婚約破棄されたので、愛のない契約結婚を選んだはずでした

鍛高譚

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第4章 愛のない結婚のはずだったのに

29話

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新たなる日々へ――

 翌朝。
 ヴァレンシュタイン公爵家はいつもと変わらぬ朝を迎えたが、その空気感は微妙に違っていた。何より、公爵夫人であるカーテンリンゼが柔らかい微笑みを湛えながら廊下を歩く姿に、使用人たちが目を丸くしている。
 「あら、おはようございます。今日は早いのですね、公爵夫人様……」
 「あら、そうかしら。いつもどおりだと思うけれど……」
 そう答える声はいつになく優しく、侍女たちが思わず胸をときめかせるほどの“甘さ”を含んでいる。

 まるで氷が溶けたようだ――そう表現するのが適切かもしれない。かつて“冷たい人形姫”と呼ばれたカーテンリンゼが、今では自分の感情を素直に表に出せるようになり始めている。
 そして、レオポルドもまた変わった。軍務で忙しいことは変わらないが、できる限り邸に戻り、夫人と食事を共にしたり、書斎で話し合いをしたりするようになった。以前よりもずっと柔らかな表情を浮かべることが増え、使用人たちは驚きつつも喜んでいた。

 もちろん、王太子エドワルドの件はまだ完全に決着したわけではない。彼は王都から一時的に退き、心身を整えるという名目で静養しているが、復帰後にどう動くかはわからない。だが、カーテンリンゼはもう不安を感じていなかった。自分の意思を貫き、レオポルドと共に歩む道を選んだからだ。
 ――もし、また何か騒動が起こったとしても、この人となら乗り越えられる。そう思えるだけの強さと温もりを手に入れたのだから。

 ある日の午後。二人は館の庭園を散策していた。かつては無関心だったはずの花や緑が、今はどこか愛おしく映る。レオポルドはカーテンリンゼの手をさりげなく取りながら、庭のベンチに誘った。
 「……王太子がいつ復帰するかは未定らしいが、まあ、その頃には私たちも堂々と“本当の夫婦”として迎え撃てる。もう何の迷いもないな」
 冗談まじりの口調に、カーテンリンゼはくすっと笑う。
 「ええ。もう迷わない。契約結婚なんて言葉は、はるか昔のことに思えるわ」

 そう言いながら、カーテンリンゼはふとレオポルドの肩に寄りかかる。彼は驚きながらも、すぐに受け入れて肩を抱き寄せる仕草を見せる。
 「……あなたと共に在りたい。それが私の、たったひとつの望みよ」
 小さな声で告げた言葉に、レオポルドの腕の力が強まる。やわらかな風が庭を吹き抜け、二人の髪と衣服をなびかせる。

 ――愛はないはずだった。干渉しない、形だけの婚姻で十分だと思っていた。
 けれど、人の心とは予想もつかないほど変わっていく。運命の歯車が回りだせば、それは止まることなく二人を近づけ、互いの心を照らし合わせるのだ。
 「ありがとう、カーテンリンゼ。お前と出会えて、本当によかった……」
 レオポルドがそう呟き、そっと頬に口づけを落とす。その甘い余韻が、幸せという名の温かさを彼女の中に広げていく。

 春の陽射しがやわらかく庭を照らし、花の香りが二人を包む。もう“白い結婚”ではない。真っ赤に燃える情熱で結ばれた公爵夫妻の物語が、ここから本当の意味で始まるのだ。
 たとえ過去に傷や迷いがあっても、互いを思う気持ちがあれば、未来はきっと明るい。これから先、どんな困難が訪れようとも――公爵夫人はもう、ひとりではない。
 そう確信しながら、カーテンリンゼはレオポルドと共に、新たな世界へと歩みを進めていく。
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