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17話
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――王太子アレクシオンと、平民の少女ミーナの“真実の愛”が崩れ去り、彼らが自らの不正や傲慢によって失墜したあの日から、幾日かが過ぎた。
私はアルグレイン男爵家の屋敷で、夫であるジークフリート・アルグレインとともに、穏やかな朝を迎えている。
「おはようございます、クレスタ」
執務前に私の部屋を訪れたジークフリートは、相変わらず落ち着いた声で言う。
――けれど、以前のような冷淡さはもう感じない。
彼は私が眠っている間に領地の報告書を読み込んでいたようで、やや寝不足の顔をしているものの、その瞳にはどこか柔らかな光が宿っていた。
「おはようございます、ジークフリート様。今朝はだいぶ早いのですね。もうお仕事を?」
そう尋ねると、彼はわずかに苦笑しながらうなずく。
「領地から届いた書簡を確認していた。最近は王太子関連の混乱も落ち着き始めているし、そろそろ俺たちも本格的に次の手を打たなければならない」
「そう、ですね……。王太子殿下の“査問”は続いているようですが、いまのところもう私たちを陥れるような動きはないですし」
――あの日、王太子が主導した集会で、彼は自らの不正や矛盾を暴かれて自滅した。
当然、私への理不尽な疑惑など一蹴され、逆に「王太子こそが不正を働き、平民のミーナを利用した」とまで言われる始末。
ミーナも大衆の前で“清廉潔白の平民”などではなく、裏金の流れに関係した可能性が高いと疑われ、今や王宮の外れで保護──という名の監視を受けているらしい。
もう、あの二人が私たちの前に立ちはだかることはない。むしろ、王太子としての地位を剥奪される危険さえある。
私はかすかに首を振りつつ、心の中で呟く。
(……これで本当に終わったんだ。長かった婚約破棄の呪縛も、あの二人の無責任に振り回される日々も)
胸に広がるのは解放感と、そしてジークフリートへの感謝。
彼こそが私を守り、二度と傷つかないよう手を尽くしてくれた。
そんな彼の横顔を眺めていると、不意にジークフリートが口を開く。
「今日の午後、少し時間が取れそうだ。天気もいいし、以前話していた“丘の上の砦”を見に行かないか?」
「丘の上の砦……ですか? そういえば、領地の古い地図に載っていましたね」
もともと戦乱の時代に国境沿いを守るために築かれた砦が、今は半ば観光資源のように残されているのだと、彼から聞いたことがある。
「遠くまで見渡せる場所だ。うちの領地だけでなく、隣接する地域の様子もわかる。……少し景色を眺めながら、ゆっくり話をしよう」
「はい、ぜひご一緒したいです」
以前の私なら、“仮面夫婦”の距離感を保とうとして、こういう誘いを遠慮したかもしれない。
でも今は違う。私は彼といろいろな景色を見て、いろいろな話をしてみたい。
その思いを素直に口にできるようになったのは、きっとあの日の出来事──特務機関や彼の想いを打ち明けられた日が大きいのだろう。
ジークフリートはわずかに微笑んで「じゃあ昼過ぎに馬車を用意させる」と言い、書斎へ戻っていった。
午後、準備を整えた馬車が屋敷の前に停まり、私とジークフリートは領の北側にある丘へ向かった。
護衛は最小限にし、使用人の侍女が一名同行するだけの控えめな行程だ。
馬車が軽やかに走り出し、少しずつ標高の高い道を進んでいく。道端には緑が生い茂り、小川や農地、遠くの集落がのどかな風景を織りなしていた。
「クレスタ、おまえは王都以外の土地をゆっくり見るのは初めてだろう」
「はい。婚約者だったころは、王太子殿下の行事に合わせてしか動けず、こうして自由に各地を回ることはできませんでしたから……。すごく新鮮ですわ」
窓から外を眺めながら答えると、ジークフリートは小さく頷く。
「これだけの広さがある国だ。王都での権力争いだけがすべてではない。人々の暮らしは、こうした自然の中でも日々営まれている。……おまえが一歩ずつ目を向けてくれれば、俺としても嬉しい」
その言葉に、私は心が温かくなるのを感じる。
やがて馬車は丘の麓で停まり、あとは馬を下男に預けて短い坂道を歩くことになった。
人が通る道は整備されており、両側には低い柵が設けられている。
木漏れ日の差し込む道を、私とジークフリートは肩を並べてゆっくり進んだ。
侍女は少し後ろを歩き、必要があれば助けてくれるよう待機している。
「結構、息があがりますね……普段はこんな坂道を歩くことがないから」
「焦らずにゆっくり行こう。砦の跡地まで登れば、素晴らしい景色が広がっているはずだ」
