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第五章 親愛なるものたちのために

第八百話 遠方よりの手紙

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 女王法治国家ルーンを制定してから三日経った。
 相変わらずやる事を詰めすぎて若干パンク気味な俺のスケジュールはハードだ。

 ――そんなある日。

「えーっと、今日はエンシュとミレーユを連れて、ガルドラ山脈へ特訓と、午後からランスロット
さんの特訓メニューをこなす。それから子供のおむつ材料を買いに修行も兼ねてカッツェルまで走る……
うへぇ。体壊れそうだ」
「だいじょぶか? ルイン。無理して一日でやらなくてもいーんじゃねーか? な、カルネ?」
「そうもいかないだろう……」
「あなた様」
「うおおお! びっくりしたー!」
「にはは! 俺様はアメちゃんに気付いてたぜ!」
「まぁ。嬉しい! 女王様。もう一度呼んで欲しいのでございます!」
「ん? アメちゃん?」
「はぁ……アルカイオスの女王に呼称されるなど、至福の極みでございます」

 こんな感じでアメーダは既にメルザの虜だ。俺は最初からわかっていた。
 アメーダだけじゃない。プリマですらメルザにはタジタジだ。
 そんなプリマはひたすらレェンとロブロードを交わしている。
 ちっとも勝てないらしい。それはそうだ。既に彼はルーン国最強の座を
確立している。
 レェンはアルンを通じてモジョコにもロブロードを教えてくれてる。
 すっかりお兄さんって感じだ。モジョコの事についても俺は調べる事があり、それも
日程に組み込んである。
 
 ……レェンたちは、遊び好きのイネービュの大のお気に入りになってしまった。

「ところでアメーダ。どうしたんだ? 俺、何か仕事の依頼でヘマしてたか?」
「あなた様。依頼された農業に関する項目は、きちんと行っているので
ございます。こちらはムーラ様よりお預かり物でございますよ。ジャンカの村に
お届け物でございます」
「これは……手紙? しかもニ通?」

 一枚は綺麗な便せんだ。丁寧に織り込まれているし、印も押してある。
 もう一枚は印などはない。普通の便せんだ。
 
 まずは綺麗な便せんの方から確認してみた。

【親愛なるルイン殿へ 火急案件ではない】

 表紙にはそのように書かれている。
 何だろう? 俺への手紙ねぇ。
 メルザが不審そうにこちらを見ている。
 ……主よ。俺は一途なんだぞ。妻が五人いるけど一途だ! 

「一応メルザとアメーダにも聞こえるよう、声を出して読むぞ。
久しく会っていないが元気なのはレミより聞いている。無事ヨーゼフには
会えたようだな。早速厳しい報告ですまないと思うが、キゾナ大陸で
不穏な動きが多く見られる。君らが以前向かった場所に、多くの常闇のカイナが
集結し、何かを行ったようだ。無数の常闇のカイナ、幹部連中の死体が発見された。
内部対立を起こしているとも考えられるが、キゾナから住民の全てが消えたと
いう情報も入ってきている……ここまでは俺たちに伝わってるな。飛ばすぞ……さて
現状を踏まえ、バルバロッサの町を封鎖する事になっちまった。
この町で情報収集するには、南のキゾナが危険すぎる。俺はしばらく
レグナ大陸に移動するつもりだ。そちらは随分と仲間が増えたらしいじゃないか。
そっちの場所に傭兵団レンズを作ってみないか? 仕事が欲しい奴だって増えて来てる
だろう。町民に金を稼がせる場所を作ってやるのも大事な事だ。
そっちへエージェってのを俺の紹介で向かわせている。以前ロッドの町で
レンズの受付をやっていた娘だ。応対能力は折り紙付きだぜ。ぜひ検討して
やってくれ。達者でな。アビオラより……以上だ」
「おお。俺様の町に傭兵団の仕事か。おもしれーな」
「……そうだな。これはジャンカの町建設予定地の一角がいい。
ジャンカの上部は海だ。町の北エリアは海運を設ける予定だが、その周囲に
ある方が都合がいいだろう」
「あなた様は地形も考慮されて配置しているのでございますか?」
「インフラってのは国の根幹だ。これは前世の国民なら殆どが勉強している
んだよ。義務教育って奴でな」
「そのような事を義務で……でございますか?」
「理由は簡単だ。都市道路計画などで移動を余儀なくされた時に、知っているか
いないかで計画の進行に差がでるからだ。最も、民意を大事にすれば移動は容易くない
けど。そんなわけで読み書き程度を教える学校も作る。強制じゃないけどな。キゾナの知令由学園が
無くなったのなら、他大陸から学びに来る奴も出てくるだろう」
「随分熱心な勉学を取り入れていたのでございますね……死霊族でもシカリー様が……」
「ストップ! メルザがパンクしてしまう。こちらは上手く手配しておくから。
アメーダはエージェって人物が尋ねてきたら、レンズ設置の許可などを手配してもらえる
だろうか?」
「承知したのでございます。もう一枚の手紙はよろしいのですか?」
「いや、確認してみるよ。えーと……」

