王太子に愛されないので、隣国王子に拾われました

鍛高譚

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第3章:舞踏会の夜、揺れる王太子妃の座

3-1

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 豪奢なシャンデリアがきらめく大広間に、上流貴族たちの笑い声と華やかな音楽が混じり合い、熱気を帯び始めていた。
 オデットは扉近くの位置で、来場者への挨拶をしつつ、ちらりとホール内の様子を窺う。
 フロア中央では既にダンスが始まっている。初めは貴族の若い男女が、次々と華やかなステップを披露していたが、やがて中高年の貴婦人や紳士たちも加わり、曲の調べに合わせて優雅に舞っていた。
 横目に見える愛人ミレイユの真紅のドレスが、まるで血のように鮮やかに視界を染める。王太子アルベールは彼女の腰に手を回しながら、満足そうに笑っている。
 (公然と愛人を連れて現れるなんて……。それでも、これがいまの宮廷の“現実”)
 オデットは自分の胸に小さく言い聞かせるように、深い息を吐いた。
 ちらちらと周囲から向けられる視線には、同情や嘲笑、そして“オデットは本当に大丈夫なのか”という好奇が入り混じっている。それでも、オデットは毅然とした態度を崩さない。
 ――今宵、彼女が主役として挨拶をする場面がいずれ訪れる。そこがこの舞踏会の一つの山場であり、オデットにとっての試金石だ。
 成功に導けば、「アルベールの愛人がいようとも、自分は王太子妃としての品格を備えている」と周囲に知らしめることができる。一方、もし失敗すれば、“愛されぬ形だけの妃”として、さらなる嘲笑の的になるだろう。

 ふと、視界の端に初老の男性――宮廷司礼官が近づいてくるのが見えた。彼は少し緊張した面持ちでオデットに耳打ちする。
 「オデット様、そろそろ次の曲が終わりましたら、王太子殿下のご意向により、開会の挨拶と乾杯の音頭をお願いしたく存じます」
 「かしこまりました。では、あちらの準備が整いましたら合図を……」
 オデットが静かに答えると、司礼官は安堵の表情を浮かべて去っていく。今宵の舞踏会は、表向きには「王太子殿下が主催」だが、実質的な采配はほぼ全てオデットの手に委ねられている。
 アルベールも、こうした場では本来ならホスト役として来客を迎えねばならないはずだが、彼はとっくにミレイユとの逢瀬を楽しむ方を優先しているようだ。
 (あれでよく“次期国王”としてやっていけるわね……)
 口にこそ出さないものの、オデットの中には呆れと苛立ちが滲む。もちろん、今はそれを表に出してはいけない。王太子妃候補としての役割を全うするしかないのだ。

 大広間の中央では、貴族たちが曲の終わりとともに一斉にポーズを決め、拍手が沸き起こっている。これを合図に、オデットはそっと司礼官に目配せをした。
 すかさず司礼官が壇上の端へ進み出て、貴族たちの注意を引くように声を張り上げる。
 「レディス・アンド・ジェントルメン! 今宵の舞踏会を主催なさっている、王太子殿下に代わりまして、王太子妃候補であるオデット・ド・ブランシュフォール様よりご挨拶をいただきます!」
 その一声で、ざわざわとしていた大広間がピタリと静まる。人々の視線がオデットへ向けられた。
 (やるしかない……)
 オデットは一度瞳を閉じ、鼓動の高鳴りを抑えながら壇上へと進む。
 高く掲げられた燭台の光が彼女の金髪を照らし、白金のように輝かせる。深い青のドレスは夜空を思わせ、白い肌をよりいっそう際立たせていた。
 「あら……なんて美しいのかしら」
 「やはりブランシュフォール侯爵家の令嬢は、一味違いますわね」
 列席者の中から思わず漏れる小さな声が聞こえる。しかし、それを気にする様子もなく、オデットは落ち着いた足取りで中央へと進み、壇上の備え付けの台にグラスを置いた。
 すると、ホールの片隅にいたアルベールが、ようやくミレイユの腕を離してゆっくりとオデットの方へ顔を向ける。彼の表情には余裕の笑みと、どこか人を試すような眼差しが浮かんでいた。
 (どうせ「失敗してみろ」とでも思っているのでしょうけれど)
 オデットは唇を引き結ぶ。それから、深々と礼をして、はっきりと通る声で挨拶を始めた。

 「本日は、お忙しい中お集まりいただきまして、誠にありがとうございます。王太子殿下のご意向により、今回の舞踏会の準備に私も携わらせていただきました。至らぬ点も多々あるかと存じますが、皆さまに楽しんでいただくべく、心を尽くしたつもりです。どうぞ今宵は、この華やかな場で思う存分、音楽と舞踏をお楽しみくださいませ」
 隅々まで響くように通ったその声に、会場のあちこちで「ほう」「さすが」「威厳があるわ」という小声が漏れる。オデットの佇まいには、確かに“次期王妃”と呼ぶに相応しい気品が感じられた。
 「それでは、グラスをお持ちの方は……」
 オデットが一呼吸おいて合図をすると、給仕の者たちが一斉に列席者へ飲み物を配って回る。ここまでは、事前に打ち合わせた通りの段取りだ。
 何十人、何百人もの貴族たちが各々色とりどりのワイングラスやシャンパンフルートを手にしたのを確認し、オデットは自分のグラスを掲げる。
 「皆さまの健康と、我が国の繁栄、そして王太子殿下の益々のご活躍を祈りまして――乾杯!」
 その言葉とともに、一斉に高らかなグラスの触れ合う音が響き渡る。澄んだ音が幾重にも重なり、やがて拍手の渦へと変わっていった。
 オデットは微笑みを湛えたまま、息を吐く。視線を横にやると、アルベールが軽くグラスを持ち上げている。まるで「よくやった」とでも言わんばかりに目を細めていたが、真意はわからない。
 ともあれ、今のところ大きな失敗もなく舞踏会は進行している。これで少しは、オデットという存在が王宮の中でも“無能な飾り”ではないと認識されるだろうか。
 (……でも、これで終わりじゃない。問題は、この先にある)
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