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その中にあって映し出されるもの
第10話 運命の欠片
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『運命とは、もっともふさわしい場所へとあなたの魂を運ぶのだ』──シェイクスピア
目を覚ますと、すでに正午を過ぎていた。
いつもの習慣どおり眠気を適当にあしらってから、身体を起こす。こんな時間に起きたというのに、俺はまだ若干眠かった。
この世界に来てからはや二ヶ月。ここ最近は夜中に眠り、昼間に起きる生活をしていた。何故かといえば、朝起きてもすることがないからだ。これといって仕事がなければ、やりたいこともない。やっていたことといえば昼寝なのだから、寝続けていても同じだろう。夜中になれば同じように暇になってしまうわけだったが、どうせ暇なら他の人間が寝静まっている夜中のほうが俺は好きだった。
この時間には起きるのは、昼食のためだ。夕食しかとれないのはさすがにまずい。そういうわけで、食堂へ行くために俺は自室を出た。
通路を少し歩くと、壁際に座っている女が視界に入った。紺のジーンズに黒の無地のシャツ。洒落っ気のない格好だったが、胸元の膨らみがかなり激しい主張をしていた。横から見ると分かるが、結構な大きさがあった。
女はこちらに気がつくとヘラヘラとした笑みを浮かべながら、手を振ってきた。
「あ、雄二だ。おはよう、それとも、おそよう?」
俺は返事をするか少し悩んだが、手を振り返してやる。
「怜司のやつがなんか、部屋から出て来ないんだよね。なにしてんのかな」
女の視線の先には通路に面した扉があった。怜司の部屋だ。
あいつがなにをしているかなんて知らないし、どうでもいいの極致だ。だが、内心に思っていることが知られてしまってもめんどくさい。
「……さぁな。ノックでもしたらどうだ」
適当な相槌が自分の口から出ていく。こういうとき、口数が少ない人間は楽でいい。いつも感情が乗らないおかげで、本当に興味がないときもバレずに済む。
「えー。もしナニしてる最中とかだったら気まずいじゃーん」
俺の適当極まる返事に、女は最悪極まる冗談で返してきた。自分の心が冷え切っていくのを感じる。そんなこと、俺が知るかよ。
さっさと食堂に行きたかったが、話しかけられるせいでなかなか進めなかった。人付き合いが苦手な人間の特徴だが、会話のタイミングというのが掴めない。会話から離脱するとき、他の連中はいったいどうやっているのやら。
「そういえばさ。雄二は僕が女だって知っても、あんまり驚かなかったよね」
女がそう言って、不思議そうな顔を浮かべる。
そう、こいつは別に新しい住人でなければ、俺の日常に新しく入ってきた人間というわけでもなかった。こいつは実は、蒼麻だ。
どういう理由だか知らないが、こいつは男のフリをしていたというわけだ。俺がこいつに対して抱いていた違和感の正体が後から分かったが、それは、男女間の微妙な骨格の違いと、声、それと胸元だった。サラシを巻いて誤魔化していたらしいが、それでも多少は膨らみがあったのだろう。
だが、俺が蒼麻が女だと知って驚かなかった一番の理由は、怜司にベタついていたからだ。あの男に関わる人間なのだから、どうせ女なのだろう、とずっと思っていた。女だというなら、ベタついているのも、声が高いのも、風呂掃除を仕事にしているのも、納得がいく。恐らく、風呂には掃除するついでにこっそり入っていたのだろう。
ただ驚きはしなかったが、胸にサラシを巻いて男装するなんていう無茶苦茶が目の前で行われると、なんだか腹が立つ。普通、隠しきれるわけがない。相変わらず怜司の強運は恐ろしい。まぁ、俺もはっきりとは気がつかなかったんだが。
「……驚いていたさ。ただ、顔に出にくいんでね」
理由を正直に答えるわけにもいかず、俺は適当なことをでっち上げた。
「ふーん、そっか。怜司なんか凄い狼狽してたんだよ? あの顔は見せたかったなぁ」
