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第5章:報いの時 ―ザマアは静かに微笑んで―
第3節:冷ややかな使節団と父の決断
第3節:冷ややかな使節団と父の決断
王宮の正門に、緋色の軍装を纏った騎士団が到着したのは、午前の鐘が四度鳴った直後のことだった。
その旗印は、銀の鷹――隣国アルヴェール王国の象徴である。
「アルヴェール王国王太子付き、公式使節団にございます。国王陛下、および王太子殿下への表敬と、条約履行の進捗確認のため、参上つかまつりました」
騎士団長が高らかに宣言すると、王宮内の空気は一瞬で凍りついた。
彼らが単なる形式的な来訪ではないことは、誰の目にも明らかだった。
玉座の間に通された使節団は、沈黙のまま王と王太子を見据えていた。先頭に立つ壮年の騎士は、レオポルド殿下の側近、ギルベール将軍である。
「本日は我が国の王太子レオポルド殿下よりの親書をお届けに参りました。内容は、オデット・ド・ブランシュフォール令嬢との婚約成立および、それに関連する貴国の対応への懸念でございます」
「……なに?」
王太子アルベールが椅子から立ち上がる。だがギルベール将軍は、一切の表情を崩さず続けた。
「我が国は正式に、令嬢オデットを“レオポルド殿下の婚約者”と認定し、その身柄は王家の保護下にあります。いかなる要求、または返還の要請も、これを拒絶いたします」
静かな声だが、王宮中に強く響いた。
まるで“返還要求など無礼である”と牽制しているようでもあった。
アルベールが唇を噛みしめる一方、国王は険しい表情を浮かべた。
「……それはつまり、我が王太子が形式的とはいえ婚姻を交わした令嬢を、一方的に奪い取るというのか?」
「ご婚姻の記録については、オデット様より“当時の結婚は無効である”と申し出を受けております。貴国の記録上、明確な婚姻証明が存在しないことも確認済みです。よって、我が国ではその件を“解消された婚約”と見なしております」
ギルベールの発言は、冷静でありながら容赦がなかった。
そして彼は、さらに一枚の書簡を取り出し、国王へと差し出した。
「こちらは、ブランシュフォール侯爵よりの書簡にございます。令嬢の行動を全面的に支持し、またこのたびの一連の扱いに関する遺憾の意を示すものでございます」
「父上が……?」
アルベールが息を呑んだ。
ブランシュフォール侯爵――オデットの父は、確かに忠臣であり、これまで王家のために尽くしてきたはずだ。その彼が、オデットの“逃亡”を正当化し、しかも自らも王家に不信を表明するとは。
「書簡の中で侯爵はこう記しております。
“娘をあのような扱いに晒しながら、口を閉ざし続けた我が家もまた罪を負う。
だが、彼女を誇り高き娘として認めてくれた隣国に感謝する。
もはやこの国に、娘を帰す理由はない”――と」
玉座の間に、重く長い沈黙が落ちた。
国王は、やや苦しげに椅子へもたれかかった。
「……あの男が、そこまで言うとはな」
年老いた王の声には、かすかに敗北の響きが混じっていた。
ブランシュフォール侯爵は、この国で最も古い名門家のひとつであり、彼の一言は王権にも無視できぬ重みを持つ。ましてや、それが“王太子の過ち”を間接的に批判するものであるならば――
「……この件は、慎重に協議を重ねる必要がある」
そう絞り出す国王に対し、ギルベールは静かに一礼した。
「ご英断に、敬意を表します」
使節団が退場すると、王宮内はまるで嵐が過ぎ去ったあとのような沈黙に包まれた。
だが、ひとりの若い従者が、恐る恐る口を開いた。
「陛下……これでもなお、王太子殿下を擁立し続けるおつもりですか?」
その問いに、国王は目を伏せ、ゆっくりと答えた。
「……答えを出す時が来たのかもしれぬな。あの者が“王の器”か否かを、今一度、我が手で見極めよう」
その夜、国王は枕元に置いたオデットの昔の肖像画を取り出し、ひとり言のように呟いた。
