つきが俺や怜司よりは丸みを帯びているので、恐らく肉つきは俺たちより良いのだろう。
こいつは蒼麻といって、俺たちと同じ異世界出身だ。どういう偶然か、歳まで同じだ。こいつも俺にたまに話しかけてくるが、怜司ほどじゃなかった。むしろ、怜司に妙に絡んでいる印象がある。
今も、どういう理由なのか知らないが、怜司に横から抱きついている。正直言って気持ち悪いが、俺はそこになにか違和感を覚えていた。なんなのかは分からなかったが。
「ほーも、ほーも♪」
「あーもう、よせ、やめろ! 離せよ!」
なにやら薄気味悪い歌を口ずさむ蒼麻を、怜司が必死に引きはがそうとしている。男同士の絡みを見て喜ぶのは、同性愛の人間か一部の女たちだけだ。俺はどちらでもないので部屋に戻ることにした。
おかしなやつらだが、俺に話しかける人間がいるというのは、以前とは違う部分だった。俺は怜司のことが苦手なために、あまり嬉しくはないのだが。
変化についてはもうひとつある。そちらは生活に与える影響は小さいが、しかし、俺にとってはとてつもなく大きいものであり、かつ、かなり嬉しい変化だった。
耳障りな電子音で俺は目が覚めた。部屋の外にあるスピーカーからの、朝を告げる合図の音だ。ご丁寧に一分近くは鳴り続けて、必ず毎朝叩き起こしてくれる。非常に鬱陶しい。
起きたには起きたが、眠気がまだ周囲をうろついていた。急ぐ理由もないのでしばらくは寝台にしがみついて、眠気がどこかへ行くのを待つ。大体、五分ぐらいしたところで動く気になった。
妙に硬い寝台から降りて、寝癖も確認せずに部屋の外に出る。一歩出ればそこは通路だ。なんの飾り気もない鉄製の壁に床。大人が四人、横に並んでも通れるぐらいの幅があった。
やたらとガタイのいい男に女が通路を歩いていっている。俺もその後ろについて同じ方向へ歩きだす。
しばらく歩いて到着したのは広大な部屋だった。長テーブルに椅子が配置されていて、すでに五十人近くが座って食事をしていた。そう、ここは食堂だ。
いるのは男がほとんどで、女は数えられる程度にしかいない。基本的には誰もかれもが鍛えられた肉体を持っていて、見ていて暑苦しいぐらいだった。
指定席というわけではなかったが、たいてい誰がどこに座るかはなんとなく決まっていた。俺の席は端のほうで、隣には仲が良いらしいグループが陣取っている。
厨房とはカウンターのようなもので繋がっていて、そこから直接、食事を受け取る仕組みになっている。俺は食事の乗せられたトレイをカウンターで受け取ってから席に座り、朝食を食べ始めた。味はそこそこだ。だが、以前のような食事がときおり恋しくなる。
そう、俺がここに来たのは、つい一ヶ月ほど前のことになる。
信じがたいことだが俺はある日、目を覚ますと森の中にいた。確かに家の自室で寝ていたのだが知らない間に知らない場所に来ていたのだ。
そうして森の中で迷子になっているところを、この集団の人間に拾われた。彼らは『ヴェリタス』という名の、いわば傭兵集団だった。
彼らに対して事情を話していくうちに、俺はとんでもない事実に直面した。俺が来た場所はどうやら異世界らしかった。証拠として、この世界にある国はどれもこれも知らない名前で、地形もまったく違う。俺の知っていることがほとんど通用もしなかった。
そんなこんなで俺はこの組織に居候することになった。傭兵集団だというのに困っている俺は助けてくれるらしい。入るときにこの組織の何か崇高な理念だかなんだかを聞かされたが忘れてしまった。
なにはともあれ、俺はちょっとした憧れが叶ったわけだ。初めは困惑したが、今じゃすっかり慣れてしまった。そして思っていたとおり“俺の世界”というものに、大きな変化はなかった。
そう、世界が変わろうとも、そこにいるのが人間だということは変わらないし、俺が俺だというのも変わってはくれない。元の世界でさえ集団に馴染めなかった俺が、場所が変わった程度で馴染めるわけがなかった。実際、今も俺はひとりで食事をとっていた。一ヶ月もして、こちらでの生活に慣れたにも関わらず、だ。
初めこそ異世界にきたということに対して、漠然とした興奮と期待があった。それらが消えるのに大した時間は必要なかったが。無口で愛想が悪ければ、人が寄りつかないのはどこも同じ。当然のことだ。
ただ、大きな変化はなかったが小さな変化ならばあった。食事を終えて席を立ち、自室に戻ろうと通路に出たところで俺に声をかける男がいた。
「よう、雄二。おはよう」
声のしたほうを向けば、そこにいたのは俺と同じような黒髪の短髪に茶色の瞳、と日本人の見た目の男だ。背は俺より少し低く、身体つきも細身、と近かった。はっきりと違うのは顔か。陰気な顔つきの俺とは違い、なんとなくだが快活な感じのする顔つきをしている。ちょうど今も、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべていた。
こいつの名前は怜司という。俺と同じように異世界の日本から来たらしい。歳も十七で、たまたま一緒だ。そのあたりのせいか、俺にやたらと話しかけてくる。
「挨拶したんだから無視すんなよなー」
しばらく俺が黙っていると怜司が不満げな声をあげてくる。
「…………あぁ、おはよう」
このまま自室に入ろうかとも思ったが、わざわざ無視することもない。そう思って、挨拶だけは返した。そうすると怜司は満足げに笑うのだ。
よく話しかけてはくるのだが、正直言って俺はこいつが苦手だった。嫌いというわけではないが、理解ができなかった。俺のような人間なんて放置しておいてもなにも困りはしないというのに、わざわざこうやって見かけるたびに声をかけてくる。なんの得があるのかさっぱり分からない。
こちらから話すこともないので、そのまま自室に入ろうとしたところで、怜司の後ろから別の男が出てきた。
「あ、雄二だ。おはよ~」
ひらひらと手を振りながら、そいつは少し間延びしている妙に高い声で挨拶をしてきた。
俺や怜司と同じ短い黒髪の日本人で、学校によくある学生服を着ている。背丈は怜司より更に低くて男にしては小さい部類に入るだろう。服装が大きめなせいか、体型はよく分からない。顔つきが俺や怜司よりは丸みを帯びているので、恐らく肉つきは俺たちより良いのだろう。
こいつは蒼麻といって、俺たちと同じ異世界出身だ。どういう偶然か、歳まで同じだ。こいつも俺にたまに話しかけてくるが、怜司ほどじゃなかった。むしろ、怜司に妙に絡んでいる印象がある。
今も、どういう理由なのか知らないが、怜司に横から抱きついている。正直言って気持ち悪いが、俺はそこになにか違和感を覚えていた。なんなのかは分からなかったが。
「ほーも、ほーも♪」
「あーもう、よせ、やめろ! 離せよ!」
なにやら薄気味悪い歌を口ずさむ蒼麻を、怜司が必死に引きはがそうとしている。男同士の絡みを見て喜ぶのは、同性愛の人間か一部の女たちだけだ。俺はどちらでもないので部屋に戻ることにした。
おかしなやつらだが、俺に話しかける人間がいるというのは、以前とは違う部分だった。俺は怜司のことが苦手なために、あまり嬉しくはないのだが。
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