婚約破棄されたので辺境でスローライフします……のはずが、氷の公爵様の溺愛が止まりません!』

鍛高譚

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第39話 **「アレクシスの最後の賭け。 そして、カチュアは“答えを言う覚悟”を決め始める」**

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第39話

**「アレクシスの最後の賭け。

そして、カチュアは“答えを言う覚悟”を決め始める」**


---

アレクシスが去ってからどれほど経っただろう。

まだ外は夜の深い色のままで、
空気も静かで、
ただランプの温かい光だけが
部屋の片隅を優しく照らしている。

クルト様は、
私が落ち着くまでずっと隣にいてくれた。

「……水、飲むか?」

「はい……いただきますわ……」

手渡されるグラス。
その仕草が驚くほど優しくて、
胸がまた熱くなる。

水を飲んで、
深呼吸して、
ようやく落ち着き始めた頃――

「……落ち着いたか?」

クルト様がそう問いかけた。

「ええ……もう、大丈夫ですわ」

そう言うと、クルト様は
「そうか」と小さくうなずき、
私の髪にそっと触れた。

「よかった」

その一言が、
夜の静けさに溶けるように響く。

その時だった。

――コン。

控えめなノック。

(……アレクシスさん?
戻ってこられた……?)

と思った瞬間、

「カチュア。
少し……話したい」

やはりアレクシスの声だ。

クルト様が、
眉を寄せて扉を見る。

「今は……」

「外には出ない。
ただ……言い忘れたことがある」

アレクシスの声は静かだが、
“決意”の気配が滲んでいた。

クルト様は私に視線を向ける。

「……出るか?」

(わたし……
自分で、選べる……?)

少し怖かったけれど、
私は小さくうなずいた。

「……はい。
お話を聞いてきますわ」

クルト様は、
しばらく黙った後――

「……わかった。
行ってこい」

声は静かだが、
どこか苦しげだった。

胸がちくりと痛む。

(……クルト様……)

そんな彼の横顔を胸に刻みながら、
私は扉へ向かった。

――ガチャ。

扉を開けると、
アレクシスがそこに立っていた。

ランプの灯りに照らされたその顔は、
微笑んでいるようで、
どこか寂しげでもあった。

「カチュア。
少し、廊下を歩いてもいいか?」

「……はい」

二人で廊下を歩く。

夜の空気はひんやりしていて、
さっきまでの感情の熱を
少しずつ冷ましてくれるようだった。

少し歩いたところで、
アレクシスが口を開いた。

「さっきは……
怖がらせたかもしれないな」

「そんな……
怖いなんて……」

「いいんだ。
正直でいてほしい」

アレクシスは立ち止まり、
私のほうを向いた。

その瞳は、
どこまでも優しくて、
でも深い影を宿している。

「カチュア。
俺が言いたかったのは……
ただひとつだ」

「……?」

「君が選ばない可能性も、
君が傷つく可能性も、
全部含めて……」

アレクシスは息を整えて、
静かに、ゆっくりと言った。

「――俺は、君を守る」

(……っ)

胸が大きく跳ねる。

アレクシスは続ける。

「クルトは強い。
真っ直ぐで、
誰よりも君を想っている。
それはよく分かっている」

少し微笑む。

「だからこそ、
俺は“勝とう”とは思っていない」

「え?」

「争うつもりはない。
君を奪うつもりもない」

そう言いながら、
アレクシスは優しく私の手を取った。

「ただ……
君が泣いた時、君が迷った時。
その背中を支えられるのは――
俺でありたい」

「……アレクシスさん……」

「だから、君の答えを急かすつもりもない。
ただ……伝えたかっただけだ。
君がどんな答えを出しても、
俺は君の味方でいるってことを」

その言葉が、
夜の静けさの中で深く響く。

胸が締めつけられるように痛い。

強い愛ではない。
奪う愛でもない。

“寄り添う愛”。

それがアレクシスの愛なのだと分かった。

(わたし……
この人を……
こんなに大切に思ってくれている人を……)

涙がまた溢れそうになる。

アレクシスは微笑んで、
そっと私の頬へ手を伸ばした。

「泣かないで。
君は……泣き顔より、笑顔が似合う」

その声は優しくて、
温かくて、
切なくて。

涙がひと筋、こぼれた。

アレクシスはその涙を指でふき――
小さくため息をついた。

「……君を泣かせたくないな。
本当に」

そして。

「最後に、一つだけ伝えておくよ」

アレクシスは私の手を放し、
静かに一歩退いて言った。

「――俺は諦めない」

(……!!)

その瞳には、
確かな強さと覚悟が宿っていた。

「君が誰を選ぶとしても。
選ばなかったとしても。
俺の気持ちは消えない」

胸が熱くなる。

「だから……
君は君の気持ちを大事にしていい。
どんな結果でも、俺は受け止めるから」

優しく微笑むアレクシス。

その笑顔が、
どうしようもなく苦しくて、
どうしようもなく嬉しくて……

「アレクシスさん……
ありがとうございます……」

震える声で告げると、
アレクシスは静かに首を振った。

「礼なんていらない。
……君を好きになったのは、俺の勝手だから」

その言葉が、
胸の奥に深く染み込んだ。

しばらくして、
アレクシスは一歩さがって言う。

「戻るといい。
クルトが心配している」

「……はい」

背を向けた瞬間。

アレクシスが静かに言った。

「カチュア」

「……はい?」

「――君が幸せになれますように」

振り返ると、
アレクシスは微笑んでいた。

その笑みは強く、
そして少しだけ苦しかった。

(わたし……
決めないといけない。
もう、逃げられない)

胸の奥で、
ようやく固まりつつある“答え”が
確かな形を持ち始めていた。


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