公爵令嬢、妹の婚約者の誘惑を拒否したら追放されました ~でもなぜか私の方が成功しています~

鍛高譚

文字の大きさ
1 / 8

第1章:婚約破棄と姉への裏切り

しおりを挟む


ヴェルナー公爵家の大広間は、今宵の祝宴のためにまるで一幅の絵画のように豪華に装飾されていた。高い天井からは無数のシャンデリアがぶら下がり、その煌めきは、まるで夜空に散りばめられた星々のように輝いている。大理石の床は、来客の足音に淡く反響し、テーブルには色とりどりの生花が飾られ、豪華な料理が美しく並べられていた。格式高い貴族たちは、上質なワインを片手に、笑い声と談笑が絶えない中で、家の未来を祝福するかのようにその場に集っていた。

この祝宴の主役は、公爵家の次女であるラフィーネ・ド・ヴェルナーと、彼女の婚約者アルベルト・フォン・ローゼンベルク侯爵令息であった。婚約の発表は、家の伝統を継ぐ大事な儀式として、すでに多くの賓客の注目を集めていた。ラフィーネは、その美貌と上品な所作で、将来の継承者として周囲から期待され、祝福の声を浴びていた。しかし、同じ家に暮らす長女、セラフィーナ・ド・ヴェルナーは、外見も知性も申し分なくも、いまだ婚約者がいないため「行き遅れ令嬢」と嘲笑され、貴族社会の偏見に苦しんでいた。

セラフィーナは、実際には家の領地経営と商会の運営を一手に引き受け、家に莫大な収益をもたらしていた。彼女の手腕によって、ヴェルナー家は幾多の困難を乗り越えてきたが、その事実は貴族社会においては「適齢期を過ぎても婚約者がいない=価値がない」という偏見の下、冷ややかな視線で見られるだけであった。

宴会の始まりからしばらく、ラフィーネは美しい金髪をなびかせながら、華やかな衣装に身を包み、楽しげに他の親族たちと談笑していた。彼女は、自身の婚約発表を誇らしく感じると同時に、家の未来を背負う存在としての責任感をも内心では感じていた。しかし、どこか心の奥底には、姉セラフィーナが家を支える実力の高さに対する複雑な感情――嫉妬と劣等感、そして密かに抱いていた憧れが入り混じっていた。

――そんな中、祝宴の華やかな雰囲気の中で、一人の男がゆっくりと近づいてくる。その男、アルベルト・フォン・ローゼンベルクは、整った顔立ちに洗練された服装、そして品位ある振る舞いで、誰もが憧れる存在であった。だが、彼の瞳の奥には、表向きの優雅さとは裏腹に、計算された狙いと、わずかな冷徹さが潜んでいた。

アルベルトは、ラフィーネと談笑しているセラフィーナのそばに近づくと、低い声で話し始めた。

「セラフィーナ……君は、実に美しい。君の知性、気高さ、そしてその儚げな孤高の雰囲気は、まるで夜空に輝く星のようだ。僕は、ずっと君に惹かれている。君こそ、本当の運命の相手だと、心から信じているんだ」

その言葉を口にした瞬間、セラフィーナは一瞬、冷静さを失いかけたが、すぐに内心の強い責任感と、家を守る決意を思い起こし、表情を引き締めた。

「……ラフィーネの婚約者として、何の用があるのですか?」
と、セラフィーナは、淡々と返す。しかしアルベルトは、さらに近づき、甘い笑みを浮かべながら、さらに口上を続ける。

「僕は本気だ。君となら、ラフィーネとの婚約なんて、ただの形式だ。君が本当に僕のそばにいてくれるなら、すぐにでもその婚約を破棄する。君は、僕の真実の愛だ。君も、心のどこかで僕に惹かれているはずだ」

アルベルトは、セラフィーナの手を取り、さらに腰に手を回すと、力強く彼女を自分の方へ引き寄せようとした。その瞬間、セラフィーナは、驚愕と怒りが入り混じった表情で叫んだ。

