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第3章:舞踏会の夜、揺れる王太子妃の座
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乾杯の挨拶が終わったあと、オデットは何人かの貴族と言葉を交わしながら、ホールの中を回っていた。音楽が変わり、陽気な舞曲が流れ始め、踊り手たちも増えてきている。
まだ踊っていない者たちは、テーブル近くで談笑しつつワインや料理に舌鼓を打っていた。アルベールとミレイユは、ずっと中央付近で踊り続けているらしい。
(……見たくないけれど、目を背けてばかりもいられないわ)
意を決して、ホールの中心部へ足を向ける。そこでは、アルベールがミレイユの手を取り、曲に合わせて華麗にステップを踏んでいた。赤と黒を基調とした衣装に身を包む二人は、外見的にはとても絵になる組み合わせだ。
ただ、周囲の貴族たちも気づいているのだろう。彼らの視線には少なからぬ“複雑な感情”が滲んでいる。
――王太子殿下の正式な婚約者がすぐ近くにいるにもかかわらず、愛人を連れて堂々と踊る。その非常識さは、この国のしきたりにおいても決して褒められたものではない。
けれど、アルベールはそれを気にも留めていない。むしろ周囲の視線を楽しんでいるようにさえ見える。そんな彼の態度は、オデットに対してのみならず、王宮の規律そのものを嘲笑っているかのようだった。
(何という傲慢さ……)
オデットは心の中で思わず毒づく。だが、ここで激昂すれば、まさにルイーゼ公爵夫人やミレイユが望んでいたような展開になりかねない。
(絶対に、彼らの思う壺にはならないわ)
そう決意して背筋を伸ばし、踊り終えた貴族たちに優しく声をかけ、労いの言葉を送る。笑顔で場を取り持ちながら、一方で自分はまだ踊っていない。
実を言えば、王太子妃候補であるオデットに「一曲踊りを」と誘いかけてくる貴族は何人かいた。だが、彼女はあえてそれらをやんわりと断っていたのだ。
それは「王太子殿下との公式な踊りが先であるべき」という宮廷の慣習に従っていたから……と公には説明しているが、実際にはアルベールと踊る気などさらさらなかった。
しかし、そうやって自分を律していると、周囲の視線がさらに自分に集まってくるのを感じる。
「オデット様はまだ踊られないの?」
「もしかして、殿下を待っていらっしゃるのかしら?」
「まあ、白い結婚なんですってね。踊るどころか、夫婦になる意味が……」
ひそひそと囁かれる言葉が耳に刺さるたび、オデットは自分の鼓動が速まるのを感じた。だが、心を無にしてやり過ごすしかない。
そこへ、見計らったように一人の人物が近づいてくる。それはオデットが数日前に応接間で相対した、あのルイーゼ・フロレンティーヌ公爵夫人だった。
「まあまあ、オデット様。素敵な舞踏会ですことね。あなたがすべてを取り仕切られたと伺って、わたくしとても感心しておりますのよ」
公爵夫人は表向きは微笑んでいるが、その瞳には嫌味な光が宿っている。
「お褒めいただきありがとうございます、フロレンティーヌ公爵夫人。至らぬ点もあるかと存じますが、皆さまが楽しんでくださっているなら幸いですわ」
柔らかな口調で返答するオデット。そのまま立ち去ろうとするが、ルイーゼは意地悪く笑いながら近づいてくる。
「ねえ、オデット様。殿下がミレイユ様と踊っていらっしゃるの、ご覧になった? とても素晴らしい相性でしたわねえ。さすが今いちばん愛されているお相手だという噂は本当のようね」
それをわざわざ本人に伝えるあたり、まさに悪意の塊だ。オデットは内心で舌打ちをこらえながらも、微かに微笑む。
「……殿下はどなたと踊られても、お上手ですわ。幼い頃からダンスの稽古を積んでこられたのですもの。ミレイユ様も大変踊りがお得意なのでしょうね」
あえて肯定的に返すことで、相手の挑発をかわす。ルイーゼはつまらなそうに口をゆがめた。
「まあ、そうですわよね。……ところで、オデット様。あなたは今夜、殿下と踊るご予定は?」
「あいにく、伺っておりませんわ」
オデットがきっぱりと言い切ると、ルイーゼは大げさに肩をすくめて笑う。
「それはまた……お気の毒に。まあ、無理をなさらなくても、殿下にはもう正式なお相手がいるのですものねえ?」
公爵夫人が言う「正式なお相手」とは、すなわち愛人ミレイユのことだろう。とんでもない嫌味である。
(この女、本当に性格が悪いわ……)
オデットは自分の唇が震えるのを感じたが、どうにか踏みとどまる。今この場で感情を爆発させたら、全てが思う壺だ。
「ご心配には及びません。殿下の楽しみを奪うつもりはございませんので。――舞踏会は夜更けまで続きます。公爵夫人も、どうぞ存分にお楽しみくださいませ」