ジークフリートはそう言いながら、私の腕を支えてくれる。手のひらから伝わる体温が、妙に心強い。
王太子との婚約時代、“手を貸します”と形式的に差し伸べられた手とはまるで違う。ここには確かな優しさがあった。
程なくして、丘の上の広場のような場所に出る。そこに石造りの古い壁と塔が見え、かつての砦の名残を感じさせた。
さすがに戦乱の時代からは大きく改装されているようで、一部は展望台のようになっている。
ジークフリートと私はそこへ上がり、遠くを見晴らす。
「わあ……!」
思わず小さく声をあげた。どこまでも続く木立と畑、そこに点在する村々。その先には山並みが連なり、さらに遠くには川のきらめきが見えた。
私はアルグレイン男爵家の屋敷で、夫であるジークフリート・アルグレインとともに、穏やかな朝を迎えている。
「おはようございます、クレスタ」
執務前に私の部屋を訪れたジークフリートは、相変わらず落ち着いた声で言う。
――けれど、以前のような冷淡さはもう感じない。
彼は私が眠っている間に領地の報告書を読み込んでいたようで、やや寝不足の顔をしているものの、その瞳にはどこか柔らかな光が宿っていた。
「おはようございます、ジークフリート様。今朝はだいぶ早いのですね。もうお仕事を?」
そう尋ねると、彼はわずかに苦笑しながらうなずく。
「領地から届いた書簡を確認していた。最近は王太子関連の混乱も落ち着き始めているし、そろそろ俺たちも本格的に次の手を打たなければならない」
「そう、ですね……。王太子殿下の“査問”は続いているようですが、いまのところもう私たちを陥れるような動きはないですし」
――あの日、王太子が主導した集会で、彼は自らの不正や矛盾を暴かれて自滅した。
当然、私への理不尽な疑惑など一蹴され、逆に「王太子こそが不正を働き、平民のミーナを利用した」とまで言われる始末。
ミーナも大衆の前で“清廉潔白の平民”などではなく、裏金の流れに関係した可能性が高いと疑われ、今や王宮の外れで保護──という名の監視を受けているらしい。
もう、あの二人が私たちの前に立ちはだかることはない。むしろ、王太子としての地位を剥奪される危険さえある。
私はかすかに首を振りつつ、心の中で呟く。
(……これで本当に終わったんだ。長かった婚約破棄の呪縛も、あの二人の無責任に振り回される日々も)
胸に広がるのは解放感と、そしてジークフリートへの感謝。
彼こそが私を守り、二度と傷つかないよう手を尽くしてくれた。
そんな彼の横顔を眺めていると、不意にジークフリートが口を開く。
「今日の午後、少し時間が取れそうだ。天気もいいし、以前話していた“丘の上の砦”を見に行かないか?」
「丘の上の砦……ですか? そういえば、領地の古い地図に載っていましたね」
もともと戦乱の時代に国境沿いを守るために築かれた砦が、今は半ば観光資源のように残されているのだと、彼から聞いたことがある。
「遠くまで見渡せる場所だ。うちの領地だけでなく、隣接する地域の様子もわかる。……少し景色を眺めながら、ゆっくり話をしよう」
「はい、ぜひご一緒したいです」
以前の私なら、“仮面夫婦”の距離感を保とうとして、こういう誘いを遠慮したかもしれない。
でも今は違う。私は彼といろいろな景色を見て、いろいろな話をしてみたい。
その思いを素直に口にできるようになったのは、きっとあの日の出来事──特務機関や彼の想いを打ち明けられた日が大きいのだろう。
ジークフリートはわずかに微笑んで「じゃあ昼過ぎに馬車を用意させる」と言い、書斎へ戻っていった。
午後、準備を整えた馬車が屋敷の前に停まり、私とジークフリートは領の北側にある丘へ向かった。
護衛は最小限にし、使用人の侍女が一名同行するだけの控えめな行程だ。
馬車が軽やかに走り出し、少しずつ標高の高い道を進んでいく。道端には緑が生い茂り、小川や農地、遠くの集落がのどかな風景を織りなしていた。
「クレスタ、おまえは王都以外の土地をゆっくり見るのは初めてだろう」
「はい。婚約者だったころは、王太子殿下の行事に合わせてしか動けず、こうして自由に各地を回ることはできませんでしたから……。すごく新鮮ですわ」
窓から外を眺めながら答えると、ジークフリートは小さく頷く。
「これだけの広さがある国だ。王都での権力争いだけがすべてではない。人々の暮らしは、こうした自然の中でも日々営まれている。……おまえが一歩ずつ目を向けてくれれば、俺としても嬉しい」
その言葉に、私は心が温かくなるのを感じる。
やがて馬車は丘の麓で停まり、あとは馬を下男に預けて短い坂道を歩くことになった。
人が通る道は整備されており、両側には低い柵が設けられている。
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