顔とやらを思い出しているのか、蒼麻は楽しげに笑っていた。まったくもってどうでもいい。
ちなみに怜司がどうやって知ったのか、俺は経緯を知らない。どうせ、風呂場でばったり出くわしでもしたのだろう。よくある話だ。
気分が良い感じに沸騰してきたところで、ご本人が部屋からご登場なさった。
「あ、おそーい」
「悪い悪い、昼寝してたもんで、って抱きつくな!」
出てきた怜司の腰に蒼麻が両腕で抱きつき、怜司が抵抗する。以前と変わらない状況だが、怜司の顔が微妙に赤くなっていて、抵抗が弱まっていた。蒼麻の顔も赤いのが見ていて腹が立つ。
怜司に女だとバレて以来、蒼麻は男装をやめて女だと分かる格好にはなったものの、振る舞いはほとんど変わらなかった。嫌がるのを楽しむことが、恥ずかしがるのを楽しむことに変わったぐらいだ。
そのことにももちろん、俺は驚かなかった。よくあるだろ。
「雄二もいるならちょうどいいや。一緒に飯食おうぜ」
いつもどおりの申し出に、俺の心にはいつもどおり不快感が訪れた。しかし抵抗するのも面倒だったので、三人で食事をとることにした。
食事中にこれといって変わったことはなかった。怜司が喋り、蒼麻が余計なことを言い、怜司がそれに突っこみを入れて、といういつもの流れを見せられていた。そのままなにが起こることもなく昼食を終えて、俺は部屋に戻った。
それから適当に時間を潰して、みんなが寝静まったころに倉庫へと移動。仕事を始めた。
倉庫内に作業の音がかすかに響いている。俺は作業用の机の前に座って、マガジンにひたすら銃弾を詰めていた。これが俺の仕事だ。
割り振られた仕事の内容としては、こういった銃器のメンテナンスではあったが、各々の専用の装備はそれぞれが自分で調節をするし、自分でできない部分については専門の技師に頼む。となると必然的に、俺がやるのはこういう誰でもできる作業になるわけだ。
他にはこの組織で支給している汎用装備の手入れなどもあったが、銃弾を入れる作業が作業時間の大半を占める。
はっきり言って単調だ。自分が作業用ロボットだかアームだかになった気分になる。あまりにも退屈なので、手を動かしながらなにか面白いことはないかと頭の中で探す。すると、最近、日に日に蒼麻と怜司の仲が怪しくなっていっていることを発見した、というどうでもいいことを思い出した。本当にどうでもいい。よりにもよって思い出すことがこれとは、自分で自分に呆れる。
さらに記憶を掘り下げていっても、以前に怜司がなんかの病気になったとかで、十兵衛が奮闘したこととかしか出てこない。ここ一ヶ月にあった大きな事件といえばこの二つぐらいだ。
どうにも怜司のやつは順調に周囲の女たちを攻略していっているようだ。十兵衛はこの事件以来、少し怜司に優しくなった気がする。もともと優しくはあったが、それはどこか従者的だった。今はもっと違う接し方になっているように思う。蒼麻は蒼麻で、こっちはついに本格的に互いを意識するようになっていた。夏とかによくやっている、感動恋愛映画を見せられているような気分で俺としては勘弁してもらいたかったが。
一方で俺にあったことといえば、こうやって夜中に作業をして昼間に起きるようになったことぐらいだった。リア充と引きこもりの違い、といったところか。
苛つきが手元を狂わせたのか、置いてあったマガジンを手の甲で弾き飛ばしてしまう。それが机の上に置いておいたナイフにぶつかって、ナイフが床に落下。危うく足に突き刺さるところで、遅れて俺の額から冷や汗が流れ落ちる。こんなふざけた連鎖反応で怪我なんて冗談じゃない。
慎重にナイフを拾い上げて机の上に戻す。これは手入れするために置いてあるわけではなくて、俺の所持品だ。一応、ここは傭兵集団のアジトなので、敵が侵入してくるかもしれない、と言われて持たされたのだ。俺のような素人がこんなナイフを一本持ったぐらいで役に立つとは思えないが、お守りぐらいにはなるのでこうして持ってきている。たったいま、それで怪我しかけたが。
深呼吸をして自分を落ち着かせてから、作業に戻る。銃弾の山と空マガジンの群れが、俺をまだ待ち構えていた。
