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第5章:報いの時 ―ザマアは静かに微笑んで―
第2節:王太子、崩壊の序章
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第2節:王太子、崩壊の序章
オデットが去って一月――王宮内の秩序は、目に見えて崩れ始めていた。
社交界の宴席は滞り、外交行事は不手際が相次ぎ、王家の権威は見る影もない。これまで完璧に“裏方”を担っていたのが、かのオデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢だったことを、誰もがようやく理解し始めていた。
王太子アルベールはというと、疲れの色を浮かべながら玉座の間にいた。だがその姿は、もはやかつての威厳とはほど遠い。
「また、晩餐会の開催が延期だと?」
「は……招待された公爵家より、“正式な王妃不在では礼を欠く”との返答がございました」
報告を受けた執事の声に、アルベールはこめかみに青筋を浮かべた。
「誰が王妃にふさわしいかなんて、俺が決めることだ!」
だが、その言葉に反応した者は誰もいなかった。かつてならその一言で空気が張り詰め、誰もが従っただろう。しかし今では、ただの駄々にしか聞こえない。力を失った獅子の咆哮に、誰も恐れを抱かなくなっていた。
「……ああ、オデットがいれば」
ふと、そんな弱音が漏れる。だがそれは、今さらどうにもならない後悔でしかなかった。
一方、ミレイユは王妃の座を夢見ながらも、ますます孤立していた。
「どうして……誰も私に挨拶ひとつしないのよ。オデットがいた頃は、皆笑ってたじゃない」
彼女が振る舞う紅茶会は閑散とし、参加者はあくまで“王太子のお気に入り”という義理で出席しているに過ぎなかった。しかも、女官たちは裏で囁く。
「やっぱり王妃になる器じゃなかったのね」
「ただの愛人でしょ? 婚姻記録にも名がないもの」
ミレイユはその噂を聞くたび、内心で何度も叫びを上げた。自分が選ばれたのだと信じたかったのに、何ひとつ思い通りにいかない。王妃としての地位はなく、政務の経験もゼロ。しかも、オデットの評価が上がるたびに、自分が「王宮の恥」として比較される。
ある日、彼女はアルベールに詰め寄った。
「お願い、正式に妃として認めて。そうすれば皆も、私を――」
「黙れ!」
その一喝に、ミレイユは口を噤んだ。アルベールの顔には怒りと焦燥、そして何より“迷い”が見えた。
「俺は……もう、何をすればいいのか、分からない」
その呟きに、ミレイユは初めて、王太子が本当に崩れていく姿を見た。
数日後――ついに、王宮内にある議題が正式に上がる。
「王太子殿下のご廃嫡について」
それは、王家にとって最大の禁忌ともいえる提案だった。だが、王国貴族の中でも保守派と呼ばれる長老たちまでもが、慎重に議論を始めた。
「現在の王太子は、政治的にも外交的にも不適格です」
「愛人を正妃に据えるなど、国際的信用に関わります」
「すでに隣国アルヴェールとの関係が冷え込み始めている以上、早急な処置が必要では?」
議場に響くその言葉の一つひとつが、アルベールの立場を否定していく。
その報せは、ついに国王陛下の耳にも届いた。
「……馬鹿な。あのアルベールが廃嫡? そんなこと、あってたまるか!」
だが、国王とて無視できなかった。民衆の不満、貴族の離反、そして外交の悪化――すべてが“王太子の資質”という一点に集約されていた。
「もう少し……様子を見る必要があるな」
それは、事実上の“保留”であり、“見捨てる準備”でもあった。
そして、王太子アルベールはついに自室にて、玉座の幻影にすがるように呟く。
「なぜ……オデットを、失ったのだろう」
彼はまだ知らなかった。これは終わりではなく、静かに始まる報いのほんの“序章”でしかないことを。
オデットが去って一月――王宮内の秩序は、目に見えて崩れ始めていた。
社交界の宴席は滞り、外交行事は不手際が相次ぎ、王家の権威は見る影もない。これまで完璧に“裏方”を担っていたのが、かのオデット・ド・ブランシュフォール侯爵令嬢だったことを、誰もがようやく理解し始めていた。
王太子アルベールはというと、疲れの色を浮かべながら玉座の間にいた。だがその姿は、もはやかつての威厳とはほど遠い。
「また、晩餐会の開催が延期だと?」
「は……招待された公爵家より、“正式な王妃不在では礼を欠く”との返答がございました」
報告を受けた執事の声に、アルベールはこめかみに青筋を浮かべた。
「誰が王妃にふさわしいかなんて、俺が決めることだ!」
だが、その言葉に反応した者は誰もいなかった。かつてならその一言で空気が張り詰め、誰もが従っただろう。しかし今では、ただの駄々にしか聞こえない。力を失った獅子の咆哮に、誰も恐れを抱かなくなっていた。
「……ああ、オデットがいれば」
ふと、そんな弱音が漏れる。だがそれは、今さらどうにもならない後悔でしかなかった。
一方、ミレイユは王妃の座を夢見ながらも、ますます孤立していた。
「どうして……誰も私に挨拶ひとつしないのよ。オデットがいた頃は、皆笑ってたじゃない」
彼女が振る舞う紅茶会は閑散とし、参加者はあくまで“王太子のお気に入り”という義理で出席しているに過ぎなかった。しかも、女官たちは裏で囁く。
「やっぱり王妃になる器じゃなかったのね」
「ただの愛人でしょ? 婚姻記録にも名がないもの」
ミレイユはその噂を聞くたび、内心で何度も叫びを上げた。自分が選ばれたのだと信じたかったのに、何ひとつ思い通りにいかない。王妃としての地位はなく、政務の経験もゼロ。しかも、オデットの評価が上がるたびに、自分が「王宮の恥」として比較される。
ある日、彼女はアルベールに詰め寄った。
「お願い、正式に妃として認めて。そうすれば皆も、私を――」
「黙れ!」
その一喝に、ミレイユは口を噤んだ。アルベールの顔には怒りと焦燥、そして何より“迷い”が見えた。
「俺は……もう、何をすればいいのか、分からない」
その呟きに、ミレイユは初めて、王太子が本当に崩れていく姿を見た。
数日後――ついに、王宮内にある議題が正式に上がる。
「王太子殿下のご廃嫡について」
それは、王家にとって最大の禁忌ともいえる提案だった。だが、王国貴族の中でも保守派と呼ばれる長老たちまでもが、慎重に議論を始めた。
「現在の王太子は、政治的にも外交的にも不適格です」
「愛人を正妃に据えるなど、国際的信用に関わります」
「すでに隣国アルヴェールとの関係が冷え込み始めている以上、早急な処置が必要では?」
議場に響くその言葉の一つひとつが、アルベールの立場を否定していく。
その報せは、ついに国王陛下の耳にも届いた。
「……馬鹿な。あのアルベールが廃嫡? そんなこと、あってたまるか!」
だが、国王とて無視できなかった。民衆の不満、貴族の離反、そして外交の悪化――すべてが“王太子の資質”という一点に集約されていた。
「もう少し……様子を見る必要があるな」
それは、事実上の“保留”であり、“見捨てる準備”でもあった。
そして、王太子アルベールはついに自室にて、玉座の幻影にすがるように呟く。
「なぜ……オデットを、失ったのだろう」
彼はまだ知らなかった。これは終わりではなく、静かに始まる報いのほんの“序章”でしかないことを。
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