「やめて! 離してください!」

しかしアルベルトは、彼女の必死の拒絶を受け流さず、さらに顔を彼女に近づけ、無理やりキスを迫る。宴会場の笑い声や談笑が一瞬、凍りついたように静まり返った。セラフィーナは、もう耐えかねたのか、鋭い一撃を放つ。
パシッ!
その音が、闇夜の静寂を切り裂いた。セラフィーナの平手打ちは、アルベルトの頬を激しく打ち、彼は痛みと恥ずかしさで顔を歪めた。

「ふざけないで! 君は、ラフィーネの婚約者であるはずじゃないか!」

アルベルトは、頬に手を当てながら、慌てた様子で取り繕おうとする。彼は、すぐさま声を震わせながら、状況を打開しようと必死に言い逃れを始めた。

「ラフィーネ……聞いてくれ。実は、君の姉が……あの、突然僕に迫ってきたんだ。僕が拒否しようとしたら、彼女は暴力的な態度で迫ってきた。だから、僕は……」

アルベルトの言葉は、言い逃れと嘘が混ざり合い、会場の隅で偶然その場にいた一人の人物の耳に入った。ラフィーネである。彼女は、アルベルトのでたらめな説明を信じ込むように、驚愕とともに次第に怒りが込み上げるのを感じた。

ラフィーネは、すぐに立ち上がり、アルベルトに向かって厳しい声で叫んだ。

「なんてことなの! どうしてあの姉が、私の婚約者に手を出すの? 信じられないわ! 私の大切な婚約者に、あんな行動を取らせるなんて、絶対に許せない!」

ラフィーネの声は、広間全体に響き渡り、周囲の者たちは一斉に驚いた表情を浮かべ、ざわめき始めた。アルベルトは、顔を赤らめ、焦りながら「いや、いや、誤解だ、誤解なんだ!」と必死に言い訳を重ねた。しかし、その言葉に耳を傾ける者は少なく、噂は瞬く間に広まっていった。

その瞬間、セラフィーナは、深い悲哀と裏切られた苦悩に満ちた瞳をラフィーネに向け、静かだが鋭い声で語りかけた。

「ラフィーネ、そんな噂に流されないで。私がそんな行動をするなんて、決してありえない。あなたは、私たちの家族の未来と、あなた自身の尊厳を守るべきよ。アルベルトの甘い言い逃れに簡単に騙されるなんて、あなただけの責任だわ」

しかし、ラフィーネの心は既にアルベルトの嘘に染まっていた。彼女の内面には、これまで蓄積された不安と嫉妬、そして自分の婚約者に対する理想があり、今やその矛先は、全て姉セラフィーナに向けられていた。

「どうして、あの姉が私の婚約者に手を出すの? あなたは、私の大切な婚約者を守るべきじゃないの? こんな不誠実な行動をする女なんて、絶対に家にいてはならないわ!」

ラフィーネの激しい非難は、会場内の空気を一層冷たく凍らせた。多くの客人がその言葉に耳を傾け、噂が一気に広がる中で、アルベルトの取り繕いも虚しく、彼の顔には失望と焦燥が刻まれていた。

「違う! そんなことは、僕は絶対にしていないんだ! あれは……」
と言いかけるアルベルトの声は、ラフィーネの怒りによってすぐに遮られた。

セラフィーナは、深い悲哀と怒り、そして失望に満ちたまなざしで、ラフィーネに向き直る。彼女は、かすかな涙を堪えながらも、毅然たる口調でこう告げた。

「ラフィーネ、私があんな行動をするはずがない。君は、僕の嘘に騙されているだけ。君が本当に守るべきは、私たち家族の名誉と未来だ。アルベルトの言い逃れに惑わされて、私に怒りを向けるなんて、君の判断は間違っているわ」

しかし、ラフィーネの心は既に深く傷ついており、アルベルトの巧妙な嘘にすっかり影響され、彼女の怒りは、セラフィーナへの裏切りとして爆発するかのように燃え上がった。

「もういい! こんな卑劣な姉なんて、見たくもない! 私とアルベルト様が、この家を継ぐのよ! 早く家から出て行って! 行き遅れのあなたは、絶対に許せないわ!」

ラフィーネの叫びは、祝宴の華やかな雰囲気を一変させ、広間の隅々に冷たい視線とざわめきを巻き起こした。多くの者たちが、誰の言うことが本当なのか、その真実を見極めようと戸惑いながらも、今起こった事態の重大さに息を飲んだ。

