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第3章 迷い、暗闇を歩む者たちよ
第32話 天使の愛
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「いいえ──あなたのことが好きっていう欲望よ」
その言葉に俺の息が止まる。もしかしたら、ぐらいは思ってた。けどそんなのは俺の都合のいい妄想に過ぎないと捨て去っていた。
色々な考えが頭を駆け巡った。今更、そんな相手に出会うだなんて。もっと早くに会えていれば。あるいはこの使命さえなければ。
しかし、全ては手遅れだ。俺にはやらなくてはならないことがあり、それを捨て去ることはできないのだから。
「それは」
「分かっているわ。ただの気持ちの問題よ。私があなたのことを想っているって、知ってくれているだけでいい。それ以上は望まないわ」
俺が言おうとした瞬間に、シスターはすぐに被せてきた。言いたいことを、彼女も理解してくれているようだ。
「……これでも勇気を振り絞っているの。だから」
黄金色の瞳が不安げに揺れる。言葉にされてしまった感情を否定するほど、俺も馬鹿じゃなかったみたいだ。
「分かった。お前のその気持ちを否定したり拒絶したりだけは、しない。約束しよう」
完全に受け入れることは難しい。自分が誰かに愛される資格があるとは思えない上、一緒にいることだって不可能だ。
それでも、こいつの気持ちを嘘扱いしたり、自分を卑下することで遠回しに拒絶することだけは、しないと誓うことができた。
俺にもちょっとは、やれることがあったらしい。
「やっぱり優しいのね、あなた」
そう言ってシスターは微笑んでくれた。その笑顔を見て、俺は胸を撫で下ろすことができた。
彼女の両腕が俺の首に回される。少し、心臓が跳ね上がった。
「もうひとつだけ、お願いを聞いてほしいのだけれど」
「ん、なんだ」
シスターは俺の耳元に口を近づけて囁く。
「少しの間でいいから、ふたりきりにして」
その瞬間、俺の脳裏に繋がっている彼らの気配が消えた。
ずっと脳内で響いていた彼らの声が消えて静寂さと、微かな不安が訪れる。常時、誰かといるようなものだったので急にひとりにされるとどうしても不安になってしまう。
「お前、なんでそん、っ!」
なんでそんなことを、と言い切ることはできなかった。
気がついたときには、シスターの唇が俺の唇に押し当てられていた。今まで感じたことのないような柔らかい感触がする。
ぎゅっと、首に回された彼女の腕に力が入る。俺も彼女の背中に腕を回すことにした。
「はぁ……どうですか、初めての口づけは」
「……心臓が飛び出るかと思った」
今でもばくばくと跳ねている。顔に熱が集まってきて、思わず視線を逸らしてしまう。彼らと切り離された俺にとっては初めての経験なので、仕方ない。
「実は私もです。思ったより緊張しましたし、思ったよりずっといいものですね、これ。世の中の男と女が馬鹿みたいにやってるのが理解できました」
「……いいものってのは、同意するけど。緊張してたのかよ、お前」
「当然です、私だって初めてなんですから。なんでしたら私の胸に手を当ててください。ほら」
「あ、おい!」
手を取られて無理やり胸の下あたりに押し当てられる。確かにどくどくとした感触が返ってきた。
「ついでにこのまま、その他の初めてをやり終えてもいいですね」
「いや……その……」
「なんですか」
「……刺激が強すぎて頭が真っ白なので、後日にしてもらえると、助かります」
俺の口調は酷く弱々しかった。そもそも俺は元々は根暗なのだからこんなこと耐えられるわけがない。情けない態度だったせいか「はぁ」とため息をつかれてしまう。
「本当に意気地なしですね。まぁ、童貞なので仕方ないですが」
「お前だって、処女だろ」
「はい。そんな女が初めてを捧げる、と言ったのに断った意気地なしがあなたです」
