婚約破棄されたので辺境でスローライフします……のはずが、氷の公爵様の溺愛が止まりません!』

鍛高譚

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第8話「公爵様、初めての“二人で料理”に緊張しすぎですわ」

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第8話「公爵様、初めての“二人で料理”に緊張しすぎですわ」



氷霧の領地に戻ってから数日。
雪は少しずつ柔らかくなり、窓辺から差し込む光が心地よい季節になってきた。

私はこの日、ミナと一緒に厨房へ向かっていた。

「今日は何を作りましょうか、お嬢様?」

「そうですわね……そろそろ公爵様にお礼として、
“私の手料理”をお出ししたいと思っておりますの」

「! やっと決意されたんですね、お嬢様!!」

ミナは嬉しそうに手を叩く。

「だってお嬢様、公爵様のあの優しさ……
もう完全に“落ちてます”わよ。
胃袋を掴めば完勝です!」

「み、ミナ……声が大きいですわ……!」

そんなやり取りをしていると――
背後から聞き慣れた声がした。

「あの……料理をすると聞いたが……?」

「ひゃっ!?」

振り向くと、
公爵様が少しそわそわしながら立っていた。

「ええ、公爵様。今日は私が――」

「……一緒に、作ってもいいか?」

「!!?」

突然の提案に、ミナは口を塞ぎながら床を転がった。

(ミナ……!?)

私は慌てて返す。

「い、一緒に……ですの?」

「……その……
君と“何かを作る”というのを……
やってみたい。
……変だろうか」

(変ではありませんわ!!
むしろ最高ですわ!!)

ミナは後ろでガッツポーズをしていた。

***

というわけで――
人生初の“公爵様との共同料理”が始まった。

エプロンをつけた公爵様は、
見事にぎこちない。

「エリシア……この……卵は……どう割るのだ……?」

「こうやって、台に軽く当てて――」

カンッ!

パァンッ!!!

「……え?」

卵が粉々に割れ、殻ごとボウルに吸い込まれていった。

「こ、公爵様……なぜそんな……力強く……!」

「す、すまない……!
つい、魔物の鎧を砕く時と同じ力で……」

(魔物の鎧と卵を同じ扱いにしないでくださいまし!!)

私は必死に殻を取り除きながら言う。

「もっと繊細に、そっと……ですわ」

「繊細に……そっと……
……こう、か?」

今度は、
ひよこのように弱い力で卵をコトンと当てる。

割れない。

「……難しいな……卵とは……かくも脆くて……強い……」

「逆ですわ公爵様!!」

ミナは耐えきれず吹き出した。

「お嬢様!!
こんなに面白い人、滅多にいませんわ!!」

「ミナ!!」

公爵様は耳まで赤くなってうつむいた。

「……不器用で……すまない……
エリシアに……呆れられたらどうしようかと……」

「呆れませんわ!!
不器用でも……公爵様が努力してくださるのが一番嬉しいのです」

すると公爵様はゆっくりと顔を上げる。

銀の瞳が、
少し震えたように光った。

「……そう、言ってくれるのか……」

「ええ」

その瞬間。
屋敷全体の温度がふっと上がった気がした。

(あ……また“溶けかけ公爵様”になっておられる……)

***

その後も――

✔ 切った野菜が全部サイズ不揃い
✔ 揚げ油に手を近づけてしまいミナが泣く
✔ 塩と砂糖を間違えて私が泣きそうになる
✔ でも全部「一緒に」直していく

そんなドタバタを経て、
なんとか料理は完成した。

テーブルに置くと、
公爵様は緊張した様子で一皿を見つめる。

「……これが……俺たちの……共作……なのか?」

「はい、公爵様」

「……君と一緒に作ったものを食べられる日がくるとは……
思っていなかった」

(そんなに大げさに……!)

公爵様はそっとスプーンを取り――
一口食べた。

「……っ……!」

「ど、どうですの?」

「………………美味しい」

心から絞り出したような声。

そして、続ける。

「エリシア……
これは……君と一緒に作ったから……美味しいんだな」

(こ……この人……正直すぎて心臓に悪い……!)

私もスプーンを取る。

確かに、味は少し不格好。
でも――
すべてが愛しく感じられる味だった。

「……ええ、とても美味しいですわ。
公爵様と作ったから」

その瞬間、公爵様は完全に固まった。

数秒後――
首まで真っ赤になる。

「……っ……っ……!
エリシア……
君は……本当に……心臓に悪い……」

ミナが耳元で囁く。

「お嬢様……プロポーズみたいな空気になってますわよ……?」

(ミナ黙って!!)

***

その日の夕方。
食事を終え、片付けながらふと手元が滑り、
私は足を滑らせた。

「きゃっ――!」

瞬間、
強い腕が私の腰をつかみ、
抱き寄せる。

「……エリシア!!
大丈夫か!?」

公爵様の腕の中。
胸の鼓動が耳元で聞こえる。

(近い……近すぎますわ……!!)

公爵様は離れようとしない。

「……怖かった……
君が倒れたらどうしようかと……」

(えっ……公爵様……?
今……抱きしめていますわよ……?)

「公爵様……そ、そろそろ……」

「…………
……もう少しだけ……こうしていてもいいか……?」

「っ……!」

(こ、この人……!
距離ゼロどころか、ゼロ以下のすり抜け不可距離ですわ!!)

私は、
胸の中で小さく囁いた。

「……はい、公爵様」

雪のように静かな抱擁が、
心を温かく満たす。

***

――その頃、王都では。

ラルフ殿下が机に突っ伏していた。

「エリシア……
エリシア……
僕のエリシア……」

側近(呆れ顔)
「殿下……もう諦めてください。
殿下の“元婚約者”ではありません」

「黙れえええええ!!
まだ終わっていない!!
次は……
次は……
氷霧の領地に――」

「殿下、それは“越境禁止”です」

「うぐっ……!」

殿下の失脚は、
もはや避けようのない段階に入っていた。

しかしこの時点では――
まだ誰も知らなかった。

この先、殿下の暴走が“国を巻き込む大事件”へ繋がることを……


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