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その中にあって映し出されるもの

第12話 選択/運命

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 気がつくと、時間が日付を跨いでいた。
 寝台の上で壁に背を預けたまま、目線を下ろしていく。部屋が崩壊していた。本棚は横倒しになっている。床には何冊もの本が散乱。机の上のものは周囲に飛び散っていた。寝台のシーツさえ、引きちぎられている。

 酷いありさまなのは部屋だけではなく、俺の身体も同じだった。頭は鉛のように重いし、泣きはらした目が痛む。さんざん打ち付けた腕は赤く腫れ上がっていて、額から流れた血が顔に痕を残している。
 まるで誰かと格闘したみたいになっているが、俺は誰とも殴り合いはしていない。

 あの後、俺は半狂乱となって自分の部屋で大暴れした。本棚を自分で引き倒し、机の上のものを薙ぎ払い、慟哭をあげながら床を何度も腕で打ちつけた。腕の感覚がなくなってくると、今度は頭を打ちつけた。

 冷静な頭で振り返ってみても、何故暴れたのか、自分でもよく分からなかった。恐らくは怜司と桜が原因なのだろう、と俺の頭は予想した。赤くなった彼女を見たとき、俺は彼女もまた怜司にまつわる“登場人物”なのだと感じてしまった。普段、かんざしをつけていない女が、たまたまかんざしのつけ方を覚えた直後につけて現れるなんて、偶然にしてもできすぎてる。そう思った瞬間、俺はなにもかもがどうでもよくなってしまった。

 この考えが明らかに間違いなのは、自分でも分かっている。ここは現実で、物語の中じゃない。そんなことは分かっていたが、それでも怜司に対してだけはそう思うことしかできなかった。
 間違いだと分かっているのに、その考えを変えることができない。きっと俺は、どこか壊れてしまっているのだろう。なにか、自分や人生に対する認識のなにかが壊れている。だが、もう自分ではどうすることもできなかった。俺はもう、疲れ果てていた。

 こんなことなら、あのとき怜司のお節介がないほうが良かった、とさえ思う。それならまだ、遠くから見ているというだけでなんとかなったかもしれない。中途半端に桜と接近しているのが良くなかった。

 冷え切った頭が、さらに思考を遡らせていく。そもそもどうして俺はこんな世界に来てしまったのだろうか。一体どうして、怜司という最悪な形の人間が目の前に現れ、桜という女性と出会い、こんな状況に陥っているのだろうか。何故、俺は生まれて、生きて、ここでこうしているのだろうか。いったいなんのために。

 なにかの罰としか思えなかった。両親に従わなかったせいなのか。それとも、両親の期待どおりにできなかったせいなのか。俺が無能なせいなのか。いったいどこからが俺のせいで、どこからが俺のせいではないのだろうか。

 俺は、自分自身に起こったすべての物事の原因を探していた。この苦痛の、理由と意味を探していた。それさえ見つかれば、まだ耐えられるかもしれない。だが、見つからなかった。俺の苦痛の原因をなすりつけられるようなものは、なにひとつとしてなかったのだ。あるとすれば、それは俺自身以外にはなかった。

 それでも俺は、自分が悪いのだと思うことに疲れてしまっていた。立ち上がるだけの気力が、俺にはもうなかった。
 重力に従うままに首を倒す。視界の端で月明かりを反射して光り輝くものがあった。希望のように輝くそれは、机に突き刺さったナイフだった。

 汚れひとつない刀身が、鏡のように俺の顔を映し出していた。そこには、見たことのない顔があった。
 二つの漆黒の穴が、俺を覗き込んでいた。
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