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第三章 幻魔界

間話 大きくなったお腹

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 ――――ルインが幻魔界に行って数日たった頃。

「ねえファニー。調味料取ってよー」
「自分でとりなさいよね。こっちは上も下もつっかえて苦しいのよ! あんたは上が開いてるでしょ
上が」
「誰の上が開いてるってのよ! ちっとも開いてないわよ! 母乳が出るよう今や立派に成長中よ!」
「それ、食べ過ぎて太っただけじゃないのかしら?」
「あんたがそれ言う? ちっとはダイエットしてその爆発しそうな爆弾をどうにかしなさいよね!」
「あーもうやかましいっしょ二人とも。お腹の子に響くって。よしよし、怖いおばちゃんたちだねー」
『誰がおばさんですって! ベニー!」
「それにしてもいきなりお腹が大きくなるって、レニーちゃん超びっくりー。しばらく
身動きできなくて困っちゃうー」
「なぁ。それ本当に全員、シーの子供なのか?」
「あんた、まだ彼の事をそう呼ぶのね。そうよ。全員彼の子供……だと思う」
「思うって……それは爆弾発言だな」
「そう? 別に他の男とそういう関係なんて持ったわけじゃないわ。
ただ彼ともそういう関係ってわけじゃないから。悔しいけどね」
「そうそう、そこが疑問なんだよ。シーはその……そういうのは苦手そうだというか、だからその、子供が
一気に四人も生まれるってのが信じられなくて」
「四人じゃないわね」
「そうね。もう一人いるわね。大本命が」
「メルちゃんはいいなー。きっと一番に抱っこしてもらえるんだろうなー」
「どうかしらね。彼は不平等を嫌うから、案外同時に五人抱っこするかもよ?」
「それは在り得るわね。名前も誰が一番とか無さそう。全員一斉に名付けするに決まってるわ。
私たちで先に決めちゃおうかしら?」

 酒場ではお腹の大きな女性が、各自の持ち場で働いていた。
 ファニー、サニー、ベニー、レニー。そしてノーブルトループの恰好をしたミズガルド・ビー。
 エーは現在巡回任務中であり、ここにはいない。
 
「ふう。夜の仕込みはだいたい終わったわ。後はレナ一人でも大丈夫ね。私たちはここまで。
夜は頼むわね。ビーさん」
「にしても本当に助かるわね。先生とスピア、アネスタさんは、薬の材料を持って領域に戻っちゃったし。
イーニーもドーニーも下町の修理で大忙し。どこも人手不足なのに悪いわね」
「レナっちと一緒にいたいだけって感じはするっしょ。にしししー」
「ベニー。それ言わないの。名前聞いただけでカチコチになっちゃうんだから、この人」
「もういい加減なれた方がいいっしょ。ところで……皇帝さんの勅命はいいの?」
「ああ。まだ時間の余裕はある。本当は受けたくないんだが、この事態であればそうは言ってられない」
「出迎えの任務か……相手はそれなりの身分の人よね。大丈夫?」
「……落ちぶれたとはいえ侯爵の家の出だ。うまく……やってみるさ。自分を一度も貴族だと
思ったことはないけどさ」
「コーネリウスと姫様じゃだめだったの?」
「どちらも多忙だからな。後でメナスにも顔を出したいんだけど、彼女、調子はどうだ?」

 全員首を横に振る。相当酷い状態のようだ。

「多分、旦那……ツインが戻って来るまではダメね。あのオーブは死守して離さないし。
こういう時はアネさんかジェネストがいれば心を揺り動かせるんだけど」
「君たちは随分性格も違うけど、やっぱり得意な役割があるんだな」
「当たり前でしょ? 女ってのは男が考えるよりとっても繊細で難しいものなのよ。
だからこういうときはいい相性の相手に接してもらうのが一番なのよ。
どうせ旦那が戻って来ても、あのままじゃ責任を感じて潰れてしまうだけ。
だからジェネストに思いっきりせめてもらえば、それでいいのよ。早く帰って来ないかしらね」
「……そうか。残念だが俺は明後日からしばらく留守にする。もしシーが戻ってきたら
よろしく伝えてくれ」
「い・や・よ。どうせすぐあんたに会いに行くっていうだろうし。その時に言えばいいじゃない」
「本当よ。少しはこっちを構って欲しいものだわ」
「あーははは……すまない。何か手伝わせてくれ……」
「いいわよもう。こっちは終わったから。お店が始まるまではレナの事、気にかけてやって。
さ、行くわよサニー、ベニー、レニー」
「あ、そうそう。忘れてたっしょ。オズワルの息子さんだっけ? に、伝言。
やっぱりターフスキアーは貸せないって言っといて欲しいっしょ。私以外守ろうとしないから
無意味みたいって」
「わかった。明後日共に向かう予定だから伝えておこう。ああ、ベニーさんもう一つ。今日の店の
受付は俺だけってことないよな?」
「ん? 一人で出来るわけないっしょ。レッジとレッツェルが来るって。それじゃねー」

 手を振りつつお腹を押さえるベニー。
 彼女たち四人は昼間の食事と夜の仕込みまでが仕事。
 大きくなったお腹で無理はさせられないと、女将さんは止めたのだが、動いていないと落ち着かない
とのことで、働き続けていた。
 そんな彼女たちを助けるべく、ビーはしばらく一緒にお店を手伝っていたのだった。
 昼間はトループとして町の巡回を。
 夜に向けては酒場の中を動き回るウエイターとして。

「もう、産まれちまうぜ、シー。早く戻ってこい。皆、お前を待ってるんだぜ……」
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