婚約破棄は了承済みですので、慰謝料だけ置いていってください

鍛高譚

文字の大きさ
26 / 28
第4章:終局と新生

4-2

しおりを挟む
4-2 影の謎を解くための盟友との邂逅

翌朝、朝靄が王都の石畳を柔らかく照らす中、アナスタシアは昨夜の出来事を胸に秘めながら、すぐさま公爵家の重要会議室へと足を運んだ。会議室には、彼女の側近であり、長年にわたり魔術や家伝の知識を継承してきた老魔術師エルディン、忠実な侍女長ミリアム、そして父公爵自らが待機していた。アナスタシアは、昨夜の謎めいた襲撃と、消えた魔術の手紙について、全てを報告する決意を固めていた。

「昨夜、私の書斎で受け取ったあの手紙……あれは単なる悪戯ではなく、何者かが意図的に送り込んだものだと感じます。あの魔術の技法は国内の常識をはるかに超え、異国の密伝に由来するものとしか思えません」
  アナスタシアの声は、冷静ながらも決然とした響きを持っていた。エルディンは深いしわを刻んだ額をわずかに動かしながら、古びた魔導書の中から該当する記述を探り始めた。
  「確かに……この技法は、かつて東方の辺境に伝わる秘儀『虚無転写』と呼ばれるもので、使用者が意図的に文字を一瞬にして消滅させるというものです。通常は極秘の儀式の中でしか用いられず、ここで我々の目の前に現れるとは、極めて異例である」
  エルディンの言葉に、父公爵も厳しい面持ちで頷いた。ミリアムは、かすかな不安を隠せずに俯きながらも、「一体、誰が……または何のために、私どもにこうした暗号を送ってきたのでしょうか」と問いかける。
  アナスタシアは、すぐに答えを見出すことはできなかったが、自らの内にある覚悟を新たにして、こう続けた。
  「私には、この謎の真相を解明する責務がある。もし、我々の家や王国全体に危機が迫っているのならば、早急にその根源を突き止めねばなりません。単なる偶然では済まされぬ、計算された陰謀の匂いがしますわ」
  会議室内は、一瞬の静寂に包まれた後、各々が資料や古文書に目を通し始めた。エルディンは、過去の秘儀に関する記録と、家中に伝わる魔道具の一覧を丹念に調べ、手紙に使われた特殊な薬剤の痕跡と、封印に残る微細な魔力の流れを解析していった。その解析結果は、手紙がただ単に「会いたい」「救い」という言葉を告げるだけではなく、背後に潜む複数の意味が含まれている可能性を示唆していた。

「もし、この技法が本当に異国の密伝に基づくものであるならば、送り主は我々の知らぬ勢力に属している可能性が高いです。もしかすると、王国の外部、あるいは国内に潜む反逆者や密偵……いや、もっと深い狙いを持つ者かもしれません」
  エルディンの慎重な口調に、父公爵の眉はますます険しくなった。公爵家は長い歴史と伝統を誇るが、近年、王都内外における政治的緊張が高まっている中で、家の威信が揺らぐことはあってはならない。
  「我々は、この手紙の謎を解くと同時に、同様の魔術的手口が使われた痕跡がないか、王宮内外のあらゆる場所を徹底的に洗い直さねばならぬ。もし、誰かが公爵家を標的にしているのならば、その意図を明らかにする必要がある」
  父公爵の厳粛な声に、部屋に集う一同は皆、覚悟を決めた様子で頷いた。ミリアムは「私も、これまでの経験から、何か不審な動きがあればすぐに知らせる準備を整えております」と力強く宣言した。
  その後、アナスタシアは自らの身辺の安全確保のため、ガブリエル・リンデンバウア侯爵家の青年とも再度面会する決意を固めた。先日の舞踏会での彼との出会いは、彼女にとって新たな希望の光となったからである。ガブリエルは、王国軍の一端を担い、警備や治安維持の任務に携わる傍ら、紳士としての品格と知性を兼ね備えており、今回の事件に関しても、重要な情報源となり得る存在であった。
  「私も、できる限りの情報を提供いたします。昨夜の舞踏会で、幾人かの不審な人物の動向が見受けられたと、我々の部下が報告しておりました。特に、黒い外套に身を包んだ一人の男……その男の動きは、明らかに計算されたものであり、単なる盗賊ではないと考えられます」
  ガブリエルの報告は、アナスタシアの胸に再び警戒心を呼び起こした。彼女はガブリエルの誠意と能力に信頼を寄せるとともに、今後の捜査において、彼との連携をより一層深める決意を新たにした。
  「あなたの助力は、私にとって非常に心強いものです。もし、あなたがその黒い外套の者に心当たりがあれば、直ちに私まで連絡をくださいますようお願い申し上げます。私たちは、共にこの謎を解き明かし、我々の未来を守らねばならぬ」
  ガブリエルは深く頷き、誓いのような眼差しでアナスタシアを見つめた。会議室に集う全員が、一致団結してこの不可解な事件に立ち向かう覚悟を示す中、アナスタシアはふと、昨夜の幻のような声や影、そしてその消えた文字の断片が、今後の運命に重大な影響を及ぼす鍵であると直感した。
  「真実は、必ずどこかに隠されている。私たちは、その一片一片を丹念に拾い上げ、全貌を明らかにしなければならないのです」
  その言葉とともに、会議室内には厳かな決意と緊迫した空気が漂い始めた。エルディンは、古文書の中に記された類似の魔術儀式の記述をさらに詳しく解読するため、夜明けまで徹夜で調査を続けると宣言し、ミリアムと父公爵も、それぞれの立場から捜査体制の強化に動き出すこととなった。
  こうして、王国全体に潜む陰謀の兆しに対して、公爵家は迅速かつ秘密裏に動き出した。アナスタシアは、己の知識と信頼する仲間たちの力を結集し、これから襲いかかる試練に立ち向かう準備を着々と進めていった。彼女の瞳には、過去の裏切りや痛みを乗り越えた先にある、新たな未来への希望と覚悟が、静かに、しかし確かに灯っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意

王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました

水上
恋愛
【全18話完結】 「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。 そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。 自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。 そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。 一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう

さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」 殿下にそう告げられる 「応援いたします」 だって真実の愛ですのよ? 見つける方が奇跡です! 婚約破棄の書類ご用意いたします。 わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。 さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます! なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか… 私の真実の愛とは誠の愛であったのか… 気の迷いであったのでは… 葛藤するが、すでに時遅し…

婚約破棄された令嬢が呆然としてる間に、周囲の人達が王子を論破してくれました

マーサ
恋愛
国王在位15年を祝うパーティの場で、第1王子であるアルベールから婚約破棄を宣告された侯爵令嬢オルタンス。 真意を問いただそうとした瞬間、隣国の王太子や第2王子、学友たちまでアルベールに反論し始め、オルタンスが一言も話さないまま事態は収束に向かっていく…。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

処理中です...