──俺は無意識に、ここ最近の流れから連想される、ある考えを頭の中から排除しようとしていた。それから、目を背けようとしていたのだ。
目を覚ますと、すでに正午を過ぎていた。
いつもの習慣どおり眠気を適当にあしらってから、身体を起こす。こんな時間に起きたというのに、俺はまだ若干眠かった。
この世界に来てからはや二ヶ月。ここ最近は夜中に眠り、昼間に起きる生活をしていた。何故かといえば、朝起きてもすることがないからだ。これといって仕事がなければ、やりたいこともない。やっていたことといえば昼寝なのだから、寝続けていても同じだろう。夜中になれば同じように暇になってしまうわけだったが、どうせ暇なら他の人間が寝静まっている夜中のほうが俺は好きだった。
この時間には起きるのは、昼食のためだ。夕食しかとれないのはさすがにまずい。そういうわけで、食堂へ行くために俺は自室を出た。
通路を少し歩くと、壁際に座っている女が視界に入った。紺のジーンズに黒の無地のシャツ。洒落っ気のない格好だったが、胸元の膨らみがかなり激しい主張をしていた。横から見ると分かるが、結構な大きさがあった。
女はこちらに気がつくとヘラヘラとした笑みを浮かべながら、手を振ってきた。
「あ、雄二だ。おはよう、それとも、おそよう?」
俺は返事をするか少し悩んだが、手を振り返してやる。
「怜司のやつがなんか、部屋から出て来ないんだよね。なにしてんのかな」
女の視線の先には通路に面した扉があった。怜司の部屋だ。
あいつがなにをしているかなんて知らないし、どうでもいいの極致だ。だが、内心に思っていることが知られてしまってもめんどくさい。
「……さぁな。ノックでもしたらどうだ」
適当な相槌が自分の口から出ていく。こういうとき、口数が少ない人間は楽でいい。いつも感情が乗らないおかげで、本当に興味がないときもバレずに済む。
「えー。もしナニしてる最中とかだったら気まずいじゃーん」
俺の適当極まる返事に、女は最悪極まる冗談で返してきた。自分の心が冷え切っていくのを感じる。そんなこと、俺が知るかよ。
さっさと食堂に行きたかったが、話しかけられるせいでなかなか進めなかった。人付き合いが苦手な人間の特徴だが、会話のタイミングというのが掴めない。会話から離脱するとき、他の連中はいったいどうやっているのやら。
「そういえばさ。雄二は僕が女だって知っても、あんまり驚かなかったよね」
女がそう言って、不思議そうな顔を浮かべる。
そう、こいつは別に新しい住人でなければ、俺の日常に新しく入ってきた人間というわけでもなかった。こいつは実は、蒼麻だ。
どういう理由だか知らないが、こいつは男のフリをしていたというわけだ。俺がこいつに対して抱いていた違和感の正体が後から分かったが、それは、男女間の微妙な骨格の違いと、声、それと胸元だった。サラシを巻いて誤魔化していたらしいが、それでも多少は膨らみがあったのだろう。
だが、俺が蒼麻が女だと知って驚かなかった一番の理由は、怜司にベタついていたからだ。あの男に関わる人間なのだから、どうせ女なのだろう、とずっと思っていた。女だというなら、ベタついているのも、声が高いのも、風呂掃除を仕事にしているのも、納得がいく。恐らく、風呂には掃除するついでにこっそり入っていたのだろう。
ただ驚きはしなかったが、胸にサラシを巻いて男装するなんていう無茶苦茶が目の前で行われると、なんだか腹が立つ。普通、隠しきれるわけがない。相変わらず怜司の強運は恐ろしい。まぁ、俺もはっきりとは気がつかなかったんだが。
「……驚いていたさ。ただ、顔に出にくいんでね」
理由を正直に答えるわけにもいかず、俺は適当なことをでっち上げた。
「ふーん、そっか。怜司なんか凄い狼狽してたんだよ? あの顔は見せたかったなぁ」
顔とやらを思い出しているのか、蒼麻は楽しげに笑っていた。まったくもってどうでもいい。
ちなみに怜司がどうやって知ったのか、俺は経緯を知らない。どうせ、風呂場でばったり出くわしでもしたのだろう。よくある話だ。
気分が良い感じに沸騰してきたところで、ご本人が部屋からご登場なさった。
