婚約破棄されたので辺境でスローライフします……のはずが、氷の公爵様の溺愛が止まりません!』

鍛高譚

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第12話「求婚の夜、迫る影――公爵様の想いと殿下の暴走」

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第12話「求婚の夜、迫る影――公爵様の想いと殿下の暴走」



禁呪事件から三日後の夜。
氷霧の領地は、静かに雪が降り続いていた。

私は、公爵様の隣室――
“ほぼ同居”となった新しい部屋で、
暖炉の火を眺めていた。

胸の奥がまだ落ち着かない。

(公爵様……あの夜……
“言いそびれた言葉”って……
まさか……)

扉がノックされた。

「……エリシア、入るぞ」

公爵様だった。

胸が跳ねる。

「公爵様……」

「具合はどうだ?
冷え込んでいないか?」

「はい、大丈夫ですわ」

公爵様は部屋に入ると、
暖炉の火を見てふっと微笑んだ。

「……君がいると……
この部屋が温かく感じる」

(いきなり甘い……!!)

私は思わず目を逸らした。

「そ、そんな……
私など……」

「エリシア」

呼ばれた瞬間、
公爵様は一歩近づいた。

距離が近い。
また近い。

(公爵様っ……!!)

「……君に、伝えたいことがある」

ついにその時が来た――
そう思った。

公爵様は、深く息を吸い込んで。

「エリシア。
君を――」

その言葉の続きが出る直前。

扉が勢いよく開いた。

「ご、ご主人様!!
大変でございます!!」

ミナだ。
息を切らしている。

公爵様は顔を上げ、鋭い声で問う。

「どうした」

「王宮より緊急報が届きました!
第二王子殿下が――
拘束を破って脱走しました!!」

「……何だと?」

私は息を呑む。

ミナは震える声で続けた。

「その際……
“影喰い”の残滓が殿下の身体に侵食し……
魔力の制御が完全に失われているとのこと……!」

公爵様は顔を険しくした。

「……禁呪の残滓が……暴れ出したか」

ミナはさらに続ける。

「そして……殿下は……
『エリシアのところへ行く』
と叫びながら、
氷霧の方向へ向かったと……!」

(っ……!!
こちらへ……!?)

公爵様は私の手を掴んだ。

「エリシア!
絶対に部屋から出るな。
俺が殿下を止める」

胸が締め付けられる。

「で、でも……公爵様ひとりでは……!」

「君のためなら、何度でも戦う。
それが……俺の存在理由だ」

公爵様の瞳は真っ直ぐだった。

それでも私は不安を隠せない。

「公爵様……
殿下は、もう……
人の理性を失っているかもしれませんわ……」

「わかっている。
だからこそ……俺が止める」

公爵様は、私の頬に手を添えた。

その触れ方は驚くほど優しい。

「――必ず戻る」

「っ……」

「エリシア。
君に……まだ言っていない言葉がある。
それを伝えるまでは……
絶対に死ねない」

(……やっぱり……
あの言葉は……)

胸が熱くなる。

公爵様は、そっと私の額に唇を寄せた。

……触れた。

一瞬だけ、
優しく。

「戻る。
必ず」

そして踵を返し、
扉へ向かった。

私は思わず叫んだ。

「公爵様!!」

公爵様は振り返る。

「エリシア……?」

「どうか……どうか……
ご無事で戻ってきてくださいませ……!!」

その言葉に、
公爵様は微笑んだ。

「君が待ってくれるなら……
必ず戻るさ」

そして扉が閉じた。

(公爵様……
どうか……どうか……)

私は胸を抱きしめるようにして立ち尽くした。

***

公爵様が出陣して一時間後。

氷霧の領地の監視塔で、
異変が叫ばれていた。

「魔力反応!!
巨大な魔力反応!!」

「何だ……あれは……!」

雪の夜空に、黒い雲が渦を巻いている。

そこから――
“人影”のようなものが降りてきた。

巨大な影。

その中心に、
ラルフ殿下がいた。

だが――
もう“殿下”の面影はない。

片目は真紅、
片目は闇に溶けていた。

腕は黒い霧のように溶け、
影を引きずっている。

「エリシア……
エリシア……
僕の……僕の……エリシア……」

彼の声は、
まるで数人分の声が重なったように歪んでいる。

召喚獣の残滓が
殿下の身体を**依代(よりしろ)**にして
形を変えているのだ。

殿下が手を伸ばすと、
雪が音もなく黒く染まっていく。

「エリシア……
返せ……返せぇぇぇ……
公爵ぅぅぅぅ!!」

その瞬間――
銀の光が雪原を照らした。

「殿下……!
これ以上の暴走は……
許さない!!」

公爵様だ。

月光のような魔力をまとい、
迫り来る殿下と対峙する。

殿下は歪んだ笑みを浮かべた。

「来たな……!
お前……!!
僕のエリシアを奪った……!!
返せぇぇぇぇ!!」

影が襲いかかる。

公爵様は剣を構え、
その影を一刀のもとに切り裂いた。

しかし切っても切っても、
影はまた殿下を中心に形を成す。

「殿下……!
禁呪はあなたを喰っている!
今すぐやめるんだ!!」

「黙れ!!
僕は……!
僕だけが……!
エリシアを愛していた!!
お前には……渡さない!!」

公爵様の瞳が鋭く光る。

「……愛ではない。
それはただの“支配欲”だ」

「黙れぇぇぇぇぇ!!」

影が雪景色を飲み込むように迫る。

公爵様は剣を構え、
強い声で叫んだ。

「殿下!!
あなたがどう暴れようと――
“エリシアは俺が守る!!”」

その瞬間――
雪原に轟音が響いた。

二人のぶつかり合いが始まったのだ。

***

一方その頃。

私は不安で胸が押しつぶされそうになっていた。

(公爵様……
大丈夫かしら……)

部屋の外は騒がしく、
塔の鐘の音が鳴り響いている。

私は立ち上がり、
窓に近づいて外を見た。

遠くの山脈の方向――
空が黒く渦巻いている。

(あの方向……
公爵様が向かった先……!!)

胸が締め付けられ、
両手が震える。

(行くなと言われた……
でも……
でも……!
公爵様が危険だというのに……
座ってなど……いられませんわ……!)

私は決意した。

「……私も行きます」

ミナが驚きの声を上げた。

「えっ!?
お嬢様!?
ご主人様に“部屋から出るな”と言われて――!」

「知っていますわ……
それでも……
行かなければならないのです。
公爵様の……隣へ」

ミナは息を呑み、
そして微笑んだ。

「……行ってくださいませ。
ご主人様を助けられるのは……
お嬢様だけですわ」

私は頷き、
古代精霊の杖を握りしめた。

「――公爵様。
わたくしが……
あなたを守りますわ」

そして、
雪の夜へ駆け出した。

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