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第3章 迫り来る足音と揺れる心
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■レオナードの忠告
その夜、宿の廊下で客室の確認をしていたアルタリアは、ばったりレオナードと鉢合わせした。どうやら彼も何か依頼で動いているのか、相変わらず剣を帯びた姿で宿を出入りしている。
「よお、元気してるか?」
レオナードは声をかけると、アルタリアをちらりと見つめる。最近の彼は、どこかこちらを気にしているような仕草が多い。まるで何か言いたそうにしているが、言い出せない――そんなもどかしさが伝わってくる。
「ええ、おかげさまで。あなたの方こそ依頼は進んでいるんですか?」
「ぼちぼち、な。例の盗賊関連は片付いたが、今度は別の依頼が降ってきた。最近、この町を拠点に妙な動きをしている集団がいるらしくてな。領主代行から、“不審人物がいれば報告せよ”と」
アルタリアの胸がどきりとする。もし、その“不審人物”の捜索対象に自分が含まれていたら――。レオナードが王宮の命を受けて動いている可能性を、常に警戒していたからだ。
しかし彼はアルタリアの動揺に気づいた様子もなく、ちらりと廊下の窓の外に視線を投げる。月明かりがわずかに差し込むだけの静かな夜。
「ところで……おまえさんに関わりがあるかどうか知らんが、昼間、“アルタリア”って名の女を探してる奴がいたって聞いたぞ」
レオナードの言葉に、アルタリアは背筋に冷たい汗が走る。マルコから漏れたのか、あるいは他の客が会話しているのを彼が耳にしたのか。とにかく、もうあの出来事は町の一部で共有されつつあるらしい。
「そ、そうなんです。私も外で鉢合わせして、すごく怖かった……」
「ふむ。そいつの特徴は?」
「薄汚れた外套を着ていて、鋭い目つきでした。浮浪者のようにも見えましたが……」
レオナードは少し考え込んでから、口を開く。
「そいつは俺も見かけた。似たような噂を他所で仕入れてきたが、どうやらただの浮浪者ではないらしい。何者かの手先かもしれん。くれぐれも気をつけろ。おまえさんの名前が知れ渡ってるなら、今後も似たような輩が現れるかもしれない」
「……わかりました。ありがとうございます」
胸の奥に重たい不安を抱えながら、アルタリアは一礼してその場を離れようとした。すると、レオナードが控えめな声で呼び止める。
「なあ、アルタリア。俺はおまえに貸しがあるし、放っておけない。もし困ってるなら言ってくれないか。おまえが何者であろうと、少なくともこの町で会った仲だ。俺が守れる範囲でなら、手助けしたいと思ってる」
にじむような真剣さが、その低い声にこもっている。アルタリアは一瞬、彼にすべてを打ち明けてしまいたい衝動に駆られた。追放の経緯、伯爵令嬢だったこと――。だが、同時に王都の騎士団出身である彼に話すのは危険だという理性が働く。
「お気持ちは本当にありがたいです。でも、何かあっても……その、あまりご迷惑はかけられません」
言葉を濁すアルタリアを、レオナードは穏やかな瞳で見つめる。
「そうか。強がりにしか聞こえないが……おまえさんがそう決めるなら、俺は口出ししない。ただ、俺の耳にも“王都から要人が来る”という話が届いている。何かと落ち着かない時期だ。おまえさんに関係があるかはわからないが、今はとにかく自衛をしっかりやるんだ。いいな?」
「……はい」
そうしてレオナードは去っていく。彼の足音が遠ざかるにつれ、アルタリアはこみ上げる戸惑いをなだめる術を失っていた。誰かに守ってほしいと思う反面、自分が抱える秘密を知られてはならない。だが、果たしてそれがどこまで通用するのか――。
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その夜、宿の廊下で客室の確認をしていたアルタリアは、ばったりレオナードと鉢合わせした。どうやら彼も何か依頼で動いているのか、相変わらず剣を帯びた姿で宿を出入りしている。
「よお、元気してるか?」
レオナードは声をかけると、アルタリアをちらりと見つめる。最近の彼は、どこかこちらを気にしているような仕草が多い。まるで何か言いたそうにしているが、言い出せない――そんなもどかしさが伝わってくる。
「ええ、おかげさまで。あなたの方こそ依頼は進んでいるんですか?」
「ぼちぼち、な。例の盗賊関連は片付いたが、今度は別の依頼が降ってきた。最近、この町を拠点に妙な動きをしている集団がいるらしくてな。領主代行から、“不審人物がいれば報告せよ”と」
アルタリアの胸がどきりとする。もし、その“不審人物”の捜索対象に自分が含まれていたら――。レオナードが王宮の命を受けて動いている可能性を、常に警戒していたからだ。
しかし彼はアルタリアの動揺に気づいた様子もなく、ちらりと廊下の窓の外に視線を投げる。月明かりがわずかに差し込むだけの静かな夜。
「ところで……おまえさんに関わりがあるかどうか知らんが、昼間、“アルタリア”って名の女を探してる奴がいたって聞いたぞ」
レオナードの言葉に、アルタリアは背筋に冷たい汗が走る。マルコから漏れたのか、あるいは他の客が会話しているのを彼が耳にしたのか。とにかく、もうあの出来事は町の一部で共有されつつあるらしい。
「そ、そうなんです。私も外で鉢合わせして、すごく怖かった……」
「ふむ。そいつの特徴は?」
「薄汚れた外套を着ていて、鋭い目つきでした。浮浪者のようにも見えましたが……」
レオナードは少し考え込んでから、口を開く。
「そいつは俺も見かけた。似たような噂を他所で仕入れてきたが、どうやらただの浮浪者ではないらしい。何者かの手先かもしれん。くれぐれも気をつけろ。おまえさんの名前が知れ渡ってるなら、今後も似たような輩が現れるかもしれない」
「……わかりました。ありがとうございます」
胸の奥に重たい不安を抱えながら、アルタリアは一礼してその場を離れようとした。すると、レオナードが控えめな声で呼び止める。
「なあ、アルタリア。俺はおまえに貸しがあるし、放っておけない。もし困ってるなら言ってくれないか。おまえが何者であろうと、少なくともこの町で会った仲だ。俺が守れる範囲でなら、手助けしたいと思ってる」
にじむような真剣さが、その低い声にこもっている。アルタリアは一瞬、彼にすべてを打ち明けてしまいたい衝動に駆られた。追放の経緯、伯爵令嬢だったこと――。だが、同時に王都の騎士団出身である彼に話すのは危険だという理性が働く。
「お気持ちは本当にありがたいです。でも、何かあっても……その、あまりご迷惑はかけられません」
言葉を濁すアルタリアを、レオナードは穏やかな瞳で見つめる。
「そうか。強がりにしか聞こえないが……おまえさんがそう決めるなら、俺は口出ししない。ただ、俺の耳にも“王都から要人が来る”という話が届いている。何かと落ち着かない時期だ。おまえさんに関係があるかはわからないが、今はとにかく自衛をしっかりやるんだ。いいな?」
「……はい」
そうしてレオナードは去っていく。彼の足音が遠ざかるにつれ、アルタリアはこみ上げる戸惑いをなだめる術を失っていた。誰かに守ってほしいと思う反面、自分が抱える秘密を知られてはならない。だが、果たしてそれがどこまで通用するのか――。
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