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第3章:舞踏会の夜、揺れる王太子妃の座
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その後、衛兵の迅速な調査によって、グラスに入っていたのは“ごく微量の怪しい薬品”であることが判明した。だが、その量は致死量には程遠く、飲んでも“わずかに体調が悪くなる”程度だろうとのことだった。
しかし、誰が何の目的で混ぜたのかは、結局わからなかった。使用人や給仕を改めて問いただしても、皆口を揃えて否定するばかりで、不審な人影も目撃されていない。
オデットはひとまず当該テーブル付近の飲み物をすべて破棄させ、新しいグラスとワインを用意させた。幸いにも被害者が出なかったため、大事には至らずに済んだが、会場には微妙な空気が漂っている。
(もしかすると、私やアルベール、あるいは誰か上位貴族を狙った犯行だったのかもしれない。でも、動機は? ……まさか、本当に私を陥れるための“狂言”だったり?)
ルイーゼやミレイユが仕組んだ可能性だって否定できないし、あるいはアルベールの周辺の誰かが仕組んだのかもしれない。
いずれにしても、舞踏会は今も続いている。オデットは気を緩めることなく、今度は使用人たちに厳重警戒を指示した。給仕の動線を確認し、会場内の出入り口を見張り、怪しい人物を見かけたら即報告させるよう念を押す。
そんな忙しさに追われるうち、気づけば時計の針は深夜に差し掛かっていた。音楽隊も既に何度か休憩を挟んでおり、踊る者の数も減ってきた。そろそろ舞踏会の終盤と言っていいだろう。
(あと少し……あと少しで終わる)
オデットは薄くなった唇を噛みしめながら、会場を見渡す。
アルベールは相変わらずミレイユに付き添い、今は二人して椅子に腰を下ろしてワインを飲んでいるようだった。疲れたのか、さすがにダンスはやめたらしい。
オデットは一瞬目が合うかと思ったが、アルベールは興味なさげに視線を逸らす。あたかも「お前などどうでもいい」と言わんばかりだ。
(……もういいわ。私は、私の義務を果たす)
突き放されるのにも慣れてしまった自分に、オデットは少しだけ悲しくなる。
そんな彼女の背後に、足音を忍ばせるように現れた人影があった。さっと振り向くと、そこにいたのはアルヴェール王国の筆頭秘書官である。
「びっくりしました……。申し訳ありません、少し気が立っているようです」
オデットが小さく苦笑すると、秘書官は穏やかに首を横に振った。
「先ほどの騒ぎ、大変でしたね。ですが、あなたの見事な対応ぶりに感服いたしましたよ。迅速に状況を把握し、貴族たちを落ち着かせた。並の方にはできないことです」
その褒め言葉に、オデットはかすかに目を伏せる。
「……ありがとうございます。でも、何とか大事に至らなかっただけで、原因も動機もわからずじまいです。まだ安心はできませんわ」
すると秘書官は意味深に微笑み、スッと懐から一通の封書を取り出してオデットに差し出した。
「これは、レオポルド殿下からの書簡です。……もし今のあなたが“少しでも殿下に伝えたいことがある”のなら、どうかここに目を通していただきたい」
ドキリと胸が鳴る。何か嫌な予感もするし、同時に不思議な安堵感もある。
「わかりました。……必ず拝見いたします」
そう告げて封書を受け取ると、秘書官は「今宵は本当にご苦労さまでした」とだけ言って去っていった。
(今は中身を確認している暇はないけれど、必ず読むわ)
オデットは意識的に表情を整え、封書をドレスの内ポケットにしっかりと仕舞い込んだ。
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