日常のような

Miya

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帰路

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 朝降っていた雨はすっかり晴れて、鏡のような水たまりが辺りに散らばっていた。傘を片手に蒸し暑い外の空気に突入した。

 正門の方へ歩いて行くと後ろから声がした。奏? その透き通った声の主は小さい頃から付き合いのある紗奈だった。あ、やっぱりと隣に並んで歩き出す。クラス替えがあってからあまり話す機会がなかった。クラス馴染めてんの? まあまあ、仲のいい人が少しいれば十分。それもそうだな。沙奈は昔から狭く深いタイプだった。僕もどちらかといえばそうだけど、彼女ほどではなかった。

 正門を出てから一つ目の信号についた。人通りはほとんどない。信号を待つ僕らの間を湿った風が吹き抜けた。
「あたしらもあんな時期があったんだね」
信号の向こう側にいる小学生くらいの子供たちを見て言った。あの頃はストレスのスの字もなかった。毎日かけっこして、ゲームして。将来の夢だって即答できた。あの頃に戻りたい。
「なに悲しい面持ちしてるの。あの頃は良かったなんて思ってるんでしょ。花のセブンティーンは今だけなんだから、ちゃんと今を楽しみなよ」
そうだね。信号が青になって子供たちとすれ違った。

 最近何か面白いことがあったわけでもなく、特にコレといった話題のなかった僕らはなんとなく進路の話になった。志望校ってもう決めた? あたし東京いく。そっか、もう決まってんだ。まだなん? うん……。まだ時間あるし焦って決めることでもないよ。昔はなんの迷いもなく将来の夢を言えたのにな。いつの話よ。小学生? ちなみになんだったの? 将来の夢。漫画家。ああ、よく絵描いてたもんね。あの頃は本気でなれると思ってたんだ。今では思ってないの? そんな話をしながらいつも通る道を——

え?

案外間に合うかもよ。まだ高校生だし。高校生になってからそんな夢見たことなかった。まだ間に合うかな。まだ高校生、そう考えると少しの期待と自信が湧いてきた。

 普段は自転車で登下校するからこんなにゆっくりと街を歩くことはなかった。時までゆっくり流れているような気がする。空はもう夏空になっていた。しばしの間訪れた沈黙は決して居心地の悪いものではなかった。

 セミが鳴くにはまだ早く、静かな住宅街には傘をカツカツと杖代わりにつく音が響いた。歩道の端には露を含んだ野花が咲いている。昔ここに駄菓子屋あったよね。と、今はシャッターが閉まり殺風景な店の前で沙奈は言った。ここで昔、奏に30円貸したの覚えてる? え、いつの話? それ。8年前くらいかな。一緒に駄菓子屋行った時、財布忘れたでしょ。あ、そんなことあったね。返してもらってないんだけど。その素晴らしい記憶力とケチさに僕は驚嘆した。今度何かおごるよ。
「あれがいい」
そう言ってコンビニの期間限定メロンアイスと書かれたのぼり旗を指差した。


 器用にアイスを舐める君を見ながら自分もそれにすれば良かったと少し後悔した。それでも外の暑さと口元の涼しさのギャップは心地よかった。このまま時が止まればいのに。そう思えた。こんな近くに幸せがあるなら普段何を頑張っているのだろう。そんなことを考えていたからガリガリ君の一角が落ちたことに気付いたのは沙奈がハンカチを渡してくれた時だった。

 アイスを食べながら歩いている二人を他人が見たらカップルだと思うのだろうか。その思いは声に出ていた。思うかもね。平然と沙奈はそう答えた。

 道幅が狭くなり、道の先に三叉路が見えた。僕はそこを右に曲がる。そこにたどり着くまで、長くて静かな時間が流れた。
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