婚約破棄されたので辺境でスローライフします……のはずが、氷の公爵様の溺愛が止まりません!』

鍛高譚

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第6話「元婚約者殿下、公の場で敗北なさる」

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第6話「元婚約者殿下、公の場で敗北なさる」


氷霧の領地での平和な日々。
私と公爵様は、相変わらずぎこちない距離の近さを保ちつつ、少しずつ距離を縮めていた。

しかし――
ある日の昼下がり、思わぬ知らせが飛び込んできた。

「お嬢様! 王都からの急報です!」

ミナが駆け込んでくる。

「王城で開催される“王国会議”に、
――エリシアお嬢様の出席が要請されました!」

「………………え?」

私は紅茶を盛大にこぼした。

(なんで私が会議に呼ばれますの!?)

ミナはさらに続ける。

「それと……
『第二王子が、婚約破棄の真相について議会で説明する』らしいです!」

「……は?」

嫌な予感しかしない。

そして翌日。
公爵様の魔導転移で、私は王都へ向かうことになった。

***

王城の議事堂は、いつにも増して緊張感に包まれていた。

貴族たちがざわめく。

「フェルメール令嬢が来るのか……」
「第二王子の件だろう」
「氷の公爵も同行しているらしいぞ!」

その言葉の通り――
今日は、公爵様が私の“護衛”として隣に立ってくれていた。

黒い外套に銀の瞳。
王城の中でも、ひときわ存在感を放っている。

(この人……王都で見ると、さらに威圧感がありますわね……)

公爵は低い声で囁いた。

「エリシア。
何があっても、俺の後ろにいろ。
……絶対に守る」

(あああああ心臓止まりますわ……)

そんな時――
議場の扉が勢いよく開いた。

「エリシアァァァァ!!」

第二王子ラルフが登場した。

いつもより気合いの入った金髪。
誰が見ても“自分が主役”だと思っている顔。

(嫌な予感しかしませんわね……)

ラルフ殿下は壇上へ立つと、劇場俳優のように手を広げた。

「本日は!
僕とエリシアの“誤解”を解くために、
この場を設けた!!」

貴族の中からざわめきが起こる。

(誤解……?
誤解なんて一つもありませんわよ?)

殿下は胸を張って叫ぶ。

「僕が婚約破棄をしたのは――
すべて、エリシアを守るためだった!!」

「「「は?」」」

議場が揺れた。

私は顔を覆った。

(もう帰っていいですか……?)

殿下は堂々と続ける。

「エリシアは完璧すぎて、僕には釣り合わない……
そう思って身を引こうとしたんだ!」

(違うううううう!!)

貴族の中にいた私の“元メイド仲間”が小声でつぶやく。

「いや……殿下が『可愛げがない』って言ってたの聞いたけど……」

「完璧すぎてつらいって泣き言も言ってたよな……」

「むしろ守られたい願望だったのでは?」

(聞こえてるわよ!?)

殿下は勝手に言い続ける。

「だが!
彼女が辺境へ向かってしまい……
僕は気づいた!
――彼女を本当に愛していたことに!」

(愛してなんかないでしょうに!!)

さらに殿下は堂々と言い放つ。

「だから!
僕は今ここで宣言する!
再婚約を申し込む!!!」

「「「はあああああああ!?」」」

議場が爆発した。

そして私の隣で――
冷気が一瞬で凍りつく。

アークライト公爵だ。

目が完全に氷の色をしている。

(やばい……公爵様の“氷の怒りゲージ”が満タンですわ……!)

公爵が静かに壇上へ歩み出る。

「第二王子殿下」

声が冷たい。

「その“再婚約”とやら……
――彼女に一度も許可を取っていないのでは?」

殿下はふんと鼻で笑う。

「公爵に口を挟む権利はない!
エリシアは僕の元婚約者だ!
僕が取り戻すのが当然だ!」

その瞬間。

公爵の足元から―― 氷の波動が広がった。

空気が震え、議場が静まり返る。

「殿下。
あなたが捨てた令嬢を……
今さら“所有物”のように語るな」

「なっ……!」

公爵は一切表情を変えないまま言い放つ。

「エリシアは――
俺が、自分の意思で大切にしている女性だ」

(!?!?!?!?)

議場全体が息を呑む。

私も息を呑む。

殿下は顔を真っ赤にした。

「な、何を勝手に言っている!!
エリシアは僕の婚約者になるべき女なんだ!」

その言葉を聞き、私は静かに壇上へ上がった。

「殿下」

声は震えていない。

「“なるべき”という言葉を、どうかおやめくださいませ」

殿下は呆然と私を見た。

「私は――
あなたの選択で、婚約を捨てられた女です。
一方的に捨てておきながら、
今さら私を呼び戻す権利は、どこにもありません」

「エ、エリシア……」

「そして殿下。
あなたの“守るために身を引いた”という言葉……
――虚偽ですわね?」

議場の貴族たちがざわめく。

私は淡々と続けた。

「殿下は私に、
『完璧すぎて可愛げがない』とおっしゃいました。
それが真実です」

殿下の顔が引きつる。

「そ、それは……っ」

「私はあなたが捨てた令嬢。
そして今は――」

私は後ろを振り返った。

そこには、まっすぐ私を見つめるアークライト公爵。

「私を尊重してくださる方の隣におりますわ」

公爵の耳が真っ赤になる。

が、同時に冷たい声で殿下に告げた。

「――二度と、彼女に触れるな」

殿下は完全に打ちのめされ、
議場中から失笑とため息が漏れた。

誰も彼に味方しない。

議長が冷静に言い渡す。

「第二王子殿下。
あなたは王族として、
公爵領への無断越境、議会での虚偽発言、
元婚約者への執拗な干渉――
すべて重大な問題です」

殿下は青ざめた。

(……これ、もう“公式ザマア”では?)

議長は続けた。

「本日をもって、第二王子殿下のエリシア嬢への一切の関与を禁止する」

「!!」

「また――
氷霧の公爵アークライト殿の保護下にあることを、
王国として正式に認める」

議事堂がどよめく。

(公爵様の保護下……
それって、もうほとんど“内縁宣言”では!?)

ラルフ殿下はそのまま臣下に連れられ、
ふらふらと退場していった。

公開処刑のような姿だった。

***

会議が終わり、控室に移動すると、
公爵様は私を見つめて言った。

「……すまない。
君を巻き込んでしまった」

「いいえ公爵様。
むしろ……助けてくださりありがとうございました」

公爵は顔を赤くして、そっと視線を逸らす。

「……俺は……
君を、誰にも傷つけさせたくない」

(あああああ……もうダメですわ……好きになってしまいますわ……)

私は小さく笑った。

「公爵様。
王国が“保護下”と認めた以上……
しばらくは、公爵様の側におりますわ」

「……っ」

胸元まで赤くなる公爵様。

「そ、側に……?」

「ええ、公爵様の隣で」

すると――
銀の瞳がゆっくりと、私を見つめた。

「……エリシア。
……それは……嬉しい」

その言葉は、
雪を溶かすほど温かかった。


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