「お前が嫁いでいれば、この国も、違う未来があったのかもしれぬな……」
王宮の正門に、緋色の軍装を纏った騎士団が到着したのは、午前の鐘が四度鳴った直後のことだった。
その旗印は、銀の鷹――隣国アルヴェール王国の象徴である。
「アルヴェール王国王太子付き、公式使節団にございます。国王陛下、および王太子殿下への表敬と、条約履行の進捗確認のため、参上つかまつりました」
騎士団長が高らかに宣言すると、王宮内の空気は一瞬で凍りついた。
彼らが単なる形式的な来訪ではないことは、誰の目にも明らかだった。
玉座の間に通された使節団は、沈黙のまま王と王太子を見据えていた。先頭に立つ壮年の騎士は、レオポルド殿下の側近、ギルベール将軍である。
「本日は我が国の王太子レオポルド殿下よりの親書をお届けに参りました。内容は、オデット・ド・ブランシュフォール令嬢との婚約成立および、それに関連する貴国の対応への懸念でございます」
「……なに?」
王太子アルベールが椅子から立ち上がる。だがギルベール将軍は、一切の表情を崩さず続けた。
「我が国は正式に、令嬢オデットを“レオポルド殿下の婚約者”と認定し、その身柄は王家の保護下にあります。いかなる要求、または返還の要請も、これを拒絶いたします」
静かな声だが、王宮中に強く響いた。
まるで“返還要求など無礼である”と牽制しているようでもあった。
アルベールが唇を噛みしめる一方、国王は険しい表情を浮かべた。
「……それはつまり、我が王太子が形式的とはいえ婚姻を交わした令嬢を、一方的に奪い取るというのか?」
「ご婚姻の記録については、オデット様より“当時の結婚は無効である”と申し出を受けております。貴国の記録上、明確な婚姻証明が存在しないことも確認済みです。よって、我が国ではその件を“解消された婚約”と見なしております」
ギルベールの発言は、冷静でありながら容赦がなかった。
そして彼は、さらに一枚の書簡を取り出し、国王へと差し出した。
「こちらは、ブランシュフォール侯爵よりの書簡にございます。令嬢の行動を全面的に支持し、またこのたびの一連の扱いに関する遺憾の意を示すものでございます」
「父上が……?」
アルベールが息を呑んだ。
ブランシュフォール侯爵――オデットの父は、確かに忠臣であり、これまで王家のために尽くしてきたはずだ。その彼が、オデットの“逃亡”を正当化し、しかも自らも王家に不信を表明するとは。
「書簡の中で侯爵はこう記しております。
“娘をあのような扱いに晒しながら、口を閉ざし続けた我が家もまた罪を負う。
だが、彼女を誇り高き娘として認めてくれた隣国に感謝する。
もはやこの国に、娘を帰す理由はない”――と」
玉座の間に、重く長い沈黙が落ちた。
国王は、やや苦しげに椅子へもたれかかった。
「……あの男が、そこまで言うとはな」
年老いた王の声には、かすかに敗北の響きが混じっていた。
ブランシュフォール侯爵は、この国で最も古い名門家のひとつであり、彼の一言は王権にも無視できぬ重みを持つ。ましてや、それが“王太子の過ち”を間接的に批判するものであるならば――
「……この件は、慎重に協議を重ねる必要がある」
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だが、ひとりの若い従者が、恐る恐る口を開いた。
「陛下……これでもなお、王太子殿下を擁立し続けるおつもりですか?」
その問いに、国王は目を伏せ、ゆっくりと答えた。
「……答えを出す時が来たのかもしれぬな。あの者が“王の器”か否かを、今一度、我が手で見極めよう」
その夜、国王は枕元に置いたオデットの昔の肖像画を取り出し、ひとり言のように呟いた。
「お前が嫁いでいれば、この国も、違う未来があったのかもしれぬな……」
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