童貞なのを馬鹿にされてちょっと腹が立って言い返したのがまずかった。シスターがむっとした顔になってしまっている。
「……申し訳ない」
「まぁいいです。後日という言質は取ったので有言実行ぐらいはしてもらいましょう」
今日を逃れるために後日、なんて言葉を使ったのが裏目に出た。裏目というより、何も考えずに言ったのだから自爆と言うべきか。
彼女が「もう戻ってもいいですよ」と言うと彼らが帰ってきてくれた。脳裏にノイズが入ってきて安堵が訪れる。
「なんで言うこと聞かせられるんだ」
「試しに頼んでみただけです。理由や理屈はよく分かりません」
言うことを聞いたのは恐らく、シスターが彼らにも優しいからだろう。それに彼らは相当に藤原悠司の意識を尊重してもくれている。
旗印。以前シスターに言われた言葉を思い出す。彼らは本当にそう思っているようだった。
「ところで、なんでわざわざ意識を切り離したりしたんだ」
「私が口づけしたかったのはあなただけですので」
「そう」
素っ気ない態度を取っておいた。
さっきよりは顔が赤くなることはなかった、と思う。多分。
「その態度、傷つきました。今度はあなたからしてください。2回してください」
「俺たちからも、って1回多いし!」
「またみなさんにはご退室願います。ほら早く」
照れ隠しの態度が完全に良くなかった。また俺の意識だけが残される。
「ほら。ん」
「わ、分かったよ」
本当に軽くだけ唇同士を触れさせた。思いっきりジト目を向けられる。
「私はもっと情熱的にしました。もっとちゃんと、愛情を込めてしてください」
「あーもう分かったよ!」
半ばやけになって彼女の背中に腕を回し、抱きしめながらキスをした。
正直、顔がかなり熱っぽかったがとても心地の良い時間だった。
「ん……やればできるじゃないですか」
「あ、照れてる」
つい口に出した瞬間に、まずい、と思った。彼らから切り離されると経験の乏しいただのガキでしかないので、いろんなところでミスを犯す。
結局寝る前に向こうから3回、こっちからも3回、口づけをしあうはめになった。
まぁ……悪い気はしなかったよ。そりゃ。うん。
その言葉に俺の息が止まる。もしかしたら、ぐらいは思ってた。けどそんなのは俺の都合のいい妄想に過ぎないと捨て去っていた。
色々な考えが頭を駆け巡った。今更、そんな相手に出会うだなんて。もっと早くに会えていれば。あるいはこの使命さえなければ。
しかし、全ては手遅れだ。俺にはやらなくてはならないことがあり、それを捨て去ることはできないのだから。
「それは」
「分かっているわ。ただの気持ちの問題よ。私があなたのことを想っているって、知ってくれているだけでいい。それ以上は望まないわ」
俺が言おうとした瞬間に、シスターはすぐに被せてきた。言いたいことを、彼女も理解してくれているようだ。
「……これでも勇気を振り絞っているの。だから」
黄金色の瞳が不安げに揺れる。言葉にされてしまった感情を否定するほど、俺も馬鹿じゃなかったみたいだ。
「分かった。お前のその気持ちを否定したり拒絶したりだけは、しない。約束しよう」
完全に受け入れることは難しい。自分が誰かに愛される資格があるとは思えない上、一緒にいることだって不可能だ。
それでも、こいつの気持ちを嘘扱いしたり、自分を卑下することで遠回しに拒絶することだけは、しないと誓うことができた。
俺にもちょっとは、やれることがあったらしい。
「やっぱり優しいのね、あなた」
そう言ってシスターは微笑んでくれた。その笑顔を見て、俺は胸を撫で下ろすことができた。
彼女の両腕が俺の首に回される。少し、心臓が跳ね上がった。
「もうひとつだけ、お願いを聞いてほしいのだけれど」
「ん、なんだ」
シスターは俺の耳元に口を近づけて囁く。
「少しの間でいいから、ふたりきりにして」
その瞬間、俺の脳裏に繋がっている彼らの気配が消えた。
ずっと脳内で響いていた彼らの声が消えて静寂さと、微かな不安が訪れる。常時、誰かといるようなものだったので急にひとりにされるとどうしても不安になってしまう。
