離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚

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第3章 「公爵家の大宴会と揺れ動く想い」

19話

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1.開宴前夜――静寂に潜む鼓動

 年末の大宴会を翌日に控えた夜、ヴェルノア公爵邸の中はいつにも増して慌ただしかった。
 明日の準備に追われる使用人たちが、廊下を忙しなく行き交い、膨大な量の食材や装飾品、贈答品などが各所に運び込まれている。
 その様子を見ながら、私は落ち着かない気持ちを抱えていた。

 ――昨夜、ベガが「宴が終わったら、お前と話したい」と言ってくれた。
 彼がどんな言葉を伝えたいのか、私にはまだわからない。けれど、恐らく“離婚”という二文字が絡む話になることは間違いないだろう。
 仮面夫婦として始まった私たちが、いまや互いに相手の存在を強く意識するようになっている。その変化に気づいたからこそ、私たちは新しい関係へ進むのか、それとも元の約束通り離婚という道へ踏み出すのか――。

「……落ち着かないわね」

 自室の窓から外の暗い景色を見下ろしながら、私はぽつりと呟いた。
 今宵は雲が低く垂れ込め、星は見えない。遠くから一瞬だけかすかな雷鳴のようなものが聞こえたが、雨足は弱く、そこまでひどい天気にはなっていない。
 宴の当日は晴れてほしいけれど、こればかりは天に祈るしかない。

 背後でノックの音がする。

「アルタイ様、お茶をお持ちしました」

 侍女のリュネが銀のトレーを抱えて入室してくる。甘いハーブティーの香りがふわりと漂った。

「ありがとう。ちょうど喉が渇いていたところよ」

 私は机の傍に腰を下ろし、リュネが淹れてくれた温かな茶を一口すする。ほっとする甘さと、心身を落ち着ける香りが広がった。

「明日は大変な一日になりますわね。アルタイ様もベガ様も、ついにお披露目のような形ですし、周囲からはさまざまな視線が向けられるでしょう」

「そうね……。これまでも私たちは“公爵令嬢と辺境伯”として社交界で噂にはなっていたけれど、明日は大勢の目の前で並んで立つことになる。きっと隅々まで観察されるでしょうね」

 リュネは気遣わしげに顔を曇らせる。

「噂話をなさる方々は、どうしても面白半分に話を膨らませようとしますもの。ですが、アルタイ様は堂々としておられればよいのです。ご主人様方の本当の気持ちまでは、誰にもわかりませんものね」

「リュネ……そうね、ありがとう」

 私は穏やかに微笑んだ。
 近頃の私は、いざというとき気持ちが揺らぐことが多い。でも、リュネの言葉通り、最後に何を選ぶかは自分で決めるしかない。周囲がどれほど騒ごうとも、私の思いを自分で見極めたい。

「失礼します。アルタイ様、ベガ様からお言付けがございます」

 ドアの外から別の侍女が控えめに告げる。続けて聞こえた内容に、私の胸は少し高鳴った。

「“そろそろ休め。あまり無理をして体調を崩すな”……と。それから、『自分も早めに寝るから心配するな』ともおっしゃっていました」

「ふふ、わかりました。……ありがとう」

 なんだか可笑しくて、私は微かに笑ってしまう。わざわざ人を介して伝えるなんて、まるで素直ではないけれど、要は「お前のことが心配だ」ということだろう。

(本当に、らしくないのに。けれど、それが嬉しい)

 私は心の中でそう呟きながら、お茶を飲み干し、明日に備えて早めに就寝の準備を進めることにした。
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