アルベルトは、ラフィーネの激しい非難に対して、必死に「誤解だ、誤解なんだ!」と声を震わせながら取り繕おうとするが、その口ぶりは、既に品位を欠いた男そのものとして、客人たちの中に冷やかな評価を広げるだけであった。

セラフィーナは、深いため息をつくと、しばらく無言のままその場に立ち尽くした。彼女の瞳には、かつての愛情と信頼を裏切られた痛み、そしてこれからの厳しい未来への覚悟が滲んでいた。胸中に湧き上がる怒りと悲哀を抱えながら、彼女は、ゆっくりとその場から立ち去る決意を固めた。

「……分かったわ。なら、私、ここを去る」

静かにそう告げると、セラフィーナは、アルベルトとラフィーネ、そして周囲の視線を背に、重い足取りでヴェルナー公爵家の門へと向かった。その背中は、今や取り返しのつかない裏切りに対する痛烈な覚悟と、未来への新たな希望を胸に、確固たる決意で満たされていた。

門を出る直前、彼女はふと振り返り、涙をこらえながらも、低い声で誓った。

「絶対に、あなたたちに後悔させてみせる……」

その一言は、今後の彼女の人生における復讐と再起の強い意志として、静かに、しかし確実に胸に刻まれた。セラフィーナは、過去の裏切りと偏見に苦しみながらも、自らの力で新たな未来を築くため、厳しい現実と向き合う覚悟を決して捨てなかったのである。

宴会場に響くラフィーネの怒声、そしてアルベルトの焦燥げな言い逃れの中で、ヴェルナー公爵家の運命は大きく揺れ動いていた。噂は瞬く間に広まり、今後の家族の行方、そして伝統と誇りを担う者たちの真価が問われる時が近づいていることを、誰もが感じ取っていた。

こうして、今宵の祝宴は、ただ華やかな祝福だけではなく、家族間の深い亀裂と裏切り、そしてそれぞれの未来に対する覚悟という、苦い現実を浮き彫りにするものとなった。セラフィーナは、悲哀と怒りを胸に、未来への再起を誓いながら、闇夜の中へと歩み出していった。彼女のその足取りは、いつの日か必ず、裏切りに苦しんだ者たちへの報いと、新たな光をもたらすであろう。

――これが、ヴェルナー家に刻まれる、悲劇と希望の始まりである。


--
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

離婚と追放された悪役令嬢ですが、前世の農業知識で辺境の村を大改革!気づいた元夫が後悔の涙を流しても、隣国の王子様と幸せになります

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢リセラは、夫である王子ルドルフから突然の離婚を宣告される。理由は、異世界から現れた聖女セリーナへの愛。前世が農業大学の学生だった記憶を持つリセラは、ゲームのシナリオ通り悪役令嬢として処刑される運命を回避し、慰謝料として手に入れた辺境の荒れ地で第二の人生をスタートさせる! 前世の知識を活かした農業改革で、貧しい村はみるみる豊かに。美味しい作物と加工品は評判を呼び、やがて隣国の知的な王子アレクサンダーの目にも留まる。 「君の作る未来を、そばで見ていたい」――穏やかで誠実な彼に惹かれていくリセラ。 一方、リセラを捨てた元夫は彼女の成功を耳にし、後悔の念に駆られ始めるが……? これは、捨てられた悪役令嬢が、農業で華麗に成り上がり、真実の愛と幸せを掴む、痛快サクセス・ラブストーリー!

無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……

タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。

婚約破棄の慰謝料として『王国の半分』を要求したら、本当にくれたので、今日から私があなたの女王様です

唯崎りいち
恋愛
婚約破棄の慰謝料に 「王国の半分」を要求したら、 ゴミみたいな土地を押し付けられた。 ならば――関所を作りまくって 王子を経済的に詰ませることにした。 支配目当ての女王による、 愛なき(?)完全勝利の記録。

処理中です...