そう言って、にこりと笑ってみせる。これ以上相手をする必要はないという態度を示して、オデットは踵を返す。ルイーゼは唇を曲げたまま、何か言いたげだったが、オデットが振り向くことはなかった。
* * *
まだ踊っていない者たちは、テーブル近くで談笑しつつワインや料理に舌鼓を打っていた。アルベールとミレイユは、ずっと中央付近で踊り続けているらしい。
(……見たくないけれど、目を背けてばかりもいられないわ)
意を決して、ホールの中心部へ足を向ける。そこでは、アルベールがミレイユの手を取り、曲に合わせて華麗にステップを踏んでいた。赤と黒を基調とした衣装に身を包む二人は、外見的にはとても絵になる組み合わせだ。
ただ、周囲の貴族たちも気づいているのだろう。彼らの視線には少なからぬ“複雑な感情”が滲んでいる。
――王太子殿下の正式な婚約者がすぐ近くにいるにもかかわらず、愛人を連れて堂々と踊る。その非常識さは、この国のしきたりにおいても決して褒められたものではない。
けれど、アルベールはそれを気にも留めていない。むしろ周囲の視線を楽しんでいるようにさえ見える。そんな彼の態度は、オデットに対してのみならず、王宮の規律そのものを嘲笑っているかのようだった。
(何という傲慢さ……)
オデットは心の中で思わず毒づく。だが、ここで激昂すれば、まさにルイーゼ公爵夫人やミレイユが望んでいたような展開になりかねない。
(絶対に、彼らの思う壺にはならないわ)
そう決意して背筋を伸ばし、踊り終えた貴族たちに優しく声をかけ、労いの言葉を送る。笑顔で場を取り持ちながら、一方で自分はまだ踊っていない。
実を言えば、王太子妃候補であるオデットに「一曲踊りを」と誘いかけてくる貴族は何人かいた。だが、彼女はあえてそれらをやんわりと断っていたのだ。
それは「王太子殿下との公式な踊りが先であるべき」という宮廷の慣習に従っていたから……と公には説明しているが、実際にはアルベールと踊る気などさらさらなかった。
しかし、そうやって自分を律していると、周囲の視線がさらに自分に集まってくるのを感じる。
「オデット様はまだ踊られないの?」
「もしかして、殿下を待っていらっしゃるのかしら?」
「まあ、白い結婚なんですってね。踊るどころか、夫婦になる意味が……」
ひそひそと囁かれる言葉が耳に刺さるたび、オデットは自分の鼓動が速まるのを感じた。だが、心を無にしてやり過ごすしかない。
そこへ、見計らったように一人の人物が近づいてくる。それはオデットが数日前に応接間で相対した、あのルイーゼ・フロレンティーヌ公爵夫人だった。
「まあまあ、オデット様。素敵な舞踏会ですことね。あなたがすべてを取り仕切られたと伺って、わたくしとても感心しておりますのよ」
公爵夫人は表向きは微笑んでいるが、その瞳には嫌味な光が宿っている。
「お褒めいただきありがとうございます、フロレンティーヌ公爵夫人。至らぬ点もあるかと存じますが、皆さまが楽しんでくださっているなら幸いですわ」
柔らかな口調で返答するオデット。そのまま立ち去ろうとするが、ルイーゼは意地悪く笑いながら近づいてくる。
「ねえ、オデット様。殿下がミレイユ様と踊っていらっしゃるの、ご覧になった? とても素晴らしい相性でしたわねえ。さすが今いちばん愛されているお相手だという噂は本当のようね」
それをわざわざ本人に伝えるあたり、まさに悪意の塊だ。オデットは内心で舌打ちをこらえながらも、微かに微笑む。
「……殿下はどなたと踊られても、お上手ですわ。幼い頃からダンスの稽古を積んでこられたのですもの。ミレイユ様も大変踊りがお得意なのでしょうね」
あえて肯定的に返すことで、相手の挑発をかわす。ルイーゼはつまらなそうに口をゆがめた。
「まあ、そうですわよね。……ところで、オデット様。あなたは今夜、殿下と踊るご予定は?」
「あいにく、伺っておりませんわ」
オデットがきっぱりと言い切ると、ルイーゼは大げさに肩をすくめて笑う。
「それはまた……お気の毒に。まあ、無理をなさらなくても、殿下にはもう正式なお相手がいるのですものねえ?」
公爵夫人が言う「正式なお相手」とは、すなわち愛人ミレイユのことだろう。とんでもない嫌味である。
(この女、本当に性格が悪いわ……)
オデットは自分の唇が震えるのを感じたが、どうにか踏みとどまる。今この場で感情を爆発させたら、全てが思う壺だ。
「ご心配には及びません。殿下の楽しみを奪うつもりはございませんので。――舞踏会は夜更けまで続きます。公爵夫人も、どうぞ存分にお楽しみくださいませ」
そう言って、にこりと笑ってみせる。これ以上相手をする必要はないという態度を示して、オデットは踵を返す。ルイーゼは唇を曲げたまま、何か言いたげだったが、オデットが振り向くことはなかった。
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