「お前、なんでそん、っ!」
なんでそんなことを、と言い切ることはできなかった。
気がついたときには、シスターの唇が俺の唇に押し当てられていた。今まで感じたことのないような柔らかい感触がする。
ぎゅっと、首に回された彼女の腕に力が入る。俺も彼女の背中に腕を回すことにした。
「はぁ……どうですか、初めての口づけは」
「……心臓が飛び出るかと思った」
今でもばくばくと跳ねている。顔に熱が集まってきて、思わず視線を逸らしてしまう。彼らと切り離された俺にとっては初めての経験なので、仕方ない。
「実は私もです。思ったより緊張しましたし、思ったよりずっといいものですね、これ。世の中の男と女が馬鹿みたいにやってるのが理解できました」
「……いいものってのは、同意するけど。緊張してたのかよ、お前」
「当然です、私だって初めてなんですから。なんでしたら私の胸に手を当ててください。ほら」
「あ、おい!」
手を取られて無理やり胸の下あたりに押し当てられる。確かにどくどくとした感触が返ってきた。
「ついでにこのまま、その他の初めてをやり終えてもいいですね」
「いや……その……」
「なんですか」
「……刺激が強すぎて頭が真っ白なので、後日にしてもらえると、助かります」
俺の口調は酷く弱々しかった。そもそも俺は元々は根暗なのだからこんなこと耐えられるわけがない。情けない態度だったせいか「はぁ」とため息をつかれてしまう。
「本当に意気地なしですね。まぁ、童貞なので仕方ないですが」
「お前だって、処女だろ」
「はい。そんな女が初めてを捧げる、と言ったのに断った意気地なしがあなたです」
童貞なのを馬鹿にされてちょっと腹が立って言い返したのがまずかった。シスターがむっとした顔になってしまっている。
「……申し訳ない」
「まぁいいです。後日という言質は取ったので有言実行ぐらいはしてもらいましょう」
今日を逃れるために後日、なんて言葉を使ったのが裏目に出た。裏目というより、何も考えずに言ったのだから自爆と言うべきか。
彼女が「もう戻ってもいいですよ」と言うと彼らが帰ってきてくれた。脳裏にノイズが入ってきて安堵が訪れる。
「なんで言うこと聞かせられるんだ」
「試しに頼んでみただけです。理由や理屈はよく分かりません」
言うことを聞いたのは恐らく、シスターが彼らにも優しいからだろう。それに彼らは相当に藤原悠司の意識を尊重してもくれている。
旗印。以前シスターに言われた言葉を思い出す。彼らは本当にそう思っているようだった。
「ところで、なんでわざわざ意識を切り離したりしたんだ」
「私が口づけしたかったのはあなただけですので」
「そう」
素っ気ない態度を取っておいた。
さっきよりは顔が赤くなることはなかった、と思う。多分。
「その態度、傷つきました。今度はあなたからしてください。2回してください」
「俺たちからも、って1回多いし!」
「またみなさんにはご退室願います。ほら早く」
照れ隠しの態度が完全に良くなかった。また俺の意識だけが残される。
「ほら。ん」
「わ、分かったよ」
本当に軽くだけ唇同士を触れさせた。思いっきりジト目を向けられる。
「私はもっと情熱的にしました。もっとちゃんと、愛情を込めてしてください」
「あーもう分かったよ!」
半ばやけになって彼女の背中に腕を回し、抱きしめながらキスをした。
正直、顔がかなり熱っぽかったがとても心地の良い時間だった。
「ん……やればできるじゃないですか」
「あ、照れてる」
つい口に出した瞬間に、まずい、と思った。彼らから切り離されると経験の乏しいただのガキでしかないので、いろんなところでミスを犯す。
結局寝る前に向こうから3回、こっちからも3回、口づけをしあうはめになった。
まぁ……悪い気はしなかったよ。そりゃ。うん。
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