【うふふふふ……君は面白いね】

 その一文を見ただけで、背中が凍り付いた。
 ……これは声に出して読むべきじゃないな。
 差出人は恐らく……ロキだ。

「あなた様、どうしたのでございますか?」
「これは、メルザに聞かせる内容じゃない」
「さては女だな! ルイン! ダメだぞ! 俺様も読むぞ!」
「いや……これは、敵からの宣戦布告かもしれない」
「えっ?」
「女王様。今はお目に触れない方がいいと思うのでございます」
「うっ……わかった。俺様ルインを信じる」

 こんな手紙を突然寄越して、どういうつもりだ。
 こっちはいつでも攻めて来られてもいいように準備はしてるんだ。
 一体何のつもりだ。くそ、読んで見るしかないか。

 ……君と対峙して随分時間が経ったね。
 ちゃんと成長してるかな? ターレキフとやりあっていた頃より
ちゃんと成長してるよね? うふふふふ……僕は影から君を見てる。
 きっと、魔王種として覚醒していない君に、ヒントを上げよう。
 君に不足しているのは圧倒的な魔の憤怒。それがあれば君は
 きっと、魔王種として覚醒するよ。覚えておきなよ。伝書で遊ぶのも
いいけれど、あの鎧の力を手にしないと、僕と遊ぶ前に死んじゃうかもね。
 
 そうそう。先日面白い客人が来てね。
 再び常闇のカイナが動くと言っていたよ。
 僕も狙われるかもしれないんだって。
 だから君に強くなってもらって、共闘といこうじゃない。
 うふふふふ……これはね。

 取引だよ。
 さぁ……ᛘᚢᛋ ᚢᛁ ᚴᛖᚾᛏᚴᚢᚦᚢᚴᚨᚲᛇ ᚨᚹᚨ ᛚᚢ ᛟ汝を解き放ち、我を受け入れよ

 !? 手紙のその文字を見た瞬間だった。
 俺に覆っていた何かが消滅し、赤黒い何かに俺が包まれていく。 
 そしてその手紙は赤黒く溶けて消えていく。

「うっ……何だこれは!」
「それは……文字発動型の罠でございますか!? あなた様、しっかり!」
「……大丈夫だ、体には何もない。迂闊だった……ロキの奴、俺に一体何
を……」
「本当に大丈夫でございますか?」
「あ、ああ。手紙には再び、常闇のカイナが動き出すという警告と、共闘しようというふざけた
内容だった。あいつ、あんな事までしておいて共闘なんて出来るはずないのに。一体ロキは
何を考えてるんだ……」
「あの者は混沌を司る神だと聞いています。混沌とはこの世に必要なもので
あるとも。だからこそ、神でも手出しは出来ないと聞いているのでございます」
「……混沌が必要か。俺には……わからない。そんな神などいなくても、世界
に混沌は生まれるんじゃないのか……」

 ロキの手紙は危険そうなのでびりびりに破いておいた。
 一体あれは何だったんだろう。
 そして奴の行動が読めない。
 常闇のカイナが動く……その言葉は信憑性がある。
 だが、奴と組む気は毛頭ない。
 今は……奴と常闇のカイナ双方に備え、戦力を上げる時だ。
 
「もう二度と、三夜の町のような不幸は起こさせない。アメーダ、協力
を頼む。メルザ、皆を導いてくれ」

 ルーン女王法治国家。
 トリノポート大陸に新たに打ち立てた国を、俺たちは守り繁栄させていく。
 多くの仲間が安寧に暮らすために。
 
「では、アメーダは早速受け入れの準備とレンズの設置に関する事項をムーラ様
に伝えに参るのでございます。ご用向きがあればいつでもお呼びだてして
欲しいのでございます」
「有難う。助かるよ。今度十分労わせてくれ」
「有難き幸せでございます」
「メルザ。カカシの……お参りにいこう」
「わかった。カルネも連れてくぞ」
「ああ。俺がおんぶするよ」
「うーん。カルネ、ぱぱっこなんだよな。いつもツインツインって。ずりーなぁ」
「おいおい。それは普段俺がいないからだろうに。カルネ。行くぞ」
「ツイン。パーパ。お鼻」
「俺の鼻はお前らに大人気だな……いででで! だから伸びるって! お茶の水博士に
なるだろう!」
 
 どういうわけか子供たちはやたらと俺の鼻を引っ張るのが好きで、そろそろ付け鼻
を用意した方がいいんじゃなかろうかと思っている。
 
 ――鼻を引っ張られつつカカシの居る畑エリアへ向かう。
 カカシの周辺には、洞庭藍の花が満遍なく咲いていた。

「綺麗だな……」
「ああ。ルインが俺様に届けてくれた花だ……」

 満遍なく青紫色の花が輝きを放ち、辺り一面をいい香りが包むこの場所で。
 俺はロキの手紙の内容が頭から離れずにいた。
 ブンブンと首を振り、カルネに指を握られる。

「俺のお鼻より、こっちのお花がいいだろう。カルネにだってよく似合う」
「ツイン。お鼻、お花?」
「そう、お花。この花を見ると、試練の事も思い出すな……俺に足りないものか……」
「ルイン?」
「いや。いいんだ。今このひと時は、三人で、こうしていよう……」

 メルザと肩を寄せ、カルネと三人。
 こうしていられる時は短い。
 それでも俺はこのひと時を過ごせた事に感謝し、生きている現世の喜びを
嚙み締めたのだった。
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