「あ、おそーい」
「悪い悪い、昼寝してたもんで、って抱きつくな!」
出てきた怜司の腰に蒼麻が両腕で抱きつき、怜司が抵抗する。以前と変わらない状況だが、怜司の顔が微妙に赤くなっていて、抵抗が弱まっていた。蒼麻の顔も赤いのが見ていて腹が立つ。
怜司に女だとバレて以来、蒼麻は男装をやめて女だと分かる格好にはなったものの、振る舞いはほとんど変わらなかった。嫌がるのを楽しむことが、恥ずかしがるのを楽しむことに変わったぐらいだ。
そのことにももちろん、俺は驚かなかった。よくあるだろ。
「雄二もいるならちょうどいいや。一緒に飯食おうぜ」
いつもどおりの申し出に、俺の心にはいつもどおり不快感が訪れた。しかし抵抗するのも面倒だったので、三人で食事をとることにした。
食事中にこれといって変わったことはなかった。怜司が喋り、蒼麻が余計なことを言い、怜司がそれに突っこみを入れて、といういつもの流れを見せられていた。そのままなにが起こることもなく昼食を終えて、俺は部屋に戻った。
それから適当に時間を潰して、みんなが寝静まったころに倉庫へと移動。仕事を始めた。
倉庫内に作業の音がかすかに響いている。俺は作業用の机の前に座って、マガジンにひたすら銃弾を詰めていた。これが俺の仕事だ。
割り振られた仕事の内容としては、こういった銃器のメンテナンスではあったが、各々の専用の装備はそれぞれが自分で調節をするし、自分でできない部分については専門の技師に頼む。となると必然的に、俺がやるのはこういう誰でもできる作業になるわけだ。
他にはこの組織で支給している汎用装備の手入れなどもあったが、銃弾を入れる作業が作業時間の大半を占める。
はっきり言って単調だ。自分が作業用ロボットだかアームだかになった気分になる。あまりにも退屈なので、手を動かしながらなにか面白いことはないかと頭の中で探す。すると、最近、日に日に蒼麻と怜司の仲が怪しくなっていっていることを発見した、というどうでもいいことを思い出した。本当にどうでもいい。よりにもよって思い出すことがこれとは、自分で自分に呆れる。
さらに記憶を掘り下げていっても、以前に怜司がなんかの病気になったとかで、十兵衛が奮闘したこととかしか出てこない。ここ一ヶ月にあった大きな事件といえばこの二つぐらいだ。
どうにも怜司のやつは順調に周囲の女たちを攻略していっているようだ。十兵衛はこの事件以来、少し怜司に優しくなった気がする。もともと優しくはあったが、それはどこか従者的だった。今はもっと違う接し方になっているように思う。蒼麻は蒼麻で、こっちはついに本格的に互いを意識するようになっていた。夏とかによくやっている、感動恋愛映画を見せられているような気分で俺としては勘弁してもらいたかったが。
一方で俺にあったことといえば、こうやって夜中に作業をして昼間に起きるようになったことぐらいだった。リア充と引きこもりの違い、といったところか。
苛つきが手元を狂わせたのか、置いてあったマガジンを手の甲で弾き飛ばしてしまう。それが机の上に置いておいたナイフにぶつかって、ナイフが床に落下。危うく足に突き刺さるところで、遅れて俺の額から冷や汗が流れ落ちる。こんなふざけた連鎖反応で怪我なんて冗談じゃない。
慎重にナイフを拾い上げて机の上に戻す。これは手入れするために置いてあるわけではなくて、俺の所持品だ。一応、ここは傭兵集団のアジトなので、敵が侵入してくるかもしれない、と言われて持たされたのだ。俺のような素人がこんなナイフを一本持ったぐらいで役に立つとは思えないが、お守りぐらいにはなるのでこうして持ってきている。たったいま、それで怪我しかけたが。
深呼吸をして自分を落ち着かせてから、作業に戻る。銃弾の山と空マガジンの群れが、俺をまだ待ち構えていた。
──俺は無意識に、ここ最近の流れから連想される、ある考えを頭の中から排除しようとしていた。それから、目を背けようとしていたのだ。
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