離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚

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第3章 「公爵家の大宴会と揺れ動く想い」

36話

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遠い雷鳴

 宴の前日。天候はあいにくの雨模様で、空には雲がかかり、時折かすかな雷鳴が響いている。
 王都は年末の祝祭ムードに沸いているものの、この天気のせいかやや活気が削がれているような気がした。
 私は邸内を巡回しながら、使用人たちが宴の準備を進めている様子を確認していた。キャンドルや花の装飾、料理の下ごしらえ、招いた楽師たちの練習など、やることは山積みだ。

「ふう……なんとか間に合いそうね」

 大広間の飾りつけを見渡し、私は胸を撫で下ろす。
 ここは明晩、百名を優に超える来客で溢れかえるはず。その中心には、父ガイド・ヴェルノア公爵と、そして私と――ベガ・アルシェール辺境伯侯爵。

「アルタイ様、こちらの花の色合いはいかがでしょうか? もう少し赤を増やしたほうが華やかに……」

「ええ、いいと思います。ぜひそうしてください。あと、食事の順番については料理長ともう一度相談を……」

 使用人たちとのやり取りをこなしながら、私は心の奥で明日のことを思う。
 ベガと私が揃って公の場に登場するのは、実に久々だ。ここで私たちは、一体どんな夫婦を演じればいいのだろう。そもそも、まだ“演じる”という段階に甘んじていていいのか。

(こんなに悩む自分がいるなんて、知らなかった。私はずっと割り切って生きてきたはずなのに……)

 すると、不意に背後から聞き慣れた足音が近づいてくる。振り向くと、そこにはベガが立っていた。
 最近は体調が回復したからか、彼もこうして邸内の様子を見に来ることが増えている。

「どうだ、準備は順調か?」

「ええ、今のところ問題なしです。貴方は体の具合、もう大丈夫なのですか?」

「少し痛みは残っているが、もう慣れた。むしろ、ここ数日は気が張っているからかもしれんが、不思議と調子がいいくらいだ」

 そう言ってベガはわずかに笑みを浮かべる。その顔は、私が初めて出会ったころの印象――“無骨そうな戦士”――とは随分違う柔らかさを帯びているように感じた。

「明日は大いに騒がれるかもしれないが、俺は堂々と振る舞うつもりだ。戦に参加した者として、報告すべきことは報告するし、社交の場では相応に礼を尽くすつもりだ」

「頼もしいお言葉ですわ。私も、貴方の隣に恥じぬよう努めたいと思います」

 私がそう返すと、ベガはわずかに言葉を詰まらせ、何かを言いかけてから口を閉じる。
 その微妙な仕草に、胸がちくりと痛む。

(どうして私はこんなにも彼を意識してしまうのだろう……。もう“離婚するかもしれない相手”なんて、単純には割り切れない)

 外の空は依然として雷雲が垂れ込め、時折遠くで稲光が見える。
 明日の宴は果たして晴れるのか、それとも――。

 そんな不安と期待を胸に抱きながら、私たちは大広間を後にする。
 今はまだ、嵐の前の静けさに過ぎないのかもしれない。けれど、もう後戻りはできない。私もベガも、自分の気持ちに向き合い、そして決断を下さなければならない時が近づいている。
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